第15話 デュラハンがポーションくれた
目の前には、良く分からない光景が広がっていた。
光線とも呼べる光の束が、すぐ近くを通り過ぎたかと思えば山の一部が吹っ飛んだ。
正直、自分でも何を言っているのか分からない。
だが実際すぐ近くに地面を抉る溝が発生し、目の前に居た筈のゴブリン達は蒸発してしまった。
「えっと……」
困惑している合間に、銀色の鎧が目の前を通り過ぎていく。
聖騎士と言われても納得しそうな輝きを放つソレは、やけにどす黒い大剣を振り回しながら残りのゴブリン達を端から片付けていく。
こんなにも潜んでいたのかと思わずにはいられない程、彼が大剣を振るうごとに悲鳴が響き渡る。
彼は片手で大剣を振り回し、もう片手には何故か女の人を担いでいる。
どこかの国のドレスだろうか?
煌びやかな装飾が施されているというのに、とてもスカートのスリットが深い。
銀鎧の彼が動き回る度に悲鳴を上げている気がするが、背後からみればちょっと目のやり場に困る景色が広がっていた。
「ドレ……じゃない! お前ちょっと止まれ! 流石にキツっ……ウップ」
「もう少しだから耐えろ! すぐ終わらせてやる!」
どこかで聞いた事のある声が周囲に響き、銀鎧は暴れ続けた。
あの、えっと。
間違いなく知っている人達な気がするんですが。
なんて事を思いながら唖然としていると、草陰から「ウキャー!」という気の抜けた悲鳴と共に、妹が吹っ飛んできた。
恐らく銀鎧に投げられたのだろう。
両手を拡げて妹キャッチしたが、ココで違和感を覚える。
俺は先程まで片腕を狼に齧られていた筈だ。
だというのに、今は両腕とも自由。
腕の中にフレンを抱えながら、齧られていた左腕に視線を向ければ。
「いつの間に……」
すぐ近くに、狼の頭が転がっていた。
その首元は熱線にでも切断されたかの如く、綺麗な断面が出来ており未だ肉の焼けた匂いを放っている。
恐らく最初の一撃と共に、“ついで”と言わんばかりにこの狼を魔法使いが始末したのだろう。
もはや唖然とするしかない実力差。
恐らく三人。
大火力を放つ魔法使いと、大剣を振り回す剣士。
そして何故か肩に担がれた女性。
たった三人、俺達と同じ人数。
だというのに、この場は彼等に“喰い尽くされた”。
圧倒的という他ない。
魔法も、剣も。
全てが俺達とは段違いだと感じられるソレ。
「兄さん……アレって」
「うん、突っ込んで良いのかな。コレ」
二人して顔を見合わせている内に、掃討が終ったらしい銀鎧が目の前に帰って来て、肩に担がれていた女性は吐いた。
うばぁぁって、盛大に。
そしてその隣に現れる魔法使いと思わしき仮面の女性。
「何してるの……父さん達」
そう声を掛けてみれば、魔法使いと銀鎧がビクッと身を震わせた。
何故か剣士の兜の中と、魔法使いの仮面の中が光っているんだが。
アレは突っ込まない方が良いんだろうか?
あと、ぐったりしたミサさんは額に何か紙切れが貼ってあるけど、ここは顔を隠す場面では無いのだろうか?
「な、何を言っているのか分からないなぁ!? 私は
「さっき光魔法使ってましたよね?」
普段よりやけに高い声を出す
それがいけなかったらしい。
「な、なにを言うか! あれは光っている様に見えるだけの闇魔法だ! 多分! ホラ、見ろ! この立派なデュラハンを! なんと、首が繋がっている! しかも強いんだぞ!」
「首が繋がっていたらデュラハンでは無いのでは……」
駄目だ、考える前に言葉を紡いでしまう。
思わず溢した言葉に、ネクロマンサーさんと首付きデュラハンさんがビシリと固まった。
相変わらず兜と仮面の中は緑色の輝きがビカビカしているが、アレはどういう原理で光っているのだろう。
それから、肩に担がれたミサさんは非常に辛そうな顔をしている。
そろそろ下ろしてあげた方が良いんじゃないだろうか。
「えっと、こっちの肩に担がれているのはキョンシーで、えっと」
「早めに休ませてあげてください。多分“乗り物”酔いですけど」
「……うん、そうだね」
認めちゃったよ、ズレた帽子から片方狐耳出てきちゃったよ。
何てことをしている内に、おずおずと手を伸ばし始めるフレン。
その先には、沈黙を貫いている銀鎧が。
「お父さん、ありがと。でも私達も、ゴブリンやっつけた。最後は失敗したけど、目標の数は倒した」
フレンがそう呟けば、銀鎧は近づいて来て俺達の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
「全部見てたぞ。良くできたな、頑張ったな。お前達は立派に仕事をこなした……と、首有りデュラハンは言っておく」
「そこは設定を突き通すんだ」
父さんの言葉に突っ込みを入れてみれば、彼は再び押し黙り、無言でポーションを差し出して来た。
見た事も無い、綺麗な色のポーション。
多分、相当お金が掛かる代物だろう。
ソレを受け取った瞬間、妹と二人して顔を見合わせた。
「「ミーヤさん!」」
忘れていた訳じゃないが、呆気に取られ過ぎてしまった。
腕に抱えた妹はすぐさま飛び退き、俺もポーションを握りしめたまま背後を振り返った。
そこには、苦笑いを浮かべた彼女が。
「全く、本当に心配性ですね皆さん。今回だって、上手くやれば――」
「上手くやっても、運が悪い事はある」
「……ですね、助かりました」
そんな会話を繰り広げた後、ファリアさんがハッと息を呑んで宣言した。
「こ、今回は運が良かったな若者よー! だが次は無いかも知れない! もっと鍛錬するコトダー!」
彼女が大きな声を上げれば、銀鎧の方もハッと息を呑みこんでから、とんでもないバックステップと共に暗闇に消えて行った。
あれで、隠しているつもりなのだろうか?
装備を変えても、あの魔法はファリアさんだったし。
あの剣技は間違いなく父さんのモノだった。
といかあんな巨大な大剣を片手で振る人を他に知らない。
肩に担がれているミサさんに至っては、顔さえ隠していなかったし。
非常に気の抜けた感じにはなってしまったが、とりあえずミーヤさんの治療に入る。
深く刺さった矢を掴めば、彼女は思い切り顔を顰める。
しかし、グッと奥歯を噛みしめて首を縦に振ってみせた。
「こういう時は、少しでも気を紛らわせる事の一つでも言うモノですよ。後は何か口に噛ませてくれると嬉しいです。痛みに耐える為に歯を砕いてしまう事や、舌を噛んでしまう事があるので」
痛みに涙を溜めながらも、彼女は無理に微笑んでそんなアドバイスをくれた。
ほんと、教えられる事ばかりだし助けられてばかりだ。
この人にも、皆にも。
「この布を噛んで下さい。あと、ミーヤさんに言っていない秘密を教えます」
「ふぁい」
差し出したハンカチを口に含んだ彼女に、真剣な眼差しを向けて改めて矢を掴んだ。
そして。
「好きです」
「ふぁ?」
その瞬間、彼女の太ももから突き刺さった矢を抜き放った。
結構深く刺さっていたらしく、彼女は呻き声を上げながら痛みに悶え苦しむ。
ソレを妹が押さえつけ、俺が先程父さんから貰ったポーションを傷口にかける。
なんだか随分と綺麗な色を放ったポーションだったので、彼女の太ももを抑えて慎重に注いでみた訳だが。
「うっ! ふっ……ふう……。まさかこんな傷に、エリクサーを使われるとは思いませんでした」
口に咥えた布を吐き出し、ミーヤさんがそんな事を言い放った。
エリクサー、今エリクサーと言っただろうか?
飲めばあらゆる病気を治し、どんな傷だろうが生きてさえいれば復元するとまで言われる幻薬。
さっきのが、ソレだと言うのか?
いや、流石にないだろう。
だってウチの父さんはランク3の冒険者だ。
実力はそれ以上にあると予想出来るが、そんな物を持っているとは思えない。
きっとちょっと高めなポーションだったのだろう。
ミーヤさんですら勘違いするくらい、高いヤツ。
それはそれで、とても大きな借りを作ってしまったような気がするのだが。
とは言え、助かったのだ。
俺達は生きているし、ミーヤさんの傷は治った。
ふぅ、と安堵の息を溢していれば。
俺は、ミーヤさんの腕により拘束されてしまった。
「なんですか、さっきのは」
ちょっとだけムッとした声を上げる彼女に抱えられた俺の頭。
緊急事態のラッシュだったので、兜は被っていない。
俺の耳には、随分と早い彼女の鼓動が伝わって来る。
声は落ち着いている癖に、胸の鼓動までは隠せなかった様だ。
「ミーヤさんでも慌てる事があるんですね、なんか新鮮です」
言葉を返してみれば、彼女は視線を忙しく動かしながら俺の頭を胸から放した。
真っ赤な顔をしながら、もにょもにょと唇を動かしている。
「そりゃ、ありますよ……年上ですし、先輩でもあるのでそう見せているだけです。戦闘だって、まだまだなランク3ですから」
ブツブツと呟く彼女は、改めて真っ赤な顔を此方に向けて来た。
「でも、さっきのは最低ですよ! びっくりした後、ものっ凄く痛かったんですからね!? 感情があっちに行ったりこっちに行ったりしましたよ!」
「それは、すみませんでした。なるべく今後は変な事は言わない様にします」
改めて頭を下げてみれば、脇腹にはフレンの拳が突き刺さった。
非常に痛い、何故こんなにも強く殴って来るのだろう。
睨んでみれば、俺の数倍強い眼力が妹から返って来る。
なんだ、俺が何かやったか?
思わずそう考えてしまう程の睨みが、妹からは向けられていた。
「言ったからには、言い切る。中途半端に引っ込めるの、カッコ悪い」
「なっ、ちが。別にそういうつもりじゃ」
言われて気が付いたが、そういう事になるのか。
確かに誤魔化している様な雰囲気になってしまったかも。
「相変わらず仲が良いですね、二人は」
クスクスと微笑みを溢すミーヤさんに、二人揃ってポリポリと頬を掻いてみれば。
「ホラ、困った顔も動作もそっくりです」
そんな事は……なんて言おうとした所で、フレンがビシッとコチラを指さして来た。
「ない。私は兄さんみたいにヘタレじゃない」
「おい」
いつも通りの雰囲気に戻った俺達は、馬鹿な事を言い合いながら再び歩き始めた。
皆疲れているけど、流石にゴブリン達の死骸の中で休む気にはならなかったので。
「でも、流石に疲れた」
「だな。ミーヤさん、足は大丈夫ですか?」
「えぇ、疲れはありますけど足は大丈夫です。後でドレイクさん達にはお礼をしなければいけませんね」
ポツリポツリと言葉を溢しながらも、山を下っていく。
しばらく歩けば、もう街道は目と鼻の先。
ついでに言えば、もうすぐ朝日が昇る事だろう。
結局、夜通し歩き続けてしまった。
フレンの言う通り、もうクタクタだ。
早く帰って眠りたい、でもその前に依頼の達成報告をしないと。
そもそも街までまだ歩かないといけないけど。
冒険者っていうのは、予想以上に大変な仕事だった。
命の危険はもちろん、現地に向かうまでだって時間と体力を使う。
いざ仕事が終わっても、すぐに休む事も出来ない。
本当に、大変な仕事だ。
でも。
「生き残ったぁぁぁ……」
「私達、だいぶ雑魚、身に染みた」
「それでも、結果が全てです。生きていれば、経験を積めばいつか強くなれます」
三者三様の声を洩らしながら、俺達は生まれ育った街へと足を運ぶのであった。
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