第34話 家族の食卓
「父さん……ミサさんって何者?」
「ん? ちょっと普通とは違う稼ぎ方をするが、商人だぞ?」
「商人って、凄いんだね……」
夕食の席で、思わずそんな言葉を呟いてしまった。
流石に狭いと言いたくなる程人が集まったウチの食卓。
人が多くなって来たから、わざわざテーブルを買い替えたくらいだ。
父さん、俺とフレンにミーヤさん、そしてリオ。
そして今ではミサさんにファリアさん、更には勇者様と聖女様まで居るのだ。
急に大家族になってしまった。
皆ガヤガヤと賑やかな様子で食事を楽しみ、ミサさんだけはちょこちょこ席を立ってはおかわりなどを皆に配っている。
「あぁ~その、なんだ。戦闘という意味での話か?」
「うん。冒険者を沢山見て来たとは言ってたけど、流石に強すぎない?」
隣に座る父さんとヒソヒソと話していれば、耳をピクピクさせたミサさんがこちらに寄って来て、グワシッと俺の頭を掴んだ。
ついでにご飯のおかわりをデンッと目の前に置きながら。
「女の秘密を知ろうとは、リックも中々盛って来たのぉ」
ニヤニヤする彼女にジト目を向けながら、どう反論してやろうかと頭を悩ませていると。
「体力作りやら基礎的な戦い方は、それこそミサがお前らくらいの時に俺が教えたからな。それからは冒険者や傭兵の連中から、金を払ってでも技術を教えてもらったって言ってたか?」
「ドレイク貴様、女の過去をペラペラ喋る男は嫌われるぞ?」
物凄く眉を吊り上げたミサさんは、テーブルの上にあったデカい猪肉を父さんの口に押し込んだ。
だというのに、表情を変えずに肉に喰らい付く父さんもどうかと思うが。
しかし、この二人は随分と長い付き合いなのか。
たしかミサさんが25くらいだと思ったから、俺達くらいの歳の頃となると……それこそ十年くらいの付き合い?
何てことを思いながら首を傾げていれば、こちらの口にも猪肉が叩き込まれた。
なんか随分とデカイ肉塊がテーブルに並んでいるが、どこでこんな大量の肉を仕入れて来たんだろう。
「リック、女の歳をアレコレ想像しながら考え事は感心せんなぁ。ったく、血の繋がりは無い癖にそういう所はしっかり親子じゃな貴様らは」
何故バレた。
とりあえずそれ以上考えない様にして、大人しく口に突っ込まれた肉を齧っていれば。
あ、旨い。じゃなくて。
「色々勘違いしておる様じゃから今の内に言っておくが、私はそこまで強くないぞ? 前回も今回も、派手に道具を使っただけじゃ。お前等より勝っている所なんぞ、恐らく隠密行動くらいなもんよ。足軽の商人じゃからな、一人で国の外を歩き回る事も少なくない」
「いや、姉さん。それは流石にねぇって……」
「ミサさん、流石にその慰めは心に来る……」
リオとフレンが、彼女の言葉と共に枯れ始めてしまった。
とてもじゃないが、俺も二人と同じ意見だった。
まぁ斥候組からすれば、隠密行動で負けているというのもショックなのだろうが。
「いや、多分本当の事だぞ? ミサの直接的な戦闘能力はそこまで高くない。一対一で同じ武器や魔法縛りで戦ったら、お前達が圧勝するんじゃないか? 彼女は商人であり、戦闘においてはトラップが専門だ。あと得意なのは逃げる事か? ミサは何処までも“一人でも生き残る”事に特化しているんだ。逃げる為に罠を使い、追手を撒く為に数々の道具を使う。判断力に関しちゃ、俺だって敵わないぞ。あとは本気で逃げるミサを捕まえるのは、俺でも無理だ」
会話の途中で、猪肉を食べ終わった父さんがそんな事を言い始めた。
いや、え?
それは弱いと言われているのか、強いと言われているのか分からないんだが。
父さんからも逃げられる商人って何。
以前のゴブリン戦の時の光景を思い出すと、とてもじゃないが大剣を振るう父さんから逃げられる気などしないのだが。
「いくら良い道具を持っていても、使わずに死んだら意味がない。だからこそ使うタイミングを間違えない様にしているだけじゃ。それから……言ってくれるのぉドレイク。走って馬車を追い越したり、空を走る意味の分からん奴からいくら何でも逃げられる訳がないじゃろ」
「人間より足の速い魔獣や魔物なんて腐る程いるだろう? そう言った連中からだって平然と逃げ延びるじゃないか。あ、それからすまん。おかわり」
「そういうのには、それぞれの対処法を知っているというだけじゃボケ。経験も体力も速度もある英雄様からなんぞ、早々に逃げる事を諦めるわい。あいあい、大盛りで良いな?」
呆れた表情を浮かべたミサさんは、父さんの丼を持ってキッチンに姿を消した。
なんだかサラッと凄い言葉が連発していた気がするんだが、気のせいだろうか。
道具の使い処を間違わないって、普通に凄い事だよな?
高価な代物を手にすれば、誰だって出し惜しむ。
だからこそギリギリまで使わない様にして、結局失敗したりする訳だが。
ソレを考えると、ミサさんはかなり豪快にスクロールや変な薬品を使い捨てていた気がする。
それは、“必要”だったから。
非常に単純な答えだが、その答えを瞬時に判断出来る者は存外少ないモノだ。
それから足の速い魔獣なんかから、彼女は一人で逃げられるのか。
しかも、当然の様に。
あと父さん、貴方馬車より足速いんですか、空も走るんですか。
びっくりだよ。
「しかし条件付けしない限りは勝てない、という事ですよね。とてもじゃないですけど、ミサさんに攻撃が届くと思えません……あと判断力という意味でも、何というか。はぁ……」
同じような感想を抱いたらしいミーヤさんも、ペタンと耳を下げながらモソモソと食事を続けていた。
今日は特に、最後指揮役をミサさんに任せちゃったからなぁ……自信が無くなってしまったのかも。
悪い事をした様な気にはなってしまうが、あの場合は仕方が無かったのだ。
申し訳ないとは思うが、飲み込んでもらう。
「何か勘違いしているようだな。今皆が想像しているのは、ミサの土俵に立って居る自分を想像しているだろう? フリーな状況、いくらでも逃げ隠れ出来る土地。逃げながら罠を仕掛けて来る彼女を追う戦闘。そりゃ勝てる訳がない」
父さんの一言により、俺達はガックリと肩を落とす。
詰まる話、俺達がまだ全然弱いって事だよね。
はぁ、と改めて溜息を溢してみれば。
「試合じゃないんだ、状況は自分で作る物だぞ? 彼女が逃げられない様に最初から状況を整えておく、もしくは前衛以外が周囲に隠れ、どこに逃げたら良いか分からなくさせる。方法は色々だ、全てお前達次第だ。そして一度でも一対一の直接戦闘に持ち込めれば、結果は分からないぞ?」
思わず、ポカンと口を開けてしまった。
なるほど、そうか。
そもそもの条件付け、つまり縛りを最初から用意してしまえば良いのか。
正面切って戦闘を始める前に、状況を作ってしまえば良いんだ。
よく考えれば、ミサさんは“いつの間にか”状況を作っていた。
俺達が気づかない間に罠を仕掛け、ここぞというタイミングで発動させる。
それは始まる前から“状況”を作っていたんだ、自らが戦いやすい戦況にする為に。
戦闘云々の前に、俺達はそこでミサさんに出し抜かれていたのか。
結果ばかりを見て驚いたり、落ち込んだり。
全て彼女の掌の上だったと、今なら納得できる。
勝負を始める前から勝負が決まっていたという訳だ。
そんな彼女の上を行きたいなら、戦闘よりももっと前。
状況作りから始めなければいけない。
コレは他のどんな相手にだって言える事だろう。
思わず目から鱗が落ちたような気分であった。
「こらドレイク。子供達に教えるのは良いが、それじゃまるで私の首をコイツ等が狙っている様ではないか。共に住み始めたというに、寝ている間も命の心配をするのは御免じゃぞ?」
思い切り呆れ顔を浮かべながら帰って来たミサさんが、父さんの目の前に丼をデンッと戻した。
そしてお礼を言ってから、山盛りのご飯を減らしていく父さん。
なんというか、家に帰って来ると二人共あんなとんでもない事をする強者には見えない。
それだけリラックスしているという事なのだろうが、こんな人たちがあの戦闘を繰り広げるんだもんなぁ……。
それは、向かいに座っている大人組も一緒な訳だが。
「ミサさん、撤退戦が得意なんですね。一度模擬戦してみませんか? ドレイクからも逃げ切るという実力、興味があります」
「ぜっったいに断る。こんな物理聖女、どんな道具を使えば良いのか分かったもんじゃないわ。笑いながら地雷原を走り抜けて来る姿しか想像出来ん」
何故か好戦的物理思考な聖女様が、ワクワクしながらミサさんに声を掛けているが。
本気で逃げるミサさんと、それに突っ込んで行く聖女様というのは凄い図になる気がする。
「もう少し視野を広くしないといけませんね……私、全然リーダー出来ていません」
「そんな事無いと思いますけど……」
「いえ、分かっているので。慰めは不要です、リックさん」
ぐすんっと涙目のミーヤさんが、しょんぼりしながらモグモグしている。
こういう事思う場面じゃないのは分かってるんだけどさ、ホント可愛いなこの人。
しょぼくれながらもご飯食べてる小動物みたいで、思わず撫でたくなっちゃうんだけど。
「あ、ちなみに明日から私はついて行かんから。頑張るんじゃぞ、ちびっこ共」
「へ?」
「何を呆けておる、ある程度実力が付くまでと言ったじゃろうが。変な依頼を受けたり、馬鹿みたいに突っ込んだりしなければ大丈夫じゃよ。ちゃんと逃げる事を頭に置いて戦うんじゃな、戦闘としちゃ合格じゃろ。英雄組から見ればまだまだひよっこじゃろうが、冒険者としてはちゃんと“新人”程度にはなっておる。コレ以上そっちは私に教えられんからのぉ」
偉く軽い感じで、ミサさんのパーティ脱退が発表されてしまった。
こ、これで良いのか?
確かに、俺達に動き方を教える為だけに冒険者になってくれた訳だが。
今までの雰囲気からいって、もっと長い事訓練期間が続くモノだと思っていた。
これからも彼女に罵倒されながら、暫くパーティ行動が続くのだと思っていのだが……。
「まぁミサは商人だからな、自分の仕事もある。まだ不安の様なら、俺達が付くぞ? どうする?」
そう言って、父さんをはじめとした大人組が真剣な表情を此方に向けてきた。
俺達はまだまだ弱い、皆が付いて来てくれるのなら安心出来る。
そういう気持ちは、確かにあるのだが。
「俺は……また四人で仕事したいかな。いつまでも甘えている訳にはいかないし」
ポツリと呟いてみれば、ミーヤさんも頷いてくれた。
「そうですね、私たちは十分に恵まれた環境にいます。ですから、コレ以上甘えてしまっては、多分甘え続けてしまいます」
「だな、リーダーの言う通りだ。やべぇって時、絶対頼っちまう。普通の冒険者は、そんな保険はねぇって忘れちまいそうだよ」
「今日も、ミサさんに頼っちゃったし。私も賛成。今以上に気が抜けて、肝心な時に動けなくなりそう」
皆揃って、俺の意見に賛同してくれた。
心配してくれる父さん達には悪いけど、元々自立したいから冒険者になったのだ。
支えてもらってばかりでは駄目だから、自らで稼ごうと心に決めてこの仕事に就いた。
恩を返そうとしている人達の足を引っ張っては、本末転倒も良い所だろう。
「いやぁ、ドレイクの所の子供達は良い子ばかりだね。頼もしいよ」
「素晴らしいですね、しっかりと向上心がある。どこかの勇者とは大違いです」
「皆、頑張るんだよ? でも困った時はしっかりと私たちを頼る。それだけは約束だ」
「同ランクの奴らに比べりゃ、お前達はずっと強い。精々自信を持つんじゃな」
大人組も、皆揃って笑みを浮かべてくれた。
この人達は皆強い、そして俺たちに色々教えてくれる。
だからこそ、期待に答えたいのだ。
この人達がいつか安心して俺達を送り出せるように、強くなりたい。
そう思いながら、全員が強く頷いてみれば。
「これが反抗期……頼ってくれなくなるってのは、やっぱり切ないモノだな……」
「ドレイク、これは反抗期とは違うと思うんだ。頼ってくれないんじゃなくて、信頼して欲しいから頑張っているんだよ? ほら、お酒でも飲もう。付き合うよ」
約一名、重い空気を放ちながらファリアさんと一緒に酒盛りを始めてしまったが。
しかしそれは俺達が心配だからこそ、なのだろう。
だったらいつか心配されないくらいに強くなって、父さんと肩を並べても恥ずかしくない男になりたい。
そんな風に、思ってしまったんだ。
今はまだ、頼りないかもしれないけど。
「父さん、明日は一本取るからね?」
「朝の稽古はやってくれるのか!?」
「そりゃやるよ、俺達はまだまだ弱いもん。だから、明日もお願いして良いかな?」
「そうか、いよし。明日はちょっと本気出すぞ!」
「ドレイク、それは子供達が死ぬから止めんか」
テンションが上がったり下がったりする父さんに、皆して苦笑いを溢しながらゆっくりと夜は更けていった。
明日からは、また俺達だけ。
正真正銘、自分達だけでどうにかしなきゃいけない戦闘が待っている。
だからこそ、もう一度気を引き締め直そう。
俺達は、いつだって死と隣り合わせに居る職業に就いているのだから。
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