第22話 新しい一歩を踏み出す為に


 街に帰って来た俺達は、すぐさま葬儀へと参列した。

 とはいえ、とてもささやか。

 パーティメンバーと、数名の友人達。

 ギルドの職員が挨拶に来たのと、後は少々の関係者と言ったところだろうか。

 独り身の冒険者の葬儀ともなれば、コレが普通の事らしい。


 「ナオさん……」


 棺桶に眠る彼女は、酷い怪我をしているという事で顔を見る事は出来なかった。

 彼女の葬儀はライアさんが取り仕切り、お金も彼が全部出したそうだ。

 妹分の葬式くらい、兄代わりがやるべきだと言っていたらしい。

 その彼は、今何を思っているのか。

 茫然としながら、光の無い瞳で彼女の棺を眺めていた。

 そのまま式は進み、神官達によって祈りが捧げられた後。

 彼女は炎に包まれた。

 しばらく待ってみれば、俺達の眼の間にあったのは骨片。

 そして、灰の様になった白い粉。


 「これも、これからいっぱい経験するのかな」


 妹はそんな事を呟きながら、静かに俺の袖を掴んだ。

 俺達は冒険者だ。

 冒険者なら、誰もが口を揃えて言う。

 仲間を失う事なんて、珍しくも何ともないと。

 だからこそ、フレンの言う通り今後何度もこの光景を見る事になるのかもしれない。


 「本当に少し関わっただけなのに、それでもやっぱり辛いな」


 こう言っては悪いが、多分この場で誰よりも彼女と関係が浅いのが俺達だろう。

 たった数日、行動を共にしただけ。

 初対面の相手には、ひたすらペコペコしていた女の子。

 それでも仲間内で喧嘩が起これば、真っ先に止める為の声を上げる少女。

 神官であり、治癒魔法とバフを惜しみなく使ってくれた。

 でも、彼女が活躍している時に活躍できなかった俺には、あまりその恩恵を感じる事が出来なかった。

 これから知って行けば良いと思っていた。

 臨時のパーティだったけど、もしかしたら次があるかもしれない。

 長い年月を重ねて、皆の事を知って行けば良いと思っていた。

 だというのに、次の機会は永遠に訪れなくなってしまった。


 「今回は上手くいった、全部良い結果になったと思ってたんだけどな……」


 「ん。まさか、こんな事になってるなんて、思わなかった。思ってる、余裕も無かった」


 そう言いながら妹はスッと身を寄せて来た。

 その頭に手を置いて、俺達は彼女の灰を見つめる。

 いつか、俺達もあぁなるのだろうか?

 母の灰も見た、仲間の灰も見た。

 隣に並べれば、もう見分けなんてつかない。

 生物はいつか死ぬ、それは必然だ。

 俺がそうなった時は、仕方ないと納得できるかもしれない。

 でも、他の仲間達だった場合は?

 たった一時共にした仲間でも、こんなにもぽっかりと胸に穴が開いた様な喪失感があるのだ。

 フレンやミーヤさんを失った時、とてもじゃないが耐えられる自信がない。

 あの灰に駆け寄って、泣き叫んでしまうかも知れない。

 そんな事を思いながら、ライアさんとリオに視線を送ってみれば。


 「ゴメン、ごめんなナオ……俺がもっと、しっかりしていれば。ゴメン……」


 「……」


 ひたすらに涙を流しながら謝り続けるライアさんと、グッと唇を噛んで下を向いているリオ。

 彼等は、孤児院で育った仲間達だったらしい。

 幼い頃から家族同然で育ち、ここまで一緒にやって来た。

 その一人を失ったのだ、俺達より何倍も辛いだろう。


 「帰りましょう、二人共」


 パラパラと他の人が散り始めた頃、ミーヤさんが俺達の肩に手を置いて来た。


 「でも……」


 「私達は所詮臨時で組んだだけ仲間でしかありません。だから、分かった顔をして声を掛けるべきではありませんよ。今だけは、“三人”にしてあげましょう」


 何も声を返す事が出来ず、俺達は彼女に手を引かれながらその場を後にする。

 振り返ってみれば、ライアさんは泣き崩れ、リオは相変わらず下を向いたまま動かない。

 確かに、何と声を掛ければ良いのかなんて俺には分からなかった。

 コレが、仲間の死。

 これから彼等がどうするのか、想像も出来ない。

 神官を失ったのだ。

 安全マージンを今まで以上に取る必要があるし、斥候と守りの強い剣士となれば、あまりバランスは良くない。

 いや、そういう事じゃないか。

 彼女を失った事の痛みの方が、そんな事よりずっと重い。

 ソレを乗り越えられるか、乗り越えるべきか。

 様々な事に悩む事になるのだろう。

 だってあの三人は、家族として生きて来たのだから。


 「もっと、強くなりたい……こんな思いをしないくらいに」


 「ん、私も」


 「そうですね。私も、いい加減何かを突き詰めないと……皆の邪魔になりかねません」


 各々呟きながらも、俺達は帰路に着いた。

 憂鬱な雲が広がる空を眺めながら、無言で歩いていく。

 例え一人の冒険者が息絶えても、世界は回る。

 明日も明後日も、いつも通りに訪れる。

 でも、関わった人間にとっては決定的に変わる事柄なのだ。

 もう、会えなくなってしまった人がいる。

 昨日まで普通に喋っていたのに、笑っていたのに。

 声を聞けることは、笑みを見る事はもう叶わないのだ。

 この痛みは知っていた筈なのに、慣れる事は出来そうにない。

 仲間を失った。

 その事実は、思っていた以上に辛く重いモノであった。


 ――――


 翌日、俺達はいつもより少し暗い顔をしながらギルドへと向かう。

 俺達にとって辛い事があったからとはいえ、仕事は仕事だ。

 生きていく為にはお金が必要で、稼がなければご飯が食べられない。

 今では少額だったとしても、家賃や生活費も父さんに払っているのだ。

 いつまでも甘えてはいられない。

 だからこそ、こんな日でも仕事に向かった訳なのだが。


 「お、来た来た! 待ってたぜ」


 ギルドの扉を開いた瞬間、席に座っていた一人の獣人がこちらに向かって走り寄って来た。

 笑顔を浮かべてはいるが、その目元は痛々しいくらいに赤く腫れている。


 「リオ……」


 「なんだよリック、辛気臭い顔しやがって。ランク1でホブゴブリンを倒した期待の新人なら、もっと堂々としてなきゃ嘘だぜ?」


 無理やり明るい雰囲気を作っているような調子で、彼はバンバンと俺の背中を叩いて来る。


 「リオ、平気?」


 フレンが心配そうな顔で彼の事を覗き込んでみれば、リオはニカッと今まで以上の笑みを浮かべて見せた。


 「全っ然平気じゃねぇけど、大丈夫! いつまでも湿っぽい顔してたら、アイツに怒られちまうよ。だから、平気だ」


 あぁ……強いな、リオは。

 そう思わずにはいられない。

 仲間を失った翌日だというのに、彼はしっかりと前を向いて歩こうとしているのだ。


 「ライアさんは、どうなりましたか?」


 「アイツは……ちょっともうキツイって、冒険者を辞めちまった。貧乏孤児院育ちだから、家族が減る事はよくあったけどさ。でも、ライアが守れなかったのは初めてだから。多分心が折れちまったんじゃないかな……孤児院の手伝いをしながら、街中で働くって言ってた。アイツ頭だけは良いからさ、多分その内商人になったとか言ってくるんじゃねぇかな!」


 ミーヤさんの質問に、リオは視線を逸らしながら答えた。

 そういう選択も、多分間違っていないのだろう。

 結局俺達は、お金を稼ぐために冒険者をやっているのだ。

 他の手段でお金が稼げるなら、無理をしてまで命を張る必要はない。


 「リオは、これからどうするの?」


 俺の声に対して、彼は苦笑いを浮かべながら頭をかいている。

 ナオさんは命を落とし、ライアさんは前線を退いた。

 残っているのは、彼一人。

 彼もまた、他の仕事に就くというのならここでお別れになるのだろうが。


 「えっと、さ。その話の前に、まずはお礼言わせて。ミーヤさん、ナオを連れ帰ってくれて、本当にありがとうございました」


 急に、彼は頭を下げ始めた。

 どうしたものかと困惑していれば、ミーヤさんだけは小さな声で言葉を紡ぎ始める。


 「止めて下さい……私は判断ミスを犯しました。あの場でナオさんの状態をしっかりと認識出来ていれば、貴方達三人を危険な目に合わせる必要も無かった。私はまだまだ未熟者な上、皆さんを危険に晒したんですよ?」


 「だとしても、です。あの場にナオを置いて行けば、確かにあそこまでヤバイ事態になる事は無かったかもしれない。でも俺達は生き残った。そして、あの場にナオの奴を置いて来る事も無かった。しっかりと弔ってやれた。死体を置いていけば食い荒らされたり、ゴブリン共に“使われたり”、屍人になる可能性だってある。でも、ちゃんと送ってやれた。綺麗なまま、“逝かせて”やる事が出来た。だから、ありがとうございます」


 今度ばかりは、ミーヤさんが視線を逸らした。

 何と声を掛けたモノかと、困っている様だ。

 そんな彼女に対して、腰を折るリオは未だに頭を上げない。

 泣いているのだろう。

 嗚咽も漏らさず、涙も溢さず。

 ただ静かに頭を下げる彼は、きっとナオさんとの思い出が駆け巡っている筈だ。

 俺達だって、母さんが死んだ時は何日も母の事を想って泣いたのだ。

 誰かが死ぬというのは、それくらい重い事なんだ。


 「なぁリオ、ウチに来ないか?」


 だからこそ、そんな言葉を紡いでしまった。


 「これからも冒険者を続けるならって話にはなるけどさ、どうかな? 斥候が三人っていう凄い事にはなっちゃうけど。リオと一緒に戦った時、安心感が違ったよ。ちゃんと仕事をしてくれてるんだって、しっかりと伝わって来た。だからさ、俺等と組まないか?」


 本来はリーダーの判断を仰ぐべきだし、勝手にメンバーを増やす事など言語道断だろう。

 しかし彼となら、上手くやれる気がしたんだ。

 編成は凄い事になるけど、それでも今まで以上に強くなれる気がしたんだ。


 「どうでしょうミーヤさん、リオは強いです。最終戦で一緒に戦った俺達が保証します。だから、どうか」


 「誘った後に了承を取られましても、困ってしまいますね」


 彼女はクスッと微笑みながら、リオの頭に手を置いた。


 「来ますか? リオさん。彼方が共に戦おうとしてくれるなら、まだ心が折れていないのなら。私たちは、歓迎しますよ」


 ミーヤさんの一言に、リオはゆっくりと顔を上げた。

 そりゃもう、酷い顔で。

 涙でぐしゃぐしゃになりながら、鼻水まで垂れている。

 いつものムードメーカーは何処に行ったのかと言いたくなる程、情けない顔を浮かべていた。


 「でも、俺。空気読めないし、馬鹿な事ばっかり言うし」


 「平気、それは兄さんもだから」


 「おいフレン」


 「ホントの事」


 物申したい台詞を吐く妹を睨んでみれば、膝裏に蹴りを貰ってしまった。

 解せぬ。


 「金もないし、今日の宿代だってどうしようかってくらいに貧乏で。武器の修理も……それに弱いし」


 「申し訳ないですけど、ドレイクさんに相談してみましょうか。部屋はまだありましたし、お金の問題は“貸し”にしておいてあげますよ。貴方が使う武器なら、フレンさんが居れば何とかなるでしょう。なんたって数が多いですからね」


 「ん、好きなの貸してあげる」


 ミーヤさんがウインクしながら答えてみれば、妹はコートを拡げて数々の武器を見せつけた。

 まるで武器商人みたいだ。

 ちなみに、実は前回の仕事でほとんど使い潰してショボくれていたフレン。

 そんな妹にファリアさんが、「ドレイクには内緒だからね?」なんて言いながら買い揃えてくれたのだ。

 兄は知っているぞ、フレン。

 だから自信満々に新しい装備を自慢するのは止めなさい。


 「本当に、いいのか? 俺みたいなのが、パーティに入って。邪魔じゃないか?」


 今までのお気楽な雰囲気は何処へやら。

 不安そうな顔をするリオに、今度はこちらから肩を組んでみた。


 「だったらそもそも誘ったりしないよ、一緒に行こうリオ。お前が居てくれれば、俺達はもっと強くなれる」


 彼の真似をして、ニカッと笑みを浮かべてみれば。

 戸惑った様子を浮かべたリオは目元を強く擦り、その後はいつも通りの笑みを返してくれた。


 「入る、入れてくれ。お前等のパーティに! これからよろしくな!」


 こうして、俺達は四人になった。

 斥候二人、攻撃型の剣士が一人。

 魔法使い兼斥候が一人。

 本当に、とんでもないパーティだ。

 でも、それでも。

 俺にとっては、頼もしいパーティメンバーに他ならない。

 さぁ、今日も仕事だ。

 駆け出しだからこそろくな仕事は受けられないが、それでも。

 生きる為に、食べる為に。

 今日も俺達は、冒険の旅に出るのであった。

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