第18話 噛み合わない


 結果から言おう、凄く楽だった。

 そんな感想が出るくらいには、皆ちゃんと動けていたと思う。

 しかしながら、俺だけは溜息を溢してしまうが。


 「始末して来たぜぇ」


 「意外、この狼耳。本当に耳が良い」


 本職の斥候が二人、というのは予想以上に凄かった。

 相手の数が少ない時や、敵が眠っている時など。

 本当に何もすることなく終わってしまう。

 マチェットを振るうリオと、幾つもの武器を使うフレン。

 二人の息も合ったのだろう、音もなく建物の中の魔物を掃討してくる事だってあったくらいだ。


 「魔獣は気にせず、怪我人の治療と補助に集中してください」


 「は、はいっ!」


 後衛組もそうだ。

 魔物や魔獣が襲い掛かって来ても、ミーヤさんが守りナオさんが仲間にバフや治療を施す。

 今日初めて組んだとは思えない程、しっかりと連携していた。

 だというのに、だ。


 「こっちは任せろ!」


 「あ、あの。そう前に出られては俺が攻撃しづらい……」


 「ぜぃっ!」


 盾持ちのライアさんがとにかく前に出るのだ。

 盾役はこなしており、しっかりと敵は押さえている。

 流石はランク3と言いたくなる程の腕前。

 彼の後ろに待機していても、ろくに抜けてこない。

 左右から援護するのはフレンとリオの役目であり、視界外から迫る敵に関してはミーヤさんが対処してくれる。

 今の所問題はなし、なのだが……些かライアさんが前に出過ぎる為、俺の仕事が無い。

 とはいえ俺がこの場を離れれば、後衛の防御が薄くなってしまうので離れられない。

 本当に、どうしたものか。

 今この場で、俺だけが役に立てていないのだ。

 そんな事をしている内に戦闘は終わり、何もせぬまま双剣を鞘に仕舞った。


 「リック君、もっと大胆に飛び出しても大丈夫だよ? それとも、守りに徹する剣術を教わっているのかな?」


 「いえ、そういう訳ではありませんが……」


 「怖いのは分かる、駆け出しの頃は私もそうだった。しかしもっと勇気をもって飛び出さないと」


 実際何も出来ていないので、反論する訳にもいかずグッと唇を噛んで耐える。

 何を言われても仕方ない状況なのだ、ここで口論になってしまえばパーティの空気を悪くする事になってしまうだろう。

 だが実際の所、俺とライアさんの位置が逆であれば……と何度思った事か。

 なんて事を思いながら、暫く彼にお小言を言われていれば。


 「そこまでです。ご教授しているつもりになっている様ですが、何故彼が私達の近くから離れないか。それをしっかりと考えながら喋っていますか?」


 眉を寄せたミーヤさんが、俺達の間に割って入った。


 「何故ってそりゃ、神官の近くに居れば安心するからでしょう。それに魔術師の援護もある。確かに接近戦は怖い事が多いですが、まずはその勇気を持たないと――」


 「思い上がりです、全ての駆け出しが貴方の時と同じだと思わないで下さい。縛りさえなければ、彼は先頭で一歩も引かぬ剣が振れます」


 「それこそ買いかぶりでは? メンバーをひいき目に見てしまう気持ちは、同じリーダーとして分かりますが」


 不味い、リーダー同士が口論を始めてしまった。

 俺が原因になったのだ、なら俺が止めないと……。


 「あ、あの! ミーヤさん俺は大丈夫ですから、その辺で。ライアさんもすみません、今後はもっと頑張りますので――」


 「そもそも、位置が逆。盾が前に出過ぎてるから、後ろを守る為にも兄さんがその場を離れられない」


 二人の喧嘩を止めようとしているというのに、火に油を注ぐ奴が現れた。

 勘弁してくれと妹を睨んでみれば、ベッと舌を出して返事をしてくる。


 「何を言い出すかと思えば……動ける魔術師が居るのですから、多少距離を開けるくらい問題ないでしょう。それに実際問題、私は敵を取りこぼしていない」


 「それは今の所。でも段々数が増えて来てる。あと、ミーヤさんに良い所見せようとしてるの丸わかり」


 「なぁっ!?」


 フレンの言葉に、火が付いたかの様顔を赤くするライアさん。

 やはりそういう意味合いも含まれていたのか。

 やけに前に出るし、必要以上に自身に敵の注意を引きつけているとは思っていたが。

 今までと違う意味で、ジトッとした眼差しを向けてみれば。


 「はいはーい、おしまい! もう日が暮れてきますし、今日はこの辺りで終わりにしましょう! ここで喧嘩する事じゃない上に、今周りから襲われたらどうするつもりですか? どこか休める場所を探すか、一旦戻るか、それから話し合えば良いだけです。どっちにしますかリーダーさん達!」


 意外な事に、強めな声を上げたのはナオさん。

 今まではずっと謝っているイメージしかなかったので、もっと気の弱い子なのかと思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。

 そんな彼女に気圧されたのか、皆「ウッ」と声を洩らしてから押し黙った。

 そして、ライアさんが一度深呼吸をした後。


 「廃墟とはいえ、しっかりした家屋も残っています。どこか一軒お借りして、今日はそこで休みましょう。ここまで進んだのに、メインキャンプまで戻るのは時間が惜しい」


 全員の顔を見回しながら彼が宣言すれば、誰しも黙ったまま頷いた。

 なんとも言い難い空気になってしまったが……明日から大丈夫なのだろうか。

 思わず小さな溜息を溢してみれば、ポンッと俺の肩に手が置かれる。


 「なんか、ごめんな? ホレっぽいし、ちょっと説教臭い所あるんだよ。でも悪い奴じゃないんだぜ? 心配してるってのは本当なんだ、アイツ」


 やれやれと首を振るリオに、そんな事を言われてしまった。

 不味いな、皆に気を使わせてしまっている。


 「そうなんだ……こっちこそゴメン、役に立てなかったのは事実だし」


 苦笑いを浮かべながら答えてみれば、彼はニカッと笑った後「はて」と首をかしげてしまった。

 何か疑問に思う事でもあっただろうか?


 「それでさ、フレンが言ってた“位置が逆って”、どういう事なんだ?」


 あ、そっちなのね。


 ――――


 「えっと、つまり? ナオが居るから、そっちのねーちゃん……ミーヤさんだっけ? が、動けない。でも本来の魔術師としては立ち位置は間違ってないけど、ミーヤさんはちょっと特殊でいざって時に対処しきれなくなる可能性があるから、リックがそういう時の為に……なんか良く分かんなくなって来た」


 携帯食料を齧りながら、リオがどかっとソファーに腰を下ろした。

 ずっと放置されていた廃墟にあった物だから、当然埃が舞いナオさんに頭を引っ叩かれていたが。


 「本来ならもっと分かりやすい筈なんですけどね、ウチのパーティは全員が動き回る上に私が中途半端ですから。足を止めてしまうと、どうしても普通の魔術師より劣ってしまうんですよ」


 本日の反省会をしている訳だが、当然明るい空気はない。

 どこか気の抜けるリオが居るから、まだこれくらいで済んでいるんだろうが。


 「えっと、でもそういう事なら確かに。ライアには下がってもらって、リックさんが前に出た方が良さそうですね。そもそも私が戦えれば、ミーヤさんが足を止める必要もないんですけど……すみません」


 「しかし彼の実力を俺達は知らない。安易に前に出させては一枚目の防波堤として機能するかどうか……全てを止めろは言わないが、数をろくに減らせず押し寄せられたら危険だ。斥候の二人も、俺のすぐ後ろになる後衛も。なにより彼が一番危険な立ち位置になってしまう。リック君はまだランク1なんだぞ?」


 思わずグッと言葉が出かかった所で、ナオさんが彼の鎧に向かって小石を投げつけた。


 「実力を知ることが出来なかったのは、ライアが前に出過ぎたからって言われたばかりでしょ? あといい加減言葉選び気を付けてよ。心配しているだけで、また喧嘩したいわけじゃないんでしょ?」


 その言葉に、今度はライアさんが言葉を飲み込んだ。

 仲間に対しては、結構強くモノを言うタイプなんだな……ナオさん。

 今の俺達の戦力は、ぱっと見バランスが良い様に見える。

 斥候が二人、守りと攻めの剣士が一人ずつ。

 魔術師と神官までいて、サポート態勢も整っている。

 だがそれは、あくまでも役割だけを見た場合。

 実際の所、安定しているのは斥候二人だけなのだ。

 今日の一件で良く分かったが、盾役が前に来られると俺は非常に動きづらい。

 長剣を振り回している人を避けながら戦おうとすれば、当然距離を空けなくてはいけないが、距離を開けようとすればフレンかリオが居るのだ。

 という訳で戦闘はもちろん、後衛の事を考えるとそこまで距離を取るのも望ましくない。

 理由としては先程ミーヤさんが言っていた通り、緊急時の対処が出来なくなる為。

 だからこそ、動けなくなる。

 今の所問題は起きていないが、この先も大丈夫だという保証はない。

 そして一番の問題は、実際の所後衛のバランス。

 こういうと責任を押し付けている様で嫌だが、どうしても今の状況では普通以上に守る必要が出てしまう。

 ミーヤさんの長所である身軽さを、ナオさんが潰してしまっている形になっているのだ。

 ナオさんが戦えない以上守る必要がある、しかしその役割をミーヤさんに与えてしまうと、彼女は絶対ナオさんの隣を離れられないし敵を回避する事も許されない。

 魔術師としては正しい位置に立っていたとしても、彼女の場合はそれでは弱い魔法しか扱えない魔術師、という扱いになってしまう。

 ではナオさんが悪いのかと言われれば、そうではない。

 本来の神官の立ち位置だし、何より全体を補助したり治療したりするのが彼女の仕事だ。

 もちろん多少でも戦闘が出来るのなら色々と変わって来るが、幾つも他人に求めるのは間違っている。

 そういうのはもっとランクが高かったり、余裕があるパーティが考える事だ。

 まぁつまり、何が言いたいのかというと。

 今のままではコレ以上進むのが危険だという事。

 少しだけ噛み合わない歯車の様に、全体のバランスが悪い。

 この形のまま安定させようとするなら、俺とミーヤさんが抜ければ多分済む。

 いや、俺が抜けるだけでも良いのかもしれない。

 ライアさんだって俺が居なければもっと下がるだろうし、今日だけの臨時パーティならミーヤさんの言う火力不足も目を瞑る事が出来る範囲だろう。

 何てことを考えながら、大きなため息を溢してみれば。


 「しかし、どうしたものか。リック君を前に出すとしても、防衛力という意味では……」


 「それなら私も前に出ます、リックさんとなら連携も慣れていますし。守る対象がナオさんだけになれば、貴方もそこまで大立ち回りしなくて済みますよね?」


 「魔術師を前に、なんて盾役の名折れなんだが……それに今日の動きを見る限り、周囲の警戒と敵の間引きが上手い。それは後ろに居るからこそ出来る事でしょう?」


 「それは斥候の経験と、魔術師の仕事ですから。後ろに居るから良く見える、というのは否定できませんが……」


 再び良くない雰囲気になって来た所で、リオが「はいっ!」と元気な声を上げながら立ち上がった。

 全員の視線が集まる中、彼はニカッと弾けんばかりの笑顔を浮かべながら。


 「調査って意味だったらフレンだけでも何とかなりそうだし、無理しない感じに動いてもらって、俺が下がるよ! リックと一緒に戦ってみてぇ! その双剣めっちゃカッコいいのに振ってる所見られないとか勿体ねぇよ!」


 なんだかちょっとだけ論点がズレた意見が飛び出して来た。

 えぇっと、コレはどうしたものか。


 「あ、大丈夫だぜ? ちゃんとリックのサポートって感じ動くから。ちょろちょろ動き回るけど、気にしないでぶん回してくれ!」


 グッと親指を立てて来るリオ。

 彼は基本的にこうなのだろう、多分。

 面倒くさい事は良いから、とりあえず楽しそうな方へ動こうとする。

 色々な意味のムードメーカーと言った所だろうか。

 その場合は確かにライアさんのいう盾持ちの威厳というのも保たれるし、ミーヤさんも後ろから観察しながら援護というのも出来るが……果たして、リーダー達の判断は。


 「しかしリオ、その場合フレンさんへの負担が……」


 「問題なし、一人なら一人の動き方がある。無理に突っ込んだりしないから、攻めて来る敵は増えるけど」


 「その分俺とリックで蹴散らして、抜けた奴はライアが止めれば良いだけだろ! 楽勝じゃん!」


 ちびっ子組にライアさんが封殺されてしまった。

 どうしましょう? なんてウチのリーダーに視線を送ると。


 「良いんじゃないですか? リックさんの腕を見るというのなら、それで文句はないでしょう?」


 乗ってしまった、ミーヤさんまで。

 まぁ悪くない配置であるのは確かだが、良いのだろうか?

 という訳で、皆がライアさんに視線を送って居れば、彼は溜息を溢しながら頷いて見せた。


 「では、明日はソレで行きましょう。しかし、リック君が実力不足だと感じた場合また陣形を変えますからね。一応言っておきますが、いじわるで言っている訳ではありませんから。皆の安全の為です、そしてなにより盾を持たない剣士は怪我や死亡率が高い。危なっかしい様なら、例え不満であろうと後ろに下がってもらいますからね」


 「えぇ、それは分かってます」


 ズビシッと指さされ、思わず苦笑いを浮かべていれば。


 「やったなリック! これで自由に動けんじゃん!」


 「う、うん。自由にって訳じゃないけど、よろしくね?」


 やけにテンションの高いリオに肩を掴まれてしまった。

 些か無理矢理感のある終着となってしまったが、確かに彼の言う通り動ける様になったのは事実だった。

 そして腕前を見せろと言われているのだ。

 だったら、明日は思いっきりやってやろう。

 今日はモヤモヤする事が多かったのだ、その分を明日発散してる。


 「ウチの兄さん、間違いなくそっちのリーダーよりか速いから、合わせるの大変だよ。力では負けるだろうけど」


 「マジで!? 今からめっちゃ楽しみだよ! んじゃ明日は前衛三人が滅茶苦茶走り回る日になるのか!」


 やんややんやと騒ぐリオに、緩く微笑みを溢すフレン。

 斥候二人は、本当に問題ない上に仲良くなっている様だ。

 もしかしたらフレンの奴、歳は離れていない癖に弟でも出来たような感覚になっているのかもしれない。

 とかなんとか思っていれば。


 「ウチのパーティメンバーが舐められたままでは、納得いきませんからね。明日は全力でやっちゃって下さい、リックさん」


 「りょ、了解です」


 未だちょっと不機嫌そうなミーヤさんが肩を叩いて来た。

 ミーヤさんでもここまで露骨に怒る事あるのか。

 ちょっと新鮮だが、今後彼女は怒らせない様にしようと心に誓うのであった。

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