第32話 変わったモノと変わらないモノ


 「なんだろうなぁ……コイツ等ってこんなに弱かったっけ。あ、フレンそっち行ったぞ」


 「ん、了解リオ。私も最近、感覚がおかしくなってる……ゴブリン、もう何も怖くない」


 元気のない声でボヤキながら、二人が飛び回り何体ものゴブリンを蹴散らしていく。

 前に比べれば、ずっと成長したと言える光景。

 それは二人のみならず、俺とミーヤさんにも言える事だった。


 「正面、押さえますね」


 「周りから来るのはお任せを」


 今では十数匹がいっぺんに襲い掛かって来ても、慌てず行動する事が出来る。

 勇者様の戦闘スタイル、逃げながら攻撃するアレは一対多において非常に有利にしてくれた。

 数を減らす事自体は時間が掛かっても、傷を負わせ全体を弱らせていく。

 無理に飛び込んだりしている訳でもないので、俺一人でも今まで以上の数が相手に出来るという訳だ。

 そして、時間さえ使えば。


 「ふむ、あの数を一人で制圧出来るようになったか。成長したのぉ」


 珍しくミサさんからお褒めの言葉を頂けるほど。

 今までは罵倒ばかりだったのだ、非常に嬉しい。

 だというのに。


 「何故でしょうか、戦績は確かに上がっているのに……強くなった気が全くしません」


 「ですよね……毎朝ボコられている訳ですし」


 ミーヤさんの言う通りなのだ。

 あまりにも高い壁を知り、それに挑む機会を得た俺達。

 技術は確かに身に付いているし、しっかりと戦績を伸ばす事が出来ている。

 なのにこう……強くなった気がしないのだ。

 毎度それ以上の人達からボコられる為に。


 「たくお前等は……奴等は最高峰じゃぞ? 勝てなくても当たり前、という考え方は良くないが、実際その通りなのじゃ。今は目の前の“出来た事”をしっかりと喜んで噛みしめんか」


 呆れ顔のミサさんはため息を溢しながらも、斥候二人を呼び戻し全員に一発ずつチョップを叩き込んだ。


 「確かにあの四人に比べればゴブリンなんぞ雑魚じゃな。しかし油断して良い理由にはならんぞ? まぁ気持ちが乗らないだけで、しっかりと警戒しとるのは分かっておるが。それでも、じゃ。コレは殺し合い、お互いに命を掛けておる。いつまでも腑抜けた顔を晒すでないわ」


 ごもっともです、ぐうの音も出ません。

 皆揃って口を噤んでみれば。


 「ではリック、以前お前が戦ったという“ホブ”が出たとしよう。今ならどう戦う?」


 急に声を掛けられ、慌てて口を開いた。


 「えっと、前の奴は凄く肉厚だったので……多分少しずつえぐり取りながら戦うと思います。狙うなら足、特にアキレス腱に剣が届く様に。周りのゴブリンは皆に任せて、時間を掛けてでも着実に手負いにすると思います」


 「ほぉ、一対一か。何故じゃ? その自信はどこから来る?」


 「予想でしかないので何とも言えないですけど、以前の俺でも相手の攻撃を回避できたくらいです。無理に急所を狙わなければ、あれくらいの速度なら避けながら戦えるかなって……」


 今考えると、本当にその通りなのだ。

 仲間の負傷、パーティの分断。

 そういう緊急事態が幾つも重なったからこそ、俺は結果を焦り過ぎた。

 だからこそ二人から援護されながらも、ひたすらに首や頭を狙いに行った。

 でもそれは間違いだったと言えるだろう。

 周りの敵をリオとフレンに任せ、俺はあのホブを“行動不能”にさえ出来れば勝ちだったのだ。

 無理に狩ろうとする必要はなかった。

 そんな事さえ思いつかなかったほど、焦っていたのだろう。


 「そう、その通りじゃ。ちゃんと考えられる様に成長しているし、実際危なげなく戦えておる。他の皆もじゃ、しっかりと強くなっとる。それにリックの言った“周りのゴブリンは他に任せる”というのも、仲間達がそれだけ実力を付けていると判断できるからこそじゃ。恐らく前回だったら、例え二人が周りのゴブリンは任せろと叫んだところで、お前は心配で集中出来なかった筈じゃ。それは他も同じ事、リック一人で上位種の相手なんぞさせれば、心配でチラチラ視線を送るじゃろうな」


 多分、というか間違いなくそうなっていた気がする。

 今の様に判断出来た所で、フレンとリオはこちらを気にして、俺もまた二人を心配しながら戦っていた事だろう。

 そして結局“早く終わらせなければ”と考えて、急所を狙いに行っていたかもしれない。

 なんて想像が、簡単に出来てしまう。

 それじゃ失敗する、今だからこそそれが分かる。


 「ま、つまりはちゃんと成長しているっちゅう事じゃ。まずは胸を張れ、まだまだ甘いがの」


 「は、はぁ……」


 ミサさんの言葉に、情けない声を上げれば。


 「私が見る限り、恐らくお前等は上位種でも普通に戦えると思うぞ? 以前遭遇したゴブリンのパーティ。話を聞く限り、今なら勝てると踏んでいる」


 その一言に、全員が顔を引き締めた。

 前回遭遇したゴブリンパーティ。

 結局俺達は何も出来ず、父さんが一掃したソレ。


 「どうしたって人間飽きる時は飽きるもんじゃ、そして更なる刺激を求める。大体こういう時に死ぬ奴が多いが……良かったのぉ、お前等には私という監視役が付いておる。だがそれは“今だけ”じゃ。ならこのタイミングで、そろそろ挑んでみたくないか? 次の挑戦に」


 「それって……」


 彼女の言葉に、ボソッとミーヤさんが声を洩らせば。

 ミサさんはニッと口元を吊り上げた。


 「ゴブリンにも上下関係と言うモノがある。上位種と呼ばれるソレは、もう少し進んだ先にある豪邸に住み着いていると話を耳にした。お前等に目を付けて、以前斥候を送り込んで来たのソイツ等じゃな。試してみたくはないか? 自分達の実力を」


 そう言いながら、彼女は旧市街の先に向かって親指を向けたのであった。


 ――――


 「ドレイク見てくれ、これはきっと良い物だ。色が他とは違う」


 「ファリア、これは食べられる物でしょうか? 何だかとても美味しそうに見えます」


 自信満々に二人が物品を差し出して来るが。


 「アルマが持ってきたのは“七色タケノコ”、以前腹を下して一週間旅が進まなかったのを覚えていないのかい? セシリーが持ってきたのは“幻影大葉”、美味しそうに見える時点でヤバイね。一度解毒魔法を全力で掛けた方が良いんじゃないか? ソレを巻いた肉串を勝手に作って、しばらくトリップした記憶はないのかい? 大変だったんだよ? 二人共ポイしなさい」


 ファリアが完全に保護者になってしまった。

 本日は薬草採取、だというのに。

 さっきからコイツ等は何を集めているんだ。

 溜息を溢しながら薬草を摘んでいると。


 「ドレイクは何を採っているんだ?」


 「依頼にある薬草だよ……お前等も集めてくれ」


 「分かった! コレだな!」


 「それは雑草だ」


 この二人、こういうのはてんで駄目だったな。

 旅の最初の頃、薬草と勘違いして籠いっぱいに雑草を摘んでくるくらいの事はあった。

 それも皆の携帯する治療薬を作ろうと必死になった結果だったので、誰も責めはしなかったが。

 それでも傭兵も兵士も苦笑いを浮かべていた記憶がある。

 当時無表情ガールであったファリアが「それ雑草」と言った瞬間に膝から崩れ落ちていたが。

 しばらく草むしりの勇者と呼ばれていた。


 「どうやって見分けるんだ……確かに色々教えてもらったけど、未だに分からない……」


 「旅の途中で集めていたのとは、また少し形が違うからな。ホラ、コレだ」


 俺の採った薬草を一つ渡してみれば、ブツブツいいながら真剣な顔で雑草と一緒に見比べている。

 勉強熱心であり、人一倍役に立とうという気合いはある。

 それが彼、アルマという人物だ。

 しかし悲しい事に、抜けているのだ。


 「良く見ろ。葉の根元、ギザギザしてるだろう? あと触った時の感触も覚えろ、雑草と違ってざらざらしている。それから青っぽい色をしている物は品質が良いらしい、見つけてくれ」


 「分かった! 任せてくれ!」


 そう言ってから、森の中を突き進むアルマ。

 大丈夫だろうか? 色々心配になってしまうが、英雄と呼ばれる存在になっても彼は変らないらしい。

 たかが薬草、だとしても仕事として与えてやれば必死にこなそうとする。

 今でも服や鎧が汚れる事など気にせず、ガサガサと草の中を突き進んでいる程。

 この様子を見ると、思わず苦笑いを浮かべながらも和んでしまうというモノだ。


 「相変わらず、一生懸命な所は変らないな」


 「成果が伴っていれば、なお良いんだけどねぇ」


 呟いてみれば、呆れ顔のファリアが隣に並んできた。

 まるで本当に昔に戻った様な気分だった。

 大変だったり辛かったりと色々記憶には残っているが、やはり。

 一番印象に残っているのは、皆で笑いあっていた時だと思う。

 偏りが酷いというか、バランスの取れたパーティという訳では無かったが。

 それでも、俺はこのパーティが好きだ。

 いつだって全力で一生懸命な勇者に、どこか抜けているが戦闘中は頼もしい聖女。

 冷静な様子を繕っているが、どこまでも仲間想いの魔術師。

 前線で大剣を振り回す事しか出来なかった俺を、仲間として受け入れてくれた者達。

 それだけで、居心地が良かったんだ。


 「ドレイク、ファリア。見て下さい、今日の夕飯を捕まえました」


 セシリーの声に振り返ってみれば、今までの和んだ雰囲気が吹き飛んで行った。

 にこやかに笑う聖女、しかし彼女の掌は猪の首をグワシッと掴んで押さえていた。

 必死に逃げようと抵抗しているのか、猪は大忙しだが。


 「セシリーも……相変わらずだな」


 「聖女なのに物理で肉食。絵本に出て来る聖女様に憧れた人間は哀れだね、本物は殴って治す超高機動型聖職者なんだから」


 二人して溜息を溢せば、彼女は悲し気に眉を顰め。


 「お肉……いりませんでしたか?」


 と、呟いた。

 違う、その表情で言うセリフじゃない。

 耳を塞げば男なら秒で恋に堕ちそうな程儚げに映るのに、片手で猪を掴んでいるのだ。

 情報量が多すぎる、この子は。


 「いや、解体して持ち帰ろう。ミサに頼めば、かなり豪華にしてくれるはずだ。今日帰って来るかは分からないが」


 「ミサさんの料理はとても美味しいですからね! わかりました、しっかりと下処理しておきますね!」


 パァっと美しい笑みを浮かべる彼女は、一度掌を強く握ってからその場で解体を始めた。

 ゴキィッって言ったね、頸椎けいついを握りつぶしたのかな?

 とても怖いね。

 それから今日の依頼は薬草採集であって、猪狩りではないんだ。

 一般的にこういう子の事をポワポワしているとか、天然とか言うのだろう。

 しかしながら、そこに超物理が付いて来るともう何も言えなくなるというモノだ。


 「ドレイクに解体は沢山教えてもらいましたから、一人でも大丈夫ですよ!」


 活き活きとしながら、服を赤く染める聖女。

 逞しくなったな、昔から逞しかったけど。

 これでも最初よりマシになったのだ。

 ちゃんと俺達の元に、捕まえて来た獲物を見せに来る。

 まるで猫が獲った獲物を飼い主に知らしめるかの様な行為だが、やらないよりはマシだ。

 この肉食聖女、昔はろくに解体も出来ないのに適当に焼いて食おうとしていたのだから。

 成長したなぁ……としみじみ思う。

 ちなみに俺も、解体は旅が始まってすぐの頃に料理班の兵士達に習った。


 「ドレイク。何だか嬉しそうに頷いているけど、今の状況他の人に見られたらドン引きされるからね?」


 「だよな、自分でも何をしみじみしているのかと冷静になってしまった」


 二人して、何度目か分からない溜息を溢していれば。


 「ドレイク、ファリア! 見てくれ! 薬草もいっぱいあったし、ニンニクとニラがいっぱい生えてた! 今日は豪華に食えるぞ! あと木の実も見つけた、皆で採りに行こう!」


 草むらから飛び出して来たアルマが、両手いっぱいに持った植物を見せて来る。

 確かに薬草とニンニク、そしてニラだ。

 更には高品質の青色交じりの薬草も多数。

 少しだけ雑草も混じっているが、それでも充分な成果だと言えよう。

 しかしな。


 「アルマ、完全に昔の感覚に戻っている様だけど……街に戻れば飯は食えるぞ?」


 「……そっか」


 そっか、じゃないんだよ。

 そんなにしょんぼりしないでくれ、こっちまで悲しくなってくるから。

 お前等ファリアとそう歳が変わらないだろうに、なんでそんなに行動が子供っぽいんだ。


 「セシリーが猪肉を手に入れて来た、アルマが見つけたニンニクやニラも一緒に調理してもらおう。ミサならどうとでも調理してくれるはずだ」


 「そっか! あの人の料理マジで旨いからな、今から楽しみだよ!」


 ちゃんと役に立ったと伝えれば、子供の様に喜ぶアルマ。

 勇者を夢見る子供達よ、いつまでも子供であれ。

 実際の勇者も子供だから。


 「最近は量が多いから、私だって手伝っている。というか簡単なモノは私が作っているんだぞ?」


 ちょっとだけ不機嫌そうなファリアが、肩でこちらの背中を押して来た。

 全く、全員揃ったらファリアまで子供みたいな反応になってしまったじゃないか。


 「分かってるよ、ファリア。お前が居てくれて助かる」


 彼女の魔女帽子をガシガシと撫でてみれば、帽子に隠しながらもニマニマと笑うファリア。

 ほんと、大きな子供達に囲まれている気分だ。


 「さて、後はアルマが見つけた木の実だけ採ったら帰るぞ。薬草はだいぶ集まったし、色々と手に入ったからな」


 そう指示を出してみれば、ファリアとアルマが笑顔で頷いて見せた。

 そして、もう一人はというと。


 「今、毛皮を剝いでるので……」


 「そうだった……手伝う」


 血みどろ聖女様と一緒に、猪の解体をする事になったのであった。

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