第30話 四英雄の今
「は? その恰好、え? 本物?」
パクパクと口を開閉しながら、リオがプルプルと揺れている。
その隣ではフレンがジトッとした眼差しで、テーブルの向かいに座る襲撃者達を睨む。
「ったく、そんな事ならご丁寧に変装したままで居る意味が分からん。ドレイクの家に付いたと同時にローブだけでも脱げばよかろうに、この近隣にファリアの家しかないのは見れば分かるじゃろうが」
「すみません、隣にファリアが住んでいるとは思わず……あの、頭は大丈夫ですか?」
「言い方! 失神したからって事を言ってるなら、もう少し言葉を選べ! 喧嘩売っておるのか貴様!」
ウガー! と吠えるミサさんと、襲撃者(女)がさっきから似たようなやり取りを繰り返していた。
二人は初対面だという話だったが、本当に? と言いたくなる程距離感が近い気がする。
「それで、父さん。この人達は? 有名な人達なの?」
世間に詳しくない俺としては、顔を見ただけだと誰なのか分からず反応しにくいんだが。
それは妹も同じようで、周りの皆の様な反応はせずただただ睨みつけている。
フードとサングラスを取り払った二人は、確かに美形だった。
キリッとした顔立ちの、髪の長めな男性。
鋭い瞳をしているが、怖いというより凛々しいと言った方が正しいだろう。
こんな人なら、多分街中を歩くだけで幾人もの女性が振り返る気がする。
ちょっと心配になって、チラリと隣に座るミーヤさんを見てみれば。
「ミーヤさん?」
「……すみません、ちょっと理解が追い付かず」
彼女は何故か、頬をヒクヒクと動かしながら汗を流していた。
これは、どういう反応と捉えて良いのだろうか?
そしてもう一人の女の人、こっちも凄かった。
年上の美人という意味では、ファリアさんとかミサさんで随分と耐性が付いたと思っていたのだが。
この人はまた違うタイプだった。
ミサさんは親しみやすいお姉ちゃん、ファリアさんがちょっと緊張するようなお姉さんと仮定しよう。
そうするとこの人は、何というか……信仰の対象になりそうなほど美しい人。と言った所だろうか?
真っ白い修道服に身を包み、サラサラの金髪を揺らしながら微笑みを浮かべている。
思わずボケッと眺めていると、ミーヤさんから掌を抓られてしまった。
「あぁ~その、なんだ。皆体の調子は大丈夫か? 特にミサ、コイツから一発貰ったんだろ?」
「ったく、ガツンと来たわい……まさかコレが“聖女様”とは驚きじゃ」
父さんが皆を見回してみれば、ミサさんが吐き捨てるように言葉を紡いだ。
ちょっと待って欲しい、今何と言った?
「昔からコイツは脳筋な上に思考が単純で……本当にごめんなさい狐のお姉さん。えっと、ミサさんで良いんでしたっけ? 今度お詫びしますから……えっと、ご飯とか奢ります」
「いらんわ。英雄様とそこらで飯なんぞ食おうもんなら、明日から何を言われるか分かったものではないわ」
間違いなく、今“英雄”と言ったよな?
え? この人達そういうレベルで有名な人?
オロオロと視線を彷徨わせていると、ミーヤさんがソッと顔を近づけて来た。
「英雄祭、参加していなかったのですか? 遠目に見える程度でしたから、私も顔までは覚えられませんでしたが」
「え、えぇ。その頃はフレンと二人で仕事を探したり、落ちている小銭集めをしていまして、貧乏な上に母が寝たきりになってしまった時期だったので」
「……ごめんなさい」
「あ、いえ。全然っ! 仕方ない事なので、気にしないで下さい!」
ミーヤさんが悲しそうに眉と耳を下ろして、シュンとしてしまった。
慌てて声を上げ、彼女を慰めようとアレコレ口走っていれば。
「兄さん、イチャイチャは後。今はこの襲撃者」
フレンからピシャリと怒られてしまい、二人揃ってすみませんと謝ってから改めて正面を向き直る。
「紹介する……コイツはアルマ、もう一人はセシリー。元パーティメンバーだ」
「それじゃ説明が不十分じゃろうがドレイク」
父さんが簡単に紹介を終えようとしたその時、ミサさんはケッとつまらなそうに呟いてから彼等を指さした。
「この場で知らんのはリックとフレンだけかの。その優男が“勇者アルマ”、もう一人が“聖女セシリー・クラウリー”じゃ。まさかこんな物理聖女とは思わんかったが……んで、そっちが」
二人の説明を受けて衝撃を受けた。
今街中で噂されている“四英雄”の二人。
勇者と聖女。
彼等は魔王討伐を果たし、この世に平穏を齎したとされる人物達。
そんな人たちが、目の前に居るのか?
嘘だろ? なんて思ってしまう訳だが、ミサさんの説明は止まらなかった。
「そっちがお前等も知っている、“魔術師ファリア・シリンディア”。そんでもって最後に、消えた四人目じゃ。公になっていないから、お前等も口を噤むんじゃぞ? “剣士ドレイク・ミラー”。これで四英雄。この場に居るこのふざけた四人が、魔王を打倒した英雄達じゃ」
「「…………は?」」
思わず、フレンと声が重なってしまった。
いや、え? だって。
俺達にとって父さんは滅茶苦茶強い父さんで、でもランク3で。
ファリアさんに関しては聞けば何でも教えてくれる、魔法知識が凄いお姉さん的な存在で。
え? え? と視線を右往左往させていると、他のメンバーも驚愕の表情で父さんとファリアさんを眺めている。
「お前等は、英雄に拾われた子供なんじゃよ」
ミサさんの言葉に、思わず顎が外れそうな程口を開けてしまうのであった。
――――
「子供たちにも隠してたのかい? ドレイク。それはあんまりだよ」
「うるさい、良いだろ別に。俺達はもう勇者一行じゃないんだ」
その夜。
アルマからそんな事を言われながら、大人組だけで酒を呷る。
正直、知られたくはなかった。
英雄なんぞと呼ばれるメンツだと知れれば、あの子達が余計な物を背負うかもしれない。
だからこそ、俺はただの冒険者。
そうありたかったのだが。
「ま、いつかはバレる事じゃ。むしろファリアが居るのに気づかれなかったという事は、リオもミーヤもそこまで流行に興味がなかったんじゃろ。どっかの馬鹿二人は、やけに目立つ格好で来たから一目瞭然だった様じゃがの」
そう言いながら、ミサはブスッとした顔のままツマミを齧る。
まぁ、確かにそうなのだろう。
いつかはバレる、というか話す時が来るとは思っていた。
ファリアが“こっち”に来た時点で、ある程度覚悟はしていた筈。
過去を語る機会があれば、間違いなく誤魔化し様が無くなっていた事だろう。
だとしても、だ。
「今かぁ……今はあの子達にとって大事な時期だってのに……」
「多分五年後十年後だったとしても、ドレイクなら同じ事を言っているだろうね」
クスクスと笑いながら、ファリアがこちらのグラスに酒を注ぐ。
とりあえず飲め、という事らしい。
「それで、今日は二人してどうしたんだ?」
ファリアから貰った酒をグビグビ飲みながら、今日訪れたアルマとセシリーに視線を向けてみれば。
「聞いてくれよドレイク! 酷いんだ! 新人兵士に剣術を教えたり、戦術を教える仕事に就いていたんだが。皆そう言う事より武勇伝を聞きたがって……全然授業にならないんだ! 俺の武勇伝なんてろくにないだろ!? 皆に助けてもらってばかりだったんだから! なのにそう言っても誰も信じてくれないんだ。だから仕事を辞めて、のんびりと暮らそうとしたら、今度はセシリーが無職無職と虐めて来るんだ!」
「どっかで聞いた様な話だな……」
チラッと横目でファリアを覗いてみれば、彼女は明らかに視線を逸らしながら酒を仰いでいた。
やっぱり、どこに行ってもそんなもんなのか。
英雄って肩書は、俺の想像以上に大きいらしい。
「実際仕事をしていないのは頂けません、ドレイクとファリアを見習いなさい。英雄と呼ばれながらも毎日勤労に励んでいるのですよ? だというのに、アルマは嫌だからという理由だけで無職になるのですか? それはあまりにも情けない上に、肩書にそぐわない行いだと思いますが」
「これなんだよ! 無職、即、斬な勢いでガミガミ言ってくるんだよ!」
そう言いながら、アルマがこちらににじり寄って来る。
だがしかし、俺とファリアは視線を逸らすしかなかった。
俺は英雄という肩書から逃げ、ファリアは面倒な仕事から逃げて来た身分なのだから。
その様子を見て、ミサだけは我関せずとグラスを傾けるが。
「だから俺は、冒険者になろうと思う! だってドレイクもやっているんだろ!? だったらパーティに入れてくれ! 役割は終わったんだ、ならコレ以上“勇者”じゃなくても良いじゃないか! 俺はただの冒険者として仕事をする! もう嫌なんだ勇者! だってこれ以上何をすれば良いの!? ねぇ何すれば良いの!? 今までだって散々頑張ったのに! 王様だってもう自由に生きて良いって言ってたじゃん!」
駄目だ、この言葉を俺は否定できない。
どう考えても、俺とファリアの中間の様な状態に陥っている。
英雄という肩書、現状の仕事への不満。
前者は堅苦しいよな、分かる。
俺には無理だ、だって元はただの傭兵だもの。
後者に関してはファリアの方が良く分かるだろうが、想像は出来る。
ちゃんと教えようとしているのに、相手が聞いてくれないんだな。
それは確かに辛い、というかやってられない。
そんでもって“勇者”ともなれば、一番注目が向かうはずだ。
なんたって俺達のリーダーとして、仲間を導いたとされているのだから。
「ちなみに、セシリーの方は?」
「私の方はちゃんと仕事をしておりますよ? また修道女として務めております。ただ最近周りのシスター達からやけに他の仕事を進められるのと、次に何かを壊したらクビにすると言われておりますが」
駄目だったらしい。
本人は無自覚だが、教会にも信徒より彼女のファンが押し寄せているみたいだ。
まぁセシリーはソレを良しとし、教会も何とかなっているなら俺が口を挟む事じゃないだろう。
ただし、最後に恐ろしい言葉が聞えた気がしないでもないが。
「それだけじゃないんだよドレイク! 俺とセシリーはもう籍を入れたから、一緒に暮らそうと家を建てたんだ!」
「おぉ、そりゃおめでとう。式はこれからか?」
「ありがとう、ってそうじゃないんだってば! 式どころの騒ぎじゃないんだよ!」
なんだかよく分からない事を言いだしたアルマに、皆首を傾げながら視線を向けていると。
「私達の家が完成してから、一日で無くなりました」
「「はい?」」
ポツリと悲しそうに呟いたセシリーの言葉に、思わずファリアと声が被ってしまった。
いや、だってどうやったら一日で家が無くなるんだ?
盗まれるモノじゃないし、災害が起きたって事も無い。
だとしたら、何故?
「料理をしていたら、こう……まさかオーブンが火を噴くとは……最近のは火力が強いね」
「火の手をどうにかして止めようと水魔法を使った結果、壁に穴が開いてしまって……」
「いや、そうはならんじゃろ! 今までお前等どうやって生活して来たんじゃ!」
呆れ顔のミサが、流石にツッコミを入れた。
ちなみに旅に出る前アルマは実家暮らし、セシリーは教会暮らしだった。
二人共あまり家事が出来る方ではなく、野営の際なんかは本当に一から教えた訳だが……まさか普通の生活能力がここまでポンコツだったとは。
流石に初日でボヤ騒ぎを起こす程とは思わなかった。
しかしすぐに鎮火したなら、少し工事すれば元通りになりそうな気がしないでもない。
壁に関しては……被害によるとしか言えないが。
「確かに二人が料理する時は豪快に火を使うとは思っていたけど、何も家まで焼く事はないだろうに」
やれやれと首を振るファリアが、それで? と続きを促してみれば。
「貫通した魔法が隣の家を崩壊させて、弁償代わりにウチを修理して差し出しました」
「お前等本当に馬鹿だろう」
鎮火させるどころか、更に被害を出していたらしい。
まさか他人様にそれ程迷惑を掛ける事態になっていたとは。
いやむしろ旅の間に強くなり過ぎたからこそ、こんな事態に陥っているのかもしれないが。
コレが英雄と呼ばれる二人か……とため息を溢していれば。
「ちなみにボヤを起こした勇者と有名になって、宿屋からもやんわりと断られるんだ」
「庭で良いのでしばらく泊めて下さいお願いします」
そう言って頭を下げて来る二人。
もう嫌だ、見てられない。
どんな新婚生活だと切に問いたい。
籍を入れた途端に家を失い、他人の家の庭で野営って。
お前等はそれで良いのか。
とはいえ流石に友人二人をこのまま放り出すのは気が引けるので、ここは首を縦に振るしか……。
「まてドレイク、結論を焦るな。泊めるにしても、もう部屋があるまい。この家には既にリックにフレン、ミーヤにリオという新顔まで住んでおる。どっかの魔女様の部屋も、リオの部屋を作る為に片づけた程じゃ。それこそ庭を貸すなら焚火でもするわけじゃろ? コイツ等がボヤを起こさんとも言いきれんぞ」
た、確かに。
そもそも泊めてやる部屋がもう無いのだった。
我が家は既に宿屋状態。
子供達は皆、月決めで律義に家賃まで払ってくる始末。
取って置いて、ランクアップの度に装備でも買ってやろうかと思っていた。
だとすれば、二人はしばらくファリアに世話になる他ない……と思ったのだが。
「だったら私の様に、隣に家を建てれば良いよ。そうすれば困った時は助け合える。あぁしかし、火事にはしないでくれよ? 三軒とも消し炭になってしまっては困るからね」
「「それだ!」」
いや、それだじゃないが。
確かに二人が何処に家を建てようが勝手だが、この場所があまり目立つようになっては困る。
そんな事になってしまっては、俺が静かな場所を選んだ意味が無いのだ。
「しかしドレイクは目立ちたくないそうだ。出掛ける時は変装して、この場所に私達が住んでいると悟られない様にしないといけない」
なんだか先人面して、ファリアが色々ご教授を始める訳だが。
そもそもお前、殆んど引きこもっているから目立ってないだけだよな?
偽名も使わないし、買い物に行くときは魔法を使ってすっ飛んでいくよな?
お前も言う程気を付けてないよな?
「それは任せてくれ、このサングラスには認識阻害の付与が掛かっている」
「こうも次から次へと出費が出るのは不安ですが、また皆で共に過ごせるのは嬉しいですね」
なんだか既に決定したかのような雰囲気が漂っているが、更に隣人が増えるという事でよろしいか?
結局集まって来てしまった俺達。
まぁ、このポンコツ二人をまた街中に放り出すよりかは安心出来るのかもしれないが。
勇者パーティと呼ばれた俺達。
御大層な名前で呼ばれてはいるが、やはり普通のパーティと変わらず個人では苦手な事が多かった。
だからこそ支え合う関係が成り立っていれば、そこに依存してしまうのは仕方ないと言えるのかもしれない……が。
「余り騒がしくなってもなぁ……」
「たった三軒じゃから大丈夫だろうが……周りに知られれば一大事じゃな。ここにコイツ等のファンが押し寄せては面倒じゃ。それと、奴等の家にはキッチンを付けるなと注文する事を勧めるぞ?」
「だなぁ」
やんややんやと盛り上がる中、俺とミサだけは静かにグラスを傾ける。
静かに暮らしたいと願って家を買ったというのに、随分と増えたモノだ。
まぁ、知った顔ばかりだからいいけど。
「なんなら私も住んでやろうか? お前の家を増築してくれるなら、考えてやらん事もないぞ?」
ケッケッケといやらしく笑うミサだったが、それも悪くないかもしれない。
彼女が居れば子供達の教育は任せられるし、何より飯が旨い。
これだけ増えてしまったのだ、もう一人くらい増えても問題ないだろう。
それに何事もしっかりと任せられる彼女なら、むしろ近くに居て貰った方が助かる。
「増築の依頼を出しておくよ」
「即決!? って、そうじゃった……コイツも金は有り余っておるんじゃった……」
そんな訳で、ウチの周辺はしばらく忙しくなりそうな雰囲気に包まれるのであった。
目立ちたくない、それだけで始まった一人暮らしだったというのに。
今では人どころか家にも囲まれる生活になってしまった。
知り合いばかりだからこそ、悪くはないと思える訳だが。
「まぁ、人目に付きはじめたら引っ越せば良いだけだしな」
「無駄使いするでない、馬鹿者。さっさと結婚の一つでもしてしまえば、周りも少しは放っておいてくれるじゃろうが」
そう言いながら、ミサは俺の足を踏み抜いて来るのであった。
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