第26話 ミサさんと一緒 2


 「はぁぁ~ったく、欠伸が出るのぉ」


 「そりゃそうでしょうね、っとぉ! ミサさんお願いですからもう少し下がって下さい!」


 旧市街、現在広い場所のど真ん中。

 周りから見通しも良いし、こんな場所にフラフラと歩いていれば恰好の的になる。

 それが分かっているのか、いないのか。

 ミサさんはその中心地に立って、グリングリンと体のストレッチを始めてしまった。

 マジで何やってるんだこの人。


 「ミサさん……流石に、ちょっと邪魔!」


 フレンからも苦情が飛び交うが、言われた本人はヘラッと笑いながら突っ立っている。

 不味い。

 こんな視界の開けた場所で派手に戦っている為か、次から次へとゴブリン達が集まって来て居る。


 「ミサさん! パーティリーダーとしてこれ以上は許せません! いい加減この場を離れて下さい!」


 ミーヤさんまで怒鳴り声を上げ始めた頃、彼女はスッと目を細めた。


 「まぁったく、所詮は寄せ集めか。ドレイクが心配になるのも分かるわい、守りがてんでなっとらん。ほんの少し強襲を受けただけでこの様か? 誰かを守る陣形がまるで出来ないパーティ。いっその事パーティ名は“諸刃の剣”とでも付けた方が良いのではないか?」


 「なっ!?」


 呆れた声を洩らす彼女に、思わずイラッと来てしまった。

 今の所、ミサさんは何の役にも立っていない。

 それどころか、彼女の行動によってどんどん敵が集まって来るのだ。

 この状況でそんな事を言われれば、誰だって頭に来るだろう。

 思わず舌打ちを溢しそうになりながら、彼女の事を睨みつけてみれば。


 「おらぁ! リック、余所見するでないわ! 貴様はこのメンツで言えば一番の防御力じゃろうが! ボケッとするな、今貴様の仕事は何じゃ! 通さない事じゃろうが! 一体一体を必要以上に相手するでないわ! 相手を傷つけ動けなくする、それだけでも充分じゃ。トドメを刺すのは後でも良い!」


 彼女の言葉に、思わずビクリと体が震えてしまった。

 確かに、俺は一撃必中を狙い過ぎる癖がある。

 これだけ多い相手に対して、全てにソレをやっていれば……時間がかかるのは確かだ。


 「フレン! さっきから何をバタバタ動いておるか、体操がしたいなら家の庭でやれ! 斥候が敵の前にポコポコ姿を晒してどうする、そういうのはサポートに回っとるリオの仕事じゃ! いつでも姿が見えている内は半人前も良い所じゃぞ! あぁ~コレは酷いのぉ。あまりにもノロマで、短パンの隙間からお前のパンツの色まで見える程じゃ」


 「て、適当な事を……」


 「あー、今日はピンクの――」


 「あぁぁぁぁ! ミサさん煩い!」


 急に速度を上げた妹が、可能な限り全体の死角に回り始めた。

 言葉で言うだけなら簡単だが、実際にはとんでもなく難しい。

 全員に見つからない様に動くなんて、普通なら無理なのだ。


 「リオー? お主はもう少し頑張ろうか。わかっとる、色々研究しとるのは分かるが、あまり行き過ぎても答えが出なくなる。どうやったら刃が長く持つか、すぐに殺せるか。確かに気になる所じゃのぉ……しかしな? そんな事やってる暇があったら一匹でも多く狩らんか。刃こぼれした、相手の血で使えなくなった。だったら予備の武器をすぐに出せる練習をした方が早いんじゃよ。いつまでも地味なことしてないで使い捨てろ! 仲間の命が掛かっとるんじゃぞ!」


 「す、すんません!」


 俺の周りで確実に数を減らしてくれるリオさえ、そんなお叱りを受けてしまった。

 ちょっと待って欲しい。

 彼女を守る態勢で、この戦闘は始まった。

 でもたった数分なのだ。

 しかも、ミサさんは欠伸をしたりストレッチをしたり。

 そんな事ばかりをやっている様にしか見えなかった。

 だというのに、これ程個人の欠点が見えるものなのか?


 「ミーヤぁ~?」


 「は、はい……」


 背後で魔法を連発していた彼女が、明らかに怯えた声を上げていた。

 最近はデバフというか、行動を阻害する魔法を駆使して戦ってくれるミーヤさん。

 だからこそ、ダメ出しのしようもないと思うのだが……。


 「これ、本来お前が指摘する事じゃからな? あと、拘束系魔法はまだ苦手か? そっちに意識が行き過ぎて、攻撃の手が疎かになっておるぞ。練習は良いがサポートがその程度では魔術師は名乗れん」


 「お、仰る通りで……」


 シュンッと兎耳を垂れさせながら、ミーヤさんは魔法を連発する。

 お説教を受けている間でも、敵は攻めて来るのだ。

 だからこそ、まずはこの場をどうにかしなければ。

 なんて思っていたのに。


 「あぁー、もうよいぞ。フレンも戻れ。お前さん達には、応用力が足りん。習った事を発揮するのは上手いが、違う状況になるとてんで駄目じゃ。今この状況も私が護衛対象だった場合、しかも数日守るという依頼だった場合間違いなく失敗するじゃろうな」


 そんな事を言いながら、彼女は何かを周囲に投げつけた。

 ゴブリン達が迫って来る道の先、建物の小脇。

 それこそ、周囲全体に対して何かを投擲する。

 その結果。


 「なにしたの? ミサさん」


 戻って来たフレンが、冷や汗を流していた。

 周囲から立ち上るのは煙。

 間違いなく、彼女が投擲したその先から立ち上っていた。

 煙に呑まれたゴブリンは悶え苦しみ、離れていたゴブリン達は慌てて逃げていく始末。


 「コレが商人の戦い方じゃ。出費はあれど、命は経費で落ちんからな」


 ニカッと笑う彼女の手に握られているのは、ポーションの様な見た目のガラス瓶。

 しかし色が違う、とてもじゃないが飲もうとは思えない色をしていた。

 周囲の通路に同じような瓶の破片が転がっている、何かの毒物を投げつけたのか?

 更に言えば、あれだけ居たゴブリン達を一瞬で制圧してしまった。

 いや、え?

 この人、本当に何者?


 「あまり商人を舐めるでないわ。それにこの程度でも守れぬようなら、私はお前等に護衛を依頼せんぞ? この意味が分かるな?」


 「はい……申し訳ありません」


 もはやシュンとし過ぎて、兎耳がペタンと頭から垂れ下がっているミーヤさんが答える。

 アレがミサさんの戦い方。

 確かに彼女が言う通り、俺達より護衛対象の方が強いなら依頼など出さないだろう。

 今まで父さんやファリアさん、そして他の冒険者の先輩達を見て来た訳だが。

 多分それ以上に、今日の出来事は衝撃が強い。

 商人と言えば、戦う事は専門外だとばかり思っていた。

 だというのに、商人である彼女は間違いなく俺達より強い。

 下手すれば全員で襲い掛かっても勝てないんじゃないか、なんて気にさせる程不敵な笑みを浮かべ、平然とこの危機を乗り切ってみせた。

 ミサさんからも色々教わって来た訳だが、まさか戦闘の事までお世話になるとは思わなかった……なんて、改めて関心していると。


 「よし、少しは緊張感を持たせるために名前を変えようかの」


 「名前、ですか?」


 今度は何を言い出したのかと、皆揃って首をかしげてしまった訳だが。


 「リック、お前はマシになるまでもやし二刀流じゃ」


 「もやし二刀流!?」


 「貧弱じゃからのぉ、食感も何もあったもんじゃないのぉ。早くシャキシャキするくらいに成長せい。次にフレン、お前はピンクのフリルじゃ」


 「なんで私だけソコを引っ張るの!?」


 「嫌だったら精進せんか、周りに他の冒険者がいようとこの名前で呼ぶからな? 聞かれたら赤っ恥も良い所じゃのぉ」


 その後ミーヤさんには「ふとももバニーちゃん」、リオは「ちびっ子ワンコ」と名付けられた。

 微妙に身長の事を気にしていたらしいリオは、スンッと尻尾を下ろし。

 ミーヤさんは真っ赤な顔で、ジャケットの裾で太ももを隠している。

 確かに彼女は全身隠すような服を選ぶわりに、太ももだけは露出しているのでちょっと分かる。

 必要以上にミサさんが問い詰めれば。


 「そ、その……蒸れるのが嫌なので……結構汗っかきなんですよ……」


 真っ赤っかになってそう答えた彼女の言葉を、俺は聞かない方が良かったのだろう。

 もうミーヤさんに視線を向ける度、視線が下がって仕方がない。

 そんな状態で次の戦闘を始めてみれば、当然。


 「もやし二刀流、何をしておるか! 集中出来てないぞ! そんなにふとももバニーちゃんの事ばかり気にしている様では、これからお前をむっつりもやしに変更するぞ!? 汗をかきやすい場所がそんなに気になるか思春期め!」


 「勘弁してください!」


 相も変わらずゴブリンを相手にしながら、そんな事を後ろから叫ばれてしまった。

 本気で酷いこの人。

 スパルタなのもそうだが、他の冒険者が居る状況でもマジでその名前で叫ぶ。

 ソレを聞いた冒険者の先輩達が、思わずこちらをマジマジと見つめて来ているのが分かる程だ。

 俺とリオはまだただの罵倒だが、女性陣二人はもう完全にアレである。


 「ピンクのフリル! 見つかっておるぞ! 隠せ隠せ! ゴブリン達なんぞ欲情させても仕方なかろうに!」


 「もうヤダぁぁ!」


 「ふとももバニーちゃん! 援護が遅いぞ! 周りからチラチラそのふとももを見られた所で気にするな! 今は戦闘中じゃ! 早く片付けないとムレムレになってしまうぞ!」


 「お願いですからそんな事大声で叫ばないで下さい!」


 コレは酷い、とにかく酷い。

 この人、セクハラ大魔神だ。

 酔っ払いのおっさんより酷い。

 但し、戦闘に関してはスパルタ。

 今まで教えてくれた人たちは、どちらかというと褒めて伸ばすタイプだった。

 多分、それに慣れてしまっていたのだろう。

 皆揃って、ヒーヒー言いながら彼女の指示通りに走り回った。

 ミサさんは多分狐の獣人ではなく、鬼人か何かだったのだろう。

 そんな事を思いながら、ひたすら両手の剣を振るっていれば。


 「ちびっ子ワンコ、むっつりもやしを蹴っ飛ばせ」


 「はぁっ!? 急に何!?」


 「なんか今余計な事を考えた気がする、それから腰が引けておる。気合いを入れ直してやれ」


 バ、バレた……マジで何者なんだあの人。

 とかなんとか思っていれば、マジでリオの蹴りが腰に激突した。


 「いっだぁぁぁ!?」


 「す、すまんリック。多分俺あの人に逆らえそうにない……」


 「こぉぉらぁぁ! むっつりは一発蹴りを貰ったくらいでコケるな! 敵だった場合すぐさま殺されるぞ! ちびっこワンコ! お前は一つ仕事が終わったらさっさと走れ! ボケッと突っ立っていても、お前は役に立たんぞ!」


 「りょ、了解です!」


 「ひぃぃ! あの姉ちゃんマジで怖ぇ!」


 確かに、言われた通りではある。

 不意に背後から攻撃されて、先程の様に倒れてしまえばどうなるか分かったものじゃない。

 そういう意味でも、的確な教育をしてくれているのだろうが……。

 おかしいな、俺の名前はもやし二刀流だったはず。

 いつのまにかただの“むっつり”になってしまった。

 いやまて、俺の名前はそもそもリックだっただろうに。

 なんて、自問自答を繰り返している間にも。


 「パンツ! お前はさっきからなにやっとる! むやみやたらに攻撃すれば良い訳じゃないぞ! どれを倒せば近接担当が楽になるのかよく考えろ! ただのお色気担当になりたいなら装備以外の服なんぞ脱いでしまえ!」


 「もうピンクでもフリルでもなくなった……」


 「むっちり太もも! 後衛なら周囲を広く見んか! 右から新手が来ておるぞ! 一番に対処するのがお前の仕事じゃろうが!」


 「む、むっちりって程じゃありません!」


 なんだろう、緊張感も何もあったもんじゃない。

 とはいえ、忙しいが。

 それでも一応、戦闘自体は順当に進んで行った。

 意外な事に、いつもより良い速度で討伐は進んで行く。

 もしかしたら新記録なんじゃないか?

 しかも、今まで一日かけて倒した数より今日の方が狩れているかもしれない。

 つまりそう言う事なのだろう。

 彼女の言葉は色々アレだが、指示自体はしっかりと的を射ている。

 更には俺達の動きの悪い所を指摘し、直そうとしてくれている。

 思った以上に、凄い人なのかもしれない。

 呼びかける名前のセンスは最低だが、酔っ払いのおっさんみたいだが。

 それでも、俺が知っていたミサさんは本当に彼女の一部なのだと実感させられた。


 「ワンコ、もう一回むっつりを蹴っ飛ばせ」


 「わ、わん!」


 もはや人語を喋らなくなったリオが、もう一度俺に対して飛び蹴りを放って来るのであった。

 だから、何故思考がバレる。

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