第17話 旧市街


 幾人もの冒険者がゾロゾロと歩いていく。

 俺達もその一員な訳だが。


 「結局一緒になってしまいましたね」


 「ですねぇ……」


 「断る方が時間かかる」


 フレンはムスッとした顔で付いて来た三人を睨み、ミーヤさんは呆れ顔。

 俺はと言えば、どう言ったら良いのかと苦笑いを溢していた。


 「細かい事気にすんなよ! いいじゃん人が増えるんだからさ!」


 相変わらず元気な様子のリオは、俺達の先頭をズンズンと進んで行く。

 その隣では、ひたすらにナオさんが頭を下げ続けているが。

 なんだかこの二人は、いつもこんな事をやっているのだろうと簡単に想像出来てしまう光景だ。


 「すみません、ウチは普段からこんな調子で」


 申し訳なさそうにしながらも、ライアさんがニコッとウチのリーダーに微笑み掛ける。

 傍から見ていれば分かる、間違いなくミーヤさんに気があるのだろう。

 前回絡んで来た冒険者といい、この人といい。

 もしかして彼女は、結構冒険者達の中で人気なのだろうか?

 確かに美人だし、兎耳も可愛いし、わかるけどさ。

 再びモヤモヤしながら、視線を無理矢理外していれば。


 「大変ですね。しかしこういう行動を控える様に注意するのも、リーダーの役目ですよ」


 対するミーヤさんは、シレっと相手の言葉を受け流しながら歩き続けている。

 とてもでは無いが、未だ話しかけているライアさんと彼女が同ランクには見えない。

 戦闘になればまた印象が変わるのかもしれないが、今の様子は完全に“出来る女性”と“ナンパ男”だ。

 なんというか、リーダー同士でも雰囲気が違うのだ。

 やっぱりミーヤさんは凄いな、なんて思いながらウンウンと首を縦に振っていると。


 「ボンクラ兄、こういう時はすぐに助ける」


 後ろから、フレンに蹴っ飛ばされてしまった。

 とても痛い、痛いが。

 まぁうん、彼女の言う通りなのだろう。

 とはいえ会話の途中で割り込むのって、結構勇気がいるんだが……そもそも何を話せば良いか分からないし。


 「ダメダメな兄さんにアドバイス。今日のミーヤさん、魔道具じゃない指輪もしてる」


 ボソッと背後から声が聞えて来て、それに従い彼女の指に視線を移せば。

 確かに、いつもとは違う指輪をはめていた。

 彼女の戦闘スタイルもあり、基本的に杖を持たない魔術師。

 指輪や腕輪を媒体に魔法を行使する。

 そんな彼女の手には、大体いくつかの指輪が付いている事が常。

 でも今日は珍しく、魔道具の中に一つだけ違う銀色の光が放っていた。


 「あ、あのミーヤさん!」


 「どうしました? リックさん」


 今まで無表情で隣の人と会話をしていたのに、優しい微笑みを浮かべながら振り返って来た彼女。

 こういうの、ズルいと思うんだ。

 思わず、一瞬息を呑んでしまった。


 「えっと、その。指輪……なんですけど」


 おずおずと手元を指さしてみれば、彼女は微笑みながら片手を差し出して来た。


 「あ、やっぱり気づきますか? すみません、戦闘に関係ない物は身に着けるべきではないと分かっているんですが」


 「あっ、いえ! そんな事無いです! すっごく綺麗です!」


 自分でも何を言っているんだと思うが、そんな声を返してしまった。

 でも、実際にそう思ったのは確かだ。

 それこそ戦闘用に使っている指輪は、どれも武骨だ。

 お洒落というよりも、武器という言葉の方が合う気がする。

 そんな中に、一つだけ綺麗に光る銀色の指輪。

 妹に言われるまで気づかなかった俺が言うのも何だが、とても彼女に似合っている気がした。


 「ありがとうございます。コレ、母の形見なんですよ。たまに夢に見るんですよね、その時だけはつける様にしています。それからこっちは父の――」


 そう言いながら、彼女は服の首元を拡げて手を突っ込んだ。

 思わずギュンッ! と音がしそうな勢いで首を横に向け、視線を逸らしていれば。


 「リックさん?」


 「な、なんでもないです!」


 一瞬だが、本当に一瞬だが。

 普段なら絶対見えない場所の素肌が見えてしまった気がする。

 基本的に首元まで閉じている服を着る事が多い彼女。

 そんな人が急に首元を大きく広げ始めたのだ、普通に焦る。

 何てことを考えながら視線を戻してみれば、首から下げていたらしいもう一つの銀色の指輪を此方に見せていた。


 「こっちが父のです。見て下さい、仕事のせいで削れちゃって、一部だけ薄くなっているんですよ」


 楽しそうに語るミーヤさんは、身を寄せながら首に下げた指輪を見せてくる。

 その指輪は、彼女が指にはめているソレと同じ形をしていた。

 つまり、まぁそういう事なのだろう。


 「一生懸命なお父さんだったんですね」


 「えぇ、それはもう。鍛冶屋で働いてたんですけどね? 磨ぐのがとにかく苦手で、他の人に任せていたそうです。それで――」


 今までにないくらい、楽しそうに語る彼女。

 それでもミーヤさんの語る内容は、全て“過去形”だったのだ。

 本人が気づいているのかいないのか、いつもより少しだけ柔らかい声になっている。

 そんな彼女に可愛らしさを覚えながらも、同時に切なくなった。

 珍しい話ではない。

 両親を失った子供が、冒険者になるなんて。

 本当に、そこら中に転がっている話だ。

 俺とフレンだって似たようなモノだろう。

 違いがあるとするならば、それは父さんに拾われた事。

 俺達は幸運だったと言える。

 だとしても、だ。

 両親を失う悲しみは俺だって知っているのだ。

 もう過去の事かもしれないけど、今更何を言っても変わらない出来事だとしても。

 この人には、悲しい出来事にあわないで欲しいと思っている自分が居た。


 「ミーヤさん」


 「はい、どうしました?」


 声を掛けてみれば、彼女は不思議そうな顔で此方を覗き込んで来た。

 年上だけど、俺よりも小さくて。

 普段は格好良いのに、時折見せる少女らしさ。

 その一挙手一投足に、惹かれるのだ。


 「今は、その。幸せですか? 変な聞き方ですけど、楽しめてますか?」


 別に彼女の過去が特別不幸だったと同情するつもりはない。

 でも、今が楽しいと言って欲しかった。

 俺にフレン、父さんやファリアさん。

 それからたまに遊びに来るミサさんに囲まれ、共に過ごす今。

 それが彼女にとって幸せなモノになっていれば良いと、そう思った。


 「急に変な質問をしますね、リックさんは」


 「すみません……」


 自分でも変な事を言い出したと理解しているので、大人しく頭を下げてみれば。

 俺の首に、先程の指輪の付いたネックレスが掛けられた。


 「片方、預けますね。ちゃんと後で返して下さい。まぁ、そういう事です」


 「……はい?」


 良く分からない行動に困惑していれば、彼女は再び微笑みを浮かべる。

 偉く緩い、警戒心の欠片も無い様な微笑み。


 「形見を預けられるくらいには、信用していますよ? そんな仲間に囲まれているんです、幸せじゃないなんて言ったらバチが当たります」


 それだけ言ってから、彼女は俺の手を取って走り出した。


 「ホラ、もうすぐ旧市街です。私たちも頑張らないといけませんね」


 「ちょ、ミーヤさん! 皆歩いているんですから、そんなに走ったら目立ちますって!」


 手を引かれるまま走ってみれば、周りから冷やかしの声が飛んで来る。

 大体は年齢の高い冒険者だったりする訳だが、人によってはヒューヒューと口笛をならしている程。

 普通に恥ずかしい。

 が、彼女は止まってくれなかった。


 「ちゃんと守って下さいね? 私は斥候ではありますが、本来は魔術師ですから」


 「は、はいっ!」


 そんな会話を繰り広げながら、俺達は旧市街へと辿り着いたのであった。


 ――――


 「それでは各パーティで指定の場所を掃討してもらう。マップは受け取ったな? くどい様だが、仕事が終わった者や緊急事態に陥った場合はすぐにココに戻って来る様に。何かあった時の対処は、全員が協力して行うぞ。今回強敵は確認されていないが、だからと言って居ないとも限らない。皆気を引き締めて仕事に当たってくれ」


 今回監督役の冒険者が声を上げれば、各々が頷き手元にあるマップへと視線を落とす。

 旧市街、以前は普通に人が住んでいた場所。

 そういう意味も含め、かなり広い様だ。

 その一部を担当する事になった俺達。

 人数は六人、声を掛けて来たパーティも一緒だ。


 「なるほど。臨時パーティというのも、全体から見れば効率が悪いかもしれませんけど、俺達の生存確率は上がるって訳ですね。支払われる報酬は一緒みたいですし」


 「全てのパーティがコレをやったら、単純に探索の手が減るだけですからね。日数が増えるのであまり推奨される方法ではありませんが」


 本来二つのパーティを今回だけ一つとして登録するのだ。

 こういう手合いが増えれば、当然この依頼を達成するのに時間がかかる。

 更に言えばパーティ単位で報酬が支払われる依頼の場合、単純に分け前が減る。

 今回は各個人に支払われる様なので、その心配はないが。

 そして、人数が増えれば安全マージンがいつも以上に取れるのは確かだ。

 そういう意味では、かなり大きな保険と言えるだろう。


 「では、我々も仕事に向かいましょうか」


 「行こうぜフレン! 先頭は俺達だ!」


 「すみません、騒がしくて本当にすみません……」


 各々口を開く彼らが、自らの配置につく。

 リオとフレンが先頭を歩き、周囲を警戒し始める。

 まだまだ入り口と言ったところだから、本当の仕事は周りの冒険者と完全に離れた後になるだろうが。

 その後に続くのが俺とライアさん。

 双剣と、盾持ちの長剣使いでは仕事が明確に別れる。

 彼が引きつけ、俺が攻めるのだ。

 普段とは違う配置に少しだけ落ち着かないが、ひとつの仕事に集中出来るのは良い事だろう。

 俺は防御を考えず攻めれば良いだけ。

 そして後衛がミーヤさんとナオさん。

 ナオさんに関しては本当に攻撃手段が無いみたないので、ミーヤさんが近くに居てくれるのは有難い。

 彼女は動き回ることの出来る魔法使い。

 他の魔術師に比べれば威力は低いらしいが、それでも後ろを任せるには十分過ぎる程“出来る”事を知っている存在。


 「それじゃ、警戒していきましょうか」


 「そうだね、君達はまだランク1の駆け出しだ。無理はしなくて大丈夫、普段以上に注意するから安心してくれ」


 隣からそんな声が聞こえ、思わずイラッとしてしまった。

 負担になるみたいな言い方をするならそもそも組むなよ、と言いたくなるが……ココは我慢だ。

 俺が怒鳴り散らした所で今更配置は変らないし、この依頼の安全性を高められるのは確かなのだから。

 俺もフレンも、まだまだ弱い。

 だからこそ、他者の技術をその眼で見られる事は貴重な経験になる筈だ。


 「……足を引っ張らないように気を付けます」


 「君たちはいつも通りやってくれれば良いよ、後はこちらで合わせる」


 なんとも良い笑顔を向けて来るライアさん。

 コレは安心させるつもりで言っているのか、それとも煽り文句として受け取っていいのか。

 少々判断に困る程清々しい笑顔だなホント。

 本当に俺達の身を案じて声を掛けてくれているなら、今の俺は相当捻くれた受け取り方をしているのだろう。

 冒険者なら人を疑うのも当たり前だし、窮地で仲間に裏切られる、なんて事も珍しくないらしい。

 だとすれば、俺だけでも最後まで疑っておこう。

 心苦しいし、余計に疲れるけど。

 そんな事にはならないと信じてしまえば、安心して背中を任せられるのだろうが。

 それでも、何が起こるか分からないのが冒険者なのだ。

 だったら例え嫌な奴だと思われても、警戒するのだって仕事の内だ。


 「そうピリピリせず、肩の力を抜いて行こう。そういう点では少しだけリオを見習うと良い。アイツ程達観されても困るが、余計な力を入れるのは良くないよ? リック君」


 「はぁ、どうも……」


 やけに話し掛けて来るライアさんに、敵意などは微塵も感じられない。

 先頭を歩いている二人も、周囲を警戒しながらチラホラ話しはしている様だし……多分、悪い人ではないのだろうけど。


 「慣れるまで、時間が掛かりそうです」


 「ま、そればかりは仕方ないね。仲良くやろうじゃないか」


 ハッハッハと豪快に笑いながら肩を叩いて来る彼に対して、思わず小さなため息が零れたのであった。

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