第27話 トラッパー


 ひとまず、忙しい一日が終ろうとしていた。

 あの後もミサさんから散々罵倒され、馬鹿にされ。

 それでも戦いきった俺達は、皆ぐったりとしながらも暖炉を囲んだ。

 本日も廃屋にお邪魔し、一晩を過ごすつもり。

 だがしかし、前回とは違った絶望感がパーティ内に漂っている。


 「私は……パンツ。所詮パンツ」


 「そんなにむっちりしてないもん……体重だって平均だもん」


 攻撃を受け過ぎた二人は、膝を抱えたままボーっと暖炉の火を眺めて呟いている。

 これは……些か。

 見ている方が辛くなってくる光景が広がっているが、攻撃した本人は軽い調子で料理を始めている。

 あ、うん。とても良い匂いです。


 「そっちの二人はどうでも良いが、ちゃんと警戒はしておるんじゃろうな? ワンコ」


 「は、はいっ! 大丈夫です!」


 フライパンを振るうミサさんが声を掛ければ、正座したままのリオがビシッと背筋を伸ばして答えた。

 彼だけは、完全にミサさんのワンコと化してしまった。

 あの後も、彼女の指示さえあれば躊躇なく俺の事を蹴っ飛ばして来たくらいだ。

 絶対に逆らえない相手として認識してしまったのだろう。

 ワンコだけに。


 「だったら、まぁ良いがのぉ。所詮はワンコという訳じゃな。ホレ、お前等はコレでも食っておれ」


 フライパンから料理を皿に移し、俺達の前に置かれたのは手羽先。

 相変わらず、料理はとんでもなく上手い。

 見ただけで分かる、コレは旨いと。

 思わず唾を飲み込みながら、それに手を伸ばしてみれば。


 「ちょっとだけジッとしておれ、若者共。どうにもお前さん達はここの上位種に恨まれている様じゃからな」


 そう言いながら、彼女は天井を睨んだ。

 何が起きた? 手羽先に齧りつきながら、全員がミサさんに視線を向けてみれば。


 「よぉ。いつまでそこに居るつもりじゃ? 隠れ続けた所で、意味がないぞ?」


 それだけ呟きながら、小石を投げつけた。

 その先で、僅かに影が動く。


 「て、敵!?」


 「いつの間に! 全員武器を持ってください!」


 「嘘だろ!? 全然聞えなかったぞ!」


 「間違いなく斥候! 気を付けて!」


 皆揃って武器を構えてみれば、それをミサさんが掌を向けて制する。


 「一日中散々言われて、流石に頭来てるじゃろ? それに疲れている筈じゃ、今日は限界以上にコキ使ったつもりじゃからな。まぁ見ておれ」


 そう言って微笑んでから、彼女は再び天井を睨んだ。

 ちょっと待って欲しい。

 まさか、彼女一人で“アレ”に挑むつもりか?

 流石に無茶だ、相手はリオさえ接近に気付かない程に音もなく近寄って来た。

 間違いなく実力者。

 しかもミサさん自身が、上位種と言っていたではないか。

 だとすれば、以前にも接敵したあのゴブリンパーティの一味?

 もしくは俺が相手にしたホブと同格か、それ以上という事になるのだ。

 そんなモノに対して、たった一人で相手などさせられる訳がない。


 「ミサさん! 俺達も!」


 「だからちょっと静かにしておれ、大人しく手羽先でも食っていれば良いんじゃ」


 呟くと同時に、彼女は何やら今までとは違う小石を投げつけた。

 それが天井にぶつかると、目を塞ぎたくなる程の輝きが周囲を包む。


 「お出ましじゃ」


 彼女の声が聞こえると同時に、目の前には一匹のゴブリンが降って来た。

 前回のパーティと同様、仕立ての良さそうな防具に身を包み、両手にはナイフが握られている。

 今まで見てきたゴブリン達よりも、ずっと鋭い雰囲気を放っている。

 これは、非常に良くない状況だ。

 もしかしたら、前回以上に苦戦するかも。

 それに素早いとなると、ついて行けるのはフレンとリオだけになるかもしれない。

 ミーヤさんも斥候としての能力はあるが、二人程の速度は出せない。

 だとすると、俺達は囮になるしか……。


 「ほいっと」


 色々考えながら睨み合っている中、偉く緩い声を上げたミサさん。

 彼女は一本のナイフを構え、カチッと引き金を引き絞った。

 その瞬間、刀身が射出されたのだ。

 呆気に取られている内に飛んで行ったナイフは相手の肩に突き刺さり、ゴブリンは悲鳴を上げる。


 「えっと……それは?」


 「面白いじゃろ? 珍しい武器ってのは」


 柄だけが残ったソレをヒラヒラと揺らしてから、彼女はポイッと床の上に投げ捨てた。

 そして。


 「ほら、どうした? 私はこの通り無手じゃぞ? 首が欲しいか? それとも犯したいか? ならいつまでも耳障りな悲鳴を上げてないで、襲ってきたらどうじゃ?」


 そう言いながら、無防備な状態で歩き出してしまったではないか。

 いやいやいや! 流石にソレは無いって!

 誰しも同じ事を思ったのか、一斉に飛び出したが。

 生憎と、相手の方が速かった。

 一瞬で踏み込み、間違いなく彼女の首筋に向かってナイフを振るおうとしている。

 不味い、ミサさんのおかしな行動のせいで呆気に取られた。

 このままじゃ間に合わない――


 「はんっ、上位種とはいえ結局はゴブか。欠伸が出るわ、生まれ変わって出直してこい」


 やけに格好の良い台詞を吐いた彼女は、何かの紙を引き裂いた。

 それと同時に、ゴブリンの上半身が血液をまき散らしながらこちらに吹っ飛んで来る。

 俺達を通り越し、燃え上がる暖炉の炎の中にグシャッと汚い音を立てて突っ込んでいった。

 そして、数秒遅れてビチャッと振って来た下半身。

 えっと、何が起きた?


 「警戒を常に怠らない、くらいは当然の事じゃぞ? 例え家屋に入ったとしても、罠の一つや二つ事前に準備するもんじゃ。よいか? 腕っぷしが強いだけでは生き残れないのが冒険者じゃ。気を抜いた瞬間に命を落とす者の方が多い、むしろ強者の死因は戦っている時より戦っていない時の方が多い。お前達も良く覚えておくんじゃな、人は簡単に死ぬぞ? 気を抜くのは他の強者が居る時か、愛した相手の腕の中だけにしておくんじゃな」


 ケッケッケといやらしい笑いを浮かべながら、彼女が破り捨てた紙が足元に落ちて来る。

 これは……転移の魔法陣?


 「なんじゃむっつり、高価なスクロールをこんな使い方をしたのが意外か?」


 「えっと、まぁ、はい。普通こういうモノは使い惜しむモノじゃないかなって……」


 スクロール。

 それはインスタントマジックとも呼ばれ、呪文さえも唱えずに子供でも魔法が使えるという高価な品。

 そんなモノを商人の彼女が使い潰したのも意外だったし、むしろそれだけの相手だったのかと今更ながら背筋が冷える。


 「道具ってのは、使い処を間違えれば意味がない。道具を惜しんだ代わりに命を落としては元も子もない。その判断だって、冒険者には必要じゃ。特にワンコ、お前はよく覚えて置くんじゃな。金がないから道具を大切にする、それは良い事じゃ。しかしお前の刃が無事でも仲間が死ねば、それこそ元も子もないぞ?」


 「了解です姉さん!」


 良く分からないテンションのリオの頭を、ミサさんがワシワシと撫でまわしていく。

 今だからこそ和んだ様な雰囲気になっているが、今襲ってきたのはゴブリンの上位種だったのだ。

 俺達だけなら、どうなっていた?

 相手の存在に気付くことなく、全員が狩られていたかもしれない。

 でも今回はミサさんが居た、だからこそ生き残った。

 そして彼女は、高価なスクロールを使って相手を討伐した。

 恐らく転移先、もしくは転移元の魔法陣を予め設置しておいたのだろう。

 そんな素振り、全く見せなかったが。

 もしかしたら、最初に投げた石のどちらかに細工でもしてあったのだろうか?

 なんにせよ、あまりにもあっさりと討伐して見せた。

 下半身から転移し始めた相手に対し、中途半端な状態で魔法陣を破壊するという無茶苦茶な方法で。

 結果下半身は転移が終り、上半身はその場に残された。

 別々の場所に存在する体を元に戻す事が出来ず、ゴブリンは二つに分かれたという訳だ。

 殺す為に手を下した訳じゃない、転移に失敗しただけ。

 その状況を、あえて作り出したのだ。

 コレが、商人たる彼女の戦い方。

 俺達とは根本的に違う。

 常に状況を把握し、先を読む。

 そして結果を決めてから、“切り札”を使う。

 とてもじゃないが、今の俺達には真似できそうにない戦闘方法。


 「す、すげぇ……」


 「正直、私たちでは真似出来る気がしませんね」


 「ミサさん、マジで強い……」


 唖然としたままそんな言葉を残してしまうくらいには、圧倒されてしまった。

 この強者から、俺達は今戦闘を教わっている。

 これって、かなり貴重な経験なのではないか?

 様々な人々を見て来ただろう、様々な冒険者を見て来ただろう彼女が。

 専属として俺達にその全てを教えてくれている。

 本来お金を払ってでも受けたい授業を、俺達には無償で教えてくれているのだ。

 その事実を、改めてかみしめる事が出来た。

 この人は、凄い。


 「生意気言ってすみませんでした……」


 「分かれば宜しい。夜の見張りは私がやってやるから、お前達はさっさと寝るがよいさ」


 「でも、見張りの交代とか……」


 「楽できる時は楽をする、それも冒険者とし生き残る条件じゃ。真面目過ぎると早死にするぞ? なぁに、二日三日くらい寝ずに動けなければ商人なんぞやってられんわい。その代わり、昼間は楽させてもらうぞ?」


 あぁ、やっぱり商人ってすげぇ。

 何てことを思ってしまうくらい、目の前の彼女からはパワフルな笑みが返って来るのであった。

 剛力の父さん、物凄い魔法使いのファリアさん。

 二人の友人であるミサさんが、一般人な訳が無かったんだ。

 だって二人に対して平気で喧嘩売る人だし。


 「ミサさんって、本当は何者なんですか?」


 「うん? 本当も何も、ただの商人じゃぞ? 裏も表も無いわい。昔からドレイクの友人で、最近ファリアと仲良くなった、ただの商人の仲介人じゃ」


 偉く柔らかい笑みを浮かべながら、そんな事を言い放つのだ。

 あぁ、やっぱ商人ってすげぇ。


 ――――


 「へぇ、面白そうな事を始めたね。私も皆に着いて行ってみようかな?」


 「そうは言うが、ミサは指揮役としては結構なモノだと聞くぞ? ファリアに同じ事が出来るのか?」


 「無理だねぇ、私は多分皆を応援しながらミーヤに色々教えるだけになるかなぁ」


 ぐてぇっとテーブルに突っ伏すファリアが、トクトクと音を立てながら二人分のグラスに酒を注いでいく。


 「でもいいなぁ、私も最近暇を持て余すようになって来てね。そろそろ何かしたいと思っているんだ」


 「仕事ならいくらでもあるだろうに……」


 「嫌だよ、私はやりたい事を仕事にしたいんだ。一生困らないくらいのお金を持っているんだよ? なら何故興味もない研究や、堅苦しい連中に笑顔を振りまく仕事をしなければいけないんだい?」


 「まぁ、それは分かる」


 二人してため息を溢しながら、グイッと酒を呷った。

 俺は彼女に比べれば分かりやすい性格をしていた為、それこそ“助かった”と言えるのだろう。

 とりあえず仕事をしていたい、得意なのは大剣を振り回す事。

 だからこそ、今の形に落ち着いた。

 でもファリアは、そういう訳にはいかない。

 外見だって目を引くし、街に出れば一発で英雄の一人だとバレるだろう。

 そんな状況のまま、何か適当な仕事に就いてしまえば余計な横やりが入って来る事は眼に見えている。

 それが例え悪いモノではなかったとしても、おかしな色眼鏡で見られたり、仕事と関係ない形で弊害が起こる事だろう。

 前回の仕事と同じ様に。


 「あ、それこそ冒険者をやってみようかな? パーティを組まないかい? ドレイク」


 「それは別に構わないが……お前が一緒に居ると絶対に変に目立つ上に、ファリアにも良くない噂が立つ。それは不味いだろうが」


 俺は全身鎧だから、何を言われた所で素性は知れないだろうが。

 しかし彼女は見ただけで英雄の一人だと分かるのだ。

 勇者パーティの一人が、訳の分からない男とパーティを組んでいる。

 もしくは彼女経由で俺が勇者パーティの一人だとバレるのは、あまり良くない。

 せっかく家まで買ったのだ。

 引っ越しは面倒くさいし、騒がれるのも嫌だ。

 何より人前で兜を取りたくない。

 この光るおでこを見た民衆が、どんな反応をするかなんて分かり切っているのだから。


 「それなら心配はいらないよドレイク。“とっておき”がある」


 「ほう?」


 また何か新しい魔術でも作り出したのかと期待しながら、彼女に注目してみれば。

 なんて事は無い。

 以前使った仮面を取り出し、被る。

 更には大きめなローブを羽織り、フードを被る。

 そして、ドヤッと大きな胸を張る。

 はい。

 はい? 以上でよろしいか?


 「お前は世間を舐めているだろう?」


 「鎧を変えただけで一般人気どりのドレイクには言われたくないよ!?」


 ごもっともな意見を吐かれてしまい、黙る他なかった。


 「ホラ、アレだ。顔に傷があるとかで隠している事にしよう。ドレイクもそんな感じなんだろう?」


 「俺は不男だから隠しているとちゃんと言った」


 「そうなのかい? それじゃ私もブサイクだから隠しているという事にしよう、それでお揃いだ。お似合いパーティだろう?」


 「お前は美人だろうが」


 「嬉しい事を言ってくれるねドレイク。でも駄目だ、私は今日からブサイクという事にする」


 と、言う事らしい。

 そんな訳で、彼女は冒険者になる事を決めた様だ。

 それで良いのかと言いたくなるが、コイツは一度決めたら中々曲げない性格なのだ。

 それこそ、即決で家を建ててしまうくらいには。


 「どうでも良いが、俺は外で食事する時兜の下だけ外すぞ」


 兜を被って実演してやれば、仮面を被ったファリアがどうしたものかとオロオロしておられる。

 結果、仮面を少しだけズラして酒を啜ろうとしているが。


 「ファリア、溢してる溢してる」


 「……明日までに、新しい仮面を用意しておく」


 「明日から冒険者に登録するつもりなのか……」


 なんだかよく分からない空気のまま、晩酌は続くのであった。

 アイツ等は、元気にやっているだろうか?

 ミサが付いているから、多分大丈夫だとは思うのだが。

 本人自体の戦闘力を考えれば、ミサは正直大した事はない。

 とんでもなく早く動ける訳でも無ければ、他の冒険者の様に武器の扱いに長けている訳でもない。

 しかしながら、気を抜けない戦い方をするのは確かだ。

 アイツの悪戯で、何度痛い目に会った事やら。

 それくらいに、彼女はとにかく先読みをして来る上に容赦なくトラップを使ってくる。

 酷い時なんて罠に掛かった先で罠が待ち受けている様な状態が、十数回続く地獄を味わった経験があるのだ。

 言うなれば、彼女はトラッパー。

 いつの間にか罠を張り、気付いた時には罠に嵌っている。

 強者なら死にはしないだろうが、間違いなく翻弄はされる。

 そして罠が終る頃には、ぜぇぜぇ言いながら他の罠がないか全力で探してしまうのは間違いないだろう。

 過去の俺でもその調子なのだ、勇者なんぞ向かわせたら見事に罠に突っ込んでいくだろう。

 アイツは何というか、警戒心が強い癖に運が悪いからな……。

 なんて事を思いながら、ゆっくり酒を呷って夜空を見上げてみれば。


 「ドレイク……私のお酒がどこかにいってしまった」


 「お前はいい加減仮面を外せ……」


 仮面をずらした事により正面が見えなくなったらしいファリアが、フラフラと机の上に手を伸ばしていた。

 こんな調子で大丈夫なのだろうか?

 今から不安になるが、酒を渡してみれば「ぷはぁっ」と可愛らしい声を上げてグラスを傾けるファリア。

 既に仮面を完全にずらして顔が見えている訳だが。

 ほんと、大丈夫だろうか?

 思い切り溜息を溢しながら、子供達の無事を祈るのであった。

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