第37話 人じゃない何か


 「指名依頼だから来たけども、あまり面白くないね」


 「ミノタウロスは流石に食べる気にはなれませんしねぇ」


 女性陣二人がボヤく中、俺達は旧市街の中心地で戦っていた。

 結構な数の冒険者が調査に来ているらしく、デカい魔法は禁止。

 魔物と魔獣さえどうにか出来れば、復興対象に含まれている地域だから地形を変える様な大技も禁止という縛りの元。


 「なんか嫌な気配を感じるというか、妙な空気を感じるというか……やけにミノタウロスが連携してない? 俺の気のせい?」


 平然とミノタウロスの一撃を躱し、首元に長剣を突き刺すアルマが不穏な言葉を吐いていた。

 彼の“勘”は当たるのだ。

 臆病であるからこそ、必要以上に周囲を警戒するアルマ。

 だからこそ、優秀な司令塔になり得る訳だが。

 彼がこういう事を言う時は、何もなくとも気を引き締める必要がある。


 「聞いたなお前等、あまり油断するな。ファリアは周囲の警戒、セシリーは近づいて来た奴を絶対に通すな」


 言いながら鉄塊を相手に叩き込めば、その場で“潰れた”。

 コレは剣だった筈なのに、不思議な事もある物だ。


 「しっかし、目立つ魔法を使えないとなると……そうか、ミーヤみたいな攻撃方法にすれば良いのか。小さい魔法を連射しよう」


 「土地をあまり傷付けるなと言われましても……素手にしましょうか。それなら何とかなります」


 頼もしい女性陣が、集まって来たミノタウロスを改めて討伐し始めた。

 片方は魔弾で相手をハチの巣に、もう片方はミノタウロスの拳を素手で受け止め握りつぶしている。

 ウチの女性陣は、どうしてこう……もういい、諦めよう。


 「ドレイク! ドレイク助けて!」


 「どうしたアルマ! 新手か!?」


 「虫! なんかめっちゃキモイ虫! カサカサ言いながら近づいて来る! ゲジゲジに似てるけど、頭が二つある! めっちゃ怖い!」


 「……うん。そうか」


 アルマの近くに近づいて来た魔物……魔虫?

 そんなものを踏みつぶし、大きく溜息を吐いた。

 なんでこう、ウチの男性陣は……。

 あれ、待て。

 そういう事を言うと俺も含まれるのか?


 「私たちが魔物を相手しているというのに、君達は害虫駆除かい?」


 「随分とサボるではありませんか、アルマ、ドレイク。こちらは終わりましたよ」


 振り返ってみれば、怖い顔をしたお二方が微笑んでいた。

 こりゃぁ不味い。


 「アルマに助けを求められたから、こっちに来たまでだ」


 「ドレイク!? 自分だけ助かろうとしているよね!?」


 思わず言い訳を溢せば、アルマが俺の背中に隠れやがった。

 く、くそう。

 こうなってしまうと、俺も色々と折檻を受ける可能性が……。


 「ん? ドレイク、足をどけてくれるかい?」


 「あ、あぁ。どうしたファリア」


 そそくさとその場から退避してみれば、ファリアは先程俺が踏みつぶしたゲジゲジモドキをピンセットで拾い上げ、何やら液体の入った瓶の中に放り込む。

 何をしているのだろうか?

 学者とは言え、昆虫大好きっ子に進化したのなら今後の付き合い方を考えなければいけない。

 アルマ程では無いが、俺もあまり虫は好きでは無いのだ。

 特にこういう足が多い奴は。

 とかなんとか考えていれば。


 「やはりアルマの臆病センサーは頼りになるね。コレ、普通の虫じゃない上に……やけに魔力を溜めている。多分呪いか何かの類だろう、詳しく調べてみないと分からないけど」


 そう言いながら、ファリアはぺったんこになったゲジゲジが入った瓶を揺すってみせた。

 マジか、アレは誰かからの攻撃だったのか。

 物凄く普通に踏みつぶしてしまったけど。


 「相手は分かるか? ファリア」


 「ちょっとそこまではどうかな……生きていれば痕跡を追えたかもしれないが」


 「すまない……」


 「いや、まずはこの呪いが発動しなかった事を喜ぼう」


 なんて会話をしていれば、アルマが俺の背中をガンガンと叩いて来た。


 「さっきの虫! 絶対俺の事狙って来たよね!? まだ俺狙われるの!? 術者の方聞いてますかー!? 俺はもう勇者やめましたよー!?」


 「止めなさいアルマ。私たちの素性がバレる可能性がある上に、こんなチンケで臆病でビビりで気持ち悪い上に情けない呪いを使う術者が、近くに潜んでいるはずがありません。居たら拍手してあげます、褒めてあげます。居ますかー? ヘタレー」


 「い、言うねぇセシリー」


 勇者と聖女の夫婦漫才を聞きながら、俺はファリアと一緒に先程の虫を調べる。


 「毒虫という訳ではない、何故コイツを選んだ? しかも頭が二つある、進化させたのか?」


 「どうかな、もしかしたら与えられた魔力が多すぎたのかも。もしも意図的に進化させたなら相手は相当呪いの手練れな上に、結構な魔力持ちだ。そして毒虫以外を選んだ事からして、敵意は無いと伝えたいのか……しかしこんな虫では連絡用にも何もならない、何がしたかったんだろうね? 下手したら、本当に観察でもしているのかもしれないよ?」


 二人でゲジゲジ亜種の亡骸を調べながら、ブツブツと言葉を連ねていれば。


 「皆! なんかヤバイ!」


 急にアルマが叫び始めた。

 とてもじゃないが、的を射ない発言。

 とはいえ、彼の場合は鼻で笑っていい内容ではないのだ。

 なんたって、勇者様なのだから。

 コイツがヤバイと言った時は、絶対にヤバイ事が起きる。


 「何がどうヤバイ? ヤバそうな場所を教えろアルマ」


 そう言いながら俺は大剣を構え正面に立った。

 隣にはセシリーが拳を構え、その後ろにファリアが付いた。


 「正面からゾワゾワする感じが来てる! 周りからも来るけど……えっと、一番近いのは二時方向!」


 「ファリア! 吹き飛ばせ!」


 「良いのかい?」


 「アルマが敵だと言っている、間違いなく敵だ!」


 「了解だよ」


 ウチの魔女様が光線を発射すれば、建物に穴が開きその先から溢れ出して来る昆虫たち。

 ちょっと、見ているだけでも気分が悪い。


 「ひぃぃぃ! ゲジゲジどころじゃない! なんかいっぱい来た!」


 「ファリア!」


 「はいはい、焼き払うよ。正面はよろしくね? ドレイク、セシリー」


 「お任せあれ、虫より楽ですから」


 「ま、その通りだな」


 真正面に向き直ってみれば、ミノタウロスの集団が歩いて来ていた。

 おかしいな、旧市街に“流れ始めている”程度だと聞いていた筈なんだが。

 どう見ても、それ以上の数が居るように見える。


 「まるで戦場だな」


 「あらあら、滾りますか?」


 フフッと美しい笑みを溢す聖女様が、両手の拳をボキボキと鳴らしておられる。

 行動と発言と雰囲気が常に合っていないのだ、ウチの聖女は。


 「別に今ならハンマーを使って良いと思うぞ? “絶対防壁”の聖女様」


 「誰かに見られたら不味いですからねぇ、このくらいの数なら素手で頑張る事にします。それに私の仕事はドレイクから抜けて来られた、“運の良い子達”を天に返す事ですから」


 「あぁ、そうかい」


 もはや心配するだけ無駄だろう

 例え俺が何匹逃そうと、彼女の後ろには通らない。

 それだけは分かる。

 この聖女は、何人たりとも後ろに敵を通さない鉄の処女アイアンメイデン

 彼女の元にたどり着いた瞬間、彼女に微笑みを向けられた瞬間。

 もう終わりなのだ、聖女の腕に抱かれて命の灯を消す事になる。

 そんな風に言われるくらいに、彼女を越える事は不可能に近い。

 その実態は、超物理の肉弾戦な訳だが。


 「相手してやる……」


 改めて鉄塊を正面に構え、息を吐き出した。

 相手の数は二十かそこら、という所だろうか。

 身長の高いミノタウロスがノッシノッシと歩いて来るので、正確な数は分からない。


 「五分、全滅。金貨一枚」


 「私は三分にしましょうか。同じく金貨一枚」


 「ドレイクなら一分くらいで何とかしてくれるはずだ! 頑張れドレイク! 銀貨一枚!」


 「「銀貨?」」


 「ゴメン、金貨一枚」


 「お前等なぁ……」


 仲間達のエールを聞きながら、思い切り踏み込んだ。

 目の前には、俺より身長の高い牛頭が多数。

 急接近した事に驚いたのか、焦って武器を振り上げるが。


 「おせぇ、魔王城近くの奴等なら平然と反応してくる速度だぞ?」


 一言だけ言葉を残してから、鉄塊を横一線に振るった。

 相変わらずろくに斬れない、集団をまとめて押しのけた様な感触だ。

 だとしても、相当な打撃にはなっているだろうが。


 「どぉぉぉらぁぁぁ!」


 振り抜いた剣の勢いを殺す事無く、体を回転させながら敵の集団に突っ込んだ。

 まさに特攻隊、必死の捨て駒。

 周りから見ればそんな風に映るだろう俺の戦い方。

 しかし、これがいつも通りなのだ。

 とにかく敵陣の懐に飛び込み、誰も居なくなるまで大剣を振るう。

 何も考えず、ただただ戦う。

 昔から貫き通して来た、俺のスタイル。


 「あらあら、ドレイクは歳を取りませんね。昔見た頃から何も変わらない程元気です」


 「この光景を見て、相変わらずそんな呑気な感想が漏れるセシリーは結構ヤバいよね? あとドレイクも、もう歳だから。怪我してなくても治癒魔法掛けてあげてね? 肩とか腰が痛いってしょっちゅう言ってたし」


 「ドレイク、疲れたり喉が渇いたら言うんだよ? 私が代わるから」


 遠くからそんな声が聞こえて来るが、ちょっと今は交代できそうにない。

 ファリアに任せれば、もっと短時間で狩れるのかもしれないが。

 ココまで切り込んでしまった以上、帰る事だって難しいのだ。

 それこそ、全て“片付ける”までは。


 「うらぁぁぁ!」


 声を上げながら、とにかく“鉄塊”を振り回す。

 周囲は全て敵、だったらこの大剣を振り抜く事に躊躇など必要ない。

 全て、叩き斬れば良いだけだ。


 「あぁ、これはセシリーの勝ちかな? 狂戦士モードに入った」


 「やった、金貨二枚ゲットです。臨時収入は嬉しいですね」


 「ただでさえ大きい出費があったのに……よりにもよって金貨賭ける事ないじゃん……」


 呑気な仲間達の声を聴きながらも、俺はひたすらに斬れない大剣で周囲の敵をぶん殴り続けたのであった。


 ――――


 「ったく、マジで使えねぇ新人だな」


 「仕方ねぇって、ランク1なんてそんなもんだろ」


 「そうじゃねぇよ、夜の相手って意味で言ってんだ。分かってんだろ?」


 「あいっ変わらず……まぁお前の事だから、あんな可愛い嬢ちゃんをパーティに誘う理由なんてそれくらいだろうけどよ」


 テントの中から、そんな声が聞えて来た。

 本当に嫌気がさす上に、身の毛がよだつというモノだ。

 冒険者登録を済ませた瞬間、声を掛けて来たアイツ等。

 なんでもメンバーが一人抜けてしまったという事で、急遽人を増やしたいと誘われた。

 条件も良さそうだし、ランク3ばかりの冒険者達だったからこそ、その場でOKしてしまったのが間違いだったのだろう。

 今さっきテントの中で服を剝がされかけたのだ。

 そして、今に至る。

 こちらに興味を失ったアイツ等は、ガラッと態度を変えた。

 一人で夜の見張りをやれと言われたし、雑用の殆どを押し付けてくる程。

 こんなパーティ、街に帰ったらすぐにでも抜けてやる。

 そんな事を思いながら唇を噛んでいれば。


 「おい新人、水汲んで来い」


 声と共に、テントの中から桶が飛んで来た。


 「ココに来たのだって初めてだし、井戸の場所だって分からないんだけど……」


 「本当に使えねぇなお前、それくらい自分で調べろよ。はぁ……こんな事なら声を掛けてやるんじゃなかったぜ」


 あまりにも身勝手な発言に、思わず憤りを感じたが……彼等はランク3、逆立ちしたって勝てる筈も無い相手。

 しかも旧市街の奥まで来てしまったら、一人で街に帰る事も出来ない。

 だったら、言う事を聞く他ないのだろう。

 ろくに返事もせず桶だけを持って走り出し、夜の旧市街に出てみれば。

 本当に暗い、月明かりだけでは建物の影なんて真っ暗だ。

 もしもあの中に魔物の一匹でも潜んでいたら……なんて思いながらビクビクしていると。


 「何してるの?」


 「ヒッ!」


 急に背後から声を掛けられ、思わず悲鳴が上がってしまった。

 情けないのは分かっているが、何が潜んでいるか分からない廃れた街中を歩き回っていたのだ。

 こういう反応も仕方ないだろう。

 腰を抜かしてその場にひっくり返ったのは、自分でもビビり過ぎだと思うが。


 「冒険者?」


 「う、うん……」


 振り返ったその先には、ロングコートをなびかせる少女が立って居た。

 多分こちらとそう変わらない年齢。

 だというのに、放つ気配はこっちと比べ物にならない程に場慣れしている様に感じる。


 「そう。でも、この時間に歩き回らない方が良いよ。水?」


 「え? あ、えっと。うん、そう、水」


 空気に流されるまま手に持った桶を見せてみれば、彼女はすぐ近くの建物を指さした。


 「この家の裏庭、まだ使える井戸がある。そこが一番近い」


 「あ、ありがと……」


 「見送り、いる?」


 「え、えっと……大丈夫、です」


 こちらが声を返せば、「そう」とだけ短く答えた彼女はヒョイヒョイッと家屋の天井へと登ってしまった。

 まるで猫みたいだ。

 人間にもあんな動きが出来るのかと、思わず見惚れていると。


 「魔物だけじゃなくて、人間も危ないから。早めに戻った方が良いよ。それじゃ、私も見張りの続きがあるから」


 そう言ってから、彼女は姿を消してしまった。

 今日が初日で、あんなパーティに入ってしまったからこそ。

 やっぱり冒険者なんて、とか思っていたのに。

 あんな人も居るのか。

 親切だったし、可愛かったし、ちゃんとプロって感じがした。

 ちょっとだけニマニマしながら教えてもらった井戸で水を汲み、戻りたくも無いキャンプへと戻ってみれば。

 おかしな声が聞えて来た。

 どう聞いても女の喘ぎ声、そしてテントの中にある明かりから浮かび上がるシエルエットはどう見ても……。

 まさか、この短時間に女を連れ込んだのか?

 それともそこらの冒険者を捕まえて……なんて事もあるのかもしれない。

 なんたって皆悪党みたいな顔しているし、そもそも自分も似たような真似をされそうになったのだ。

 だとすれば、本当にそんな事態だって……。

 悪い状況ばかり想像しながら恐る恐るテントに近づいてみれば。


 「うぎゃあぁぁぁぁ!」


 テントの中から、急に悲鳴が上がった。


 「あらあら、もう変異し始めたの? 魔力が溢れ出すのが早い……本当に小さい器なのね」


 聞こえて来た悲痛な叫びとは対照的な、嘲笑うかのような女の声。

 違う。

 先程まで喘ぎを洩らしていた女は、襲われていた訳じゃない。

 捕食者がどちらなのか、ド素人だって分かる程の余裕を含む声を上げていた。


 「あぁぁぁぁ! 足が! 足がぁぁぁ!」


 「誰も彼も、つまらないわねぇ……所詮“人間”なんて、こんなものなのかしら」


 その声に、思わず手に持った桶を取り落としてしまった。

 あのテントの中に居るのは、“人”じゃない何かだ。


 「あら、誰か居るの?」


 間違いなくこちらに向けられた声が、テントの中から響いて来た。

 不味い不味い不味い、気付かれた。

 思わず走り出し、振り返りもせず先程の場所へと足を向けた。

 もしかしたら、まださっきの冒険者が近くに居るかもしれない。

 だったら、あの子のパーティだってあの周辺に居る筈。

 どれだけ人が居るかも分からないが、その人達に助けを求めれば――


 「どこいったぁ? エルメリアぁ……水汲んで来いって言った筈だよなぁ……?」


 「ヒッ!?」


 背後からあのパーティリーダーの声が聞え、思わず旧市街の裏路地に飛び込んだ。

 もしかしたら魔獣が居るかも知れない、でもアイツ等の元へ戻る方がずっと怖いと感じてしまったんだ。

 だから、“俺”は。


 「せめて……明るくなるまで」


 廃屋の影に隠れて、ひたすらにジッと身を固めるのであった。


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