第28話 変化する日常


 「ったく、お前等はクソ真面目過ぎるんじゃ。まずは手を抜いて成果をあげる事を覚えよ」


 「そ、そうは言っても……」


 「確かに鍛える事も、戦闘技術を覚える事も大事じゃ。しかしな、そんなんではこれからランクを上げて、直接相手と交渉する様になってから痛い目を見るぞ? とくにふともも、お前は良く聞いておれ」


 「またふとももって言われた……」


 本日もミサさんのお説教を頂ながらゴブリン退治。

 呑気に話してはいるが、彼女がフラフラと目立つ場所を歩き回る為相手の攻撃が止まない。

 俺達は常に戦いながら、彼女の話を聞く感じになってしまっていた。


 「例えばじゃ、私を簀巻きにしてしまえばこんな目立つ場所をほっつき歩く事は無くなる。何故しない? 依頼者が数日間自分を守れと言ったとしよう。なら行動の自由など奪ってしまえば良い、余計な警戒をしなくて済む。相手からは反感を買ったとしても、依頼は達成できる。そうすればお前達には金が入る」


 「ミサさんを捕らえるとか……怖すぎて考えなかった」


 「パンツ、聞こえておるぞ。出来る出来ないではない、まずは考えるべきじゃ。このクソヤロウ、一発殴って黙らせてやろうか。なんて考えたなら、ソレを可能にするプランを考えるのじゃ。殴った所で問題にならず、結果的に成功に導ける道を」


 「姉さんを殴るとか、幾つ命があっても足りる気がしねぇ……」


 「ワンコ、むっつりへのサポートが遅いぞ。走れ」


 「わん!」


 フラフラと歩き回り、度々こちらへのアドバイスというか……罵倒を口にしながら、彼女は喋り続けた。


 「本当に理解し合っている仲間内ならまだ良い、しかしな? そうでない連中と組んだ時、もしくは依頼で他者と関わった時。コレは本当に気を付けよ、“搾取”されるぞ? 商人の間では常識じゃが、頑張れば頑張った分成果が良くなるという訳ではない。頑張ったからこそ、他者から“都合よく使われる”存在に変わる事もあるのじゃ。だからこそ適度に力を抜く、または平凡に見せる。こういう演技力があるかないかでかなり変わるぞ? それこそ戦闘だって、相手を油断させる演技が出来れば、ずっと楽に終わる。ホレ、こんな風に」


 説明しながら、俺達を抜けた一匹のゴブリンに対して、彼女はナイフを投げつけた。

 構えもしないし、警戒した様子すら見せていない。

 だからこそ、相手も“いける”と思ったのだろう。

 その結果、眉間からナイフを生やす事になってしまったが。


 「自らを相手より格下に見せられれば、相手は油断するものじゃ。それは平時でも戦闘中でも同じ。実力を隠せ、しかし伸ばせ。それが出来る奴ほど、生き残るもんじゃ。特に新人の間は」


 そう言いながら、彼女は周囲に向かって小さなガラス瓶を投げつけた。

 もはやその光景だけで、フレンが慌てて戻って来る程。

 そして。


 「さて、そろそろ良い時間じゃ。昼飯にしよう」


 そう言って笑う彼女だったが、周囲では爆発が起きていた。

 投げつけた瓶は先日と同じ煙をまき散らす程度だったのに、ゴブリンが逃げた先が爆風に包まれているのだ。

 間違いなく、前もって準備したトラップ。

 通って来る時には作動していなかったから、何かしらの魔術的な物だとは思うのだが……いつ仕掛けた?

 なんて事を考えれば、笑顔を向けて来る彼女が今まで以上に恐ろしく感じると言うモノ。


 「私……こんな人をつけ回す依頼を受けてたんだ……」


 「死ななくて良かったね、ミーヤさん……」


 青い顔をした二人が、黙ってお昼準備に参加するのであった。


 ――――


 「ドレイクさん……」


 「……はい」


 リタさんから、非常に呆れた視線を向けられてしまった。

 ソレも仕方ない事だろう。

 なんたって思い切り変な奴を連れて、その変なのを冒険者として登録しようとしているのだから。


 「よろしく頼むよ」


 全身をローブで隠し、顔面には収穫祭で使うカボチャかっていう様な仮面。

 しかも、彼女の口と連動してギザギザの口元が動くのだ。

 カパカパ煩いったらありゃしない。

 言わずもがな、ファリアな訳だが。


 「えっと……」


 リタさんが困惑した表情のまま、登録書を差し出せばファリアがすぐさまサインする。

 しかも、思いっきり本名を。

 いや、偽名を使われても後で困るかもしれないが、お前は隠したいのか隠したくないのかどっちだ。


 「ファリア・シリンディアさんでよろしいで……え?」


 「お願いします、何も言わずに登録を進めて下さい」


 「よろしく頼むよ」


 約一名、お前はそれしか言えんのかと言いたくなるが。

 リタさんはプルプルしながら、ジャックオランタンフェイスの魔女を眺めていた。


 「よ、四英雄の半分が今ここに……」


 「お願いですから何も言わず進めて下さい! ただでさえ注目を集めるんですから俺の友人は!」


 現状は主にカパカパ動く仮面が、だが。

 もう少し普通なデザインは無かったのかと、切に問いたい。

 しかしながら、俺も他人の事を言えないので口を閉じるしかなかった訳だが。


 「ドレイク! 今度もなんか面白いの連れて来たんだって!? 今度はどんな奴だ!」


 「アンタは仕事してろよ! いちいち受付に顔を出すな!」


 奥から飛び出して来た支部長に叫び声を上げるも、色々と察したらしい彼は「あぁ~」とか言いながらファリアに自己紹介なんぞ始めやがった。

 あぁもう、目立って仕方ない……。

 とはいえ、一応彼女の事を英雄の一人だと気づいている他の冒険者はいない御様子。

 多分。

 そこだけは、一安心であった。


 ――――


 そんな訳で、本日も薬草採取。

 やはり新人と言えばコレだろう。

 もしかしたら文句の一つでも言われてしまうかと思ったのだが、完全に忘れていた。

 俺に薬学を教えてくれたのはコイツだった事を。


 「ほらドレイク、この二つの違いが分かるかい?」


 「いや……どっちも同じに見えるが」


 「よく覚えておくんだよ? ココ、葉の裏。一か所だけ色が変わって青っぽくなっているだろう? コレは簡単に言えば薬草の上位種というか、変異体みたいなものでね。ポーションを作るなら普通の物と大して変わらないが、ハイポーションなどの更に調合が難しい物を作る際には、コレを使った方が調合の難易度もガラッと変わるんだ。しかもこの薬草のみを使用した状態でハイポーションを作れば、同じハイポーションでも効果が変わって来る。純度の違いという訳だよ」


 「なるほど……俺もまだまだ教えて貰ってない事が多いな」


 「まぁ私達が共に過ごしていた場所では、こうも純度が高い薬草は採れなかったからね。どれもこれも魔族に適した薬草の方が多かった。それに比べて、ココは宝の山だね。何故皆採りに来ないのだろうか?」


 それは多分、深い山奥だからだと思います。

 俺は身体強化を使いながら走り、ファリアは浮遊魔法を使いながら突き進んだ。

 その結果が、これである。

 彼女は活き活きと薬草採取を続け、俺はひたすら授業を受け続ける。

 ファリアは確かに天才とも呼べる魔術師だ。

 しかし同時に学者でもある。

 彼女の知識は魔法から薬学、そして他の広い分野にも渡る。

 簡単に言うと彼女は、興味を持った事に対して調べずにはいられない性格という訳だ。

 全部を全部突き詰めてしまう行動力と、その理解力は舌を巻く想いだが。

 ソレも全て、ファリアの努力の成果と言えるのだろう。


 「こんなピクニックみたいな依頼じゃ文句を言われるかと思ったが、まさかココまで楽しんでもらえるとは思わなかったよ」


 「何を言っているんだいドレイク、安全に薬草などの植物が豊富に採れる。こんなに素晴らしい事はないじゃないか。おっコッチも凄いぞ? 見てくれ」


 「お前はそういう奴だったな」


 呆れた笑みを溢しながら、俺達は森の中を突き進むのであった。

 たまには、こういう依頼もやはり悪くない。

 のんびりと過ごすのには、この上なく合っている仕事と言えるだろう。

 そして何より、冒険者初日にしてファリアは随分と楽しそうだ。


 「あっ! ドレイク、あれを見てくれ! 揚げたら美味しいヤツだ! いっぱい生えているよ!」


 「山菜も摘んでいくか、酒の肴にしよう」


 「良いツマミが出来たじゃないか、冒険者は最高だね!」


 ウッキウキの魔女様を連れて、俺も山の中を練り歩く。

 英雄と呼ばれた若き魔女がこれで良いのかと思う程、服を泥だらけにしながら。

 現在は仮面に隠れているが、その下では満面の笑みを浮かべている事だろう。


 「他人の事は言えないが、なんともまぁ……」


 「なんだいドレイク?」


 「いや、何でもない」


 そんな会話を続けながら、俺達は薬草やら何やらを集め続けるのであった。


 ――――


 「ココがドレイクの隠れ家か……」


 「多分隠れては居ないと思いますよ? 王族の方からも普通に教えて頂きましたし。まぁ英雄と呼ばれるのが嫌なのでしょうね。彼はシャイですから」


 でかいサングラスを掛け、フードを被った俺達はついに彼の家を見つけ出した。

 住所を聞いていたはずなのに、随分と迷って時間が掛かってしまったが。

 やはり俺達にはドレイクとファリアが必要なのだ。

 色んな意味で。

 大仕事が終わった後でさえ、彼等に何か無理なお願いをするつもりはない。

 それでも、だ。

 パーティとは助け合う存在、むしろ助けて下さいなのだ。

 友達として頼るくらいなら、きっと二人共許してくれる筈。


 「いくぞ」


 「えぇ、そうしましょう」


 何故かそっくりな家が二つ並んでいるが、多分こっちがドレイクの家で良い筈だ。

 そんな事を思いながら、玄関の扉を叩く。

 しかし、反応がない。


 「なるほど、俺たちに関わればまた面倒事に巻き込まれると思って居留守を使っているな?」


 「いえ、単純に留守という可能性もあります。もしくは眠っているとか……いえ、ドレイクなら今の音で起きますか」


 確かに。

 しかし一応は平和になった世の中なのだ、もしかしたら平和ボケしてまだ寝ているのかもしれない。

 とういう事で。


 「ごめんくださぁぁぁい! もしもぉぉぉし! ドレイクくーん! あっそびましょぉぉぉ!」


 「流石にご近所に迷惑……いえ、まぁ隣に一軒あるだけですが。もしかしたら鍵が開いているかもしれません」


 俺が叫んでいる間、隣の彼女がドアノブを握った。

 その結果。


 「「あっ」」


 バコッという鈍い音と共に、ドアが外れた。

 この馬鹿力、またやりやがりましたね。

 彼の家なら物凄く頑丈なのだとか、無意識の内に思ってしまったのだろうか。

 バターンと虚しい音を立てて、屋内に倒れていくドア。

 その先には、非常に生活感のある景色が広がっている。

 なるほど、ココに住んでいるのは間違いない様だ。

 彼らしい、非常に片付いた室内。

 だがしかし。


 「ど、どうしよう……」


 「私たちは器用ではありませんから、直す事もままなりませんね……」


 二人揃って、冷や汗を流す。

 しかしながら、家屋の中に人の気配はない。

 本当に留守だったようだ。

 これは、困った。


 「とりあえず、お邪魔して……」


 「それはいけません、他人様の家に……」


 「それじゃ庭の端っこを借りよう! そこで野営していれば、帰って来たと同時に謝る事が出来る!」


 「そ、そうしましょう! 帰って来てドアが無いとなると、強盗を疑われるかもしれません! それにいつ帰って来るか分からない以上、私たちが離れれば本当に盗人が来る可能性があります!」


 という訳で俺達は彼の家の庭を借り、キャンプの準備を始めた。

 野営も久しぶりだ、そして今日は頼りになる二人が居ない。

 つまり、ひっちゃかめっちゃかだ。


 「不味い! 火が強くなりすぎている!」


 「み、水! 燃え移らない内に水を!」


 二人揃ってバタバタと動き回りながら、彼の帰宅を待つ事になるのであった。

 

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