第31話 変化する日常 2


 我が家に増築の工事が入り、新しいお隣さんも増えてから暫く経った。

 人が多くなったのもあるが、一番の変化は。


 「いきます!」


 「うん、まずその一言がいらないかな。相手に悟られるよ?」


 朝稽古の時間、四英雄から指導してもらえる様になった事。

 双剣を構えて接近してみれば、勇者のアルマさんに簡単に足を払われてしまった。

 しかも、結構な勢いで。


 「いだぁ!?」


 「分かる、超痛いよね。でも声を上げている間に起き上がらないと、ホラ」


 眼前に彼の持った剣先が迫って来て、全身の筋肉を使って回避行動を取った。

 今のはヤバかった。

 一歩遅れたら、脳天を串刺しにされていたかもしれない。


 「凄い凄い! 剣を握ってからそこまで経ってないのにコレを避けられるなら、もはや俺より才能あるよ! でもアドバイス、格上を相手にする時はまず逃げる事を意識する様に。その為の攻撃をする、つまりどういう事だろう? 分かるかな?」


 ヘラッと軽い笑みを浮かべながらも、彼はこちらに問いかけて来た。

 彼の教え方は、凄く授業って感じがする。

 ファリアさんに魔法を教えてもらっている時に近い感覚。

 ゆっくりと一つずつ、ちゃんと理解出来るように教えてくれるのだ。


 「勝てないと分かっているからこそ、時間を稼ぐ。もしくは少しでも傷つけて追跡を逃れる様に心掛ける……だからこそ、一撃必中を狙っちゃいけない」


 「その通り。素晴らしいね、リック君は剣の才能も魔法の才能もある。しかもしっかり考えて動ける子だ。今は剣術ばかりかもしれないが、その内魔法を使う事も織り交ぜて行こう。戦術の幅が広がるし、何より生存率が上がる。任せてくれ、俺みたいに逃げ回って生き残った奴が教える技術だ。逃げる事に関してはドレイクにだって負けないよ?」


 それは、どうなんだろう?

 なんて思ってしまうが、事実俺の剣は彼に通らない。

 相変わらず、受け流されてしまう。


 「もう一つアドバイスだ。踏み込みをもっと浅くしてみると良いよ、そうすると色々“見える”様になる」


 「浅く、ですか? これまではもう少し深く、半歩でも先に進んで打ち込む様に意識していたんですけど」


 「それは自分より格下の相手、つまり倒せると確信している相手に対してだ。自分より上を相手にする時は浅く、もっと言えば攻撃中も相手の動作を観察出来ると良いね。深く踏み込めば確かに強い一撃が放てるけど、その場合は一度行動が終るまで違う行動に変え辛い。浅く踏み込めば一撃は弱くなるけど、すぐ相手の行動に合わせて対応出来る。ってあぁ勿論、俺が君より全然強いって威張っている訳じゃないからね? 本当だよ? 俺はむしろ弱いから、こんな“逃げ”ばかり教える感じになっちゃってるだけ」


 何だか妙に謙虚なのだ、この勇者様は。

 自分は弱い、だから逃げる。

 戦闘中だって逃げ道を絶対に作るべきだと教えて来る。

 一見情けなく見えるソレだが、言葉を聞いて理解してみれば間違いなく必要な技術だと思えるのだから不思議なものだ。

 そして何より、間違いなく彼は強い。


 「これで弱いとか……何かの冗談ですよね?」


 再び双剣を構えながら腰を落としてみれば、彼は困った様に笑う。


 「残念な事に、本当なんだよ。俺は受け流す、逃げる、どうにかして生き残る。それに長けていただけだ。あとは周りの皆がやってくれて、俺が目立ったのは“勇者”っていう称号から来る魔法だけ。酷いモンだろ? 勇者なのに、皆の後ろに隠れていたんだよ」


 なははっと苦笑いを浮かべている彼に、両手の剣を打ち込んだ。

 浅く、もっと浅く。

 相手の動きを見て、合わせろ。

 そして何か行動を起こせば、すぐさま回避しろ。


 「凄かったんだよ? ドレイクとセシリーが前に出てさ、もうブワァって敵をやっつけちゃうの。後ろからはファリアの魔法が飛んで来るし、俺なにしたら良いの? っていう具合にオロオロしてると、その間に片付いちゃうんだよ」


 雑談しながらも、彼はこちらの剣を凌ぐ。

 会話と実力が見事に嚙み合ってない。

 いくら打ち込んでも、左右の剣を振りまわそうと。

 一切彼に届く気配がない。


 「それでも戦える様にって頑張った結果、今みたいな戦闘スタイルが出来た感じかな? いいかい? 首や胴体、頭に手足。この辺って分かりやすく攻撃しやすいし、相手も警戒するだろう? だからもしも真正面から勝てない相手とぶつかった時は、こう!」


 俺の剣を流した後、彼は刃の潰れた剣で俺の体をなぞって来た。

 しかし、その刃が通った個所が異常だった。

 まず鎧の間の手首を擦って、その後は肘、そして脇。

 更にはアキレス腱にも、刃が当てられた。

 訓練用の剣じゃなかった場合、その全てが一瞬で傷つけられた事になる。


 「こんな感じで、カウンターを狙って相手の弱い所を突くの。その後は逃げる。どうにか動けなくしておけば襲って来ないし、後は皆が何とかしてくれるからね。そんな感じで生き残って来た訳よ」


 「……参りました」


 「参らないで!? お願い! 頑張って教えるから参ったしないで!?」


 正直、この人の教えは非常に戦術の幅を広げてくれる。

 俺に足りない部分を幾つも指摘してくれるし、代案もくれる。

 武器と戦い方が近いから、余計にそう感じるのだろう。

 でもだからこそ、その分彼等との差を肌で感じてしまうが。

 はっきり言って、先ほども背筋が冷えた。

 彼が刃を這わせた場所が、今でもジリジリと熱を持っているかのようだ。

 本当の戦闘だったら、実際に斬られていたのだ。

 あの一瞬で、俺は戦闘不能になっていた事だろう。

 そう考えると、ブワッと汗が噴き出て来る。

 今の俺は、こんなにも簡単に負けてしまうのか?


 「ま、慣れだよ慣れ。むしろ剣を持って一年目とか、俺素振りすらまともに出来なかったし。旅の間も情けない姿ばかり見せてたら、傭兵の皆は帰っちゃうし、兵士達の士気は下がるしで大変だったんだよ。急に君勇者だから戦って? なんて言われても困っちゃうよねぇ」


 再び「なははー」っと笑う勇者様の後ろでは、もっと酷い光景が繰り広げられている。


 「速度重視の斥候というわりにはまだまだ遅いですね、あと魔術も貧弱です。この程度拳でどうとでもなりますよ?」


 「おかしい! この人おかしいですって! 魔法を拳で弾くってなんですか!?」


 「神様を信じて居ると、こういう事も出来るのです。多分」


 「多分って言ったぁぁ!?」


 左手一本でミーヤさんの魔法を弾きながら、迫ってくるフレンとリオを右手一本で対処している聖女様。

 なんだ、あれは。

 聖女、とは。

 思わずそう言いたくなってしまう程の光景が、目の前で繰り広げられている。

 どうやら、聖女というのは物理でどうにかする人の名称だったらしい。

 なんたって父さんと一緒に、タンクの役割を果たしていたそうだ。

 真正面に出るなら、確かにこれくらい強くないと駄目なのかもしれない。

 突っ込んで行くフレンとリオが「わー!」って言いながら、凄く遠くまで飛んでいくんですが。


 「セシリーはまぁ、なんというか。見習わないでくれ、頼むから。ドレイクと一緒で、あんなの幾つ命があっても足りない。彼女の圧倒的暴力は、回復魔法を常に使っているから出来る物なんだ……自身の限界以上の力を発揮し、体が壊れてもすぐに治す。だから無傷。彼女を見習ったら、多分一戦でボロボロになるから、止めてね? あと彼女、今は素手だけどハンマー使いだから」


 勇者様から、物凄く注意されてしまった。

 そうか、この国に居る聖女様は物理なのか。

 その光景を唖然として見つめていれば、家の中から父さんとミサさんが現れた。


 「おらおら者共、刮目せい! 朝のラスボスのお出ましじゃぞ! それが終ったら朝飯じゃ!」


 オタマとフライパンを鳴らすミサさんが叫ぶと同時に、父さんは大剣を抜いて肩に担いだ。

 ここ最近の稽古の最終難問。

 それは、父さんに一撃を喰らわせる事。

 もしくは、大剣を“振らせる”事。


 「リックさん、リオさん! 注意を引いて下さい! フレンさんは私と一緒にサポートに回りますよ!」


 ミーヤさんの一言で、俺達は配置に付いた。

 今日こそは、何とかしてやる。

 大剣を振らせる事は出来なくても、防ぐくらいはさせてやるんだ。

 その想いは誰しも一緒だったようで、合図と同時に走り出してみれば。


 「シッ!」


 飛び掛かったリオが、首元を掴まれて明後日の方向に放り投げられた。


 「そこ!」


 斜め後ろから迫ったフレンだったが、腰を落とす様にして簡単に攻撃を避けられ、ポンッと屋根の上に放り投げられる。


 「怯まないで! 攻めます!」


 ミーヤさんの声と同時に斬りかかる俺はと言えば。


 「まだ単純すぎる、焦るな焦るな」


 籠手で刃を逸らされた後に、足を掛けられ盛大にスッ転んだ。

 そして最後に。


 「遠距離戦は、魔術師の独壇場とは思わない事だ」


 パチンッと弾いた硬貨が、ミーヤさんの額にヒットして幕を下ろした。

 コレ、本当に勝てる気がしないんですけど。

 そんな事を思いながら、父さんを見上げてみれば。


 「飯にしよう。若い子は食べる事をサボっちゃいけない」


 お決まりの台詞を言いながら、兜の奥で微笑むのであった。

 くそう、ここまで色んな人に教えてもらっても、全然届かないのか。

 そんな悔しさはあれど、どこか誇らしく思っている自分もいる。

 コレが、俺の父さんなんだと。


 「次は勝つから」


 「おう、楽しみにしてるぞ」


 そんな軽口を叩きながら、俺達は揃って朝食が並ぶ食卓へと向かうのであった。

 ミサさんが作る、やけに大量な朝食へと。

 ここ最近は食べる人数も多いから、ファリアさんも手伝いをしているらしい。

 やっぱり二人は、仲が良いと思うんだ。


 ――――


 「ドレイクさん、私はそろそろ物申したいというか、声を上げて良いと思うんですよ」


 「駄目です」


 「私にも慣れてくれたんですね? ツッコミも早い上に、的確です。当初のモジモジドレイクさんが嘘みたいです。とても良い事ですね」


 「でも駄目です。登録をお願いします」


 「いい加減にして下さい本当に! なんですがこのパーティは! おかしいでしょうが!」


 リタさんに物凄く叫ばれながら、俺達はギルドのカウンターに並んでいた。

 一人目、ゴテゴテ全身鎧と馬鹿デカイ大剣。

 二人目、カパカパ口が動く仮面の魔術師。

 ここまでは良い、もう慣れてくれた事だろう。

 しかし、残り二人が問題だった。


 「よろしくお願いします!」


 「よろしくお願い致します。先日、教会を正式にクビになりました」


 サングラスを掛けたお調子者と、何故か猫耳フードを被った神官が立っているのだ。

 認識阻害だったか? たしかに効果はあるのかもな。

 しかし屋内で派手なサングラスを掛けているおかしなヤツって認識は変らないんだな。

 さらにもう一人、どこからそんな物持ってきた。

 真っ白いローブ。

 頭からフードをすっぽりと被っている訳だが、何故か大きな猫耳が生えている。

 獣人用か何かか?

 フードが大きいから顔は隠れているな、そうだな。

 でもな、このメンツの中では異色なんだよ。

 鎧と仮面とサングラス、そして猫耳フードってなんだ。

 仮装集団か何かだろうか、とにかく目立つ集団になってしまった。


 「ドレイクさん……」


 「本当に、すみません……」


 登録書に書かれた彼等の本名を見たリタさんが、光の無い瞳を此方に向けて来る。

 間違いない。

 お前等、何やってんの? と思っているのだろう。

 多分逆の立場だったら俺もそう問いたい。

 勇者一行が再結成してしまったのだから。

 何をしているのだろう、俺達。

 何と戦うの?

 しかも今度は俺がリーダーで、残るメンツはランク1。

 本当に、どうしたものか。

 なんて思っていれば。


 「ドレイクさん、今日の夜とかお時間あります? ちょぉっと色々聞きたい事がありまして。出来れば担当受付には色々教えて下さると助かるかなぁと」


 死んだ顔でニコォっと微笑むリタさんに対し、馬鹿二人がカウンターから身を乗り出した。

 かぼちゃ仮面と猫耳フードである。


 「受付嬢が冒険者と密な関りを持つのは、どうかと思うよ? 例え担当受付だったとしても、変な噂が立ちかねない」


 「私が何か口を挟むべきでは無いのかもしれませんが、ファリアの放つ空気に合わせてみました。貴女、もしかしてドレイクと恋仲なのですか? だとすればちょっと詳しく、面白そうです」


 アホな事を語る二人の首根っこを持って投げ飛ばし、改めてリタさんに頭を下げた。


 「本当にすみません。今度時間を作ってちゃんと説明するので、今はどうか登録を……」


 「……わかりました」


 とても渋い顔を浮かべるリタさんを横目に、登録証を受け取った勇者と聖女が喜んでいる。

 それこそ、子供の様に。

 目立つから止めてくれ。


 「と、とりあえず今日はこの仕事を……」


 「また薬草採集ですか。確かに新人向きですね、まさに“いつも通り”です。必要があるのかどうか本気でわかりませんが。いってらっしゃいませ、ドレイクさん」


 「あ、はい。なんかごめんなさい。行ってきます」


 偉く冷たい微笑みを浮かべる受付嬢に返事をしながら、俺達はギルドを後にする。

 鎧、仮面、サングラス、猫耳フードという訳の分からないメンバーで俺達は街の門を潜った。

 何処へ行っても物凄い視線を向けられるし、同業の方々は物凄く引いていたのが分かった。

 ほんと、なんでこうなってしまったんだろう。

 思わず溜息を溢してしまう程、浮いたパーティ。

 ただそれでも、やはり馴染んだメンツというのは良い物だ。

 共に行動するだけでも、色々と安心出来るというもの――


 「あぁ、不味い! 訓練用の刃を潰した剣を持ってきちゃった!」


 「何をやっているんですか、それでも勇者ですか。周りを見習って、もう少し……あら? 私の武器は何処に仕舞ったでしょうか。最近使ってなかったから……」


 もう駄目だ、コイツ等ポンコツ過ぎて普段は使い物にならない。

 思いっ切りため息を吐いていれば。


 「いやぁ、懐かしいね。“お父さん”?」


 「うるさい、またこの調子に付き合わされるとはな……“お母さん”もちゃんとしろ」


 「いやはや、どうしてこうもポンコツになれるんだか。面倒さえ見ていれば、優秀なんだけどねぇ」


 呆れた声を洩らすファリアが、二人に装備を渡していく。

 忘れ物を確認して、ちゃんと持って来てくれていた様だ。

 うん、いつもの光景だ。

 この二人は、その、なんだ。

 抜けているのだ。

 だからこそ、周りがしっかりしてやらなければいけない。

 だというのに、その二人がくっ付いてしまった。

 その結果は、新築を一日で燃やすレベル。

 早くも二人の将来が心配になって来る。


 「目が離せないのは相変わらずか……」


 「だねぇ、強いんだけど。強いんだけど、ねぇ……」


 俺とファリアは、二人揃って大きなため息を溢すのであった。

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