第38話 もう、何も言うな


 翌日の探索中、急にフレンがキョロキョロし始めた。

 敵が居た、という訳でも無さそうだが。

 妹にしては珍しく集中力を欠いている様に見える。


 「どうした? フレン」


 声を掛けてみれば、彼女はブンブンと首を横に振り再び正面を向き直った。


 「なんでもない。昨日この辺りに人が居たから、ちょっと気になっただけ」


 「あぁ~見張りの時のアレ? 女の子が居たって言ってたな。次からは確認に行くにしても、せめてミーヤさんには声掛けてから行けよ?」


 「ん、見張りリオに任せて一人で行っちゃった、ごめん。声掛けようかとも思ったけど、ミーヤさん兄さんにくっ付いてたから」


 妹の言葉に、俺とミーヤさんが揃ってブッ! とむせ込んでしまった。

 結局見られていたのか。


 「ま、流石にそんな子ならソロって事は無いだろ。何か聞こえたら教えてやるよ」


 「ん、リオ。よろしく」


 なんて会話をしながら、フレンは再びリオの隣に並んだ。

 話によれば随分と小さくて可愛い子だったんだとか。

 雰囲気からしても駆け出しだったというし、いくら何でも今の旧市街に単独で潜ったりはしないだろう。

 なので、そこまで心配する事ではないと思うのだが――


 「シっ、誰か来るぜ」


 考え込んでいる内に、リオから警告が響く。

 全員その場で姿勢を低くしながら、武器に手を置いた。

 リオとフレンは建物脇に姿を隠し、ダグラスさんが正面に出て盾を構える。

 しかしリオは“誰か”が来ると言ったのだ。

 相手は冒険者の可能性が高い、という事でまだ武器は抜かない。

 だが人同士でも争いが起こらないと決まった訳ではないので、全員警戒したまま相手の姿が見えるのを待ってみれば。


 「げっ……」


 正直、一番見たくない奴が登場してしまった。


 「おやおやおや、こんな所で会うとは。面白い偶然もあるもんだな?」


 正面。先程までリオが注意していた方向から、そんな声が聞えて来た。


 「バールド!」


 「ハハッ、パーティを抜けた瞬間呼び捨てかよダグラス。偉くなったもんだな? 木偶の棒のダグラスちゃんよぉ」


 そこには、いつかギルドで絡んで来た男が立っていた。

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、彼の周囲には取り巻きとしか表現できないパーティメンバー達が数名。

 だが何か様子がおかしい。

 ぼうっとしているというか、眼の焦点が合っていないというか……なんだ?


 「おっ、そっちの坊主もまだ生き残ってたのか。ミーヤにおんぶに抱っこで何とかやってる感じか?」


 そう言いながら俺の方に視線を向けてくるバールド。

 彼に対して良い印象など抱いていないが、ジロジロと無遠慮な視線を向けられれば当然気分が悪い。

 この人だけは、相変わらずの様だ。


 「ミーヤさんにお世話になっているのは間違いないですが、お陰様で生き残ってますよ。お久しぶりですね、“一般人”に制圧されたバールド先輩」


 「相変わらず憎たらしいガキだな……もう一人のちっこいのはどうした? 死んじまったのか?」


 恐らくフレンの事を言っているのだろう。

 キョロキョロと周りを見回すが、生憎とリオと共に路地裏に入っている為気づかれていない様だ。

 だったら、わざわざ姿を見せてやる必要もないだろう。

 ミーヤさんも同じ事を考えた様で、後ろ手にハンドサインを送り「待機」の指示を出していた。


 「ま、何でも良いけどよ。ミーヤ、いい加減こっちに来ないか? そんな新人の相手してちゃ、何時まで経ってもランクが上がらないだろ。色々と良い思いをさせてやるぜ? ランクアップは勿論、そんなちっこい男のナニじゃ満足出来ねぇだろ?」


 「本当に下品極まりない方ですね、バールドさん。お断り申し上げます、そもそも今の貴方は私と同じランク3。降格処分を受けている癖に威張り散らすのは、非常にみっともないですよ?」


 「ミーヤも相変わらずだなぁ。その強気な顔を変えてやりたいね、ベッドの上で」


 「んな事言って、ナンパに成功した経験ってほとんど無いっすよね、アンタ」


 「あぁ!? ろくに役立たねぇタンクが口開くんじゃねぇよ!」


 ダグラスさんの言葉に、バールドは長剣を抜き放った。

 このまま戦闘になるのか?

 対人戦は訓練で慣れているが、実戦の経験はない。

 確かギルドの決まりでは、一方的に襲って来た場合相手を害しても問題はない……はず。

 しかしこの状況では、何とも正当防衛を証明し難い気がする。

 とはいえ、やらなければやられる。

 だったら、全力で相手になるだけだ。

 なんて思って、こちらも全員揃って武器を構えてみれば。


 「バールド……はやくって言ってる、あの人が」


 「……チッ! 命拾いしたな、雑魚共。今の俺は忙しい、てめぇらの相手をしてる暇もねぇ程にな」


 仲間の一人に声を掛けられ、彼は剣を鞘に戻した。

 おや? 随分とあっさり引いたが……何を考えている?

 あと周りの連中は何だ。

 まるで薬物中毒者みたいに、ブツブツと何かを呟いているが。


 「何のつもりですか? 勝手に喧嘩を売って来て、勝手に矛を収めるとは」


 「だから忙しいっていってんだろミーヤ。ベッドに来るなら、少しくらい教えてやっても良いぜ?」


 「はぁ……話になりませんね」


 溜息を溢しながら、俺達にも武器を収める様に指示を出すミーヤさん。

 なんだか納得いかないというか、モヤモヤするのだが。


 「あぁそうそう、銀髪のチビが居たら俺の元に連れて来い。ちょぉっと逸れちまってよ、ウチのパーティメンバーなんだ。連れて来てくれたら、酒の一杯でも奢ってやるよ。冒険者ってのは助け合いだろ?」


 「どの口が言いますか、下衆が」


 吐き捨てるように言い放つリーダーが、俺とダグラスさんの手を掴み路地裏へと足を向ける。

 その様子をニヤニヤと見つめて来る相手の視線は非常に気持ち悪いが。

 俺達が暗闇に入ってしまえば、彼等もまた移動を始めた様だ。

 周辺で何かを探す様に、バタバタと騒がしい物音が聞こえて来る。


 「なんですかね?」


 「さぁ、ただろくな事ではないのは確かです」


 「気を付けて下さい。あぁやってすぐ引っ込む時のアイツは、大体ヤバイ事してる時っすから」


 ダグラスさんの一言により、更に気を引き締めながらリオとフレンの元へと向かえば。

 二人は随分と奥の物陰に隠れていた。

 待機と指示は出されていたが、まさかこんな所まで? なんて思ってしまう程暗がりに身を顰めている。

 そして。


 「兄さん、ミーヤさん。ちょっと、不味いかも」


 「アイツ等が探してたヤツって、多分この子だ。銀髪のチビって言ってたもんな、つっても俺らとそう変わんなそうだけど」


 リオがその子のフードを取り去ってみれば。


 「女の子?」


 「えっと……もしかして、昨日フレンさんが遭遇したという新人さんでしょうか?」


 「プレートもランク1っすね。駆け出しに絡むのは相変わらずですけど……でも、こんな所に隠れてるって事はろくな状況じゃない事は確かっすよ」


 思わず皆してどうしたものかと顔を見合わせてしまった。

 彼等が探していたであろう、随分と整った顔立ちの少女。

 長い銀髪を揺らしながら、眠っている姿は作り物の様に美しい。

 首からプレートを下げているから、冒険者なのは間違いないのだが。

 随分とくたびれた革鎧に身を包み、フード付きのローブを羽織っている。


 「えっと、ちょっと失礼して……エルメリアさん、ですかね」


 彼女のプレート確認したミーヤさんが、そんな声を上げた。

 エルメリア。

 なんというか、見た目と見事にマッチしている気がする。

 パッと見は良い所のお嬢様って感じに見える外見だし。


 「どうする? 完全に眠ってる。こんな所で熟睡できるのは、凄いけど」


 フレンも困り顔を浮かべているが、アイツ等に渡したりココに捨て置いたりってのはちょっと考えられない。

 どうしましょう? とばかりにミーヤさんに視線を向けてみるが、彼女も困った顔で眉を顰めていた。


 「とりあえず……連れて帰りますか? 一度保護して、事情を聴きましょう。アイツ等が何か企んでいたとしても、それからギルドに報告すれば良いと思います」


 リーダーの判断に、皆が頷いて見せた。

 このままギルドに向かってしまっても良いかもしれないが、まずは休ませる事を優先させたようだ。

 まぁ、彼女が目覚めない限りはギルドになんて報告したら良いのかもわからないし。


 「リオさん、今まで以上に周囲を警戒して下さい。彼等に見つからずに街まで帰りますよ? それに人を一人背負いながら移動する事になりますから、極力戦闘は避けましょう」


 「了解だぜリーダー」


 「ミノタウロスの報告も後回しですね。情報の“鮮度”という意味では良くないかもしれませんが、私たちは遭遇した対象を討伐していますから問題ないと思われます。それでも報酬が下がってしまった場合は……」


 「誰も気にしない、こっちの方が重要」


 妹の言葉に全員が頷いて見せた。

 って、あ。俺達は良いけど、ダグラスさんは臨時で入ったパーティメンバーだ。

 だとすると、反対される可能性もあるが……なんて事を思いながら振り返ってみれば。


 「あ、全然良いっすよ? そもそも俺が無理言って着いて来たみたいなもんですし。あと、俺も付いて行って良いっすかね? このまま宿に帰っても、気になって眠れなくなりそうなんで」


 ウチのタンクが、ニカッと気持ちいいくらいの笑みを浮かべて親指を立ててくれた。

 なんでこの人放り出すような真似をしたんだろうバールド達。

 本気で馬鹿なんじゃないかな、さっきも木偶の棒だなんだと叫んでいたし。


 「では、とりあえず家に向かいましょう。ダグラスさん、彼女を背負って頂いて良いですか? リオさんとフレンさんが探索と先導、いざという時は私とリックさんで対処。とにかく速度重視で行きます」


 「「「了解」」」


 「了解っす。けど、結局誰の家に向かうんスか?」


 思わず「あっ」と声を洩らしながら、皆でダグラスさんの方を振り返ってしまった。

 俺達にとっては“家”と言えば一つしかないが、普通に考えたらそうだよね。

 パーティだからって、一緒の家に住んだりしないよね。


 「あぁ~えっと。私達の家に、です」


 ミーヤさんが困った様な顔で彼の質問に答えてみれば。

 首を傾げたダグラスさんが、ポンッと掌を叩いてから納得したように微笑みを浮かべ。


 「リッ君、若いのに所帯持ちとは……やるっすね!」


 「ち、ちが――フガッ!」


 「兄さん、叫ばない」


 後ろからフレンに口を押えられてしまった。

 せめて否定してから止めてくれれば良いのに。

 そんな訳で周辺の魔物に気を付けながら、更にはバールド達とも会わない様に移動を開始した。

 今回の依頼は終了。

 というかミノタウロスの報告内容もそれなりに揃っている事から、既に達成したと言っても良いだろう。

 違うヤバイ問題を抱えてしまった気がするが、今だけは考えない様にする。

 まずは話を聞いてみないと、何も分からないのだから。


 「リッ君達ってやっぱりランク上げて無いだけっスよね? 家が買える程稼いでるとか。もしくは借家っすか?」


 「いや、本当にただのランク2ですよ。うん、ほんとに」


 未だ疑いの目を向けられながら、俺達は旧市街を抜ける為に路地裏を走り抜けるのであった。


 ――――


 「とりあえずお風呂……と言いたい所ですが、気を失っている相手を湯舟に入れるのは流石に危険なので拭くだけにしましょうか。フレンさん、手伝ってください」


 「うい。酷い匂いしてるね、この子」


 なんて言葉を残しながら、二人は拾った女の子を背負ってお風呂場へ向かって行った。

 言ってやるな、妹よ。

 確かに結構な匂いを放っていたが、女の子なのだ。

 本人に聞かれたら相当傷付くぞ、その台詞。


 「ココがリッ君達の家っすか。皆で一緒に住んでるとか、やっぱり仲良いっすね」


 「ま、成り行きでな~」


 「えっと……俺達の家ではあるんですけど、他にも居ますのであまり弄り回したりしないで頂けるとありがたいです」


 「了解っす、大家族っすね」


 とりあえず女性陣のお風呂が終るまで俺達はお茶でも……なんて思って準備し始めたその時。


 「キャァァァ!」


 「ミーヤさん!?」


 室内に悲鳴が響き、一気に空気が緊迫したモノに変わった。

 何かのトラブルか!?

 さっきの子が目覚めて攻撃して来たとか、最悪バールドのパーティが侵入したとか。

 色々と悪い想像を膨らませながら脱衣所の扉を開け放ってみれば。


 「どわっ!」


 俺の胸の中に、薄着のミーヤさんが飛び込んで来た。

 別に下着姿って訳ではないので、焦る程ではないのだが。

 普段父さんに貰ったジャケットを着ている関係もあって、結構ダボッとした格好をしている彼女。

 そんな人が、ピタッと体がくっ付きそうな恰好で抱き着いて来たのだ。

 思わず両手を上げて、ビタリと固まってしまった。


 「どどど、どうしたんですかミーヤさん!」


 物凄くどもりながら、両手を上げた状態で声を上げてみれば。


 「み、見てしまいました……」


 「へ? 何を?」


 台詞的に、ゴーストか何か?

 なんて思ってしまうが、彼女の顔は真っ赤。

 というか涙目。

 本当に何を見た?

 とか何とか思っていれば、お風呂場からもっと薄着のフレンがペタペタと歩いて来る。

 お前はもう少し隠しなさい。

 キャミソールっぽい物を着ていて下着は見えていないが、隠しなさい。

 ホラ、ダグラスさんが物凄い角度に首ごと視線を逸らしてくれている上に、リオは自分の顔面に拳をぶち込んでから背を向けてくれているじゃないか。

 だからそんな恰好で出て来るんじゃありません、お兄ちゃんは心配ですよ。

 それくらい言ってやろうかと思っていたのだが。


 「兄さん、交代」


 「どういうこと?」


 良く分からない台詞と共に、妹はグッと親指でお風呂場を指さした。

 いや、本当に意味が分からないぞ。

 俺がさっきの少女を洗えと言っているのか? 馬鹿なのか?

 物凄くジトッとした瞳を向けてみれば、妹からは呆れた視線が返って来てしまった。


 「私は最近まで兄さんとお風呂入ってたし、見慣れてるけど。ミーヤさんは違った」


 「いや待て、そういう誤解を招く言い方は違うだろ。違いますからねミーヤさん! シスコンとかそういうのじゃなくて、俺等数年前に父さんに拾われた訳で! 色々警戒しながら過ごしてただけですからね!? あと昔の家では水の使用量を少なくするために一緒に風呂に入ってただけですからね!?」


 「その言い訳も、結局意味合いは一緒だと思う。というか、問題はそっちじゃない」


 色々と周りに誤解を招きそうな問題発言をぶっこんでくる妹は、どこまでもマイペースに服の袖に腕を通し始める。

 まだ体を洗っていないだろうに、お風呂に入るつもりはないらしい。

 何がどうなってるんだ、これは。


 「だから兄さんは鈍いって言われる」


 「だからなんなんだよ。はっきり言ってくれなくちゃ分からないって」


 未だバンザイしている状態で、妹と会話していれば。

 フレンの「服、着た」という言葉に視線を戻す男性陣。

 そして。


 「生えてた」


 「はい?」


 会話の主語が無い、頼むから状況を理解出来るように説明してくれ妹よ。

 皆して首を傾げる中、妹は溜息を吐いてからキッ! と真剣な表情を作って言い放った。


 「あの子、女の子じゃなかった。生えていた、私とミーヤさんには無いモノが」


 「……なんて?」


 「だから、おちん――」


 「もう何も言うな、分かったなフレン」


 「あい」


 コイツはまた、大問題だ。

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