第29話 全員集合


 「だぁぁぁぁ……生き残ったぁぁ」


 「ホント、それ」


 「クタクタですね……流石に」


 「もう無理、腹減った……」


 各々情けない台詞を溢す子供達を連れながら、私たちはドレイクの家へと足を運んでいた。

 ちょっと頑張らせ過ぎたかもしれないが、良い経験にはなった事だろう。

 終盤の方など、指示一つで全員が防衛に回れる陣形を取れる程に成長していた。

 得意分野を披露するだけではなく、全員が全体を意識して動けるようになって来ている。

 これは非常に良い兆候、パーティが一つの存在として機能してきている証拠。

 疲れ切った顔を浮かべている彼等に微笑みを溢しながら、改めて前を向いた。


 「ホレ、きりきり歩け。帰るまでが冒険じゃぞ。途中で力尽きては、武勇伝も語れんわい」


 上機嫌で歩く私の後ろに、げっそりとした彼らが続く。

 今日は奮発して旨い物を作ってやろう。

 若いのに、随分と皆頑張った。

 だったら、年上の仕事は彼等を褒めて甘やかしてやる事だろう。

 2~3日は今日の復習と、稽古。

 その間も旨い飯でも作ってやれば、十分に回復するじゃろう。

 なんて、思っていたのに。


 「……全員警戒」


 ポツリと呟いてみれば、瞬時に若者たちは周囲に展開する。

 フレンが低く構え、先頭に立つ。

 その後ろにはリオとリックがどっしりと構え、私のすぐ前ではミーヤが掌を構えて周囲を伺っている。

 前に比べて、判断と行動が早い。

 コレはとても喜ばしい事だ。

 しかしながら。


 「厄介な……泥棒の類にしては行動が大胆じゃ。ドアが無い、相手は既に屋内に侵入している可能性がある。屋内戦じゃ、皆警戒を怠るなよ?」


 声を掛けてみれば、皆静かに頷きジリジリとドレイクの家を包囲する様に動きはじめる。

 全く、どこの馬鹿じゃ。

 四英雄の一人の家に忍び込む命知らずは。

 そんな事を思いながらも、こちらも配置につく。

 庭を含む敷地を包囲し、身を草陰に隠す。

 (行く、三秒前)

 屋根に上ったフレンが口をパクパクと動かしながら、三本指を立てた。

 その後、二階の窓を突き破って体を屋内に滑り込ませる。

 行動開始じゃ。


 「リック、リオは左右から侵入! ミーヤは正面から! 無理に戦うなよ!? 逃がしたとしてもこっちで処理してやる!」


 全員が一斉に動き始め、我が家とも言える建物を制圧し始める。

 あぁくそ、命からがら帰って来た奴等にこんな事をさせたくはなかったが、致し方あるまい。

 なにせ、安心出来る筈の場所に余所者が紛れ込んだのだから。


 「報告せい!」


 「二階異常なし!」


 「「一階異常なし!」」


 「敵影確認出来ません!」


 くそっ、逃げられた後か。

 なんて、舌打ちを溢してみれば。


 「あ、あの……すみません。ここってドレイク・ミラーの家で間違いないですよね? あれ、違うのかな。もしかしなくても、ココに住んでいる方ですか?」


 すぐ後ろから、そんな声が聞こえて来た。

 嘘じゃろ!? 足音も気配も、何もしなかった。

 思わず飛び退きながら背後に向かって薬品の入った瓶をいくつも投げつけてみれば。


 「ごめんなさいごめんなさい! 怪しい者じゃないので、話を聞いてもらえると助かります!」


 投げ放った瓶を空中で掴み取りながら、相手は更に接近してきた。

 あり得ない。

 自身に向かって投げられた物ならまだしも、周辺にまき散らす様に投げられた物すら全て回収して見せたのだ。

 普通なら間に合わない、かなりの実力者。

 怪しい者ではないなんて言っているが、どこからどう見ても不審者だった。

 おかしなサングラスを掛け、全身を隠すようなローブを羽織った男女二人組。

 そもそもどこに潜んでいた?

 私たちは敷地内全てを警戒していた筈、ならこんなにも簡単に接近を許すはずが……。


 「すみません、一度落ち着いて話を聞いてもらう為にも制圧させて頂きますね? 貴女と、中に四人、でしょうか?」


 「ちょっと、それは不味いってば!」


 迫って来た男を追い抜いて来た女が、こちらに向かって拳を向けて来た。

 まずっ……避けられな――


 「大丈夫です、ちゃんと治しますから」


 その一言共に、彼女の中指がこちらの額を叩いた。

 ただのデコピン。

 だというのに脳天に抜ける程の衝撃を受けて、意識が遠のいて行く。

 すまん、ドレイク。

 私に子供達を預けろ、なんて偉そうな台詞を吐いたくせに。

 私が最初にくたばる雑魚だったようじゃ。

 すまん、本当にすまん……。

 どうか、子供達だけでも無事に――


 「あの、本当に。ちゃんと治療と弁償しますから、えっと……本当にごめんなさい」


 そんな声と共に、私の意識は闇の中に落ちるのであった。


 ――――


 クソが。

 ソレ以外に感想が思い浮かばなかった。

 建物内の安全を確認した後、庭に出た俺達。

 だというのに、皆が庭先に出た瞬間。


 「ミサさん!」


 見知らぬ二つの影、そして彼等の前に倒れる彼女の姿。

 嘘だ、あの人は強い。

 俺達が家の調査をしている数分の間に負けるはずがない。

 そう、思っていたのに。

 ピクリとも動かない彼女の姿に、皆の心がざわめくのを感じた。


 「離れろ! 泥棒!」


 「フレン、援護するぜ!」


 斥候二人が飛び出し、両者に襲い掛かるが。


 「あぁ、やっぱりこうなりますよね。ごめんなさい、まずは話しをする為に制圧を……」


 「その考え方がもう結構アレだと思うんだよね! ここで声を張り上げてでも説明すればさ! ホラ! うん、ゴメン、無理か! だよね、襲ってくるよね!」


 やけに軽い台詞と共に、フレンとリオが魔法で押さえつけられた。

 重力系の魔法だろうか?

 二人は彼等に近づいたと同時に、ビタンッと地面に伏せたまま動かなくなってしまった。

 そして、苦しそうな声を上げている。


 「“プロテクション”で上から押さえているだけですから、怪我はしない筈です。あまりにも苦しかったら言って下さい」


 「本当に調整間違うなよ!? 圧死とかさせちゃ駄目だからな!?」


 プロテクションと言えば、防御壁の魔法だったはず。

 あんな使い方が出来るのか。

 しかも、素早い二人に対して。


 「ミーヤさん、援護お願いします」


 「えぇ、わかってます。しかし……かなり強敵ですよ」


 低く腰を落としながら、双剣を構えた。

 その後ろで、ミーヤさんが戦闘態勢に入った空気が伝わって来る。

 多分、俺達じゃ勝てない。

 それが分かるくらいに、目の前に立って居る二人は強者だ。

 そんな気配を感じるというのに、挑まずにはいられない。

 このまま逃げれば、俺達は家族の多くを失う事になるのだから。

 退路は断たれた、覚悟を決めろ。


 「いきますっ!」


 駆け出した瞬間、背後から多くの魔法が俺を飛び越えていく。

 数えるのも馬鹿らしくなるほどの乱射、威嚇というよりも制圧。

 それくらい多くの魔法が放たれているというのに、相手はと言えば。


 「ちょっと普通より威力が弱い……? 仲間がこちらに居るから遠慮してるのですかね」


 呑気な声を溢しながら、掌を此方に向けている。

 ただそれだけ。

 だというのに二人の前にはまた別の防御魔法が展開され、これだけ飛び交っている魔法の一つも届かないのだ。


 「くっそが!」


 「少年、ホントごめんね。ちょっとだけ俺の相手して? 多分アッチに殴られるより絶対安全だから」


 回りこんで飛び掛かろうとした相手との間合いに、サングラスを掛けた男性が長剣を手に割り込んで来た。

 くそっ、こっちは剣士か。

 舌打ちを溢しながら片方の剣を思い切り振り下ろしてみれば。


 「おぉ、良い太刀筋。思い切りも良い。でも自らの攻撃が通じない相手に対しての配慮と警戒が出来ていない。ちょっと経験不足かな、少年」


 不思議な感覚だった。

 彼は長剣で俺の剣を受け流した……のだと思う。

 でも弾かれたとか、凌がれた感触が無いのだ。

 一番近い言葉で言うのなら、“流された”。

 剣と剣が触れた感触はあったが、ぶつかり合ったという程ではない。

 だというのに、俺の剣は明後日の方向に振り下ろされる。

 もう片方の剣を振る暇もなく、こちらはバランスを崩してたたらを踏む結果になってしまった。

 なんだ、何だこれ?


 「リックさん! 引いて下さい!」


 ミーヤさんの声に視線を上げてみれば。


 「すまない少年、全面的に俺達が悪い。でも今は一度落ち着いて欲しい、少しだけ眠ってくれ」


 申し訳なさそうな顔で、俺に向かって手刀を振り下ろす敵の姿が映った。

 駄目だ、負ける。

 そもそも実力が違い過ぎる。

 こんな人に、勝てる訳がない。

 様々な思考を抱きながら、振り下ろされる彼の腕を眺めていれば。


 「よう、久しぶりだな。何やってんだ?」


 本当に目の前で、彼の攻撃が止まった。

 その手首を、見慣れた巨大な籠手が掴み取っている。


 「よくないんじゃないかな? こういうのは。君達みたいなのが新人を相手にすれば、心に傷が残る。その辺も考えて、しっかり行動したかな? 脳みその足りない馬鹿ップル」


 近くからは、これまた聞き覚えのある魔術師の声が聞こえて来る。

 あぁ、また俺達は助けられた。

 そこに悔しさを感じると同時に、安堵する心が広がっていくのであった。


 「父さん達、おかえり……ごめん、ありがと」


 少し視線をズラせば、そこには見慣れた大鎧が立っていた。

 とてもじゃないが一般人じゃ持ち上げる事すら敵わない様な大剣を背負い、表情を隠すかのような兜は今まで俺が戦っていた相手を睨みつけている。


 「ただいま、リック。少し待ってろ、話を付ける」


 「ドドドドレイク! 違うんだ! 俺達は決して彼等を傷付ける為にこの場に来た訳じゃなくて!」


 「馬鹿野郎、勘違いさせる様な行動は控えろと言っただろうが。お前達はただでさえトラブルに巻き込まれやすいんだから」


 やけに静かで冷たい言葉を放つ父は、そのまま彼の事をぶん殴った。

 顔面が潰れちゃうんじゃないかって勢いで、普通の人なら死ぬよね? という強さで。

 そんな一撃を貰った彼は盛大に吹っ飛んでいき、「ごめん、無理」という一言と共に動かなくなった。

 そして。


 「お願いですからこちらを助けてから降参してください! 私一人でファリアの相手をするとか色々問題が……ちょ、ファリア!? 何なんですかその怪しげな薬品は!」


 「安心すると良いよ、別に死んだりはしない。“発情”の魔術に近い効果を促すだけの薬品だ。まぁ要は媚薬って奴だね、それこそ人目を憚らず三日三晩男の上で腰を振る程度で済むさ」


 「お願いだから止めて下さい! そんな事されたら女として終わります! というか御相手も私も色々な意味で死にますよね!?」


 「回復魔法が得意なんだからどうにかなるだろうさ、多分。それに脳筋の君なら三日間くらい動き続けても、ちょっと筋肉痛になるくらいだろ?」


 「蓋を開けないで下さい! お願いですから! ドレイク、ドレイクー! この凶悪魔女を止めて下さい!」


 やけに煩い襲撃者に、父は溜息を溢しながら。


 「放してやれファリア。しかし、事情は説明してもらおうか。何故ウチを襲撃した」


 やけに低い声を上げる父さんに対して、自由になった女の人と吹っ飛んだ男の人がすぐさま土下座の態勢を取るのであった。


 「違うんだよドレイク! 全て不幸な連鎖、勘違い故の事故なんだ!」


 「襲撃じゃないんですよ!? 本当ですよ!? ちょっと派手に扉が壊れてしまって、帰って来たこの人達に勘違いさせてしまって、話す間もなくこの状況です!」


 「そもそもお前が急に攻撃したりするから! 全部防ぎながら事情を説明すれば良かったじゃないか!」


 「だって皆集合したら話し合いする間もなく囲まれちゃうじゃないですか! そう考えたら体が勝手に……」


 言うに事欠いて、何を言い出すのか。

 そんな言い訳通じる訳がない、というか扉を壊して事故も何もないだろうに。

 今では二人揃って喧嘩を始め、見るに堪えない光景が広がっているのだが……。


 「まぁ、この二人だしね。あるかもしれない」


 「だなぁ……それこそファリアが付いていてくれれば、もう少し安心だったんだが」


 「嫌だよ、こんな馬鹿。二人のお父さん役はドレイクだろう? 私には荷が重い」


 こっちもこっちで、なんだかよく分からない会話を繰り広げる二人。

 コレは、一体どういう状況なんだ?

 唖然としていれば、俺を助け起こしてくれるミーヤさん。

 二人して、ポカンと彼等の事を見上げると。


 「リック、ミーヤ。すまん、酒の準備を頼めるか? コイツ等はその……なんだ。俺の客だ」


 「正確には、私たちの元パーティメンバーだね。他の皆もすぐ治させる上に、起こさせるから、心配しなくて良いよ」


 父さんとファリアさんが、やけに呆れた表情で襲撃者を眺めるのであった。

 アレが、元パーティメンバー?

 俺達が手も足も出ず、子供をあやすかの様にあしらわれてしまった存在。

 それですら、父さん達は簡単に制圧して見せた。

 冒険者のランクが、ココまでアテにならないと思った事はない。


 「あの、その二人は……何者ですか? それから、ドレイクさんとファリアさんは……どういった存在なのでしょうか?」


 俺と同じ疑問を持ったらしいミーヤさんが、恐る恐るそんな言葉を吐いてみるが。


 「俺はランク3の冒険者で、リックとフレンの保護者だ」


 「私はその隣人で、ランクは1。皆より下の魔術師だね」


 違う、そうじゃない。

 なんて言いたくなるお言葉を頂いて、呆れた顔を向けていれば。

 二人は、声を揃えて言い放った。


 「「そしてコイツ等はただの馬鹿だ」」


 土下座している二人に、父さんとファリアさんは非常に冷たい言葉を放つのであった。


 「はい、ただの馬鹿です……すみませんでした」


 「ごめんなさい、もう少しマシな再会を予定していたんですが、留守だったもので……」


 もう、訳が分からない。

 一体何なんだこの人達……。

 疑問は一切晴れぬまま、傷付いたメンバーに対して襲撃者(女)が治癒魔法を施すのであった。

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