第11話 巣立ち


 父さんが、また新しい女の人を連れて来た。

 なんて言うと非常に不純に聞こえるが。

 事実ではあるが、邪な意味は一切含まれていない。

 連れて来た、というより拾って来たに近い感じ。

 しかも今度の人は歳が近い、俺の一つ上だ。

 ミサさんやファリアさんなら大人の女性というか、父さんのお客さんってイメージは強かったが。

 こうも歳が近い人が居るというのは、流石にドギマギしてしまうモノで。

 更に言えば、父さんが出掛けてしまえば男は俺一人。

 いい加減慣れて来たという所に、まさかメンバー追加である。


 「リックさん、どうかしました?」


 「いえ、何でもないです」


 可愛らしい兎の耳を揺らす彼女が、コテンッと首を傾げる。

 その動作に合わせて、肩口で結んだ彼女の茶色の髪の毛が揺れた。

 駄目です、そういう行動は。

 俺の限界が更に限界突破してしまいます。


 「兄さん、むっつり」


 「それは違う! 断じて違う!」


 「ホラ、二人共ちゃんと集中してください。次行きますよ?」


 緩い声と共に、彼女の魔法が飛んで来る。

 現在、俺達三人は模擬戦中。

 ミーヤさんが得意とするのは魔法と隠密行動。

 斥候兼魔法使いという訳だ。

 その戦闘スタイルの影響なのか、彼女の魔法は兎に角発動までが早い。

 乱射してくると言っても良い程だ。


 「これは、流石にキツイな……」


 「剣で防御しようとするからですよ! しっかりと避けて下さい、回避できる脚力と判断力は有る筈ですよ!」


 歳の近い人から叱られると、何故こうもグサグサ来るんだろうか?

 グッと奥歯を噛みしめて、回避に集中して彼女までの距離を詰めていく。

 妹のフレンがすばしっこくかく乱してくれる為、こっちは手薄な筈なんだ。

 間違いなく決め手は俺に任せている筈、だったら頑張らないと。

 そんな事を思ってガツガツ接近していくと。


 「フレンさんに気を取られて気づかないとでも思いましたか!? 甘いです!」


 こちらにほとんど視線を向けていなかった彼女から、思いっきり魔法攻撃を喰らってしまった。

 腹にめり込む勢いで、そりゃもうとんでもない衝撃が体を後方に吹き飛ばす。

 また負けた、妹と二人掛かりだというのに。

 悔しさと情けなさを噛みしめながら、ゆっくりと意識は闇の中に消えていくのであった。


 ――――


 次に目が覚めた時、何やら柔らかい感触に頭が包まれていた。


 「あ、起きましたか? すみません、二人共強いのでなかなか手加減が出来なくて……」


 その声は、すぐ近くというか真上から聞こえて来た。

 間違いなくミーヤさんの声。

 思わず目をカッと開いてみれば、優しい微笑みを浮かべた彼女がこちらを見下ろしている。

 頭を動かしてみれば、やはり柔らかい感触。


 「あの、あまり動かれるとくすぐったいです」


 「すみませんすぐ退きます!」


 ガバッと起き上がってみれば、覗き込んでいたらしいフレンと激突した。

 互いのおでこが、それはもうガツンと音がするくらいの勢いで。


 「くっ、兄さん……コレは酷い……」


 「ご、ごめんフレン。まさかそこに居るとは思わなくて……」


 二人揃って額を抑えてぶっ倒れてみれば、再び後頭部に柔らかい感触が。

 視覚情報と、そしてこの感触。

 間違いなくミーヤさんの太ももの上に頭を預けている様だ。


 「気を失っていたんですから、あまり急に動かないで下さい」


 「いや、でも」


 「動かないで下さい、まだ治療中です」


 そう言いながら彼女は、俺と妹の額に手を乗せて呪文を紡ぐ。

 治癒魔法。

 本当にこの人は何でも出来るんだな、なんて事を思ってしまうくらい技術の幅が広い。

 本人から言わせると、どれも中途半端に使える程度だから低ランクなんだ。なんて言っていたが。

 コレって凄い事だと思う。


 「すみません……何というか、色々と。情けないです」


 諦めて目を閉じてみれば、クスクスと柔らかい笑い声が聞こえて来る。


 「剣を習い始めてまだ全然経っていないのに、ココまで出来れば上出来だと思いますよ? それに二人はとても連携が取れています。正直、羨ましいです」


 いつもそんな風に言ってくれるが、まだ一度も模擬戦で勝った事が無いのだ。

 一つしか歳の違わない彼女に、翻弄されっぱなし。

 俺としては、もう少し頼りになる所を見せたい所なのだが……。


 「後は、そうですね。こんな事を私が言って良いのか分かりませんが……リックさん、その武器やめません?」


 「はい?」


 次の一言に、思わずポカンと口を開けてしまった。

 俺が今使っているのは、両手剣。

 普通のモノより刀身が広く、重い。

 未だ父の様に大剣を振る事は出来ないが、いつかそうなりたいという想いの元、コレを選んだ。


 「あくまでも私の感想ですけど、“合っていない”訳じゃないんです。でも、まだ体が追い付いていない感じがします。結構剣に振り回される事もありますし、いざという時剣で防御する癖があります、でも防ぎきれない。無理にドレイクさんを真似ている感じがします」


 まさに仰る通り、ぐうの音も出ないとはこの事なのだろう。

 父さんに憧れたから、彼の様な大きな男になりたかったから。

 俺もまた、大剣を担ぐ事を夢見た。

 他の武器も色々と試させてもらったが、やはり憧れが強くこの武器を選んだ。


 「例えば一対一の状況で相手が自分より大きな相手、更には物理対物理なら十分通用するくらいの腕はあると思います。でも一対多、もしくは私の様に様々な攻撃手段を取って来る相手に対しては、どうしても遅れを取っている様に感じます。身体能力は高いのに、武器が邪魔をしている。そんな風に見えました」


 それはどこまでも優しく紡がれながらも、残酷な言葉だった。

 俺には、大剣を扱う才能がない。

 そう言われている気がして。


 「そもそも体格や体型が違う、身体の成長度合いが違う。全てドレイクさんを真似しても、いつか体を壊してしまう。そんな風に思えます」


 もうそれ以上喋らないでくれ。

 彼女に対して、こんな事を思ったのは初めてだった。

 ミサさんに迷惑を掛けたからと言って、ウチに転がり込んで来た彼女。

 当の本人は問題が解決したからと言って借家に戻ったが、ミーヤさんは俺達の教育係と言う事で家に残った。

 正直に言おう、一目惚れだった。

 柔らかそうな兎の耳を揺らしながら、優しい微笑みを浮かべる彼女に、俺は心奪われた。

 だというのに、俺はいつまで経っても情けないまま。

 目指している父の背中にも届かなければ、彼女にさえ届かない情けない実力。

 更には、担いだ剣はお前には扱いきれないと言われているのだ。

 こんな惨めな事ってあるだろうか?

 熱くなった目頭を隠すように、瞼の上に腕を置いた。


 「だったら、俺は……どうすれば良いっていうんですか」


 こんな質問、何の意味も無い。

 ただの八つ当たりだ。

 ソレが分かっていたとしても、口から零れてしまった。

 だというのに、ミーヤさんは笑った。


 「体に合った物を使うというのも一つの手段ですよ。もちろん、“今だけ”。どうしても大剣に拘りたいなら、止めません。私も全力でサポートします。でも、皆さん心配していますよ? 体に合わない武器は、体の成長を阻みますから。あ、知ってますか? ドレイクさん、子供の頃は斥候で、ナイフと弓を使っていたらしいですよ?」


 「え? 父さんが?」


 「軽いモノから初め、次に短剣長剣と覚え、最後に大剣に収まったらしいです。昔から身体強化が得意だった事も大きかったみたいですね。だから一通り武器の扱いは分かる、との事です」


 初めて聞いた。

 確かに他の武器の扱い方を知らなければ、多種多様に武器を切り替える妹の指導など出来ないだろう。

 だとしても、意外だった。

 なんというか、昔からずっと大剣を振るっているイメージしかなかったから。


 「だから、少しくらい寄り道しても良いんじゃないですか? 立ち回りや使い勝手は変わりますが、それも全て“経験”になります。体が成長しきった後、目指す先を目指す。それも一つの手だと思いますよ? なんて、私みたいな中途半端の塊が言っても説得力ないですね」


 そういって笑う彼女の言葉は、何故かスッと胸の中に染み込んで来た。

 何より、俺の拘りによって仲間が危険に晒される状況があるかもしれない。

 それを考えれば、今できる最善の物を選ぶべきなのだろう。

 生き残る為に、稼ぐために。

 個人の我儘など、その後だ。


 「もっと軽ければ、ミーヤさんに届く気がします」


 「では、普通の長剣とか使ってみます? でも今まで使っていた物がアレですから、もう少し特殊な武器の方が良いかもしれませんね」


 「もっと手数が増えれば、より攻撃的に攻められる気がします」


 「いっその事双剣にでもしてみますか? 筋力は十分にありますし、魔法の才能もありますから。ちょっと試してみても面白いかもしれません。あ、でも防御癖は直して下さいね? 少なくともこのパーティなら、貴方の後ろに守る人はいませんから」


 そんな会話をしながら、時間は流れて行った。

 若干不満そうな顔をする妹が、額を抑えながら腹の上に乗って来たが。


 「リックさんはリックさんですから、自分の好きな道を選べば良いと思いますよ?」


 「兄さんは夢見すぎ、お父さんに比べたらガリガリ。そんなんじゃ大剣マスターにはなれない」


 ミーヤさんからは微笑みを、妹からは辛辣な言葉を頂いた。

 このやろう、見てろよ。

 いつか父さんみたいにムキムキになってやるんだからな。

 何てことを思いながらも、回復した俺達は今日も鍛錬を繰り返すのであった。


 ――――


 月日は流れ、俺達は三人揃ってギルドへと訪れた。

 今日、俺と妹は冒険者として登録する。

 元々ランクが上のミーヤさんに案内されながらギルド内を進んで行くと、周囲から様々な視線が突き刺さるのが感じられた。

 ニヤニヤと小馬鹿にした視線や、こちらを心配するような視線。

 やはり同い年くらいの少年少女の冒険者も結構居るらしく、そちらからの視線も痛い。

 彼らが見ているのは……装備か?

 思わず自らの装備に視線を落としてみれば、確かに同年代の者達よりも立派な物を着ている気がする。

 それはまぁ当然の事といえば当然。

 なんたって今日の朝、父さんから貰った物なので間違いなく新品なのである。


 「ついにこの時が来てしまったか……いいな? 絶対無茶はするなよ? ミーヤの言う事はよく聞いて、常に注意を怠るな? 他にも――」


 やけに色々と注意事項を投げかけて来る父が、最後に取り出した武装の数々。

 今日の為に、準備していたそうだ。

 俺には刀身の幅が広いソリの強めな片刃の双剣と、動きやすそうな軽装の鉄鎧。

 妹のフレンには革鎧と、随分と薄い皮のコート。

 その他数々の細かい武器を貰って、それらを全身に隠す際に使えとの事。

 そしてミーヤさんには、指輪や腕輪と言ったアクセサリーの数々とジャケットが一枚。

 もちろん普通の装飾品な訳ではなく、魔法を使う際の杖代わりなんだとか。

 本人は遠慮して受け取ろうとしなかったが、もう作ってしまったからと言って無理矢理受け取って貰っていた。

 そんな訳で、今の俺達は身の丈に合わない武具の数々を見せびらかしている様なモノなのだろう。

 これはちょっと……嫌な感じで目立ってしまったかな。

 なんて事を思っていれば。


 「ようミーヤ。最近ギルドに顔出してなかったが、金持ちの愛人にでもなってたのか? どうしたんだよその装備、羽振りが良さそうじゃねぇか。いいよなぁ女は、金持ちに股開けば生活に困らないんだからよ」


 ニヤニヤした笑みを浮かべる男が、俺達の前に飛び出して来た。

 ミーヤさんより少し歳上くらいだろうか?

 首から下げているプレートは、彼女より高い4ランク。

 予想はしていたが、やはりこういう輩もいるのか。

 ギリッと奥歯を鳴らしながら睨みつけていれば、彼もまたこちらに気付いたらしく舌を鳴らしながら目と鼻の先まで接近してきた。

 何故こんなに近づく必要があるのかと思ってしまう程、おでこがくっ付きそうなくらいに近い。


 「見ねぇ顔だな、何か文句でもあんのか小僧」


 そう歳も変わらない相手から小僧呼ばわりか、随分と舐められているらしい。


 「貴方が何を喋ろうと勝手ですけど、不快なのは確かですね。あと近いです、離れて下さい。俺に同性愛の趣味は無いので」


 淡々と呟いてみれば、周りの冒険者からドッと笑い声が上がった。


 「バールド、お前まだ登録も済んでねぇ新人から舐められてるぞ!」


 「だははっ! 喧嘩売る時近寄るのは“そういう事”だったのかよバールド! どうした、そのままチュッと行っちまいたくなったか?」


 ゲラゲラと笑われ、顔を真っ赤にする彼はバールドというらしい。

 周りに黙れと叫び散らしている彼の敵意は、確たるモノとなり再び俺の方に向けられた。

 しかし。


 「バールドさん、ギルド内で揉め事を起こすのは感心しませんよ? 後でどんな処分があるか分かったものではありませんから」


 ため息を溢すミーヤさんがそう呟けば、彼はより一層眉を吊り上げ、腰に下げている長剣へと手を伸ばした。


 「うるせぇミーヤ! テメェは大人しく男に股開いてれば――」


 「いい加減不快。そろそろ黙らないとその舌引っこ抜くよ」


 背後から接近したフレンが、ナイフを引き抜き彼の口の中へと切っ先を突っ込んだ。

 相変わらず速い、おぉーなんて声を上げながら呑気に拍手を送っていた訳だが。

 周りからは「あっ」という声が幾つも上がり、一気に静かになってしまった。


 「フレンさん……それは駄目です。相手より先に武器を抜いたら、言い訳が効かなくなります」


 ミーヤさんまで頭を押さえながら、やれやれと首を振っている始末。

 コレはちょっと不味いかもしれない。

 どうしたものかと視線を彷徨わせていれば、妹は涙目でプルプルと震えながらこっちを見ていた。

 そのせいで、バールドという男の口の中ではカチカチと歯と刃がぶつかる音が聞こえて来る。

 口に刃物を突っ込まれている状態では、正直生きた心地がしないだろう。


 「えぇ~っと、俺達はまだ登録を済ませていない訳でして。そんな一般人に対して脅迫まがいな事をする冒険者が返り討ちにあった。とかどうでしょう?」


 とりあえずパッと思いついた事を口にしながら人差指を立ててみれば。


 「そりゃ良いな。処罰が簡単な上に、お前等が訴えでもしない限り面倒な書類を作らなくて済む」


 そんな声が、妹の後ろから聞こえて来た。

 まるで父さんの様な巨体。

 ガタイも良ければ、顔も厳つい。

 いつからそこに居た? そして何故その手にさっきまでフレンが持っていたナイフが握られている?

 思わず目を見開いて彼の事を見上げていれば。


 「話は聞いてる、お前等がドレイクの所のチビ共だな? 早速で悪いがちっこい嬢ちゃん、あとバールド。歯を食いしばれ」


 ペイッとナイフをそこら辺に捨てた彼が両手の拳を握り、二人に対してガツンッと音がする程のゲンコツをかました。

 バールドはその場で頭を押さえて蹲り、妹は頭を押さえたまま俺の背後へと隠れた。


 「初めまして、俺はここの支部長をやってるルドルフだ。嬢ちゃん、次からはもっと穏便に事態を収める事を覚えな。冒険者になりたいんだろう? あんなすぐナイフを抜いちゃ、どんな理由があってもお前さんが悪者にされるぞ」


 「し、支部長? この人が?」


 「デカい、怖い、痛い」


 涙目の妹は、俺を盾にしながらジッと彼の事を睨んでいるが。

 対する支部長はガッハッハと盛大に笑って見せる。

 更に、蹲っているもう一人を無理矢理立たせると。


 「バールド、てめぇは1ランクダウンだ。流石にここ最近目に余る行動が多いぞ」


 「そ、そんなっ!」


 「るせぇ! よりにもよってコイツ等に手を出そうとしやがって。新人いびりも程々にしろクソガキ。あと他所からもクレームが来てるぞ、外で威張り散らすのもいい加減止めろ。このままだと冒険者の資格を剥奪するしかなくなるぞ」


 吐き捨てるようにそれだけ言うと、彼は大きな両腕を拡げながら俺達にニカッと微笑みを浮かべて見せた。

 巨体なので、もはや威圧感しかないが。


 「ようこそ、冒険者ギルドへ。歓迎するぜ? ちびっこ共」


 彼の声と共に、周りからは何人もの冒険者たちが杯を掲げるのであった。


 

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