第35話 盾という存在
アレから数日後、しばらく休みを挟んでギルドに向かってみれば。
「緊急、という程では無いのですが。今冒険者の皆様にお願いしているクエストがございまして」
「は、はぁ」
受付嬢のリタさんがニコニコしながらミーヤさんに詰め寄り、ウチのリーダーはちょっと引き気味に声を上げた。
本日からミサさんは居ない。
だからこそ今一度気を引き締めようという所に、これである。
何かあったのだろうか?
「旧市街に溜まっていたゴブリン達、かなり数が減りましてね? しかもトップも打ち取った訳じゃないですか。だからこそ、統率の取れないゴブリン達がウロウロしていたんですけど……ここ最近、別の種類の魔物が縄張りを奪おうとしているみたいで」
「あまり穏やかな話じゃありませんね……」
間違いなく俺達が討伐したゴブリン上位種の事だろう。
そして、その騒ぎに集まって来たゴブリン達もミサさんが一掃していたし……。
中心地に集まっていた魔物達は、かなり致命的なダメージを負った様だ。
「ランクの高い人たち、雑魚ばかりの旧市街なんて眼中にない」
「まぁそうだよな。ゴブ上位種が出た所で、だから? とか言われちまう」
フレンとリックもため息交じりに声を洩らすが、実際その通りのなのだ。
高ランクの冒険者では、もっと強い相手と日々戦っている。
だからこそ、前回の緊急ゴブ戦もランク3以上が来なかった訳だし。
ミーヤさんやライアさんでも手に余る相手だったのだ。
もしもホブが狩れず、父さんの到着が遅かったと考えると今でも肝が冷える。
「それがですねぇ、旧市街にミノタウロスの目撃情報があるんですよ」
「いやいやいや!? それランク3でどうにか出来る相手ですか!?」
「一匹に対して、全員がランク3以上のバランスが取れたパーティなら、ですかねぇ」
思いっ切りツッコミを入れるミーヤさんに対して、リタさんが困った笑みを浮かべているが。
いや、それ俺達には無理ですよね?
ミーヤさんがランク3なだけで、他はランク2なんですが。
「もちろん討伐しろとは言いませんよ? 調査です調査。明らかに高ランクの冒険者でないと対処出来ないという証拠が掴めないと、そういう人たちが動かせなくてですね……幸いミーヤさん達のパーティは斥候というか、足の速い人が多いですし。如何でしょう?」
「そう言われても……ミノタウロスともなると……」
困り顔のリタさんに対し、こちらのリーダーも困り顔で返す。
ミノタウロス、牛の頭を持つ魔物。
というより、二足歩行の牛の魔獣と言った方が良いのかもしれない。
実際に見た事は無いが体は人間っぽい見た目をしており、頭は完全に牛。
後ろ足も牛と同じ様な形をしており、前足は人と同じ様な五本指。
全身を固い体毛を覆い、モノによっては武器を巧みに使ってくるという。
推奨ランクは、たしか4以上。
勿論、討伐を目的としたパーティ単位の話ではあるが。
「ちなみに、どれくらいのパーティがその依頼受けてる?」
ミーヤさんとリタさんの会話に、フレンが口を挟んだ。
確かに気になる所ではあるが……。
「かなり多くのパーティが受注しておりますよ? 調査だけにしては、報酬が高いので。それこそどこの旧市街のココに何匹居た、とかでも報酬が出ますから。もちろん情報の質と鮮度によって報酬は上下しますが」
それだけ聞けば美味しい仕事の様に聞こえるが、情報の質と鮮度って所が肝心なのだろう。
適当な情報を報告する輩も居る事を予想出来る事から、一匹見つけたからと言ってすぐ戻って来てもお小遣い程度の報酬を支払われるだけなのは眼に見えている。
ギルドが求めているのはミノタウロスの全体数と侵略具合、そしてどれ程の範囲を我がモノとし警備しているかなど、それらを含めた相手の動き。
そして何より、ランク3以下では対処できないという理由作りが必要なのだから。
「まぁ、そうですね。他に手頃な依頼もありませんし、調査だけというのであれば……」
「やった! 期待してますね? もちろん無理はしないで下さい、こういうのは普段の行いや人柄も重要視されます。もしも一匹と遭遇して逃げて来たとしても、貴女達ならちゃんと色を付けますから」
そんな事を言いながら、リタさんが書類を確認しながら詳しい説明を始める。
なんだか、凄く乗せられた感があるのだが……とか何とか苦笑いを浮かべていれば。
「すんません、ミーヤさんって方いますか? そんで、このパーティのリーダーって誰っすかね? ちょっとお話したい事がありまして」
説明を受けていた俺達の横から、全身鎧を身に纏った男性が声を掛けて来た。
兜は被っておらず茶色の長髪、身長は非常に高い。
ガタイも良い、羨ましい事に。
しかし年齢としてはミーヤさんと同じくらいか、少し上に見える程若々しい顔立ち。
なんとかっす、みたいな口調で少し軽く聞こえるが、彼の表情はどう見ても真剣そのものだった。
「私がミーヤです、そしてこのパーティリーダーを務めております。なんでしょう? 依頼の横取り、という訳ではなさそうですが。ご用件は?」
鋭い声を上げながら彼女が彼の前に歩み寄ってみれば、俺達は全員腰を落としながら武器に手を添えた。
過剰な反応かも知れないが、以前にもあったしつこいナンパだった場合こちらも対処が必要になるだろう。
この行動だけで、ビビッて引いてくれれば良いんだが……とか思っていたら、彼は慌てて両手を見せながらブンブンと首を左右に振ってみせた。
「す、すんません! 怪しいですよね、俺。でも悪意とか、敵意とかないっす。あとナンパでも無いっすから心配しないで下さい。依頼受けた後で良いんで、少し時間貰えないっすか? ちょっと話しておきたい事があってですね」
「……ここで話す訳にはいかない、と?」
チラッとリタさんの方へ視線を向けてみれば、書類を手にしながら彼女もまた鋭い視線を彼へと向けている。
「確証が持てる話じゃないんで。受付さんに聞かれて変に疑われたり、あいつらに妙な噂が立っても……その。俺の勘違いって可能性もあるんで」
「つまりお話とは想像の域を出ない話であり、他者……他の冒険者に関わる話という事でよろしいですか?」
「うっす」
ミーヤさんの言葉に短く答える長身の彼に、皆揃って疑いの目を向けた。
信じて良いのかどうなのか、正直情報が少なすぎて判断に困るが。
「とりあえず、依頼の受注処理が終わったらもう一度お話を聞きます。食堂で待っていて頂けますか?」
「了解っす」
短い返事を返した彼は、ドスドスと足音を立てながらギルドの食堂へと歩いていく。
その背中を見送ってから、俺達は武器から手を放した。
悪い人ではない、のかな?
ちょっと判断に困るが。
「もしも不味い事態だった場合、すぐこちらに連絡をくださいね?」
「えぇ、肝に銘じておきます」
随分と鋭い視線を向けるリタさんと、ため息を溢すミーヤさん。
名前も聞かず仕舞いだったが、結局何だったのだろう?
それもまぁ、直接話を聞けば分かる事なのだが。
面倒事じゃなければ良いなぁ、なんて思いながらも。
やはり溜息は零れるのであった。
――――
「うおおおおぉぉぉぉ!」
やけにデカい叫び声を上げる全身鎧が、ミノタウロスの正面に立った。
相手の身長は、彼よりも高い。
しかも肩幅だって、人間と比べられないくらいに広い。
そんな敵が彼に向かって棍棒を振り下ろすが、難なく盾で逸らし長剣で相手の体を突き刺していく。
非常に地味な戦いに見えるかもしれないが、俺達からすれば異常。
少なくなって来たとは言えまだまだそこら中に居るゴブリン達ならまだしも、相手はミノタウロスなのだ。
その力強い攻撃を片手で持った盾で凌ぐ筋力と器用さ、的確にカウンターを入れる冷静さ。
これだけでも、彼が俺達より数段上の冒険者なのだと理解してしまう程だ。
とはいえ……ランクはミーヤさん同様ランク3だが。
「あれであのランクはあり得なくないですか……? 一人で、しかも正面から戦ってますよ?」
「す、すげぇー……同ランクでもライアよりずっとタンクしてる、ミノタウロスの攻撃止められんのかよ」
「お父さんと同じタイプ? 何故かランクを上げない変わり者」
各々好き勝手言いながら、ポカンと彼の動きを眺めていた。
もうあの人だけで良いんじゃないかなって思っちゃうくらいに、強い。
「あ、あの……手伝います?」
「是非! 結構ギリギリなんで手伝ってもらえると助かるっす!」
声を掛けてみれば、物凄く切実な願いを叫ぶ声が聞えて来た。
どこら辺がギリギリなのか、まるで分からないんだが。
本当に、分からない。
どのタイミングで手を出して良いのか、どう動けば邪魔にならないのか。
今までにないタイプの新しい仲間が一人加わっただけで、こうも変わるのか。
リオが参加した後のフレンとか、こんな気持ちだったのかもしれない。
全部手探りなのだ。
恐る恐る手を出して、問題無さそうならもう少し手を出す。
駄目だ、これじゃ駄目だ。
それだけは分かる。
絶対前みたいに失敗する。
何手か攻めた所で、俺は諦めて叫んだ。
「ごめんなさい! わかりません! 動きたいように動きますから、駄目な時はすぐ言って下さい! やり辛いなって思った事を後で全部教えて下さい! 行きます!」
「どうぞっす! 好きに動いちゃってください!」
そんなやり取りの後、俺達も全力で動き出した。
倒さなくても良いと言われたミノタウロスに向かって、全力で剣を叩きつけた。
なんだろう、いつもより妙にやりやすい。
攻撃が思った通りに入る。
「周り! 雑魚多数!」
「襲って来ない相手は無視してください! ミノタウロスが優先です、隙を狙って攻め込んでくる輩のみ片付けて! しかし見失わない様に! 大物を倒した後一気に押し寄せて来る可能性があります!」
「言ってくれるねぇ、ウチのリーダーは!」
三人とも口々に叫びながら、本命へと攻撃を続けた。
凄い、凄いぞコレは。
ランクがもっと上じゃないと倒せないとされていたミノタウロスと、俺達が平然と戦えている。
まるで自らが強くなったかと勘違いしてしまいそうだ。
でも、それだけは絶対違う。
なんたってたった一人で奴の注意を引きつけ、ずっと戦い続けている人が居るのだから。
俺達は、隙だらけの背中から襲うだけ。
こんなに楽な狩りはあっただろうか?
そんな風に思ってしまう程、順調に戦闘が進んで行った。
「大丈夫ですか!?」
「まだ大丈夫っす! もうちょっと掛かりそうなら、出来るだけ足を狙って貰えると助かります!」
「了解です! もう少しで終わりますから、頑張って下さい!」
「うっす!」
俺達のパーティに臨時で入った、タンク。
圧倒的と言って良い程の実力を兼ね備えた、長身の彼。
全身を鎧で包み、俺の憧れた背中に俺よりずっと近い人物。
ちょっとだけ嫉妬してしまうが、彼が居る事によりいつもより安定した戦闘がくり広げられている。
「ミノじゃないが、細かいの多数接近! ゴブリン!」
「どれくらい押さえれば良い!? こっちで全部片付ける!?」
斥候組が叫ぶと同時に、彼は盾と剣を打ち鳴らした。
「全部貰うっす! でも倒せないと思うんで“後ろ”からお願いしたいっす!」
「「了解っ!」」
タンク専門の人って、こんなに頼もしいのか。
そんな風に思ってしまう程、恰好良かった。
全ての攻撃をその身で受け、流し、引きつける。
頼りになるという言葉を体現した様なその姿は、誰から見ても“凄い”の一言に尽きるだろう。
「とんでもないですね……」
「私も同意見です。まさかココまで凄いタンクが同ランクにいたなんて……」
ミーヤさんと呟き合いながら、俺達も走った。
彼の名前は、“ダグラス”。
タンク一筋で冒険者をやっているらしく、本人はパーティ戦じゃないと役に立てないと言っていた。
しかしパーティにさえ入れば、ココまで存在を主張してくる強者。
そんな彼が何故ウチに入ったかと言えば、他のパーティで喧嘩して抜けて来たらしい。
“バールド”。
冒険者に登録したその日に、俺達に絡んで来た先輩冒険者。
彼のパーティに所属していた彼だったが、他のメンバーに比べて討伐数が少ないという理由で色々グチグチと言われていたとの事。
馬鹿なのだろうか? どう見ても、ダグラスさんは防御と敵のヘイトを買う事に特化している。
その間に他の者が攻撃できるのだ、討伐数が少なくなるのは仕方がない。
俺達よりずっと格上だと感じるが、防御に徹した彼はもはや異常だ。
今ではミノタウロスの他に、ゴブリンまで引きつけている。
相手の攻撃を弾き、隙を作る“パリィ”という行為。
全てに対して、ソレを的確にやってのける。
結果として他のメンバーは人為的に作られた隙をつくだけで勝てる。
ヤバイ、この人天才かもしれない。
なんて感じてしまう程に、頼もしいのだ。
「ダグラスさん! もうちょっとです!」
「さんとかいらないっすよ! リッ君!」
「リッ、え?」
急に変な呼び方をされて一瞬止まりそうになってしまったが、気を引き締め直して双剣を振るった。
結構丁寧だし、ペコペコするような雰囲気を放っているのだが。
言葉遣い同様、距離感は近いみたいだ。
嫌じゃないから、別に良いけど。
「リッ君! 最後の一匹っす!」
「了解っ!」
彼がパリィしたミノタウロスに対して、隙だらけの首元に両方の剣を叩き込みながら通り過ぎる。
振り返りながら「どうだ!?」とばかりに睨んでみれば。
首から大量出血したミノタウロスが地面に伏している所だった。
「いいっすね。前のパーティより、全然やりやすいっす」
「えっと、ありがとうございます?」
周囲の敵を全滅させた所で、戦闘は終了した。
凄い戦果だ。
たった一人、タンクが加わっただけだというのに。
俺達でミノタウロスを一匹討伐してしまった。
ゴブリンも集まって来ていた様な事態なのにも関わらず、だ。
それだけ、彼の存在が大きいという事なのだろう。
これで不穏な状況じゃなければ、大手を振って歓迎出来ていたのだが。
「でも、皆警戒してくださいね? いつ狙ってくるかわからないっす」
「今の所は大丈夫そうだけどな、このパーティじゃ一番耳が良いのは俺だ。安心してくれ、近くに人は居ねぇよ」
リオがグッと親指を立ててみれば、一つ息を溢してからダグラスさんが長剣を鞘に戻した。
彼が持ってきた情報、それは“バールド”が未だミーヤさんを狙っているというもの。
しかも恋愛や肉欲的な生易しいモノではなく、依頼中に襲撃するという非道な手段を企てているらしい。
かなり具体的な内容まで話していた事から、“本気”だと思ったダグラスさんがブチ切れ、ぶん殴ってパーティを抜けて来たという内容だった。
元々ランク4だったバールドに対して頭が上がらない調子だったパーティメンバーは、彼の行動に相当驚いたんだとか。
この話が本当だったら、物凄い事だ。
自身が信じる正義の為に、今まで仲間だった人をぶん殴って来たのだから。
そして被害者になりそうな相手に対して、償いの為に盾になりたいと申し出たのが、彼だ。
格好良すぎない?
俺が女だったら、絶対ホレている気がする。
それくらいに、行動も戦闘も凄かったのだ。
そんな事を考えながらダグラスさんにチラッと視線を送ってみれば。
「リッ君、マジで良い動きでした。不味いなって思う相手から片付けてくれる時とか、マジですげぇって思いましたよ。ランク2って絶対嘘っすよね? ランクアップの申請しないんすか?」
「えっと、一応俺達は正式にランク2ですね。多分今申請しても上がりません。あと相手の選別は、防ぎ辛そうだなって思う相手から攻撃しましたけど……あってました?」
「やっぱ狙ってやってたんすよね!? 俺等めっちゃ良いコンビになれそうじゃないっすか!? 正式にパーティ入れて下さいよ! 皆が居るだけで、俺安心して盾だけ握れますって!」
「えっと、そういうのはリーダーの判断を……」
やけにグイグイくる彼から身を遠ざけながらミーヤさんに助けを求めてみれば、彼女は頬を膨らませながらジッとこちらを睨んでいた。
あら可愛い、でもそうじゃない。
「別に、リックさんが気に入ったなら良いですけど……」
「兄さんがナンパされてる」
「でも確かにリックとダグラスって相性良さそうだったよな。初めて組むとは思えない程、息が合ってたっつうか」
各々好き勝手言ってくれますが、出来ればダグラスさんを止めてからにして頂きたかった。
「やっぱ勘違いじゃないんすよ! 攻撃と防御の相性っていうか、攻撃に専念したリッ君マジで格好良かったっすよ? こりゃ俺も頑張んなきゃって思うくらいに、いやホントに」
「えっと、どうも。ありがとうございます……ミーヤさーん! ミーヤさーん!? リーダー! 助けて下さーい!」
「……知りません。今までは私と合わせていた癖に、すぐ他の人とも合わせるんですから。順応力が高いですね、リックさんは」
なんて台詞と共に、プイッとそっぽを向かれてしまった。
妙に拗ねている内容が可愛いですけど、出来れば助けてくれてから言って頂ければ嬉しかったです。
「と、とりあえず今回の依頼が終った後にパーティ会議という事で……」
「うっす!」
今回の新メンバー、キャラ濃いなぁ……。
とか何とか思いながら、俺達は旧市街を進んで行くのであった。
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