第21話 冒険
戦場。
この言葉しか、今この瞬間を現す表現を知らなかった。
「チィッ!」
「リック! 無理すんな! すぐ援護に行く!」
「リオ! そっちも貰うから兄さんの援護に行って! 早く!」
ブンブンと振り回される棍棒を避けながら、どうにかして距離を詰めた。
双剣を振り回した所で、先程と同じ結果にしかならないのだろう。
ホブだけでも手一杯だというのに、もう一匹いるのだ。
「あぁくそ! 鬱陶しい!」
隣から飛んで来る火球を打ち払ってから、またバックステップ。
さっきからコレばかりだ。
ゴブリンシャーマン。
魔法使いであるそいつは、ホブをサポートするかの様に魔法を放って来る。
間違いなく、他のゴブリンより頭が良い。
魔法を使えているのだから当たり前だが、それ以上に戦術と言うモノを理解している。
「シャーマンだけでもどうにかならないか!?」
「すまんリック! もうちょっと待ってくれ……コイツ等多すぎ!」
「ごめん兄さん、ちょっと手が離せない……」
それはそうだろう。
昨日今日相手した数よりも、明らかに多い。
そんな相手が一掃出来るなら、こんな事態には陥っていないのだから。
更には妹の方にはやけにゴブリン達が集まっている様に見える。
不味いな、早く事態を動かさないとフレンが“呑まれる”。
だとすれば。
「一か八か、行くぞ!」
全速力で走り出し、ホブが振りかぶった棍棒を睨む。
早く避けるな、その分悟られて魔法が来る。
自分に言い聞かせながら、ジリジリと迫りくる敵意をこの身に受けた。
焦れる、兎に角焦れる。
振り下ろされる棍棒が、まるでゆっくりと迫っている様に勘違いしそうな程集中して。
迫りくる凶器の風圧をその身で感じながら、ギリギリで身を捩った。
回避する先は、ホブの股下。
ホブの体を盾に、体をシャーマンの視界から外す。
「そこだっ!」
相手の股下から走り出した瞬間、片方の剣を投げつけた。
ソリの強い剣だからこそ、ブーメランのように回転しながら飛んでいく。
狙ったその先へ、シャーマンの胸に深々と突き刺さった。
頭を狙ったのに、コレばかりは俺の技術不足だ。
舌打ちを溢していれば、ホブが足踏みをしながらこちらを攻撃し始める。
「少しは良い子にしてろよ太っちょ!」
転がりながら回避し、残った片方の刃を全力で相手の足に突き立ててみるが……やはり“捉えた”感触は帰ってこない。
どれだけ脂肪が詰まっているんだこのゴブリンは。
チッと舌打ちを溢し、引き抜いた刃を構えて見せれば。
「リック! 避けろ!」
え? と声が零れた瞬間。
体を横から衝撃が襲った。
平手打ち。
振り上げた棍棒ばかり見ていたせいで、気付かなかった。
武器はフェイント、本命は残った腕で直接攻撃。
相手の体はこちらより大きいから、俺なんか素手でも簡単に殺せるのだろう。
だというのに、“武器”と言うモノを装備していたからこそ忘れていた。
その甘さが、激痛と共に俺に襲い掛かった。
「ガッハッ!」
壁に叩きつけられ、喉の奥から血が溢れた。
苦しい、痛い。
よく考えれば予想出来た筈だ。
ホブだってゴブリンの進化個体。
シャーマン程と言わなくても、頭を使って攻撃してくる。
それくらいに戦闘に慣れているからこそ、“ホブ”なのだ。
「くっそが……」
「兄さん! すぐそっちに……キャァッ!」
「フレン!? すぐ助けに……だぁぁぁ! コイツ等うぜぇ!」
皆苦戦している。
フレンなんか、もしかしたらゴブリン達に組み敷かれてしまったかもしれない。
ゴブリンやオークに捕まった女性の末路は悲惨だ。
死んだ方がマシだと思える程、死ぬまで“使われる”。
だからこそ、妹が捕まってしまったのなら今すぐ動くべきなのだが。
「動け、動けよ!」
ガクガクと膝が震えた。
ホブがこちらに迫って来るというのに、俺の足は立ち上がってくれない。
恐怖しているのか? 諦めてしまったのか?
ひたすら太ももを叩いても、プルプルと震えるだけ。
臆病者が、立て! 立てよ!
ココで立たなきゃ、皆生き残れないんだ。
戦わなきゃ、これで終わりになっちゃうんだ!
何てことを考えながら足を殴り続ける俺に対して、ホブゴブリンは棍棒を振り上げた。
「リック! 避けろぉぉぉ!」
「兄さん!」
二人の声を聴きながら、振り下ろされる棍棒を視界に収めた。
あぁ、駄目だ。
これで、終わりなんだ。
諦めかけたその瞬間。
『片方、預けますね。ちゃんと後で返して下さい』
チャリッと、首元から金属の擦れる音が聞えて来た。
「リック!」
「兄さん!」
おかしいな、二人の叫び声が。
棍棒の振り下ろされた“後に”聞こえた。
「スゥゥ」
大きく息を吸いこんでみれば、視界が開ける。
俺は、棍棒を避けていた。
生存本能か、それとも体が感覚で動いたのか。
ソレは分からないが、それでも。
俺はまだ、“生きている”。
「フゥ……」
小さく息を吐き出して、相手が振り下ろした棍棒の上を走り抜けた。
そのまま腕を上り、肩を蹴り、そして。
「死ねぇぇぇ!」
力強く握った片方の剣を、相手の首に向かって突き立てた。
こめかみ辺りに叩き込もうと思ったのに、ホブが動くせいでズレた。
だが引き抜く訳にもいかず、そのまま全力で押し込んだ。
グリグリと抉ってはいるが、まだ届かない。
やはり脂肪が厚い、首回りまでどうやったらココまで太れるんだ。
「おらぁぁぁぁ!」
全体重をかけて刃先を押し込んでいくが、当然相手も暴れる。
振り回され、こちらを叩き落とそう掌が迫って来る。
もう時間がない、これで決める。
これで決められなければ俺達の負けだ。
だからこそ。
「くたばれ!」
迫って来るホブゴブリンの手を無視して、剣の柄に回し蹴りを叩き込んだ。
こんな使い方はしたく無かったのだが、もうこれしか思いつかない。
ズブッと鈍い音を立てて、刃は首の肉に全て飲み込まれた。
頼むからこれで死んでくれ、そう願いながら相手の肩の上から飛び降りてみれば。
ブッシュルルルゥゥゥ……と変な息と声を吐きながら、ホブゴブリンが痙攣し始めた。
俺に向かって伸ばしていたであろう掌で、剣を突き刺した場所を必死に抑えながら。
しかしながら、やがて痙攣は収まりグリンと白目をむいたかと思えば。
ズドォォン! と随分重い音を立てて、真正面から地面に伏せた。
「シャァァッ! 勝ったぁぁ!」
腹の底から叫んでみれば、周囲のゴブリン達が怯えた表情で此方を見ていた。
妹を組み伏せたゴブリンなんか、フレンの短パンをはぎ取ったままの姿勢で固まってる。
それくらいに、彼等にとってホブが負ける事態というのは異常だったのだろう。
強者を殺した、更なる強者。
今だけでもそう思って怯えてくれるなら、都合が良い。
「まだやるか? ゴブリン共」
ニッと口元を吊り上げ、ホブゴブリンの頭を踏んづけた。
その姿を見て、ゴブリン達は大袈裟に震えあがっている。
よし、このまま散ってくれれば……なんて思った、その時。
ズドンッ! という衝撃が肩に抜けた。
「なっ! は? いってぇぇ!」
涙を溜めながら、衝撃によって吹き飛ばされた体を起こしてみると。
そこにはあり得ない光景が広がっていた。
俺の肩に突き刺さったのは槍。
しかも、結構状態が良い奴だ。
それだけでも驚きだというのに、振り返ったその先には。
建物が崩落した先に、あり得ないメンツが立って居た。
「マジで、なんなんだよ……」
ゴブリンのパーティという他ないだろう。
長剣と盾、ナイフ、槍、弓。
そしてさっき剣を叩き込んだ筈のシャーマンも立ち上がっている。
嘘だろ、アレで死んで無いのかよ。
しかも全員が、ちゃんとした物を着ているのだ。
前衛は鎧を、斥候は革鎧を。
弓兵は仕立ての良さそうな服を。
あぁくそ、駄目だ。
特殊個体がこれだけ居るなんて聞いてない。
こんなの勝てるはずがない。
ホブ一匹でさえ手一杯だった俺が、こんな奴らを相手に出来る訳がない。
大きなため息を溢してみれば、奴等は何事かギャアギャアと言葉を紡ぐ。
分からないんだよ、お前等の言葉は。
でも、雰囲気で察する事は出来た。
要は仇討ちとか、そういうことなんだろ?
やけに強い視線が、俺にだけ突き刺さる。
先程まで怯え切っていた周囲のゴブリン達も、彼等の登場によって調子を取り戻した様だ。
再びゲタゲタと汚い笑い声を洩らしている。
ごめんなさいミーヤさん、預かった指輪返せないかもしれません。
なんて、諦めた思考が飛び交ったその瞬間。
「やっと見つけた」
“暴風”が吹いた。
「え?」
その風は全てを切り刻み……いや、斬るというよりかは叩き潰したという方が正しいだろう。
並んでいたゴブリンパーティを横一線に叩きつけ、視界の外に弾き飛ばした。
アレだけ余裕と憎悪を浮かべていた筈のゴブリン達が、一撃で薙ぎ払われたのだ。
間違いなく特殊個体、頭も良い筈だ。
だというのに皆まとめて吹っ飛んでいき、壁に赤い染みを作るだけの存在に変わった。
「えっと……」
困惑しながら声を上げてみれば、彼は建物内に足を踏み入れ。
そして、叫んだ。
「こいやぁぁぁぁ!」
ビリビリと響く彼の声に恐れを成したのか、屋内に残ったゴブリン達は必死に外へ向かって走り出す。
リオの周りに居たのはもちろん、フレンを組み伏せていた奴等さえも。
バタバタと足音を立てながら逃げ出していく。
そして。
「逃げられると思ってんじゃねぇよ」
俺達を飛び越え、逃げ出そうとしているゴブリン達の前に躍り出た所で。
男は再び暴風になった。
背負っていた大剣を振り回し、風圧と血肉が周囲にまき散らされる。
本当に一瞬。
やっとホブを倒した所だというのに。
現れたゴブリンのパーティを、あれだけワラワラ集まっていたゴブリン達も全て。
彼等の間を走り抜け、ほんの数秒で片付けてしまった。
とんでもない実力差だ。
今の光景を見れば、ゴブリンが雑魚と言われているのも納得してしまいそうだ。
そんな彼が大剣に付いた血肉を振り払い、武骨なソレを肩に担いだ。
「全員無事か? 助けに来たぞ」
そこには、俺の父さんが立って居た。
いつだって大きくて、頼もしくて。
そして優しい大好きな父が。
兜に顔を隠しながらも、満面の笑みを浮かべているのが分かった。
あぁ、やはりこの人はヒーローだ。
誰が何と言おうと、俺達にとっての英雄なのだ。
そんな風に感じで、グッと唇に力を入れたその瞬間。
「皆無事ですか!? 怪我してませんか!?」
耳馴染みの良い、ウチのリーダーの声が聞えて来た。
彼女は室内を見回し、暫くアワアワと慌てた後。
両目に涙を溜めながら、俺に向かって突進して来た。
「バカッ! 馬鹿です! 本来囮役なんて、私がするべきなんです!」
普段以上に抱きしめられた俺の頭は、彼女の鼓動を物凄くとらえている。
ドクンドクンッと、前聞いた時よりずっと激しい鼓動が鼓膜に響いた。
「ミーヤさんでも、ここまで落ち着きが無くなる事があるんですね」
「うるさい! 馬鹿ッ! 馬鹿です貴方は! どれだけ心配したと思っているのですか!?」
やけに柔らかい感触を顔全体で味わいながら、頭の上から罵倒を吐かれてしまった。
しかしながら、それくらい心配させてしまったのだろう。
でも、こっちだって心配したんだ。
ちょっとくらいは許して欲しい。
「ミーヤさんが無事で良かったです」
「うるさいですよ! しばらく大人しくしていてください! 治療しますよ! 槍抜きますからね!」
「あ、はい」
興奮した様子で「馬鹿です」と繰り返しながら、ミーヤさんは俺の口に布を押し込んで来た。
前に言ってた、傷みに堪える為に噛むってヤツか。
前回と違って、今度は俺が得物を引き抜かれる側になってしまった。
しかも槍だし、滅茶苦茶痛い。
「フレン、大丈夫か? ほらコレ、早く隠せ」
「ん、ありがとリオ。ちょっとヤバかったけど、セーフ」
そうだ、フレン。
妹は無事だったのかと視線を動かしてみれば、赤い顔をしたリオにコートを差し出されていた。
短パンどころか、コートまではぎ取られていたのか。
もう少し遅かったら、本当に手遅れになっていたかもしれない。
「リックさん」
「ふぁい」
布を口に突っ込まれた後、背後に回ったミーヤさんから声を掛けられた。
何か気を紛らわせる事を言うというアレ。
はてさて、一体何を言われるのやら。
痛みに耐えながらも、グッと奥歯を噛んで身構えていれば。
ふわっと柔らかい吐息が耳元で感じられた。
そして。
「私も好きですよ、リックさん」
「ふぁ!?」
思わず振り返りそうになったその瞬間、思いっきり槍が引っこ抜かれた。
感じた事もない激痛に叫び声が漏れる。
ボロボロと涙を流しながら、呻き声を上げていれば。
「すぐポーションを使いますから、ジッとしていてください!」
肩にポーションが振り掛けられれば、すぐさま痛みが引いていくのが分かった。
前に父さんから貰ったアレだろうか?
色が一緒な気がする。
なんて事を考えながら、傷みの余韻でボーッとしていると。
「お疲れさまでした、本当に。無事で何よりです」
その言葉と共に頭を持ち上げられ、膝の上に再び下ろされた。
あぁ、なんか凄く疲れた。
柔らかい感触に顔を埋めていると、どんどん瞼が重くなって来た。
駄目だ、コレ寝る。
まだ旧市街のど真ん中だし、これから歩いて帰らなければいけないのに。
「いやぁ、若いってのは良いなぁ」
遠くから、父の笑う声が聞こえて来る。
「ミーヤさんとリックって、そういうアレだったのか……そりゃライアとソリが合わない訳だよな」
「放っておくと、すぐイチャイチャする」
何だか言いたい放題言われている気がするが、今は反論する元気がない。
早く起き上がって、帰らないと……。
「もう大丈夫ですから、少し休みましょう?」
聞こえる柔らかい言葉と、頭に乗せられた温かい掌の感触が、更に眠気を誘う。
いや、ホント。
このままだと寝ちゃうんですけど。
「お疲れ、リック。お前達も一度ゆっくり休め、その後ベースキャンプに戻ろう。ホブが邪魔だな……外に出しておくか」
「なぁフレン。お前達の父ちゃんって、マジで何者? あのデカゴブを片手で引きずってるんだけど……」
「不明、ランク3の冒険者なのは確か」
「いや、アレでランク3は無いだろうが……」
様々な声を聴きながら、俺の意識はどんどんと遠ざかっていく。
コレ、本当に寝ちゃって良いんだろうか?
そんな疑問は残るが。
「大丈夫ですよ。今だけは、ゆっくり休んでください。おやすみなさい、リックさん」
ミーヤさんの言葉を最後に、俺の意識は完全に夢の世界へと落ちていくのであった。
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