第19話 分断


 翌日、俺達は再び進行を開始した。

 先頭がフレン、調査を主とし極力戦闘は行わない。

 次に俺とリオ、斬り込みと第一防波堤。

 その次に後衛防御としてライアさん。

 昨日見た彼の実力があれば、こちらがあまりにも大群を逃がさなければ後ろは安泰だろう。

 囲まれでもしなければ、だが。

 しかし後衛にはミーヤさんとナオさんが居る。

 もしも何かあれば即座に指示をくれる事だろう。

 ふぅ、と息を吐きながら正面の建物を睨む。

 現在妹が中を調査中、俺達は建物の影に身を顰めていた。

 周囲には家屋が並び、隠れられそうな個所はいくらでもある。

 だからこそ姿を顰める所には困らないが、それは相手だって同じ事が言えるだろう。


 「緊張してんのか? リック」


 隣で膝を折っているリオが、真面目な顔でそんな事を呟いた。

 こういう雰囲気を見ると、昨日の彼のテンションが演技ではないかと思えてしまう程。

 それくらいに、仕事をしている時の彼は真剣だ。


 「確かに緊張はあるかも、普段なら周りに合わせて俺も動くから。固定の位置を守りながらって戦闘は始めてだよ」


 「なははっ! 普通は斥候が周りに合わせんのに、お前ん所では斥候二人だもんな。逆に剣士が合わせる事態になっちまった訳だ、忙しいパーティだな」


 本当に距離感が近い、しかし嫌ではない。

 昔から友達だったかの様に絡んでくる彼の声に、いつの間にか落ち着いている自分が居る。

 今の組み合わせはあまりバランスが良くない。

 だから多分、組むのは今回限りにはなるのだろう。

 そんな予想は出来るが、リオとは友達のままでいたい。

 何てことを思い始めている。


 「リオはさ、どれくらい斥候を――」


 ちょっとした雑談のつもりで口を開いた瞬間、彼の耳がピンと上を向いた。

 そして「シッ」という声と共にこちらに掌を向ける。

 何かあったのだろうか? 考えている内に、彼はピィー! と口笛を鳴らした。


 「ちょ、ちょっとリオ!? そんな大きな音を出したら、敵が……」


 「仕方ねぇって! 大物が来てる、フレンの奴を戻してやらねぇと不味い!」


 リオがそう叫んだ瞬間、少し前の建物の窓から妹が飛び出して来た。


 「ごめん、兄さん! 緊急事態だったみたいだから、連れて来ちゃった!」


 彼女を追う様にして、その建物からはゴブリンが湧きだして来る。

 こちらも双剣を抜き放ち、広い場所へと飛び出した。


 「フレン、走り抜けろ! 俺が抑えた後に援護!」


 「らじゃっ!」


 「リオ! 頼むぞ!」


 「任せとけってんだ!」


 こちらの声に答えてマチェット抜き放ったリオが、タンッと軽い音を立ててこちらと距離を取った。

 そして、フレンが俺の横を通り抜けた瞬間。


 「ジャァァッァ!」


 思い切り地面を蹴って、迫りくるゴブリンの集団に突っ込んだ。

 数、五匹。

 大丈夫だ、いける。

 最初の頃だったら絶対に思い描かない感想を残しながら、敵の懐へと飛び込んで剣を振るう。


 「一つ目!」


 振り下ろされた手斧を剣で逸らし、もう片方を相手の喉元突き立てた。

 体を回転させるようにして突き刺した剣を引き抜き、再び正面に構える。


 「二つ!」


 俺を通り越した後すぐに反転して来たらしいフレンが、後方からナイフを投げて来た。

 こちらに向かって武器を振り上げていたゴブリンの二匹目が、額から刃物を生やしながらその場に伏せる。

 休む暇なく続くゴブリンがボロボロの長剣で斬りかかって来た為、一体と鍔迫り合いになってしまった。

 他の奴より体が大きい、両方の剣を使わないと押し負けてしまいそうだ。


 「リオ!」


 「任せろ!」


 ナイフを持ったゴブリンと睨み合っていたリオが、声と同時にこちらに走って来る。

 凄い速さで距離を詰め、俺と向かい合っていた敵の背中にしがみ付いた。

 相手に反応させる時間も与えず、籠手の仕込みナイフを首に突き立てるリオ。

 凄い、やはり俺達よりランクが高いだけあって慣れている。


 「これで三匹め! おらぁ!」


 脱力するゴブリンを足で絡め取り、バク転するかのような動きで残る二体に向かって死体を投げつけたリオ。


 「す、すごいね」


 「慣れりゃ結構簡単に出来るぜ?」


 関心している間にも、ゴブリン達が迫る。

 片方はナイフ、もう一方は棍棒。

 なんにせよ、こちらの方がリーチは長い。

 スッと腰を落としながら双剣を構えていれば。


 「これで、四」


 「五匹、終わりですね」


 後ろからミーヤさんの放った魔法弾とフレンの矢が飛んで来た。

 それらは相手の顔面に突き刺さり、間違いなく絶命したと確信できる。

 これで中途半端な魔術師? じゃあ普通の魔術師ってどれだけ強いんだよ。

 なんて感想を残しながら、笑みを浮かべて振り返ってみれば。


 「ライア、右! 壁の向こうだ!」


 リオが叫んだその瞬間、後衛組近くの壁が爆散した。

 爆発としか言いようの無い程の威力で、壁の向こうから何かが攻撃して来たみたいだ。


 「ぐぅっ!? コイツがリオの言ってたデカいのか!」


 直接の攻撃はライアさんが防いだが、とんでもない勢いで飛び散ったレンガが後衛を襲う。

 現れたのは今までの相手より何倍も大きなゴブリン。

 なんだアイツ、ライアさんの倍は身長が高い。

 それに馬鹿みたいに太っている、腕なんか丸太みたいだ。

 そして更に不味いのが。


 「分断された……」


 俺とリオ、そしてフレンの三人。

 デカいゴブリンを挟んで、残る三人。

 しかも先程の攻撃で、後ろの二人が負傷している様に見える。


 「ミーヤさん! そっちは大丈夫ですか!?」


 大声を上げてみれば、敵とライアさんの向こう側にフラフラと立ち上がる彼女の姿が見えた。

 額から血を流し、ナオさんに肩を貸している。

 ほとんど担がれている状態のナオさんは、服をべったりと赤く染めており意識が無い様だ。

 コレは、本気で不味い。


 「ライアさん! 二人を連れて撤退してください! キャンプに戻れば、他の神官達も居る!」


 「そうは言っても、コイツをどうするつもりだ! あっさりと逃がしてくれる気配がない上、こちらには負傷者が二人だ!」


 叫びながらも、ガツンガツンと派手な音を立てて攻防は続いている。

 他のメンバーがあの攻撃を受けたら、間違いなく一撃死は免れないだろう。


 「こっちで引きつけます! リオ、フレン! やるぞ!」


 「おうよ!」


 「了解っ!」


 合図と同時に俺達三人が走り出す。

 フレンとリオが挟み込む様に左右へ展開し、正面は俺。

 とはいえ、今は背中を向けているが。


 「無理をするな三人とも! コイツはホブゴブリンだ! しかもかなり成長している!」


 ライアさんの声を聴きながら、左右の二人がナイフを投げつけた。

 それに合わせて背中に思い切り双剣を突き立てたが……。


 「マジかよ」


 「太り過ぎ……」


 二人が言う様に、そんな感想しか浮かばなかった。

 投げナイフは間違いなく首に刺さっているし、俺の剣だってかなり深く刺さっている。

 だというのに、決めきれていない。

 それどころか、脂肪を切り裂いただけに過ぎなかった。

 しかも、妙に固い。


 「深追いするな! 相性が悪い!」


 「ライアさんは二人を! 早く!」


 叫びながら距離を取ってみれば、ホブゴブリンは唸りながらこちらを振り向いた。

 よし、一応はこちらに注意を向けてくれた様だ。


 「リックさん!」


 「ミーヤさん! 行って下さい! 三人が撤退した後、俺達も逃げますから!」


 彼女の声に答えながら、振り下ろされる棍棒を避ける。

 やばい、マジで怖い。

 あんなのに押しつぶされたら、鎧ごとぺったんこになってしまいそうだ。


 「ライア! 早く行け馬鹿! ナオがやべぇ!」


 空中を駆ける様に飛び回るリオがマチェットを振るうが、やはり浅く裂くだけに留まる。

 俺の剣だって臓器まで届かないのだ、更に短いマチェットではとてもでは無いが決めきれないだろう。


 「リオ、コレ使って!」


 「サンキュ!」


 もうナイフの予備が無いと悟ったのだろう。

 フレンが彼にボウガンと矢筒を投げて渡した。


 「ぜやぁっ!」


 飛び込み、足に対して剣を振るうが……駄目だ、全然決定打になってくれない。

 何度も同じ場所を攻撃するくらいじゃないと、厚い脂肪の壁を抜けられない。

 だとしても長い時間近くに居る事が出来ず、すぐにバックステップ。

 先程まで俺が居た位置に、相手の棍棒が通り過ぎていく。

 やりづらいどころじゃない、相性が悪すぎる。

 それこそ強力な魔法や大剣でもないと、即座に片づける事は叶わないだろう。


 「くそっ……すぐに俺だけでも戻って来る! 皆、無事でいろよ!?」


 リーダー二人が居なくなるという状況に不安が残ったのだろう。

 ライアさんの判断は随分と遅かったが、それでもミーヤさんとナオさんを連れて走り去ってくれた。

 神官のナオさんが倒れた上に、ミーヤさんの使う回復魔法はそこまで大きな怪我は治せない。

 なら、これしかないのだ。

 負傷者二人で帰らせる訳にもいかず、守りながらの撤退となれば誰が一番適任なのか言うまでもないだろう。

 だから、これで良い。

 良い筈なんだけど。


 「最悪だ……回りからも集まって来てるぜ」


 ピクピクと耳を動かすリオが、隣に着地して来た。


 「でも、もう少し引きつけておかないと……周りのが向こうに行っちゃったら、もっと最悪」


 目の前のデカブツだけなら、もしかしたら振り切れるかもしれない。

 でも普通のゴブリンなら、撒くのにだって時間がかかる。

 しかも向こうには、負傷者が二人いるのだ。

 この太ったホブゴブリンでさえ、もしかしたら追い付いてしまうかも知れない。


 「スゥゥゥ、ハァァァ」


 肺に空気を送り込んで、興奮している頭を冷やしていく。

 状況は絶体絶命、多分俺達では目の前のホブは倒せない。

 更にリオが言う事には、“おかわり”まで来るらしい。


 「もう少しだけ引きつけてから、逃げる。増援が到着したら囲まれる恐れがあるから、一匹でも見えたら、もしくはギリギリまで近づいた所でリオが声を上げて。その瞬間から撤退戦だ。リオは戦闘よりも周囲の警戒に集中して」


 「おうよ。だけど、大丈夫か?」


 「何とかするしかない。兄さん、なるべくこっちで目を狙ってかく乱するから、足を狙って。足が遅くなれば、追いつかれる心配がない。私達だけなら、余裕で逃げられる」


 「そうだな、それで行こう」


 短い作戦会議を終わらせ、改めて強大な敵に向かって双剣を構えるのであった。


 ――――


 何でだ、何でこんな事になった。

 何度も心の中で悪態を吐きながら、目の前に迫ったゴブリンの頭を叩き割った。


 「もう大丈夫です、行きましょう」


 振り返って声を掛ければ、物陰からナオを担いだミーヤさんが苦しそうな顔で歩き出して来た。

 肩を貸すどころか、引きずるような状態。

 完全にナオの意識が無いのだから仕方ないが、その役目を女性に任せてしまっているのがもどかしい。

 俺が運べばもっと早く移動できるだろう。

 しかしその場合負傷しているミーヤさんに戦闘をお願いする事になる。

 結局はこの形しか取れず、どこまでも歯痒い気分が渦巻いていた。

 俺がもっとちゃんと守れていれば、二人が傷つく事は無かった。

 俺がもっと強ければ、三人を残して来る様な事態には陥らなかった。

 昨日はリック君に散々偉そうな事を言っておきながら、この様だ。

 情けない、不甲斐ない。

 こういう事態を警戒して、彼は後衛から絶対に離れなかったのだろう。

 その彼に対し、俺は何と声を掛けた?

 思い出すだけで自分を殴りたくなってくる。


 「大丈夫ですか?」


 声を掛けてみれば、ミーヤさんは何も言わずに小さく頷いた。

 大丈夫な訳がない。

 彼女自身も怪我をして、未だに血を流しているのだ。

 ナオを担ぎ、治癒魔法を掛け続けてくれている。

 体力的にも、魔力的にもかなり危ない。

 それに、これだけ回復魔法を掛けてもらっているのに目を覚まさないナオの事も心配だ。

 だというのにリオが居ないこの状況では、周囲の警戒を全て俺がやらなくてはいけない。

 二人を担いで走り出したい所だが、そんな事をして敵の奇襲にでもあったら全滅は免れないだろう。

 それだけは駄目だ。

 無理を強いてしまっているが、コレが最善策。

 例え歩は遅くとも、確実にベースキャンプに戻っている。

 二人を預けたら、全速力であの場所に戻ろう。

 残ってくれた三人が心配だ、むしろ今すぐにでも戻りたい。

 彼等はまだ若い。

 俺と大して歳は変らないだろうが、それでも俺より幼いのだ。

 リオとナオの二人とパーティを組んでから、自分でも分かるくらい“お節介”になった。

 特に年下の子達に対して、必要以上に心配してしまう。

 彼等彼女らを守れる兄の様な存在になりたい、いつからかそんな風に思っていた。

 なのに……。


 「くそ、なんでこんな事に」


 呟いた瞬間、カツンッと音を立てて近くに小石が降って来た。

 すぐさま盾を構えながらそちらに向き直ってみたが、コレと言って異常は――


 「ライアさん……上です」


 ミーヤさんの声に従って視線を上げてみれば、居た。

 ゴブリン達が。

 しかも、数えるのも馬鹿らしくなるほどの数。

 十や二十じゃない。

 何処にこれ程潜んでいたのかと思ってしまう程の魔物が、ニタニタと笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。


 「ミーヤさん、ここは引き受けます。全力で逃げて下さい」


 「流石に分かっているでしょう? この数、貴方一人では防衛出来ない。すぐに追いつかれて、全滅します」


 そう言う彼女は、ギリッと奥歯を噛みしめながら掌を相手に向けた。

 戦う気だ、仲間を担いだ状態でも。


 「魔力は、どれくらい持ちそうですか?」


 「これくらいなら余裕、なんて言えれば良かったのですけどね」


 彼女の掌に浮かんでいるのは、今までと比べ物にならない程弱々しい魔法。

 もう、魔力が尽きかけているのだろう。

 だとすればコレは、最期の抵抗というか。

 本当に足掻くだけになるのかもしれない。


 「ミーヤさん、私は貴女にホレました。好きです」


 「お断りします、私も大切な人が居ますので」


 最期という事で勢いに任せて告白してみれば、あっさりと断られてしまった。

 全く、最後の最後まで締まらないな。

 何てことを思いながらも、スッと腰を落とした。

 そして。


 「おらぁ来いやぁぁ! ゴブリン共ぉぉ!」


 いつもの恰好つけた口調ではなく、素の感情をぶつけて剣を構えた。

 多分、負ける。

 数の暴力で押し流され、俺達は死ぬ。

 だが無抵抗なまま死んでやる事はないだろう。

 一匹でも多く、道連れにしてやる。

 そんな事を考えながら、飛び掛かって来る魔物を睨んでいれば。


 「通るぞ、少し動くな」


 随分と落ち着いた、知らない男の声が響いた。

 その瞬間、目の前では暴風が吹き荒れるのであった。

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