第36話 二人の距離


 ダグラスさんが入ってから、戦闘は驚く程順調に進んでいた。

 一匹目のミノタウロスを討伐した後、しばらくは魔獣やゴブリンなどを討伐しながら進んでいる訳だが、今の所怪我人は0。

 大立ち回りしてくれる彼を休ませる為に数回休憩を挟んだ程度で、今まで以上の速度で旧市街を歩き回る事が出来ている。


 「凄いっすねこのパーティ。皆足が速いっていうか、常に移動してるから俺も一か所に留まらなくて済みますし。何より注意を引き付けてさえいれば、とんでもない速度で討伐しちゃうんすから」


 「いや、普通あの数の注意を引きつけ続けられるのが異常なんですって……」


 上機嫌のままノッシノッシと歩く彼に対し、思わずそんな声を返してしまった。

 何というか、やけに褒めて来るのだ。

 「自分、大した事してないです」みたいな空気も出すし。

 リオとフレンはもはや慣れたと言わんばかりに普通に接している上、ミーヤさんも他の冒険者達よりかは気を許している様に見える。

 馴染むのが早いというか、打ち解けやすい性格の持ち主なのだろう。

 何てことを思っていれば、たまにミーヤさんが不機嫌そうに俺の事を睨んで来たりするのだが。

 何故だ。


 「リッ君、どうかしたんすか?」


 「あ、いえ。別に……」


 何故か俺だけ妙なあだ名を付けられてしまった上、彼の事をさん付けで呼ぶと嫌がられる。

 どうしてここまで気に入られてしまったのか。

 はぁ、とため息を溢していると。


 「リック」


 ふと後ろから呼ばれ、はてと首を傾げながら振り返ってみれば。


 「どうしました? ミーヤさん」


 「……なんでもないです」


 プイッとそっぽを向いた彼女は、ベシッとこちらに拳をぶつけてから俺を追い抜いて行ってしまった。

 な、なんだったんだ?

 混乱しながら慌てて後を追おうとした瞬間。


 「兄さん、鈍感」


 「今のは、気付いても良かったんじゃねぇか?」


 斥候二人組から、呆れた視線を向けられてしまった。

 いや、ホント何。


 「今まであだ名とかで呼ぶ人居なかったから、余計距離が近くに思えて拗ねてる」


 「ウチのリーダーはリックに対してだけ距離近いからなぁ。男女関係なく一番近かった奴が、急に出て来た奴に掻っ攫われたら誰だって気分良くないだろ」


 なるほど、そういう事なのか。

 というかリオ、意外と君って人の感情とかに敏感だよね。

 多分俺よりずっと。


 「いや、つぅか気づけよ。さっき呼び捨てされてたぜ?」


 「え? いつ?」


 「駄目だこりゃ、恋人がこの調子じゃミーヤさんも苦労すんな」


 急に肩を組んで来たリオが、思いっきりため息を溢しているが。

 いやいやいや、待って欲しい。

 あれ? 本当に呼び捨てされた?

 いつもなら「リックさん」の筈だったけど。

 というか更に待ってくれ、俺達は付き合ってない。

 付き合ってないよな、多分。

 確かに告白はしたし、相手からも好きだと言って貰えた。

 でも、あれ? これって付き合っているという事なのか?

 いつの間にか、俺とミーヤさんは恋人同士になっていたのか?

 だとしたら、もう少しこう……距離を近づけても良いものなのだろうか。

 手を握ったりしても、怒られたりしないのだろうか?


 「あぁ~こりゃ駄目だ。完全にパニック状態になってるわ」


 「もう放っておこう、リオ。兄さんは一度、ミーヤさんからしっかり怒られれば良いよ」


 それだけ言って、二人はミーヤさんとダグラスさんを追いかけて行ってしまった。

 皆の背中を眺めながら、ポカンと口を開けて立ち尽くしてしまう。


 「俺達って、今どういう関係なんだ? ……というか、恋人って何すれば良いの?」


 正直、今までそんな余裕が無かったから考えた事も無かった。

 確かに近くに居ればドキドキするし、彼女が笑ってくれるだけで胸が暖かくなる。

 とはいえ、これは俺だけの感情かも知れない訳で。

 いや、でも彼女も俺の事好きだと言ってくれた訳で。

 でもアレは肩から槍を引っこ抜く時、気を紛らわせる為に言った可能性も……。


 「わ、分からない……」


 ボヤきながら突っ立っていれば、正面から怒った顔のミーヤさんがズンズンとコチラに向かって歩いて来た。

 そしておもむろに手を掴まれ。


 「何してるんですかリックさん、あまり離れないで下さい。また分断されでもしたら、どうするんですか」


 キッと鋭い視線を向けられてしまった。

 うん、確かに彼女の言う通りだ。

 でも、はい。

 今は普通に「リックさん」って呼んだよな?

 やっぱりリオの聞き間違いなんじゃ……。


 「どうしました? リックさん」


 「い、いえ。なんでもありません」


 何だか妙に気恥ずかしくなって視線を逸らしてみれば、ミーヤさんは首を傾げてから俺の手を引き始めた。

 なんだか迷子にならない様に手を繋がれている様で、ちょっとだけ情けないが。

 それでもこの手を放そうとは思えず、そのまま引っ張って行かれれば。


 「二人は仲良しっすね。これを見せつけられたら、バールドの野郎が怒り狂う訳っすわ」


 ダグラスさんの一言により、二人して真っ赤になりながらソッと手を放すのであった。


 ――――


 「今日は随分と戦果を残せましたね、良い調子です」


 そんな事を言いながら、ミーヤさんがコーヒーを差し出して来た。

 現在は旧市街で野営中、そして俺達の見張りの時間。

 野営とは言っても、半壊した様な建物の中にお邪魔している訳だが。


 「そう、ですね。ダグラスさんが加わってから、かなり安定してます」


 「……えぇ、まぁ。凄いですね、彼は」


 なんて言葉を最後に、会話は途切れてしまう。

 妙な空気のまま時間は流れ、二人してコーヒーを啜っていれば。


 「でも、ちょっと怖いんです。前にも言いましたが、私はどこまでも中途半端なんです。一つの事に特化した人間がパーティに加われば、私は不要になってしまうんじゃないかって」


 「え?」


 「ダグラスさんを見て、分かったでしょう? ランクが上がればその分強者が増えます。彼に比べて、私はどこまでも半端です。斥候ではフレンさんやリオさんの方が上ですし……魔術師が居ないパーティですが、もしも一人加入すれば私の魔法がいかに弱いモノか分かる筈です」


 そう言って、ミーヤさんの耳がぺしゃっと垂れる。


 「そ、そんな事っ!」


 「ない。そう言ってくれるのでしょうね、彼方なら。しかし事実です。私は元々ソロでしたから、潜入や逃げ足を評価されランク3まで上がりましたが、多分コレ以上は無理なんだと思います」


 こんな時、俺は何と声を掛ければ良いのだろう。

 事実彼女が居たからこそ生き残れた場面だってあった。

 皆だってミーヤさんの事をリーダーだと認めているし、頼りにしている。

 しかし言葉で伝えた所で、彼女は納得するのだろうか?


 「俺、皆から言われるんですけど、鈍いらしいんです」


 「そうですね、リックさんは鈍いです」


 こうもズバッと言われると結構ショックなんですが。

 ガクッと項垂れてみれば、ミーヤさんからはクスクスと微笑みが零れる。


 「ま、まぁそうなのかもしれませんけど……でも、ちゃんと伝えたい事は伝えたと思っていました」


 「というと?」


 「なんというか、その。伝えた気がしていたんですけど、不十分だったというか。実際どうありたいとか話し合っていなかったので、曖昧になってしまったと言いますか」


 なんて呟きながら、彼女の方へ顔を向けてみれば。

 ミーヤさんは隣で膝を抱えながら、こちらに微笑みを向けていた。

 あぁ、やっぱりこの人はズルい。

 普段は見せない、こんな緩い微笑みを見せられれば。

 男なら誰だって勘違いしてしまうだろう。

 そんな、柔らかい微笑み。


 「曖昧、なんですか?」


 「そうですね。せめてどうしたいか、どう在りたいか。そういう事をちゃんと言葉にするのだって、重要な事だと思うんです」


 「リックさんは、どうしたいんですか?」


 微笑みながら首を傾げる彼女から顔を背けることなく、大きく深呼吸した。

 それでも、うるさい胸の鼓動は静かになってくれなかったが。


 「俺は、俺達はミーヤさんをリーダーだと思っていますし、頼りにもしています。これは他の誰がパーティに加入しようと変わりません」


 「ありがとうございます、でも皆どんどん強くなっています。いつかは邪魔になる時が来るはずです。戦闘においては、特に」


 先程の様な、困った様な笑みを浮かべるミーヤさん。

 違うんだ、そんな顔をさせたいんじゃないだ。

 グッと力を入れてから、体ごと彼女に向き直る。


 「だったら、その時は。冒険者を辞めて俺を待っていてくれませんか? 俺が帰って来るのを。それで、おかえりって言って下さい。それだけで、俺は多分毎日帰って来られる気がします」


 偉く遠回しの言葉になってしまったが、これは本当の気持ちだ。

 ミーヤさんなら大丈夫、いつまでだって俺らのリーダーでいてくれる。

 そう思う反面、もしも彼女がウチのパーティから抜ける事態が発生するのなら。

 その時は。


 「俺は、ミーヤさんに他のパーティに行って欲しくありません。もしもこのパーティを抜ける時が来るなら、その時は……その、俺のパートナーになってくれませんか? 一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて。朝は行ってらっしゃいって送り出して欲しいです、夜はおかえりなさいって迎えて欲しいです。だから、えっと……もしも俺が貴女を超えたその時は、ミーヤさんを独り占めさせてくれませんか?」


 言いながら気づいた。

 そうだ、俺は彼女を独り占めしたいんだ。

 他の男に言い寄られればイライラするし、今回のダグラスさんの様な恰好良い人が来れば不安になる。

 彼女を取られてしまうんじゃないかって、モヤモヤするのだ。

 だから、独り占めしたい。

 彼女は俺のモノだって。

 いや、俺だけの大切な人だと胸を張って言いたいんだ。


 「それ、プロポーズじゃないですか?」


 「そのつもりです」


 唖然として彼女だったが、断言してみれば徐々に赤く染まっていく表情。


 「私、弱いですよ」


 「だったら俺が強くなります、ミーヤさんを守れるくらい」


 「私、ミサさんみたいに料理上手くないです。ファリアさんみたいに綺麗じゃないです」


 「関係ありません、俺にとってはミーヤさんが一番ですから」


 「私、その……結構我儘ですよ? それに独占欲も強いし、面倒くさいですよ?」


 「我儘で良いです、何でも言って下さい。言われないと、分からない鈍感男なので。欲しいモノ、やりたい事、不満な事。何でも言ってください」


 もはや恥ずかしがっては負けだとばかりに、ズイッと身を寄せてみた。

 そして彼女も、身を引く事は無かった。

 今までにないくらいに近い距離で視線が交差している。

 正直、滅茶苦茶恥ずかしいしすぐにでも視線を逸らしたい。

 でも、多分それは正解じゃないのだろう。

 恋愛未経験の俺だったとしても、それくらいは分かる。


 「俺は、ミーヤさんの全部が欲しいです。他の人に、絶対渡したくないと思っています」


 「だったら……」


 真っ赤な顔をしながら、彼女は視線を背けた。

 モゴモゴと口を動かしながら、とんでもない小声で言葉を紡いでいく。


 「私も、もっと近い感じに呼び合いたいです……正直、ダグラスさんの対人能力が羨ましいと思ってしまいました。私だってずっと、最初の頃から呼び名が変わっていないのに。初日であだ名を付けたり、そういうの……なんだか私の方が遠い気がしてしまって」


 赤い顔のままムスッと唇を尖らせる彼女に、思わず吹き出してしまった。

 皆の言う通りだ。呼び名一つで、ここまで変わるモノだとは考えたことが無かった。


 「わ、笑う事ないじゃないですか! 私としては、結構悔しかったんですからね!? それに、その後呼び捨てにしても全然気づいてくれなくて――」


 「ミーヤ」


 もうここまで来ると、意外と流れで言えてしまうモノなのかと自分でも驚いた。

 彼女の事を呼び捨てにしてみれば、今まで以上に真っ赤になった彼女がパクパクと口を開閉している。


 「ごめんなさい、気付けなくて。やっぱり俺は鈍いんだと思います。だから、教えて下さい。貴女の事を俺はもっと知りたい、どうすれば喜んでくれるのか、どうすればもっと笑ってくれるのか。俺は、全部知りたいです」


 「……じゃぁ、敬語止めて下さい」


 「分かった」


 「あと、もっとくっ付いて下さい。何だかいつも距離を置かれている様で、ちょっと寂しいです」


 隣に座る彼女に、再び体を横に向けてピタッとくっ付いてみれば。


 「ふ、不思議ですね。今までは抱きしめても全然平気だったのに、今は隣でくっ付いているだけでドキドキしています」


 そう言いながら、彼女は相変わらず赤い顔で胸を押さえている。

 何度も、彼女に抱きしめられた。

 辛いとき、挫けそうな時。

 でも彼女に抱きしめられている時だけは、全部辛い事が溶けていった気がしたのだ。


 「俺は好きですよ? ミーヤさんに抱きしめられるの。凄く落ち着きます」


 「もう……今は絶対に抱きしめてあげませんから。あと、また敬語です」


 「こればかりは、慣れるまで時間が掛かりますね……」


 「努力してください」


 呟きながらも、彼女の顔が近付いて来る。

 やがて瞼を閉じ、ミーヤさんの息遣いまで感じられる程に近づいた唇。

 あぁ、やっぱり俺は……この人が好きだ。


 「ミーヤさん、愛しています」


 「はい、私も――」


 短い言葉を紡ぎ合い、少しだけ唇が触れたその瞬間。


 「見張り交代の時間っす! お疲れさまでした!」


 ズバンッ! と背後の扉が開いてダグラスさんが姿を現した。

 思い切りバッ! と距離を開け、俺達は明後日の方向へと視線を向けた。

 ち、ちくしょう! でもちょっとだけ、ちょっとだけ触れた気がするぞ!?

 何てことを思いながら、二人して真っ赤な顔をしていれば。


 「あぁ~えっと。すんません……もう何時間か寝て来ましょうか?」


 「「お構いなく!」」


 「ご、ごめんなさい? もしだったら、斥候組二人が起きた後俺もしばらく外に居るんで……その間に、えっと」


 「「お構いなく!」」


 「りょ、了解っす」


 そんな訳で、俺達の見張り番は終了したのであった。

 屋内に入り、毛布に包まって横になるが……眠れる気がしない。

 隣には先程まで唇を合わせようとしていた女の人が転がっている訳で、しかも滅茶苦茶近い訳で。

 おかしい、野営の時とかこんなにドキドキしてなかった気がするのに。

 改めて考えると、全然眠れる気がしない。


 「リックさん」


 「ひゃいっ!」


 思いっ切り声が裏返った、滅茶苦茶情けない。


 「リック」


 「……えっと、ミーヤ」


 「んふふ」


 “そういう事”なのかと思って、呼び合ってみた結果。

 背中にミーヤさんがくっ付いて来た。

 こ、これは余計に眠れなくなる可能性が……。

 何てことを思いながら、無理矢理瞼を下ろしてどうにか睡眠を取ろうと努力するのであった。

 このままの態勢で朝を迎えてしまったら、周りから何を言われるか分かったもんじゃないな……。

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