2章

第24話 昇格と日常


 「囲んで! 逃がさない様に!」


 「周囲に敵影無し! 行けるぜ!」


 ミーヤさんの指示と共に、リオが声を上げながら建物から飛び降りて来た。

 その視線の先には、ゴブリンが三匹。

 俺が後ろから追いかけ、正面には既にフレンが回り込んでいる。


 「フレン!」


 「平気、兄さんは準備して」


 そう言いながら、妹は卵を先頭の一匹に向かって投げつけた。

 パンッと軽い音を立てながら砕け散る卵からは、本来入っている筈のない物が噴出する。

 料理などに使われる、赤い香辛料。

 卵の殻にソレを詰め込んだだけの代物だが、コレがまたよく効く。

 獣であれば暴れまわったりして手が付けられなくなる事もあるが、相手はゴブリン。

 ダラダラと涙を流しながら、鼻と口を押えて三匹とも咳込み始めた。

 アレを作る為に、度々大量の卵料理を食べさせられるのだ。

 精々香辛料を味わってもらおう。


 「捕縛魔法を使います! 一気に仕留めて下さい!」


 ミーヤさんが叫ぶと同時に、悶えていたゴブリン達の体に黒い靄の掛かった鎖が巻き付いた。

 シャドーバインド。

 魔法だけで言えば、上り詰める程の実力と才能がないと自身で判断したらしい彼女。

 ファリアさんから様々な魔法を習い、とにかく手数を増やす事にしたとの事だ。

 その結果、今までの様に攻撃魔法を乱射するだけではなく“絡め手”を多く使う様になった。

 コレも、その結果の一つ。


 「リック! 右の一匹は貰う! 後頼む!」


 そう言いながらリオが捕らえられた一匹に対して取り付き、丁寧に相手の首元にナイフを滑り込ませた。

 そうだ、それで良い。

 無理にそれ以上を狙う必要はない。

 俺とリオの実力を見れば、恐らく彼の方が上だ。

 但しそれは、経験と生き残れるかどうかという点において。

 正面から立ち会った場合、一撃の攻撃力は双剣を使う俺の方が上だし、彼と良い勝負が出来るくらいには成長したつもりだ。

 しかしながら、パーティとは“そうではない”のだ。

 誰が一番強いとか、誰が一番獲物を狩っているとか。

 その程度の問題で喧嘩が起きるなら、パーティは解散した方が良いと思う。

 俺達は集団であり、一つなのだ。

 だから、全員で相手に勝てば良い。

 誰がどうとかではなく、全員で協力しながら全員で生き残れば良い。


 「残り貰うぞ!」


 声を上げながらゴブリンの間でステップを踏み、残る二体の首に一本ずつ双剣を滑らせた。

 これで三匹。

 とりあえず、目の前の脅威は無くなった筈。

 なんて、思っていたのに。


 「兄さん最後、踏み込みが甘かった。喉を斬っても、死ぬまでに抵抗される事はある」


 ジトッとした眼差しを向けるフレンが、最後のゴブリンに対してナイフを投げた。

 俺の背後で武器を振り上げた魔物が、額からナイフを生やしたままゆっくりと後ろに倒れる。

 あらら……妹にまた助けられてしまった。


 「リックさん、最近ちょっと“慣れて来た”と感じていますね? あまり良くありませんねぇ」


 ニコッと微笑みながら近づいて来るミーヤさんの表情が怖い。


 「最近、ちょっと気が緩んでる? 兄さん、複数戦でミスが目立つ」


 こ、ここで言わなくても……とか思ってしまうが、事実なので言い返す事は出来ない。

 フレンとミーヤさんから呆れた視線を向けられてしまい、大人しくその場で正座した。


 「とはいっても、仕方ねぇんじゃねぇか? 俺がリックのサポートに入る様になってから、負担が減ったのは確かだろ。俺もなるべく刃を温存する様に刺しちゃってるし、リックだってそういうのを考えてギリギリを狙ってるって事なんじゃねぇ?」


 リ、リオ……お前だけは俺の味方でいてくれるんだな。

 感謝のあまりプルプルしながら彼の事を見上げれば、苦笑いを浮かべられてしまったが。


 「二人から見りゃ手を抜いた様に見えるかもしれねぇけど、やっぱそう言う“加減”ってのは剣士にとっては大事だからな。どいつもコイツも全力で叩き込んでたらすぐ刃が駄目になっちまう。俺は剣士じゃないが、フレンみたいに使い捨て出来る程武器を持ってねぇからさ。気持ちは分かるぜ?」


 何処までもフォローしてくれるリオ。

 ありがたい、まさにその通りなのだ。

 前回のホブと戦った一件の際、明らかに後半の方が武器の切れ味が悪くなっていた。

 砥石が当てられない様な長く戦う事も想定し、出来る限り武器の負担を減らそうと日々“試している”状態。

 しかしコレは、ミーヤさんの言う通り“慣れてきている”からこそ出来る事であり、油断の表れに他ならない。

 だからこそ、反省するべき点である事は間違いないのだが。


 「でも、怪我したらダメ。武器の前に自分に気を使う、周囲を確認する癖を付けるべき」


 「仰る通りです……」


 「フレンさんの言う通りです。武器の替えはありますが、貴方の替えはありませんからね?」


 「すみませんでした……」


 女性陣二人から、ピシャリと叱られてしまった。

 とはいえ、リオの援護が無ければもっとお説教を頂いていた所なのだろうが。

 はぁ、とため息をついてから立ち上がればリオに肩を捕まれる。


 「ま、なんにせよ動きは前より良くなってるって。なんていうの? 滑るように? サァァ~って滑ってくみたいに二体の首を斬ったもんな。格好良かったぜ! まさに双剣使いって感じだった!」


 「ありがと、リオ。今度はちゃんと仕留められる様に頑張るよ」


 「おうよ、ぜってぇ出来るって! 後半歩、いやもっと少なくても良いから踏み込めば、あんな反撃貰わねぇって!」


 リオがパーティに入ってから、ずっとこんな調子だ。

 彼は、とにかく人の事を褒める。

 良い所はちゃんと良いと言葉にし、直すべきところは褒めながらアドバイスしてくる。

 本当に良く周りを見ている。

 そして、彼自身も俺と同じように“加減”を練習しているのだろう。

 以前よりも丁寧に、更には確かめながら刃物を扱っている。

 緊急の様な事態では流石に無理だが、今の様な状態では明らかに“試している”というのが伝わって来る。

 彼は斥候、しかし俺と同じように決まった刃物をずっと使う戦闘スタイル。

 だからこそ、課題としては似ている点も多いと言うモノだ。


 「しっかりと考えながらやっている結果というのなら、私からは何も言う事はありません。“怪我さえしなければ”ですが、いざという時同じミスには気を付けて下さいね」


 何も言う事はない、と言いながらも。

 ミーヤさんはやけに目を細めてこちらを睨んで来た。


 「なら、なるべく早く感覚を覚えて。サポートは周りに頼る事になる。出来る時は良いけど、出来ない時もある」


 そっけない態度で、フレンからもプイッとそっぽを向かれてしまう。

 これはちょっとやってしまったか。

 はぁぁ、と大きなため息を溢しながら二人に対して謝っていれば。


 「ぬははっ、リックは愛されてんな」


 リオから背中をバシバシと叩かれてしまった。

 いや、滅茶苦茶怒られた後ですが。

 ガーッって怒るタイプの二人じゃないからこの程度で済んだが、二人共俺のミスを指摘した上で早く慣れろと仰っておりますが。

 そんな事を思いながら、困り顔で振り返ってみれば。


 「……リックって鈍いって言われねぇ? もしくは朴念仁とか」


 「え、言われた事無い。父さんが言われてる所なら見た事あるけど」


 「親子は似るって事だなぁ……」


 リオからも何故か、呆れた視線を頂く結果になってしまうのであった。


 ――――


 「ぶえっくしゅ!」


 「大丈夫ですか? ドレイクさん」


 ギルドのカウンターで盛大にくしゃみをかましてしまった。

 これは良くない。


 「大変失礼しました」


 「あ、いえ。くしゃみくらいで何か言ったりはしませんが」


 受付のリタさんにそんな声を返されながら、渡された書類に目を落した。

 そこには、間違いなく“昇格申請”の文字が。


 「どうしても、駄目ですか?」


 「あ、いえ。あくまで自由意志です、これも支部長から無理矢理渡されたモノですし。あとはまぁ、子供達と同じランクに追いつかれる親父なんて情けないぞぉ! とは言っておりましたが」


 「まぁ、あと1ランクで同格ですからね」


 「実力の方はともかく、見てくれとしてはそうですねぇ」


 困りましたねぇーとばかりに苦笑いを浮かべるリタさん。

 ほんと、どうしたものか。

 ランク4以上は、結構遠征が発生する。

 本来なら3以下でも発生するのだが、そこはむりやり魔法を使って日帰りで帰って来ていたのだ。

 しかしながら、コレ以上は遠方の取引先の元へと赴き仕事をするという事態が発生する。

 その場合、相手の都合によって野営は避けられない。

 というか、仕事でしばらく各地に寝泊まりする事は免れないだろう。

 野営や外泊は別に嫌じゃないが、その場合帰れないのだ。

 帰れないという事は、子供たちに何かあったと知らせが来てもすぐに向かえない可能性がある。

 前回のホブだってボロボロになっていたし、他の変異種ゴブリンが発生した際に随分と絶望している様子だった。

 もしも次もあんな状況に陥れば、帰ったその時に彼等が棺に入っている事だってあるかもしれないのだ。


 「まだ、止めときます? 本来ならランク3で受ける様な仕事ではない物まで、しっかりとこなして頂いています。なので、無理強いはしませんよ?」


 優しく微笑むリタさんが、俺に逃げ道をくれた。

 俺は例え目立ったとしても、英雄だ何だと称えられるような存在になりたくなくて冒険者を始めた。

 だからこそ、彼女の甘い誘いに乗るべきなのだろう。

 しかしながら、冒険者ギルドに依頼が溜まり始めているのも事実。

 誰かがやらなければいけない、しかし出来る人間が限られている。

 そして多分、俺なら解決できる問題も多いのだろう。

 だからこそ、悩む点も多いと言うモノだ。


 「あの、ドレイクさん。そこまで真面目に考えなくても良いですよ」


 そう言いながら、リタさんは昇格申請の書類を綺麗に折り始めた。


 「冒険者って、基本的に自由なんです。受けたい依頼を受けて、お金を受け取って実績を伸ばす。成り上がりたいからこそ、名を残そうと努力する。でもドレイクさんは違いますよね? とりあえず仕事をしたいっていうだけで、人一倍目立ちたい訳でも、お金が欲しい訳でもない」


 「ま、まぁ確かにそうですが……」


 「だったら、ドレイクさんも“自由”で良いと思います。確かにギルドとしては昇格してくれれば助かりますし、不幸になる人は減るかもしれません。しかしそこまでドレイクさんが責任を背負う必要はコレっぽっちも無いんです。そういう世界なんですから、“そういう事”だってあります。無理に自分を責める必要も無ければ、ドレイクさんがやらなければいけない理由もないんです」


 まるで慰めの様に、彼女は語る。

 しかしそれでも、やはり人は言うのだ。

 こんな時、助けてくれる人が居ればと。

 無意味とも無責任とも言える救いの手を、知らずの内に誰かに向かって伸ばすものだ。

 そして、裏切られた時。

 その期待は“憎しみ”に変わる。


 「しかし……色々と考える事はありますから」


 「でしょうね、ですから考えて下さい。答えが拒絶だったとしても、私たちは誰も責めません。だって彼方は、ただの“ドレイク”です。今は冒険者ドレイクであり、勇者一行の英雄ではありません。だから、ちゃんと考えて下さいね? あの子達が大切でまだまだ離れたくない、というのなら。無理に離れる必要はありませんよ。それを選ぶのは貴方です、冒険者のドレイクさん。その選択権が、誰の命に重きを置くか、ソレを選べる立場にあるんですよ? どの命も平等に、なんて言っていては。疲れてしまうでしょう?」


 そう言いながら、彼女は俺の鎧の隙間に申請書を挟んだ。

 言われて、改めて気が付いた気がする。

 今の俺には、赤の他人を見捨てるという選択肢もあるという事に。

 全てを、可能な限り救う必要はない。

 今の俺は、冒険者なのだから。

 見知らぬ誰かを見捨てる。

 そんなのはこの世界にとって当たり前だ。

 今まで子供達の事に夢中になっていたから、余計に眼を逸らしていたが。

 誰もが受けない依頼が発生した場合、それは“見捨てた”と同意義。

 力を持っているのなら、それに相応しい行いを。

 なんて風に思っていたが……。

 確かに、助ける側にも選ぶ権利があって良い筈だ。

 助けるか、助けないか。

 そこまで極端にならなくても、利益が発生するか否か。

 そういう意味では、彼女の言葉は非常に染みわたる様だった。


 「もう少し、考えさせて貰っても良いでしょうか? まだ、あの子達と離れるのは怖い」


 「はい、了解です。では支部長にもそう伝えておきますね?」


 それだけ言って、リタさんはすぐさまこの話題を引っ込めた。

 続いて提示されるのは幾枚もの依頼書。

 どれも本当にランク3か? なんて思ってしまう訳だが、それでも日帰りで帰って来られる距離ではある。


 「今日は、これでお願いします」


 「はい、承りました。ではココにサインを。はいっ、ありがとうございます。では、お気をつけていってらっしゃいませ」


 なんて会話を交わし、俺は今日もギルドを出る。

 コレが俺の仕事。

 勇者パーティを抜けてから、ずっと続けて来た事柄。

 だとしても、今日だけは。


 「ランクアップかぁ……」


 妙に、その言葉が頭に残るのであった。

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