第33話 挑戦


 一夜野営で過ごし、翌日。

 俺達は“上位種”がたまり場にしているという屋敷に向かった。


 「相手はゴブリンだと油断するなよ? 今までとは違う、人を相手していると思え」


 静かに呟くミサさんの声を聴きながら、皆黙ったまま頷いた。

 明らかに違う、今までとは。

 しっかりと警備も居るし、屋根の上で見張りをしているゴブリンまで居るくらいだ。

 間違いなく、これまで相手して来たゴブリンとはレベルが違う。


 「さて、どうする? これも経験じゃと割り切って、私が指示を出してやっても良いぞ?」


 ニッと笑うミサさんの一言に、グッと息を呑みこんだ。

 確かに、彼女に指示を出して貰えれば安心だろう。

 しかし、だ。


 「いえ、私が指示を出します」


 覚悟決めた顔のミーヤさんが、眉を顰めながら目の前の建物を睨んだ。

 これは俺達の仕事だ、今後俺達が“冒険”する為に必要な布石だ。

 だったら、いつまでも“大人達”に頼ってはいられない。

 しかも、超がつく程の腕利きの大人達には。


 「フレンさん、リオさん。まずは監視と警備を潰します、死体をその場に残せば勘づかれる可能性があります。回収を忘れないで下さい。とにかく音を出さず、道を作る。危険な時には私が魔法で援護します。いつも以上に警戒しながら、“いつも通り”を実演してください」


 そう言い放てば、二人は態勢を低くして走り出した。

 相手の死角へと回りながら、音を立てずに近づいていく。

 凄い、それしか感想が出てこない。

 二人が本気を出せば、こんな事が可能なのか。

 思わず唾を飲み込みながら二人の動きを見守っていると。


 「此方も準備しましょう、死体を隠すための場所が必要です」


 そういいながら、ミーヤさんが周囲の枝を集め始める。

 なるほど、森の中に運んでしまえば楽だがそれでは時間が掛かり過ぎる。

 近くに置くにしても、偽装が必要な訳だ。


 「二人は、大丈夫でしょうか」


 「恐らく、ここ最近の動きを見る限り問題ないかと。私ではあそこまで動けませんよ、斥候兼魔術師というのも今日限り名乗らない方が良さそうですね」


 困った様な笑みを浮かべながら、彼女は建物に視線を向けた。

 それを追って視界に二人を収めてみれば。


 「すっげぇ……」


 それしか、言えなかった。

 屋根で見張りをしていたゴブリンの背後から、音もなくフレンが首にナイフを突き立てた。

 どうやって上ったんだと聞きたくなるが、アイツならどこでも登れそうだと思うから不思議だ。

 さらに、警備。

 リオの位置からは見えていない筈なのに、フレンが刃を突き立てるタイミングと合わせて後ろから襲い掛かり、声を上げる暇もなく喉にナイフを突き刺して横に引く。

 今まで見て来た彼等よりも、ずっと“斥候”らしい動きをしていた。

 本来なら相手の陣地の情報を掴んだり、調査したりが本業な筈だが。

 彼等は完全に攻撃役の先行部隊。

 正面切っての戦闘にならない限り、間違いなくこの二人だけで終わると思える程の動きを見せた。


 「フレンさんが死体を落す筈です、行きましょう」


 「了解です」


 そんな訳で、俺達の潜入は今の所順調に進んで行くのであった。


 ――――


 「皆武器が良いですね……」


 「それだけ階級の高いゴブリン達という事なのでしょう……フレンさん、リオさん。何度もすみませんが」


 「へーき」


 「これが仕事だっつぅの」


 短い言葉を交わしながら、二人が屋敷の中を進んで行く。

 見えるのは大広間。

 流石にココを通るのは危険だと判断したミーヤさんが、他の階段を探そうと提案し広間を避ける通路を進んで行く。

 そして、またゴブリン。

 どれだけ居るんだと言いたくなるが、警備隊みたいな鎧を着た連中がそこら中にいる。


 「私、右」


 「あいよ、俺は左だ」


 小声のやり取りを終えたリオとフレンが、廊下を走り出した。

 相手が気付いた時にはもう遅い、二人の向ける刃が喉元に突き刺さっているのだ。

 結果、警備であっただろうゴブリン二匹は倒れ、相手の持ち物を可能な限り回収する。

 まるで盗賊のようだが、戦利品ってやつだ。

 いや、まるでというか、相手からすればまんま盗賊なのだろう。

 今までのゴブリン達ではこんなにも良い代物を持っていなかったから、そこまで意識する事は無かったが。


 「兄さん?」


 「いや、大丈夫」


 敵の死体を空き部屋に隠しながら、更に進んで行けば。

 目の前には、やけに豪華な扉が現れた。

 間違いなくここのトップが居るであろうその部屋。

 しかし、どうしたものか。


 「どうする? このまま飛び込むか?」


 普段よりもずっと真剣な顔をしているミサさんが、静かな声で俺達を煽って来る。

 だが、その挑発に乗る者はこの場には居ない。

 リオが扉に耳を当て、皆息を殺して押し黙った。

 すると。


 「大丈夫そうだ、多分寝てる。いびきが聞えるぜ、複数体」


 その声と同時にミーヤさんが頷くと、フレンが音を立てずにドアを押し開いて中を確認する。

 しばらくしてからチョイチョイっと手を振られ、皆揃って室内に潜入してみれば。


 「寝てますね」


 「まごう事無く、寝てますね」


 忍び足で踏み込んだ先では、巨体の太ったゴブリンがベッドの上で眠りこけていた。

 その周りには、数体の雌ゴブ。

 たぶん囲っているのだろう。

 とてもじゃないが羨ましくないハーレムの現場が、目の前には広がっていた。


 「どうする? コイツを討伐すれば間違いなくこの地域のゴブリンは統率を崩すじゃろう。しかし今までとは違い相手の陣地に侵入し、寝込みを襲っている状況じゃ。気分が悪いというのなら止めておくか? 相手からすれば、私達が完全に悪者じゃからのぉ」


 ヘッと笑うミサさんを他所に、俺達は頷き合った。

 この場で、討伐するべきだ。

 確かに寝込みを襲う形になってしまったが、そもそも俺達は冒険者だ。

 正々堂々剣を交えるのが仕事という訳ではない。

 だからこそ、一匹でも多く上位種は潰しておかないと。

 更に言えば、コイツがリーダーなのだ。

 だとすれば、尚更見逃せない。


 「上位種は俺がやります、皆は周りの雌ゴブをお願い。騒がれたら不味い」


 双剣を抜き放って、仲間達を見れば。

 皆静かに頷いて見せる。

 フレンが懐から幾つもの刃物を取り出し、それぞれに渡していく。

 全員が眠っている雌ゴブに対してナイフを構えたのを確認してから、こちらも片方の剣を振り上げた。


 「カウント」


 「3、2、1。今!」


 俺の合図と共に、全員がナイフを相手の首に突き立てた。

 そして、俺の剣も。

 眠っている上位種の首を横一線に切り裂いていき……途中で止まった。


 「は?」


 多分骨まで届いた、だというのに。

 ガツッと固い感触を刃が伝えて来たと同時に、コブリンの腕が俺の腕を掴んだ。


 「まずっ、起きた!?」


 慌ててリオがこちらに近づこうとするが、ゴブリンの上位種がバタバタと暴れて腹に蹴りを貰ってしまったらしい。

 ベッドから転がり落ちて、ゲホゲホとむせ込んでいる。


 「リックさん!」


 「大丈夫、ですっ!」


 そう言いながら首の反対側からもう一方の剣を叩き込んだが、そちらもガシッと掴まれてしまった。

 喉を切り裂かれている為、声は出せないようだが……マジかよ、上位種タフ過ぎるだろ。

 二本の剣を交差させ、まるでハサミの様にして相手の首を切断していく。

 完全に力比べ。

 かなり深く切り裂いているし、多分このまま放っておいても出血で息絶える事だろう。

 しかしながら、こんな重傷でこれだけの力が出せるのだ。

 今離れたら暴れ出す可能性だってある。

 だからこそ、今この場で完全に息の根を止めないと。


 「グッ!? 力……つよっ……」


 徐々に刃が押し返されているのが分かる。

 その度に相手の首からは血が噴き出している訳だが、それでもゴブリンは笑った。

 苦痛に顔を歪めながら、ボロボロと涙を溢しながらも。

 それでもコイツは、「俺はお前より強い」とでも言いたげに口元を歪めてみせた。


 「クソッ、クソッ!」


 声を上げながら、全体重を刃に乗せた。

 負けない、勝ってみせる。

 以前、ホブを相手にした時とは違うのだ。

 こんな状況で押し負けたとなれば、剣士の名折れも良い所だろう。

 何てことを思いながら、思い切り両腕に力を入れていれば。


 「兄さん、頭退かして」


 「へ?」


 俺の顔のすぐ隣を、妹の踵が通り抜けていった。

 普通にカスッた、耳辺りからチッて何か擦れた音が聞こえた。

 そしてフレンの踵は俺の剣のむねを叩き。


 「あっ」


 ブヅンッと鈍い音を立てて、その首を切断した。

 力を失ったゴブリンの両腕は下がり、勢いを殺せなかった双剣はベッドに深く突き刺さる。

 ゴブリンの頭がゴロゴロと妹の足元に転がって行ったかと思えば、フレンは顔を顰めながらヒョイっと逃げるのであった。


 「兄さん、身体強化、ちゃんと使った?」


 「……忘れてた」


 「頭に血が上ると物理になるの、良くないよ」


 「うっす……」


 物凄く冷静にアドバイスされてしまった。

 さっきまで剣士の名折れだとか何とか考えていたのに、それ以前の問題だった。

 なっさけねぇ……。


 「とにかく、これで上位種トップの討伐は完了です。証明部位を削いで、お金になりそうなモノを頂いて帰りましょうか」


 サラッと盗賊発言をするミーヤさんと一緒に、リオが周囲を見渡していく。

 フレンの方もさっさと仕事を済ませたいのか、先程吹っ飛んできた首から討伐証明を剥ぎ取り、枕元に転がっていたゴブリンの腰袋を漁り始めた。

 ゴブリンの上位種には、その身分を証明する何かがあるらしい。

 まるで冒険者のプレートの様に思えてしまうが、コレと言って“決まった何か”がある訳ではないという。

 硬貨に穴をあけて首に吊るしたり、下手したら殺した冒険者のプレートを持っていたりもする。

 悪い時なんか、殺した相手の指を集めて首飾りにしているなんていう悪趣味な奴も居るくらいだ。

 前回のホブは何か付けていたのだろうか? 正直、確認する余裕なんてなかったからそのまま討伐証明の部位だけ提出してしまったが。


 「大体空き巣行為は終わったか? ならさっさと動くぞ、いつまでも長居する必要はないからの」


 いつも以上に険しい顔をしながら、ミサさんがやけに耳を動かしている。

 何かを警戒している?

 まぁ敵の本拠地のど真ん中だから、警戒しない方がおかしい訳だが。


 「なんか、ちょっとヤバいかも」


 ミサさんの声で気づいたかのように、リオが立ち上がって周囲を見渡している。


 「どうしたの? リオ」


 フレンも不思議そうな声を上げるが、俺の耳にもコレと言った異変は感じ取れない。

 やはりこういう時は耳の良い獣人の方が頼りになる。

 バッと振り返り、ミーヤさんに視線を向けてみれば。


 「これは……」


 ピンとご自慢の兎耳を立てる彼女もまた、真剣な顔で冷や汗を流していた。

 間違いなく何かの異常事態。

 とはいえ、俺とフレンには事態が把握できない訳だが。


 「ったく、こういう時こそさっさと判断するもんじゃ。確かに声は上げさせなかったが、些か騒ぎ過ぎた様じゃな。着々と館の中にゴブリン共が入って来ておる」


 「なっ!? ヤバいじゃないですか!」


 「例えここのトップになっている上位種を狩ろうとも、他がすぐ逃げ出す訳ではない。少し考えれば分かる事じゃろ、これだけ大量にいるゴブリン共の指揮を全てさっきの太っちょが出していたと思うか? 命令に従い、子分を連れているヤツが居てもおかしくないと考えんかったか?」


 「いや、えっと、すみませんでした……」


 不味い不味い、早くどうにかしないと。

 今では俺達の耳でも、彼等の足音が捕らえられるくらいには近づいて来て居る。


 「ミーヤさん、どうしますか?」


 「まずは私とリックさんで全面を防衛して……それから……」


 青い顔のままブツブツと呟くようにして、ミーヤさんは爪を噛んでいた。

 本格的に不味い、ミーヤさんも冷静じゃなくなってきている。

 と、なれば。

 もはや手段を選んでいる場合じゃない筈だ。


 「ミーヤさんすみません……ミサさん! すみません、指示をお願いします!」


 リーダーに謝罪してから、俺達はミサさんへと振り返った。

 今この場で一番冷静なのは、間違いなく彼女だ。

 真剣な顔をしているが、俺達と違って“焦り”は無い。

 しかも、俺の声と共にニヤッと口元を歪めてみせる程だ。


 「よかろう、ちとコレは荷が重いじゃろうからな。ミーヤはこっちに来い、勉強会じゃ。リオ、フレン、リック。箪笥でもベッドでも何でも良い、ドアの前にバリケードを作れ。可能な限り時間を稼げ」


 「「「了解!」」」


 指示と同時に俺達は動き始め、ドアの前に様々な家具を積み上げていく。

 如何せんどでかい腹のゴブリンが重かったが、ベッドの上に乗せたまま重りになって頂く事にした。

 一通り部屋にあった大きい物を移動し終え、皆揃ってふぅ……と息を吐き出した瞬間。

 目の前のドアから衝撃音が響く。

 お出ましの様だ。

 しかしながら家具が山積みになっている為、当然開かない。

 しばらくして焦れたのか、今度は武器の刃先が扉の向こうから現れ始める。


 「やっべ、かなり居るぞコレ……」


 リオが冷や汗を流しながら、ジリジリと後退していく。

 だけどコレ、逃げ道がない以上戦うしか――


 「お前等、いつまでボケッと突っ立っているつもりじゃ? とっとと逃げるぞ、それとも戦うつもりか?」


 「はい?」


 後ろから呑気な声が聞えて来た。

 皆揃って振り返ってみれば、窓から身を乗り出すミサさんと、窓の外に顔を出してポカンと口を開けるミーヤさんが。


 「数の暴力ってのは脅威じゃ、強者だって飲み込まれればあっという間にポックリ逝ってしまう。しかし今お前等を取り囲んでいるのは何じゃ? ゴブリンじゃ。ゴブリンってのは、こう言っちゃなんだが……馬鹿じゃ。頭の良いトップを失えば、他に少し腕が立つ者が居ようと、こうなってしまう訳じゃな」


 そう言って、呆れ顔で窓の下を指さした。

 揃って覗き込んでみれば、そこには。


 「う、うわぁ……」


 「大混雑」


 「皆揃って屋敷の中に押し寄せてんのか? アレ」


 ぎゅうぎゅうと互いを押し合う様に、屋敷に突入しようとしているゴブリン達。

 凄い数だ、見ただけで冷や汗が出る。

 しかし……アレだけ居るのなら、周りに展開して侵入者を逃がさない様にすれば良いのに。

 異変に気付いたら、我先にと現地に向かってしまうのかコイツ等は。

 今のゴブリン達は、連携も何もあったものじゃない。


 「ま、アレが落ち着いたら窓から逃げるって訳じゃ。だからこその時間稼ぎ、お前等身体強化の準備をしておけよ? 三階から飛び降りる事になるからのぉ」


 ヘラヘラと笑う彼女だったが、もう扉の方がヤバイ雰囲気なんだが。

 もはや結構大き目な穴とか開いちゃってるし、下手したら穴から頭とか出しているんだけど。


 「ま、そろそろ良いか。行くぞガキ共。耳を塞いで飛ぶんじゃ、特に獣人組は。良いな? それいくぞ、いーちにーの……」


 「ちょ、ちょっとミサさん!? それって何か意味が――」


 「さん! ホレ飛べ飛べ! 残っとると巻き込まれるぞ!」


 全く持って説明してくれない彼女と一緒に、皆揃って窓の外へと飛び出したその瞬間。

 彼女は空中で何かお札の様な物を引き裂いた。

 そして。


 「大量じゃのぉ。討伐証明の部位は回収できるか分からんが、まぁ良しとしよう」


 そんな一言と共に、屋敷の各所が爆発し始めた。

 爆風が届かない箇所からは、モクモクと何やら煙が立ち上り始める。

 またか、またなのか。

 というか、本当にいつ設置したんだこの人。

 度々静かになるなぁとは思っていたけど、その時って本当に後ろに居た?


 「ミサさん何したんですか!?」


 「害虫駆除なんぞ、ちまちまやってたら日が暮れるわい。覚えとくんじゃなぁ~」


 なはは! と盛大に笑いながら、着地した彼女は一目散に逃げ始めたのであった。

 もう、なんなんだろう。

 俺等の周りにいる大人達って、とんでもない人しかいないのだろうか?

 そんな事を思いながらも、俺達は煙の立ち上る館を尻目に彼女の背中を追いかけるのであった。

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