第40話 温めますか?


 目を開けた瞬間、目の前に兎耳があった。

 ついでに、窓の外からは明るい光りが差し込んでいる。

 朝の様だ、おはようございます。

 とか適当な事を考えながら眼前の光景が理解出来ず、完全に止まってしまった。

 おかしいな、昨日はフレンの部屋で眠った筈だ。

 俺の部屋をエルメリアに貸した為、結局妹の部屋で一緒に寝る事になったのだ。

 床で良いと言ったのだが、兄妹なのに変に意識する方がキモイと言われフレンにベッドに放り込まれた。

 そんでもって、ベッドの脇に寄って壁に引っ付く勢いで目を閉じた所までは覚えているのだが……妹には兎耳は生えていなかった筈。


 「俺は今、視線を下げても良いのだろうか……」


 目の前には力なく枕にへにゃっている誰かさんの兎耳と、頭のてっぺんが見える。

 そんでもって、体にくっ付くやけに柔らかい感触。

 是非とも待っていただきたい。

 チラッと少しだけ視線を下げれば、ちゃんと服を着ているのが見えた。

 なるほど、把握した。

 俺達はただただ一緒のベッドで眠っただけだ、野営と一緒だ。

 どうにかそう言い聞かせ、ふぅと息を洩らした。


 「リック……さん」


 寝言だろうか、寝言だろうね。

 彼女の温かい息が首元に掛かり、思わずピンッと全身を伸ばして力を入れた。

 動くな、今の俺は抱き枕だ。

 絶対に動くな、今だけは石になるのだ。

 そんでもって間違いなく今の声は妹じゃなかった。

 いや分かるけどさ、知ってたけどさ。

 なんて事を考えながら、ジッと耐えていれば。


 「おらぁ! ガキ共! 飯じゃ飯! とっとと起きろぉ!」


 カンカンカンッ! といういつものけたたましい音が一階から聞こえて来る。

 あ、これは……終わったかも。

 とかなんとか思いながら視線を下げてみれば。


 「「……」」


 ばっちり、ミーヤさんと目が会ってしまった。

 しばらく二人して固まったまま見つめ合い、そして。


 「おはようございます……」


 「はい、おはようございます……」


 何とも、妙な雰囲気に包まれながら朝の挨拶を交わすのであった。


 ――――


 「昨日は、お楽しみ?」


 顔を洗っていると、ニマニマした妹が後ろから接近して来た。


 「お前という奴は……正直に言え、何でミーヤさんがお前の部屋で寝てた」


 「寝起き一発目の、どっきり?」


 驚きすぎて心臓が止まる所だったよ。

 盛大にため息を溢してみれば、妹は更に上機嫌になったらしくニッコニッコと微笑みを浮かべている。

 こ、コイツ……。


 「別に最初から企んでた訳じゃない、元々は兄さんと一緒に眠るつもりだったし」


 「じゃぁなんで入れ替わってんだよ……」


 「偶然、不思議な事もある」


 うん、それはないね。

 間違いなく無いね、正直に言いなさい。

 ジトッとした瞳で睨んでみれば、妹は降参とばかりに両手を上げて見せた。

 そして。


 「昨日、喉乾いて起きた」


 「うん」


 「ミーヤさんも起きた」


 「そうか」


 「部屋を変わった」


 「何故そうなる」


 全く説明になっていない説明を頂いた後に、プフフーという良く分からない笑い声を洩らしてフレンは立ち去ってしまった。

 本当に、何を考えているんだあの妹は。

 再び溜息を溢しながらタオルで顔を拭っていれば。


 「あ、あのリックさん……」


 「ふぁいっ!」


 妹の次に、問題のミーヤさんが現れた。

 思わず変な声を上げて返事をしてしまったが、顔を合わせると朝の光景が脳裏に過り、思わず視線を逸らしてしまう訳だが。


 「あの、昨日は“癖”が出なかったみたいですけど……あまりそう言うのは良くないと思います。なので、その……たまになら付き合いますから、なるべく直した方が良いかと思います」


 ごめんなさい、何を仰っているのかまるで分かりません。

 癖ってなんですか。

 ポカンとしながら彼女を見つめてみれば、彼女の後ろからチラッと妹のニヤけ面が見えた。


 「ちなみに、何を言われましたか?」


 もはや感情が抜け落ちた気分で、真正面からミーヤさんに向き直ってみれば。

 今度は彼女が赤い顔をしながら視線を逸らし。


 「その……眠っている時に抱き着き癖があって、定期的に一緒に寝て上げないと泣きながらギュッとさせてくれとお願いしてくると……」


 「フレェェェェン!」


 とんでもない誤解を植え付けやがった妹に全力ダッシュしてみれば、キャッキャと笑う妹も全力で逃げる。

 フレンに追いつける気は全くしないが、今日だけは逃がす訳にはいかない。

 昨日ですらいらぬ誤解を招いてしまった可能性があるのだ、だというのに今回のはもっと駄目だろう。

 完全に気持ち悪い男じゃないかソレは。


 「まてぇぇぇぇ!」


 「良い思い出来たのに、理不尽」


 「どの口が言うかこの馬鹿!」


 結局俺は妹を捕らえることは出来ず、ミサさんのトラップに引っかかり二人してゲンコツを貰う事で事態は終了する事になったのであった。


 ――――


 「そんな事が……わかりました、ギルドの方でも早急に調査を開始いたします。バールドさん達に関してはこちらで調査し、対処いたします。もう少し詳しいお話を伺いたいので、エルメリアさんには少々お時間を頂く形になりますが、よろしいですか?」


 「えっと、はい……大丈夫」


 ギルドに昨日の報告と同時に現状を説明してみれば、受付のリタさんは随分と険しい顔を浮かべた。

 とりあえず事情聴取という事で、エルメリアはギルド預かりとなるようだ……本人は物凄く不安そうな顔をしている。

 大丈夫だろうか、アレ。


 「私が残ろう、ギルドの人間にも色々聞きたい事があるしのぉ。お前等はどうせ新顔のデカブツに着いて行くのじゃろ?」


 そう言いながらミサさんが隣に並んだ。

 明らかにホッとした顔を浮かべるエルメリアだったが、気持ちは分からなくもない。

 冒険者にも登録したばかりだし、所持金もほとんどない。

 そんな状態でギルドから物々しい事情聴取なんてされれば、そりゃもう気が滅入るだろう。


 「なんかすみません……あの、やっぱり俺一人で」


 「それは無しです、ダグラスさん。臨時とは言えパーティメンバーを一人で現地に向かわせる様な真似はしません」


 申し訳なさそうにするダグラスさんの言葉を、ピシャリと止めるミーヤさん。

 こういう所は、彼女もやはりお人好しだと言えよう。

 だからこそ、この人に着いて行こうと思える訳でもあるのだが。


 「但し、極力戦闘は禁止じゃ。エルメリアの話もある。確証は無いが訳の分からんモノが紛れ込んでいる可能性も加味して、まずはドレイク達と合流するんじゃ。それまでは魔物であろうと人であろうと接触せずに進むよう心掛けよ。私もこっちの用事が済んだら合流する」


 「了解です、ミサさん」


 身内という事もあって、父さん達が潜伏しているであろう目的地もリタさんから聞き出す事が出来た。

 そこを拠点として動くと事前報告があったそうなので、実際行ってみないと何とも言えないが。

 ダグラスさんの目的であるバールドを探す行為は、結果的に後回しになってしまうが仕方ない。

 どうしたって、パーティの安全が最優先だろう。

 だったら大人しく街に居ろと言われてしまいそうだが、今日だって仕事なのだ。

 怖いモノが居るかもしれないから家に籠りますでは、冒険者などやっていられない。


 「それでは行きますか。何やら不穏な話も出ていますから、皆さんいつも以上に警戒を怠らないで下さいね」


 リーダーの言葉に全員が頷いてから、俺達は今日も街の門を潜るのであった。


 ――――


 「流石に異常ですね」


 「だな、まるで集められているかのように次から次へと」


 昨日に続き、また増援。

 数が増えて来た為、セシリーも今では巨大なハンマーを振り回して敵を薙ぎ払っている。

 先日まではミノタウロスばかりだったのに、今では他の魔物も混じり始めていた。

 しかも、意外と連携してくる。

 モンスターテイマーか何かの攻撃なのかと言いたくなる程。

 というか、多分そうなのだろう。

 何らかの存在が、コイツ等を操っている。


 「相変わらず虫も多い。術者は複数か、もしくは蟲使いかな? 確か精神を汚染する様な寄生虫も居た記憶がある。この辺りには居ない筈なんだけどね、もっと魔族の領地に近い場所では確認した事がある」


 「なんにせよ誰かからの攻撃って事だよねぇ。あぁもう嫌なんだけど。滅茶苦茶恨み買ってるじゃん俺等、当たり前だけどさぁ……」


 ファリアが集まる虫を焼き払い、アルマが弱気な発言を繰り返しながらも着実に敵の首を飛ばしていく。

 今の所ピンチというか、危機的状況には陥っていないが……いい加減面倒になって来たな。


 「アルマ、上から見て来られるか?」


 「なに? 敵の数? それとも進行してくる元をってこと?」


 はて、と首を傾げながらヒョイヒョイっとミノタウロスやゴブリンの攻撃をかわす勇者様。

 ほんと、身軽なご様子で。


 「違う、周りに冒険者が居ないかどうか確かめてくれ。あとは相手の術者が居るかどうか。周りに誰も居ないなら、ファリアの魔法で一気に片を付けよう」


 「あら、もう疲れたのですかドレイク。治癒魔法掛けましょうか? 前衛があまり魔術師ばかり当てにするのは感心しませんよ?」


 「私はドレイクに賛成だ。いつまでも私に虫の相手ばかりさせないでくれ、夢に出てきそうだからね」


 「これは失礼しました。私が代わりましょうか?」


 「セシリーが“コレ”を叩いたら残骸が飛び散る、勘弁してくれ」


 呑気な声を上げる女性陣二人の許可も取れたところで、アルマに頷いて見せる。

 彼の方に向かっていた魔物をまとめて叩き斬ってみれば、グッと親指を立てた勇者様は上空に向かって跳躍した。

 それはもう、物凄い高さまで。

 相も変わらず魔法の使い方が上手い、俺じゃ身体強化を使ってもあそこまで高く飛べないだろう。

 飛び去った彼を見送ってから、しばらく周りの相手をしていれば。


 「おまたせっ!」


 ズドンッ! と凄い音を立てながらアルマが帰って来た。

 軽い雰囲気の声を上げているが、着地した彼の足元にはいくつもの亀裂が走っているが。


 「この周辺には全然いない! 多分もう皆撤退したんじゃない? この数だからね。あと術者も発見できず。もっと遠く離れた所にはそれなりに冒険者が居たけど、北の方向にぶち抜かなければ巻き込む事はないんじゃないかな」


 「ちゃんと索敵魔法も使ったか?」


 「もっちろん、家屋に潜んでたら巻き込んじゃうからね」


 彼の言葉によしっと頷いてから、未だ害虫駆除をしているファリアと代わる。

 些か大剣で虫相手というのは骨が折れるが、周囲ごと切り払ってしまえば問題は無い。

 そんな訳で、チラッと彼女に視線を向けてみれば。


 「どういう魔法で行こうか。あまり派手にやっては不味いんだろう?」


 「空気を振動させて発熱させるヤツ。俺達の周りを避けて、広範囲に。プロテクションを使って密閉させることも忘れるなよ」


 「えげつないねぇ。了解、今度は私がちょっと上に行ってくるよ。下はよろしくね」


 それだけ言ってから、ファリアは杖に腰かけて上空へと飛び立った。

 これでもう少し防衛すれば、決着がつくはず。

 彼女が本気を出せば、旧市街ごと平地に変える事だって出来るのだ。

 魔力消費が多いから、あまり彼女ばかりに頼る訳にもいかないのだが……流石に今回のは面倒くさい。

 というか、いつまでも虫ばかり見ていたくない。

 そんな訳で、ファリアと交代して虫を地面ごと吹き飛ばしていれば。


 「おや、始まりましたか? 流石、仕事が早いですね」


 俺達の周囲に出現した魔法障壁プロテクションを、セシリーがコンコンッと叩きながら呟いた。

 その向こうには、必死にコチラに来ようと足掻いている魔物達が。


 「すまん、ちょっとこっちを手伝ってくれ。流石に虫はそれなりに抜けて来た」


 とはいえ、数えられる程度だが。

 セシリーと一緒にブチブチと残りの虫を踏みつぶし、プロテクションの向こう側にウゾウゾしている虫たちに視線を向けた瞬間。

 どうやら最悪のタイミングでファリアの魔法が始まってしまったらしい。

 先程俺が彼女に頼んだ魔法。

 昔説明されたがさっぱり理解出来なかったソレ。

 何でも電磁波とか何とかを放出して、物体内の水分を振動させ熱を放つのだとか。

 正直魔術師でも学者でもない俺にはなんのこっちゃ、という内容ではあったが。

 食べ物を温めるとかも出来るらしく、旅の間は随分重宝した。

 しかしそれを攻撃として、生きているモノに使用するとどうなるか。

 なんと、体内の水分が沸騰するらしい。

 魔物達は煙を上げながらバタバタと倒れていき、虫たちもすぐさま動かなくなる。

 結果としては全く問題なし、むしろ流石魔女様と称賛したくなる程の効果。

 だとしても、だ。


 「う、うえぇ……」


 「これはちょっと……私も虫嫌いになりそうです」


 二人が声を上げて、思いっきり顔を顰めた。

 気持ちは分かる。

 プロテクションの向こう側、それこそ障壁にへばりついていただけでも気持ち悪かったのに。

 それが、破裂したのだ。

 パンッと小さな音を立てて、体の一部弾け飛ぶ様にして。

 正直、キモイ。

 いや、かなりキモイ。

 吐きそうだ。


 「皆お待たせ、これで周囲の敵は一掃……って、何かあったのかい? プロテクション、解除するよ?」


 「ま、まてファリア! まだ早っ――」


 間に合わなかった。

 彼女が指を弾いて“壁”を解いた瞬間。


 「ごめ、無理……」


 「は、吐きます……」


 「ぐっ!? こ、これは強烈だね……」


 全員が口を押えてしゃがみ込んだ。

 俺達を、というより相手を囲う様に張られていたプロテクション。

 それが一斉に解除されれば、やけに生暖かい空気と共に悪臭が襲って来た。

 虫の方とか、とんでもない匂いがしている。

 コレは駄目だ、鼻が馬鹿になるどころじゃない。


 「て、撤退! 撤退ー!」


 叫びながら、俺達は全力で跳躍した。

 しばらくあの地域には酷い匂いがこびり付くかもしれない。

 というか死体の山もそうだが、干からびた虫の山も見たくない。

 なるべく、あの地には近づかない様にしよう。

 そんな事を考えながら、俺達はその場からさっさと逃げていくのであった。

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