第13話 初陣2


 「居ましたよ、二人共準備は良いですか?」


 ミーヤさんの声に、俺達は静かに首を縦に振る。

 まるで昨日の再現の様だ。

 茂みの先には、ゴブリンが一匹。

 水を汲みに来たのだろう、革の水筒を川の中に突っ込んでいる。

 いくつかの水筒を持っている事から、もしかしたらそう遠くない場所に仲間が居るのかもしれない。


 「仲間が居るのかも、早めに片付けた方が良さそう」


 妹も同じ感想を抱いたらしく、頷き合ってから左右へと移動する。

 今はこちらに背を向けているゴブリン。

 大丈夫だ、やれる。

 ゴクリと唾を飲み込んでから、大きく息を吸いこんだ。

 離れた場所の茂みから、スッと一瞬だけ現れる妹の手。

 向こうも準備が整った様だ。

 こちらも茂みから少しだけ手を出し、指を三本立ててみせる。


 「シッ!」


 手を引っ込めて、三つ数えてから飛び出した。

 俺の足音に気付いて振り返ろうとしたゴブリン。

 だがそれと同時に、フレンの放った矢が敵の背中へと突き刺さった。

 グギャッという汚い悲鳴を上げながらたたらを踏むゴブリンに、片方の剣を振り下ろすが。


 「くそっ!」


 痛みに耐えながらもこちらから眼を放さなかったゴブリンは、片腕を犠牲にしてその首を守った。

 切り飛ばしたのは相手の左手首、残った腕は既にボロボロのナイフを掴んでいる。


 「兄さん、下がって!」


 フレンの声に従いすぐさまバックステップしてみれば、先程まで俺が居た場所に相手のナイフが通り過ぎた。

 もう一度! なんて意気込んで踏み込んでみたが、些か足場が悪い。

 川辺という事もあり、土が緩い。

 ズルッと靴の底が滑り、思った程の踏み込みが出来なかった。


 「援護!」


 「ん!」


 妹から放たれた投げナイフが足に深々と突き刺さった事により、更にバランスを崩すゴブリン。

 ヨタヨタする相手に接近し、両手の剣を振り上げる。

 胴がガラ空きになる様な姿勢。

 それを好機だと思ったのだろう、苦しみつつも相手がニッと口元を吊り上げたのが分かった。

 このままなら間違いなく腹を狙ってくる筈。

 切り裂いて来るか、突いて来るのか。

 攻撃態勢に入りながら注意深く観測していれば、腰を落として肘を曲げたのが見えた。

 突きが来る。


 「ぜいっ!」


 こちらに向けてナイフを突き出して来たその腕に、片方の剣を振り下ろした。

 手首から先を切り落とされ、悲鳴を上げるゴブリン。

 体を回転させてもう片方の剣を首に向かって薙いでみれば、けたたましいその声も止まる。

 手に残ったのは、やはりあの嫌な感触。

 でも、昨日とは全然違った。

 やけに体が固まる事も無いし、深呼吸すれば高ぶった気持ちは徐々に落ち着きを取り戻していく。

 ふぅ、とため息を溢した後討伐証明である左耳を切り取った。

 これで、依頼完了である。


 「お疲れさまでした、二人共。大丈夫ですか?」


 妹と一緒にミーヤさんが近寄ってきて、柔らかい微笑みを浮かべている。

 心配していたフレンの方も、昨日とは違いやり切った顔をしていた。


 「今日は、何とかなりました」


 「体調も問題なし」


 俺達の声を聞いて、安堵の息を溢すミーヤさん。

 その顔を見て、俺達兄妹はニカッと破顔してみせた。


 「でも、泥だらけ」


 「だな、俺もお前もドロドロだ。次はもっと上手くやろう」


 全く酷いモンだ。

 せっかく新品の鎧を貰ったのに、たった二日で物凄く汚してしまった。

 傷だって沢山ついている事だろう。

 でも、ちゃんと生き残った。

 依頼を達成する事が出来た。

 まずは、第一歩だ。

 二人揃ってブイサインをミーヤさんに向けてみれば、彼女もまた微笑みながら二本指を立てる。

 非常に長い二日間だった。

 移動も含めれば、実際にはもっとだ。

 たった三匹のゴブリンを討伐するのに、とんでもない時間を掛けてしまった。

 コレと言って戦利品の様なモノも無いので、大した稼ぎにはならないが。

 それでも、まぁ。


 「良い経験になった」


 「次は、もっと稼げるように頑張る」


 ふんすっ! とばかりに意気込みを固めてみれば。


 「ホラホラ二人共、そんなに気を抜くのは街に戻ってから――」


 言葉の途中で急に怖い顔をした彼女が、俺達を押しのけた。

 そして続けざまに、茂みに向かって魔法を乱射する。


 「退きます! 二人共走って!」


 一体何が起こったのか、その答えが茂みの向こうから姿を現した。

 ゴブリンが八匹。

 次々とこちらに向かって飛び出して来る。


 「ミーヤさん!」


 「いいから走って! 殿は私が勤めます!」


 多分、彼女一人なら何とかなるのかもしれない。

 でも今この場にはお荷物が二人もいるのだ。

 あの数に囲まれれば、間違いなく俺達では抵抗する間もなくやられてしまうだろう。

 情けない。

 思わずグッと奥歯を噛みしめながら、妹の手を取って走り出した。


 「兄さん!」


 「行くぞフレン! ミーヤさんも早く!」


 一目散に逃げだした俺達を、ゴブリン達は追って来る。

 やはり近くに仲間が居たのか。

 最初は警戒していた筈なのに、戦闘が始まってからはすっかり頭から抜けていた。

 ド素人丸出しも良い所だ。

 こっちは必死で走っているのに、やけにしつこく追って来るゴブリン達。

 時折ミーヤさんが後方に向かって魔法を放ってくれているが、アレが無かったらとっくに追い付かれていた事だろう。

 仲間がやられた事に激高しているのか?

 何てことを思いながらチラッと背後に視線を向けてみれば。


 「っ!」


 どう見ても、仲間の復讐をしようという顔では無かった。

 目の前に獲物に飛びつこうと、どいつもコイツも涎を垂らしてゲラゲラと笑いながら走っているのだ。

 醜い、あまりにも醜い笑顔。

 その視線の先は、ミーヤさんとフレンに強く向けられていた。

 俺がもっと強ければ、二人の事を守れるのに。

 俺がもっと強ければ、二人にあんな視線を向ける奴らから逃げる必要はないのに。

 奥歯が砕けそうになる程強く噛みしめ、悔しさを飲み込んで走り続けた。


 「ぐっ!?」


 「ミーヤさん!?」


 後ろから聞こえて来た苦痛の声に思わず振り返ったが、彼女は顔を顰めつつ首を横に振って答えた。

 追って来ているゴブリンの中には、ボウガンを手にしている奴もいる。

 もしかしたら背後から攻撃されたのかも。

 今すぐ彼女に駆け寄って確かめたい。

 でもそんな事をすれば間違いなく囲まれる。

 そうなれば、怪我どころでは済まなくなるのは眼に見えているのだ。


 「クソがぁぁ!」


 大声で叫びながら、涙を溢しながら。

 俺達三人は走り続けるのであった。


 ――――


 「今日はココで野営しましょうか。日が出て、視界が良くなってから移動しましょう」


 そう言って、火の準備をし始めるミーヤさん。

 その様子はいつも通りに見えるが、魔法を連発していた訳だし、それに。


 「体は大丈夫ですか? 逃げている時に、その」


 「休まなくて平気? ミーヤさん、怪我してない?」


 兄妹揃って彼女の事を覗き込めば、ちょっとだけ困った様に眉を下げながら微笑みを返されてしまった。

 そして急に上着を脱いだかと思えば、ジャケットの背中を拡げて見せた。


 「ドレイクさんに頂いたコレのお陰ですね。一体何の素材を使っているんでしょう、ほぼ真後ろから矢を放たれたのに貫通しない処か、ちょこっと傷が付いただけです。まるで打撃の様に感じました」


 彼女の言う通り、ジャケットの真ん中辺りにちょびっと傷の様なモノが付いていた。

 しかし問題はそこではない。

 相手が持っていたのはボウガン。

 フレンの物と比べれば安物に見えたが、威力はそう大きく変わらないだろう。

 そんなモノを、すぐ後ろから放たれたのだ。

 もしもこのジャケットが無かったら?

 間違いなくミーヤさんは致命傷を負っていた事だろう。

 紛れもなく、俺達のせいで。


 「すみませんでした……」


 「倒した後、早く退散すれば良かった……」


 二人揃って頭を下げてみれば、その頭にポンッと柔らかい掌が乗って来た。


 「大丈夫です、私は怪我一つしていません。冒険者というのは結果が全てです。依頼は達成した、全員生きている。初陣にしては上々じゃないですか。初めての仕事で命を落とす人は驚く程多いんですよ? でも、ちゃんと生き残った。そして明日になれば森を抜けられる距離まで来られました。だったら、今回の反省を次に生かせば良いだけです」


 何でこの人は、いつもこんなに優しんだろう。

 もしかしたら俺達のせいで、その命を失っていたかもしれないのに。

 駆け出しで、ダメダメで、迷惑を掛けてばかりの俺達。

 普通なら怒鳴り散らしたり、迷惑料を取られたって文句が言えない様な情況だろうに。

 ミサさんから俺達を頼まれたからって、命を掛けてまでやる事じゃない筈だ。

 だから、彼女が望むならパーティを解散しようと思う。

 俺達が迷惑を掛け続ければ、いつか本当に命を落としてしまうかも知れない。

 そんなのは、とてもじゃないが耐えられそうにない。

 なんて、思っていたのに。


 「頑張りましたね二人共、よく出来ました。二人とパーティを組んだのは今回が初めてですが、もう随分長い事共に生活をしている訳ですから。こう言っては恥ずかしいですが、二人を弟と妹の様に感じています。怪我が無くて良かったです」


 そう言って、彼女はふにゃっと表情を崩すのであった。

 ずるいと思う。

 こんな風に言われたら、いつまで経っても離れられなくなりそうだ。

 甘えてしまうかもしれない、また迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 そして、ちょっとだけ弟扱いされている事にショックを受けたりして。

 何とも言えない感情のまま、俺達は野営の準備を始めた。

 いつか、ちゃんと彼女守れるくらいの男になろう。

 いつまでも弟だなんて言われない様に、強い人間になろう。

 声には出せない決意を固めながら、バッグの中から携帯食料を出した瞬間。

 タンッ! と短い音を立てて、目の前に矢が降って来た。


 「っ! 敵だ!」


 準備していた野営道具を放り出し、すぐさま剣を構えて周囲に視線を投げる。

 が、良く見えない。

 明かりがない森の中なのだ、見える筈がない。

 それでも、ガサガサと草木を揺らす音が四方八方から響いて来る。


 「まさか、さっきのゴブリン? そんな……あんなに引き離したのに」


 「数、さっきより多い気がする……」


 ミーヤさんは青い顔をしながら掌を周囲に向け、妹もボウガンを片手にキョロキョロと視線を動かしていた。

 フレンの言う通り、周りから聞こえて来る音は先程の比にならない程多い様に感じる。

 見えないから余計にそう感じるだけなのか、それとも先程以上の集団に囲まれてしまったのか。

 こういう場合はどうすれば良い? 視界確保の為に火をつけて良いのか?

 それとも暗闇に紛れて逃げるべきか?

 判断出来ぬまま双剣を構えていれば、茂みの一部が今まで以上に揺らめいた。

 なんだ? と目を凝らそうとした次の瞬間。


 「リックさん! 伏せて!」


 声を上げ、手に持ったジャケットをバサッ! と振り回すミーヤさん。

 一体何が……なんて思っていた俺の眼の前に、コロンと矢が降って来た。

 なるほど、ボウガンだか弓だかを持っている相手は俺の事を執拗に狙っているらしい。

 最初に殺しておきたい邪魔者という事だろうか?

 そしてミーヤさんは、あのジャケットをマントの様な使い方をして矢を防いだ訳だ。

 しかし、状況は相変わらず良くない。

 相手も移動を続けている様で、常に周囲からガサガサという音が聞こえて来る。

 数も分からなければ、敵の姿も見えない。


 「二人共、走りますよ。道は私が作ります。合図と共に全力で走って下さい」


 「「了解」」


 彼女の言葉に声を返せば、ミーヤさんの両掌に魔力の塊とも言える黒い球体が発生する。

 ソレを一か所に向けて撃ち放ち、ドカンッという爆発音と共に土煙が上がった。


 「走って!」


 指示に従って、俺達は走り出した。

 荷物なんか置き去りにして、武器だけを手に一か所だけ出来た“抜け穴”から包囲を抜ける。

 この真っ暗な森を走るのは少々骨が折れるが、あの数の相手をするよりかはマシ。

 なんて事を思いながら、フレンと一緒に全力で走り続けていれば。

 ズンッという爆発音が、離れた位置から聞こえて来た。


 「え?」


 振り返ったその先に、ミーヤさんの姿がない。

 追って来ている敵の姿も見受けられない。

 何故? なんて事を考えてしまった俺は、自らをぶん殴りたくなった。

 どう考えたって結論は一つだ。

 ミーヤさんがあの場所に残っているから、敵が追って来ないのだ。


 「戻るぞフレン!」


 「ん!」


 今しがた走って来た道を、今度は全力で戻り始めた俺達。

 もしかしたら、俺達が戻ったら足手まといになるかも。

 彼女一人の方が、存分に戦えるのかもしれない。

 そんな事を思ったりもするが、両足は止まってくれなかった。

 速く、もっと速く。

 彼女の元へ戻らなければ。

 それだけを考えながら森を突き抜ければ。


 「兄さん! ゴブリンライダー! 数不明! ミーヤさん発見!」


 「こっちでも確認した! フレンは隠れて援護! 正面は俺に任せろ!」


 叫んでから双剣を構え、一直線にミーヤさんの元へと走った。

 すぐ近くまでゴブリンが迫っている。

 だが彼女は木を背にしたまま動かない、その足に矢を受けている為に。

 その場に留まり、必死に魔法を連射していた。


 「どけぇぇぇっ!」


 俺に気付いて集まって来たゴブリン達に対し、双剣を振り回しながら直進を続ける。

 何処からともなく矢やナイフが飛んで来て援護してくれる為、必要以上に傷を負うことなく彼女の元まで辿り着いた。

 ミーヤさんを庇う様に正面を塞ぎ、改めて双剣を構える。


 「なんで戻って来たんですか! 早く逃げて下さい!」


 「うるさいっ!」


 叫んでいる間も、相手の攻撃は止まない。

 ナイフや剣を持って突っ込んで来たり、急に矢が飛んで来たり。

 それらを打ち払い、矢を剣で撃ち落とし、無我夢中で二本の剣を振り回した。

 落ち着け、パニックになるな。

 模擬戦の時にフレンが投げて来たナイフの方が対処しづらかった。

 空中で曲がったり、投げナイフが囮だったりするのだから。

 ソレ比べれば、真っすぐ飛んで来るだけのボウガンなんて怖くない。

 タイミングを間違わなければ、撃ち落とせる筈だ。

 何てことを思ってみても、やはり幾つもの矢が俺の鎧に当たっては弾かれていく。


 「チッ!」


 耳を済ませろ、発射音を聞き逃すな。

 最悪致命傷になる場所さえ防げれば良い。

 刃物を持って襲ってくるゴブリン達だってそうだ。

 ライダーが数体居るからと言ってなんだ。

 ナイフの扱いなんか妹の方が上手いし、脅威なんて父さんの方がずっとあったはずだ。

 怖がるな、全力を出し切れ。

 それが出来れば、受け流せる。

 俺の背後に敵を通す事無く、防ぎきれ。

 時間さえ稼げば、ミーヤさんの魔法とフレンの飛び道具で徐々に数は減っていくはずだ。

 そう信じて、両手の剣を振るい続けた。


 「もう良いですリックさん! 予想以上に数が多いです! 二人だけでも逃げて下さい!」


 「だから、うるさいって言ってます!」


 悲痛な声を上げるミーヤさんに怒鳴り声を返しながら、目の前に迫ったゴブリンに片方の剣を叩き込んだ。

 が、運の悪い事に突っ込んで来たのはゴブリンライダー。

 やけにデカい犬……狼? に跨っていたゴブリン。

 そいつを串刺しにした事を怒ったのか、生き残った獣が俺の籠手に噛みついて来たのだ。

 ヤバイ、これは本気で不味い。

 何てことを思ったと同時に、暗闇の中から声が上がった。


 「は、放せ!」


 間違いなくフレンの声。

 聞いた限り、ゴブリン達に取り押さえられてしまったのかもしれない。

 今すぐにでも助けに行きたい。

 しかし背後には動けないミーヤさんが居て、俺も狼に齧られている状態。

 コレは、本気で終わったかも……。

 パーティ全滅という言葉が、頭の中に思い浮かんだ。

 あぁ、せっかく依頼を達成したのに。

 街に帰れば、美味しいモノが食べられるのに。

 ボヤッとそんな事を考えながら、自由な一本の腕だけでその後も続くゴブリンの攻撃を防ぐ。

 それでもやはり、先程よりも薄い防波堤。

 駄目だ、俺達はここで……。

 諦めそうになった、その時だった。


 「どぉぉらぁぁぁぁ!」


 暗い森の中に、腹に響く様な大声が響き渡るのであった。

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