第23話 大人の飲み会
「「かんぱーい!」」
「か、乾杯」
陽気な声が、我が家の食卓に広がった。
本日は子供達が遠征に出ている為、大人組のみ。
ミサが腕によりをかけた料理……というかツマミがズラリと並び、酒はファリアが色々と買って来てくれた。
そして俺は家を提供している訳だが、なんだろうこのいたたまれない感じは。
もう少し俺も金か何か出すべきだと思うんだが。
何て言ってみれば。
「あいっ変わらず細かいのぉ、お前は。だったら今度飲み屋で奢ってくれればよいわ、いちいち気にするでない」
「お邪魔しているのは私達だ、手土産を持ってくるのは普通だろ?」
だ、そうで。
いいのかよとは思うが、あまりこの話題を引きずるとまた文句を言われてしまう。
なので大人しく、ミサの料理を口に運んでみれば。
「お、コレ旨いな」
「そうじゃろそうじゃろ? ちょっとした伝手があってな、新鮮な海産物を売ってくれる奴がおるんじゃ」
ニッシッシと口元を抑えて笑うミサが、いやらしい笑みを浮かべている。
とはいえ、コレは旨い。
プリプリとした食感を返して来るエビが入った、揚げ春巻き。
表面はパリッとしていて、中の海老や春雨が非常に美味。
これだけでもグビグビと酒を飲んでしまいそうだ。
「ドレイク、こっちはどうかな。この辺りだと中々珍しいお酒だよ? とは言っても、私達からすれば懐かしいお酒って扱いになるのかもしれないけど」
そんな事を言いながら一本の瓶を差し出して来るファリア。
ソレを見て、思わず「おっ!」と声を上げてしまった。
懐かしい、旅の途中で見つけて随分とハマったモノだ。
飲みやすく、味も爽やか。
シュワシュワと口の中で弾ける感触が面白くて、ついつい飲み過ぎてしまった記憶がある。
ファリアと勇者、そして俺で夜通し飲んで、翌日に聖女から説教を貰った記憶もあるが。
「まぁ何はともあれ、子供達がランク2になったのは喜ばしい事じゃな。本人達が宴会に居ないというのは、少々寂しいモノがあるが」
「その代わり失ったモノもあり、色々と新しい目標も出来た。目を放しても、ある程度安心出来る程に育ったのは良い事だね」
なんて事を言いながら、二人はグラスを傾ける。
実に良い飲みっぷりだが、大丈夫だろうか?
「度々野営を含む仕事を受けているが……大丈夫かな」
ポツリと溢してみれば、二人から即座にチョップを頂いてしまう。
心配し過ぎだと言いたいのだろう。
しかし、心配にもなると言うモノだ。
前回の仕事では急ごしらえのパーティを編成し、一人の犠牲者を出した。
傭兵や冒険者なら、誰かが命を落とす事なんて日常茶飯事だろう。
だが人の死に慣れるのと、鈍感になるのは違う。
そしてあの二人はまだ、環境の変化と言うモノに過敏になり過ぎるきらいがある。
もう少し休んで、また冒険に出れば良いとも言ったのだが。
二人は、いやミーヤも含め三人は翌日から仕事に向かった。
仕事に対して真面目過ぎるのも、考え物だと思う。
更にはもう一人、前回組んだパーティの一人を仲間にした様だ。
その日の内に挨拶に来た、元気の良い獣人の男の子。
感じは良かったし、腕にも自信がある様だったが。
些か防御が薄い構成になっているのは確かだ。
攻める時は強いかもしれないが、守る時はすぐに崩れるだろう。
彼等と組むのであれば動ける盾役か、足の速い神官などが居ればもっと安心なのだが。
だからこそ、余計に心配になってしまう……。
「気にし過ぎじゃ、ドレイク。いつまでもお前さんが周りをウロチョロしていては、それこそ育たん」
「守られてばかりじゃ、いつか痛い目にあう。時には傷付き、本人の力で立たせる事も必要だよ」
二人からはやはり、呆れた視線を向けられてしまった。
まぁ、確かに。
彼女達の言う通りなのだ。
いつだって彼等のピンチに駆けつければ、子供達にとってそれが“普通”になってしまう。
その考えは良くない、むしろ悪い。
本当にギリギリの時、絶対に誰かが助けてくれる保証なんてあり得ないのだ。
だからこそ、自分達の力で何とかする術を見つけなければいけない。
時には、助けない事だって彼等の力に変わる。
だがしかし、それでも心配になって飛び出してしまうのが親と言うモノで……何ともやりきれない。
リックとフレンにとって、俺は仮の父親だ。
それでもこんなに不安になるのだ。
本当の血縁者などだった場合、俺なんかよりずっと心配で不安になるのだろう。
もはや想像するだけで恐ろしい。
「いいから食え、そして飲め。今日は大人組だけでバカ騒ぎじゃ」
いつまでも辛気臭い顔をしている俺に苛立ったのか、ミサが手羽先を此方の口に突っ込んで来た。
噛んでみればジワッと広がる鶏肉の味と……こ、これは!?
「餃子の味がする!」
「手羽先餃子じゃ。どうだ、気に入ったか?」
ガブガブと噛みついてみれば、確かな食感と共に口の中で爆発する旨味。
パリッとする程良く焼かれた手羽先に、挽肉やネギ、にんにくと言った独特な味わいが広がる。
何と言っても普通の餃子と違い、噛めば鳥脂が溢れて来る上、外側さえもプリプリとした鶏肉。
旨くない訳が無い、食いでも十分にある。
思わず二本三本と手で掴み、もっしゃもっしゃと胃袋の中に収めてしまった。
「そういうのなら、こっちの酒が合うかも知れないね。油物は早めにスッキリさせないと、後で胃がもたれでもしたら大変だ。もう若くないんだから」
ファリアに差し出されたグラスを受け取り、グイッと一口。
旨い、非常にスッキリする。
口の中の脂を洗い流しながら、鼻に抜ける酒の香り。
コレは、米から作った酒だろうか?
いいな、ちょっと飲み過ぎてしまうかもしれない程に飲みやすい。
「というか若くないと言っているのに、幾つも酒の種類を変えるのは良くないんじゃないか?」
「この程度で潰れるドレイクじゃないだろ? それに今は宴の席だ。もしも酔い過ぎたら介抱してあげるから安心して飲むと良いよ」
そりゃどうも。
とはいえ彼女の言う通り、この程度で潰れる気はしないが。
自慢ではないが、俺は結構酒に強い。
普通の酒なら、一晩中飲んでも翌日仕事に行くことが出来るだろう。
しかしながらファリアもまた強いのだ。
そして彼女の持ってくる物は強い酒が多かったりするので……二人で飲んだりすると、飲み過ぎる事も多々。
今日はミサも居るから、ある程度の銘柄で抑えてくれているとは思うが。
「ぶっは! 何じゃこの酒! ひぃ、喉が焼ける」
どうやら、自重しない物も混じっていたらしい。
ひーひー言いながら水をがぶ飲みしているミサが、飲みかけのグラスを此方に押し付けて来た。
ちょびっと口を付けてみれば、確かカッと熱くなりそうな程強い酒気を感じる。
これは多分、ドワーフとかが好む類の酒だと思うのだが。
「おい、ファリア」
「温まるだろう? 寒い時期にはぴったりだ」
「せめてミサが呑む前に止めてやれ……」
「他人の好みは千差万別。気に入るかもしれないじゃないか」
いけしゃあしゃあと吠えるファリアに、涙目のミサがジロリと強い眼差しを向ける。
喧嘩にはならないと思うが、ちょっと良くない雰囲気だ。
「そういうのなら、英雄ファリア様にも“コレ”を試して貰おうかのう。ホラ、それこそ気に入るかもしれん」
そう言って差し出すのは、真っ赤なスープの入った深皿。
お、まさかこんな物まで作ってくれていたのか。
ミサ本人は食べないのに、ありがたい限りだ。
「な、何だか凄く赤いんだけど……麺料理、だよね?」
「普段ドレイクが旨い旨いと言ってガツガツ食う様な代物じゃ。店でちょいとスープを貰って来てな、きっと気に入るぞい」
「じゃ、じゃぁとりあえず一口……」
真っ赤なスープの中から、フォークで麺を掬い上げ一口でパクリ。
その瞬間、ファリアがカッと目を見開いた。
「っんんん!!」
「だははは! 仕返しじゃ!」
顔を真っ赤にしたファリアが、今度はミサに変わって水を飲み始める。
いつも行く居酒屋にある激辛の麺料理。
スープパスタな訳だが、慣れるまでは確かにつらい。
しかしあの辛さが癖になる上、後から広がるしっかりとした旨味が結構好きなんだが。
どうやらファリアには厳しかったらしい。
ちなみに言うと、ミサの方も店で一度食べてから二度と注文する事は無かった代物だ。
「こ、コレ……完食できたら無料とか、その手の類じゃないのかい?」
未だ赤い顔でむせ込んでいるファリアが、ジトッとした眼差しで赤いスープを睨んでいるが。
「その通りじゃ。しかしコイツは普通に完食するのでな、店からもドレイクだけはそのサービス禁止令が出ておる」
「相変わらず肝臓だけじゃなくて、胃袋と舌まで鉄で出来ているんだねドレイクは。味音痴になっていないか心配だよ全く」
酷い言われようだ。
確かに色んなモノを食べても腹を下さないし、珍しい物はすぐ食べたくなってしまう癖はあるが。
だが全ては傭兵時代の記憶のせいなのだ。
戦場ではろくなモノが食えないからな。
不味い保存食だったり、本当に食い物が無い時は獣を狩って丸焼きにしたりと様々だ。
しかも傭兵達に料理が出来る奴が居なかったので下処理も甘く、味が無かったり塩辛かったり臭かったりと。
それはもうとんでもない食生活になる。
という事で、街に帰ってからの料理は何でも旨い。
金さえ払えばちゃんと料理人が作ってくれて、“食えれば良い”という訳ではなく“旨い物”を出してくれる。
この為に俺は働いているんだと、何度も実感したものだ。
「旅の途中はどうしておったんじゃ? まさか全部買い食いという訳ではあるまい」
「最初は人数が多かったから、ちゃんと炊き出し班が居たんだけどね。後半は交代で作っていたよ。大体は私とドレイク、次に聖女と勇者って形でね。マジックバッグがあるから、街で買った物を外で食べたりと色々だ」
「ファリアが料理出来たのも意外じゃが。勇者と聖女に飯を作らせるとは、随分と偉い立場じゃのぉ」
「私達だって作れなくはないよ? それに二人を顎で使っていた訳じゃないさ、せっかくなら二人きりにしてあげた方が良いと思ってね。なるべく機会を増やして、私たちは周囲の警戒をしている事が多かったかな」
「あぁ、そういう。ならばまぁ納得じゃ」
二人の会話を聞きながら、静かに酒と料理を味わう。
何だかんだ言っても、随分と仲は良くなっている様だ。
うんうん、実に良い。
友人同士が仲良くなるのは俺としても嬉しいし、美人が二人というのは中々眼福である。
とか言ったら、おっさんくさいなんて言われてしまうのだろうが。
とはいえ二人からしてみれば、一回り以上も違うのでおっさんなのには間違いないだろう。
そんな事を考えてから、ふと思い出して口を開いた。
「そう言えば二人は結婚とか考えてないのか? 俺が言うのもなんだが、そろそろそういう歳ではあるだろう? お前達なら、相手には困らない様に思えるが」
いざとなれば俺が、なんて言える程恰好が付けられれば良かったのだが。
生憎とこの年の差と、俺の不男面じゃ釣り合わないだろう。
周囲から笑われてしまうのがオチだ。
なんて、笑ってみたのだが。
「ったく、お前は……」
「他人の事より、自分の事を心配したらどうかな?」
二人からは、やけに冷たい視線を返されてしまった。
やはりこの手の話はあまり口にするべきでは無かったか。
すまん、と謝ってからおかわりの酒に手を伸ばしたが。
「おかしな事を言った罰じゃ、コレを飲め。グイッとじゃ、グイッと」
「この辛いの、ドレイクは好きなんだよね? 一気に食べてる所、見てみたいなぁ」
先程二人が撃沈した酒と料理を、ズイッと目の前に出されてしまった。
「いや、あの。どちらも一気に、というのは俺でも結構来ると思うんだが……」
あの酒は一気飲みする様なモノじゃないし、激辛料理も水なんかを飲みながらゆっくり食べないと、流石に火を吹きそうなんだが。
「駄目じゃ」
「ココは男らしく、覚悟を決めようじゃないか」
そんな訳で激辛料理を一気食いし、水の代わりに火酒で口を洗うというとんでもない事態に発展してしまった。
これだけは言えよう。
普通の人は、絶対にこんな食べ方をしちゃいけないヤツだった。
多分、ぶっ倒れる。
「おかわり、要るかの? 作るぞ?」
「お酒の方もまだ家にあるから、持ってこようか?」
「勘弁してくれ……」
女性との会話ってヤツは、気を使わなくてはいけない事が多すぎる。
やはりいつまでも経っても、俺には難しいと言わざるを得ないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます