第25話 ミサさんと一緒
「せっかく昇格の話が来たというに、断ったのか?」
「いや、そういう話はずっと前から来ていたんだがな……」
いつもの居酒屋で、ミサと一緒にそんな会話を繰り広げていた。
普段通りの会話、変わらない飲み会。
だと思っていたんだが。
「だっからお前はさっきから辛気臭い顔をしておるのか……当ててやろうか? お前が居ない時、前回の様な事態になったらどうしよう。なんて考えておるのじゃろう」
ミサはクスクスと笑いながら、図星を付いて来た。
全く、その通りだ。
近くに居る事さえ出来れば、もしかしたら間に合うかもしれない。
何かあっても、助けを求めてさえくれれば、俺は手を差し伸べてやる事が出来るかもしれない。
どれだけ考えても、やはりその思考が前面に来てしまう。
「ブワァァァカめ。親なら誰だって考えるさ、むしろ友人でも考える。しかしそれが出来ないのが現実じゃ。その自己責任を負う事さえ、冒険者だと言えよう」
ミサから、ピーナッツを投げられてしまった。
随分とコントロールが良い様で、口の中に放り込まれる。
「過保護、心配性。いくら言っても直らんだろうが、冒険者ってのはそんなもんじゃ。誰かが死ぬのも当たり前、本人が死ぬのも当たり前。その前提条件にさえ立たせてもらえない程誰かさんに心配されているのが、リックやフレンじゃ」
「んな事言って、実際に死んじまったら――」
「仕方ない、としか言う他ないのう。それが冒険者じゃ。一つ失敗すればあの子達もすぐに命を落とす、明日死んでしまう事もあるかもしれんのぉ。もしかしたら今日以降帰ってこない、なんて事態もあるかものぉ。呑気に私と酒を飲んでいる間にも、ぽっくりと」
冷たい瞳の彼女がその言葉を放った瞬間、俺は彼女の胸倉を掴んで立ち上がっていた。
「そんな言葉、冗談でもお前の口から聴きたくなかった」
思い切り圧を掛けながら呟いてみれば、彼女は冷たい眼差しのままこちらに声を返して来る。
「そちらこそ、ふざけているのか? 冒険者や傭兵ってのはそういう仕事じゃ。それが嫌なら、今すぐ二人に冒険を辞めさせてそこらで売り子でもさせるんじゃな。甘ったれるな、ドレイク。全ての人がお前の様に強くはない、死を隣に置いて生きておるんじゃ。いい加減自覚せよ、大馬鹿者。お前と同格になったら安心できるなんて思っていたら、一生あの子達は冒険なんぞ出来んぞ」
偉く鋭い視線を間近から向けられてしまい、思わず目を背けた。
その通りだ。
自惚れする訳ではないが、俺は勇者パーティに付いていけた傭兵なのだ。
同レベルを要求するとしたら、それは“アイツら”と。世界的に見ても天才と呼べる彼等のレベルを求める事になる。
そこへ到達するとなれば、多くの経験と時間が必要な事だろう。
長年俺が戦場を駆けまわって来たかのような、そういう経験が。
「お前でさえ長年傭兵として戦って来た経験があったからこそ、じゃろうに。それを否定するのか? その経験なくして、お前は勇者達に付いていけたか? 違うじゃろうな。何度も死にそうな経験を乗り越え、それでも生きようと足掻いた。それがお前じゃ、ドレイク・ミラーという英雄じゃ。普通の人間が、泥水を啜りながらでも戦い抜いた剣士じゃ。その経験を味わう機会さえ、お前は奪うのか? 英雄の子は英雄と謳われる世の中で、強くなる為の階段をお前が砕いてしまうのか? それはあまりにも酷というモノではないか? 確かに死んでしまったらどうにもならんが、それでも危険に踏み込む勇気が無ければ、あやつ等はいつまで経っても子供のままじゃ」
どこまでも冷たく、強い視線でミサが俺の事を睨む。
こんな事今までなかった。
強い意思をもって、俺に噛みついて来ている。
それだけで、俺はたじろいでしまった。
「でも、それでも……やっぱり不安は残るだろ」
「当たり前じゃボケ、心配にならん理由など無いわ。しかしアイツ等が選んだ道じゃ、お前が応援してやらんでどうすると言っている」
そう言いながら、彼女は俺の兜に拳を叩き込んで来た。
ガツンッといい音を立てながら、赤くなった拳をヒーヒー言いながら息を吹きかけている。
「心配するなとは言わん、だがアイツ等は籠の鳥ではない。飛ばせてやることも重要じゃと言っておるんじゃ、馬鹿め。例え死しそうになる事態が発生したとしても、生き残れるだけの技術を此方で与えてやれば良い。それでも死んでしまったのなら、運か技術不足じゃな。精々“逃げる”選択ってのをしっかりと教えてやる事じゃ。そういう意味を含めて、鍛え直してから送り出してやれば良いと言っているんじゃ、馬鹿者」
やけにバカバカ言いながら、俺に捕まれた腕を振り払って彼女はこちらをもう一度睨んだ。
席に腰を下ろし、殴った右手を未だにフーフーしている。
しかしながら、彼女に言われた事は非常に納得出来る物だった。
不安なら、育てろ。
それでも死んでしまうなら、仕方ない。
そして何より、俺はいつまでもアイツ等の面倒を見られる訳ではないんだ。
「すまん、ミサ。熱くなった」
素直に頭を下げてみれば、周囲に指を向ける彼女。
はて、と首を傾げながら視線を送ってみれば。
「ぐっ……」
「まぁ、仕方ないわな。どっかの馬鹿デカイウジウジ鎧が、珍しく感情を荒ぶらせたんじゃから」
俺が急に声を上げたせいなのだろう、周りの皆様はこちらに視線を向けていた。
そして何より。
「あ~ぁ、どっかの誰かさんが強く胸元を掴むからボタンがどっかに行ってしもうた。こりゃ宿に帰るまでそのままじゃのぉ」
「護衛するんで、今日はウチに泊まって下さい」
胸ぐらを掴んだ影響で、ミサのシャツのボタンが吹っ飛んでいた。
というか友人云々の前に、女性に対して何をやっているんだ俺は。
全面的に俺が悪いし、今すぐにでも土下座したいくらいなのだが。
彼女はニヤニヤとしたまま、開いたままの胸元を指さした。
その先には、第三ボタンくらいまで吹っ飛んだせいで、男にとっては眼に毒でしかない光景が広がっている。
「困ったのぉ、これでは帰りに襲われてしまうかもしれんのぉ」
「だから俺が護衛する、というか俺の家に泊まって行って良いって……ボタンもこっちで直すから……」
「まぁったく、誰のせいでこうなったのか。というか何が心配でこんな事になっておるのか。いやぁ困ったのぉ」
「いや、だから……」
ひたすらに頭を下げながら言葉を紡いでいれば、再びミサの鉄拳が兜に叩き込まれた。
「相変わらず鈍感じゃなお前は。私が何を言いたいか全く理解しておらん」
「な、なんだよ……」
思いっ切り彼女の胸元から視線を逸らしながら、そんな台詞を呟いてみれば。
ミサは思い切り溜息を吐いてからエールを呷った。
そして。
「私にしばらく預けろ、お前やファリアでは基準が高すぎる。だから、私が見てやる。それなら、“普通”の冒険者にはしてやれるかもしれん。本人達が実力以上の仕事を受ければ死ぬだろうが、適正を見極められるなら、生き残れる冒険者にしてやれる。“逃げる”のは、得意分野じゃからの」
そう言ってから、彼女は笑った。
「ま、前回の様なイレギュラーばかりは私にも対処出来んが」
「そこはもう少し安心させてくれ……」
しかし、悪くない、
ミサは冒険者ではないが、腕は立つ。
更には、俺以上に“様々な冒険者”と言うモノを見ている彼女。
だからこそ、悪くないかもしれない。
自身の身を守る事も、商人の務めである。
そして何より、自身も戦う状況になった時の為に少なからず防衛手段を手にしている。
そんな色々な場面を、彼女は経験しているのだ。
「頼んでも良いか?」
真面目な雰囲気で、頭を下げてみれば。
「良いじゃろう、但し条件がある」
ミサの声に彼女の瞳をジッと眺めてみれば。
彼女はクスッと笑いながら、ニヤケ顔の隣で指を下に向けた。
「いい加減女に慣れろ、ガキじゃあるまいし。何色じゃ?」
「…………黒のレース」
「観察力は評価するが、そこはもう一度見るくらいの努力はせい」
色々言いたい事がある追加の質問になってしまったが、どうやら難問は突破したらしい。
ミサは呆れ顔を溢しながら、胸元を隠しもせず再び酒を呷り始めた。
あぁくそ、ミサと言いファリアと言い。
こういう事ばかりして俺を弄ぶのだ。
おっさんだから手を出せないだろうとか思っていると、いい加減痛い目を見るからな?
そんな思いと共に睨みつけてみれば。
「安心せい。剣や魔法の専門家ではないが、教えてやれる事は多いさ」
なんて台詞を吐きながら、彼女は微笑むのであった。
――――
「という訳で、お前達の教育係になったミサじゃ。よろしくのぉ」
翌日の仕事に、予想外な人物が付いて来た。
おかしい、彼女は商人だったはずだ。
確かに冒険者を見る機会は多いかもしれないけど、教育係……とは。
はてと首を傾げていれば、彼女は意気揚々と現地に向かい始めた。
いや、良いんだけどさ。
良いんだけども……よくこんな事をギルドが許したな。
そんな事を思っていれば、彼女の首元からランク1プレートが見えた。
「驚いたか? お前さん達の教育係を引き受ける為だけに、冒険者登録をしたんじゃよ。まぁ何、ランク1でもお前さん達教えられる事はある。安心せい」
だ、大丈夫なのだろうか?
何度も言うが彼女は商人。
父の友人であるが、それは変わりない。
商人と言えば護衛を冒険者に任せる事はあっても、冒険者に戦い方を教える仕事では無かった筈だ。
報酬が出るから、間違っていないと言えばそうなのだろうが。
しかし。
「ミサさん……ほんとに大丈夫なんですか?」
「んー? 不味い状況ならお前さん達が守ってくれれば良いだけじゃ、何たって冒険者なんじゃからな」
「今は、ミサさんも冒険者」
「そういえばそうじゃったな。まぁ何とかなるじゃろ!」
俺達兄妹の言葉を受けて、ミサさんは豪快に笑って見せた。
本日の依頼は、旧市街のゴブリン退治。
前回変異種が出たと知られてから、随分とこの仕事が多い。
俺達としては“慣れる”為にも良い仕事だと言えるが、商人のミサさんが居るとなると……今日は討伐より守る事がメインになるのか?
なんて、考えながら俺達は旧市街に向かうのであった。
リオだけはいつも通りの楽しそうな口調で、ミサさんに絡んでいるが。
コレは一体どうなってしまうのだろう?
俺も、フレンも、それからミーヤさんも。
誰しも不安そうな表情で足を進めた。
彼女からは色々教えてもらった。
が、戦い方だけは教えてもらった事が無いのだ。
そして、彼女が戦えるのかも知らない。
「今日は、慎重に進みましょうか」
「ですね、ミサさんも居ますし」
「賛成」
そんな声を紡ぎながら、俺達は旧市街に足を踏み入れるのであった。
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