第10話 追跡者


 ミサと共に暮らし始めてから、はや一週間。

 コレと言って問題も起きておらず、我が家に家庭教師が二人になった様な状態で日々が過ぎていた。


 「おらぁ、朝じゃぞぉ! 飯じゃ飯じゃ、全員起きんかぁ!」


 カンカンカンとフライパンとおたまを鳴らすけたたましい音が響き渡り、俺と子供達は部屋からリビングへと向かう。

 住むからには何かやらせろと言う事で、彼女には食事当番を任せた。

 結果、我が家の食卓がやけに豪華になったのだ。

 起こし方は今の様に乱暴だし、昼間はいつも通りの仕事。

 夜は我が家で宴会というハードスケジュールにも関わらず、彼女は誰よりも早く目覚め食事を作ってくれる。

 しかも、旨いのだ。

 ゴキゴキと首を鳴らしながらリビングへと向かってみれば、朝食にしては豪華すぎる数々の料理。

 玉子焼きにソーセージなんて定番なモノから、小さな小皿に盛り分けられたパスタサラダや香り立つスープなどなど。

 更にはパンまで手作りなのだ。

 環境が整っているのに使わないのは勿体ない! だそうで。

 我が家のキッチンを誰よりも熟知している人物になってしまった。


 「おはようミサ、今日も悪いな」


 「何を言っておるか水臭い、世話になっておるのはこっちじゃ。なら、これくらいはさせよ」


 そういって、どこか照れくさそうにニカッと笑うミサ。

 全く、何故周りの男達は彼女を放っておくのか。

 大物商人の様な、懐が暖かい連中は周りに多いだろうに。

 こんな立派な嫁さん候補は中々居ないぞ。

 なんて事を思いながら席に着けば、子供達も眠そうな顔を浮かべながら腰を下ろしていく。

 そして。


 「狐娘……もう少し静かに起こせないかな。私は朝が苦手なんだ」


 「安心して眠っていてよいぞ? お前の分の飯は率先して作る気はない。好きなだけ寝て、家に帰って、乾パンでも齧っておれ。度々泊まりに来ては客間の一つを自室にしようとしている英雄様なんぞお呼びじゃないわ」


 「言うねぇ、商人風情が。その耳毛、むしってやろうかしら」


 「やれるもんならやってみろ、乳娘。英雄様とやらが、引きこもるか隣人に飯をたかりに来るしか出来んとは、恐れ入ったわい」


 寝起きで余り機嫌がよろしくないらしいファリアは、見事にミサとバチバチと威嚇しあっていた。

 この二人、仲が良いのか悪いのか良く分からない。

 ファリアがこれだけ言い合って手を出さないのだ、嫌ってはいないのだろうが。


 「ドレイク、こいつ敵だ。殺していい?」


 「ドレイク、こいつは色魔じゃ。泊めてやるのも考えモノじゃぞ?」


 二人揃って警戒態勢のまま、シャー! と猫の様に威嚇し合っている。

 まぁ、いつもの事だ。


 「いただきます」


 「「いただきます」」


 リックとフレンと一緒に手を合わせて、朝食に手を伸ばす。

 あぁ、やはり旨い。

 結構長い間友達をやってきたが、まさかこれ程までにミサが料理上手だとは知らなかった。

 こんな事なら、傭兵時代も飯を作ってくれと頼めば良かった。

 実に惜しい事をした気分だ。

 とかなんとか思いながらスープを啜っていると。


 「ドレイク! まずはこっちを何とかせんか! この極潰し色魔法使いを追い出すのじゃ!」


 「急に居座ったかと思えば随分な言いようだねペット枠! 悩みがあるみたいな空気を出して居座って、今じゃ奥さん気取りかい? 所詮君は居候だよ、い・そ・う・ろ・う! いやぁ、情けないったらありゃしない!」


 「こんの! 乳しか取り柄の無い英雄が何をほざくか! 貴様なんぞ引きこもりじゃろうがい!」


 「違いますー! 働かなくてもお金が有り余っているだけですぅ!」


 「はっ! ポッと出の金に目が眩む奴は大体そんな台詞を吐くんじゃ! 歳を取ってから金がありません職がありませんの敗北組は惨めよのぉ~」


 「……磨り潰す」


 「……やってみよ、相手になるわい」


 ファリアが杖、ミサが何かの薬品を取り出したあたりで大きなため息を溢した。

 リックに聞いた話では、俺が居ない時は結構上手くやっているという事なのに。

 何故毎日こうなってしまうのか。

 不思議で仕方ない、仕方ないが。

 コレ以上ウチのリビング暴れられては迷惑だ。


 「そんなに戦いたければ俺が相手になろう、どっちから来る?」


 パンを齧りながら、マジックバッグから大剣を一本引き抜いて肩に担いだ。

 コレクションの内の一本。

 赤い刀身に、黒いギザギザの刃。

 コレでもかって程に不穏な空気を放つその大剣を担いでみれば。


 「ごめんなさい、もうしません」


 「喧嘩せんから、そのヤバイ物を仕舞ってくれ……」


 二人はすぐさまこちらに向かって頭を下げた。

 全く、本当に仲が悪い訳では無いだろうに。

 何故こうもいがみ合うのか、謎である。

 それすら二人のじゃれ合い、仲の良い証なのだと言われれば俺も口を出さないが。

 些か二人共マジな装備をチラつかせ過ぎである。

 俺も、人の事は言えないのかもしれないが。


 「それじゃ、俺はギルドに行くから」


 大剣を仕舞ってから、皿を片づけ出勤の準備を始める。

 今日も仕事だ。

 昔に比べれば随分楽ではあるが、サボるつもりはない。

 準備を整えた後“鉄塊”を背負ってみれば。


 「お父さん、お弁当。いってらっしゃい」


 「いってらっしゃい、父さん。気を付けてね?」


 子供二人から、嬉しい御言葉を頂いてしまった。

 あぁ、父親ってのは良いな。

 毎朝こんな事を言って貰えるのだから。

 ニヤニヤする顔を兜で隠しながら、二人の頭を撫でてから弁当を受け取った。


 「ちょぉ!? 弁当を作ったの私じゃからな!?」


 「ドレイク、厄介な依頼とか来たらいつでも声を掛けてね。君の親友の魔術師様が駆けつけるよ?」


 同居人……一名は宿泊だが、まぁ二人の声も頂きながら本日も玄関を潜る。

 随分賑やかになったものだ。

 そんな事を思いながらも、俺は冒険者ギルドへと向かうのであった。


 ――――


 「あの、ドレイクさん。何かありました?」


 「いえ、なにも」


 「ピリピリしてるの、わかりますよ?」


 受付嬢のリタさんにそう言われてしまうくらいには、周囲の気配を探っていた。

 なんたって家を出てから、明らかに何者かがつけて来ているのだ。

 気配を隠そうとしているのは分かるが、こちらを観察しているのが伝わって来る。

 これで警戒しないのは、流石に無理だろう。


 「リタさん、尾行してくる輩や暗殺者などの不届き者が居た場合、ギルド内で対処しても問題にはなりませんか?」


 「え、えぇ。その手の類だった場合、法的に冒険者を守る立場になるのが私たちですから。犯罪行為を行った冒険者は別ですけどね?」


 はて、と首を傾げる彼女を横目に。

 その場で思い切り足に力を入れ、後方へと跳んだ。

 カウンターから真逆、入り口に近い位置。

 そこに身を顰めているであろう相手に向かって、拳を振り上げた。

 殺す必要はない、捕縛すれば良い。

 そんな事を考えながら、強く拳を握ってみれば。


 「う、うきゃぁぁぁ!」


 お、女の子?

 やけに高い悲鳴を上げながらその場で座り込む相手の真上に、こちらの拳が壁にめり込んだ。

 ガクガクと震える兎の耳を生やした女の子が、突き出した拳の下で震えている。

 不味い、やってしまったかもしれない。


 「ドレイクさん! 一体何を……」


 なんだなんだと集まって来る冒険者達をかき分けて、リタさんがこちらに走り寄って来た。

 そこに居るのは小動物の様に震えている女の子と、拳を壁に叩きつけている俺。

 どう見ても、こちらが悪者に見える状況だろう。


 「いえ、あのですね。これには訳がありまして……」


 「……事情を説明して頂けますか? 彼女、ウチの冒険者ですよ」


 とても良い笑顔のまま、ゴゴゴゴッとか聞こえてきそうな程顔に影を落としたリタさん。

 これは、非常に不味い事になった。


 ――――


 「ただいま……」


 「おう、ドレイク。おかえり、今日は随分と早いんじゃな?」


 丁度玄関に通りかかったらしい、エプロン姿のミサがすぐさま声を返して来た。

 視線をずらしてみれば、リビングでファリアから魔法を教わっている子供達も見える。

 普段なら帰って来たと安堵の息でも漏れそうな環境だというのに、今日はため息が零れた。


 「ミサ、お前がウチに転がり込んだ理由って何者からか尾行された、とかその辺りか?」


 ズバッと本題に入ってみれば、彼女からはウッ! と鈍い声が上がった。

 どうやら図星だったらしい。


 「どうして言わなかった? 命を狙われる様な事態だった場合、早急に対処が必要だったはずだ」


 ジロリと睨んでみれば、彼女は気まずそうに視線を逸らしながらポリポリと頬を掻いている。


 「いや、殺気は感じなかったらいつもの事じゃと思ったんじゃよ……実は結構あるんじゃ。商人やら貴族の若いのが求婚してきて、断ったらしばらく周りをウロウロする。とかの?」


 「しかし今回はやけにしつこいから俺の所に避難した、と」


 「すまん、確かに説明するべきだった。ドレイクの所で生活して、男が居ると思わせれば諦めるかと思ったんじゃが……なんかこう、お前も嫌じゃろ? 恋人のフリをしろとか、婚約者と思わせる様に振舞って欲しいなんて言われても。慣れておらん事をお願いしてもボロが出るだけじゃ」


 まぁ、確かに。

 そんな事をお願いされれば、すぐさま断っていただろう。

 俺にはそんな器用な真似が出来るとは思えない。

 ふにゃっと耳を折る彼女をコレ以上叱る気にもなれず、大きなため息を溢してから体を横にズラす。

 そして、俺の後ろから姿を現す昼間の少女。


 「えっと、そちらさんは?」


 「お前をストーカーしてた奴だ」


 「はぁ!?」


 そんな顔をするのも分かる、俺も最初は戸惑ったのだから。

 というかこの子に対して攻撃を仕掛けてしまったせいでリタさんからはお説教を、事情を聴いた支部長からは爆笑されるという散々な一日だった。


 「とある貴族からの依頼だったそうだ。結構な報酬を提示された上に、前金もそれなり。金に困っていたから飛びついたらしい」


 「どこのどいつじゃ! 他人をストーカーさせる様な依頼を出す馬鹿は!」


 ちなみに依頼内容はミサの弱みを掴む事。

 何やら商談を断られた事があるらしく、ハッキリ言ってしまえば逆恨みだったそうだ。

 しかし彼女に依頼する際は、ミサを随分と悪者に仕立て上げ、その証拠を掴んで欲しいと言って来たそうな。

 そして当然ミサからはボロが出ず、関係者であろう俺の事つけた所で捕縛された訳だ。

 かの依頼主はと言えば、現在お国の兵士達に捕らえられている。

 彼女の情報を元に、ギルドが衛兵達に通報。

 色々と他にも悪さをしていたらしい依頼主は、あっけなく連行されていった。


 「今日の帰りが早かったのは、兵士達と一緒にソイツの所に行っていたからか? どうせその娘っ子も現地に連れて行ったのであろう? 冒険者の娘の発言一つで、衛兵が貴族の館に突入すると思えんしな」


 「ま、そういうことだ。一応ギルドからも護衛を頼まれてな」


 「へいへい、お疲れ様じゃ。私からしたら、一発殴っておきたい所じゃがのぉ」


 そんな事を言いながらヒラヒラと手を振る彼女に対して、今まで押し黙っていた少女がスッと一歩前に出る。

 そして。


 「大変、申し訳ありませんでした……全身全霊を持って謝罪いたします……本当にごめんなさい」


 ウサミミ少女がぺたりとその場に座りこんだかと思えば、額を床にくっ付け始めた。

 ギルドでもこうだったのだ、ミサの潔白が判明した後は。

 俺に対しても土下座をかまし、支部長にもずっとペコペコしていた。


 「そのプレート、ドレイクと同ランクじゃろ? こんな気が弱そうなので冒険者が務まるのか?」


 彼女の行動に驚愕したミサは、パクパクと口を開閉しながら俺と少女を交互に指差して来る。

 俺がランクを上げていない事が原因な訳だが、こういう事を言われるとちょっと切ない。

 思わず視線を逸らしながらガリガリと首を掻いていれば、少女は必死な様子でゴリゴリと額を床にこすりつけていく。


 「本当にごめんなさい。お金がないので、賠償金とか言われても払えないんですけども……私に出来る事なら何でも……」


 「小娘、今“なんでも”と言ったな?」


 「ヒッ!?」


 彼女の一言と共に、ミサはニヤァっと口元を吊り上げた。

 反比例して、少女の顔はどんどん青くなっていくが。

 商人に対してその台詞は駄目だ。

 何でもするなんて言ったら、本当に何でもやらせて金にするのが商人なんだから。

 はぁぁと大きなため息を吐きながら二人の事を見守っていれば。


 「今度冒険者登録をする二人の面倒をしばらく見てくれんか? 右も左もわからない、ずぶの素人じゃ。悪い先輩にそそのかされても困るからの。武器の扱いはそこのドデカイのから教わっておるが、実戦は未経験。鍛錬の期間も短いから散々迷惑を掛けるじゃろう」


 「……へ?」


 「ミサ、お前」


 急にそんな事を言い出す彼女に、少女と共に驚きの表情を浮かべてしまった。

 ちょっとだけ照れくさそうにしながら、リビングからこちらを覗いている二人を親指で指す。


 「何だかんだ言って、やらせるつもりなんじゃろ? 冒険者。そしてお前は過保護な癖に、共に行動しようとはしない筈じゃ。それではあの二人が“楽”をし過ぎるからの。だったら見ず知らず輩に声を掛けられる前に、ある程度実力が知れた奴を付けた方が良かろうて」


 そう言ってから、少女が首から下げているプレートを指さす。

 なるほど、確かに。

 ミサに対して贖罪の機会を求めているなら、早々裏切ったりはしないだろう。

 そして何より二人と歳も近ければ、実力としても高すぎず低すぎずと言った所。

 悪くはない、ないが。


 「お前もファリアも、何故俺の行動を先読み出来る」


 「分かりやすいだけじゃ、馬鹿め」


 ヘッと笑いながら胸を張るミサ。

 なんか納得いかない。

 とかなんとか思っていると、俺よりも早くウサミミ少女が動いた。


 「了解しました。冒険者の先輩として、しっかりと務めさせていただきます。ミーヤと申します、今後ともよろしくお願いいたします!」


 やけに責任感が強そうな少女はバッと音がしそうな勢いで立ち上がり、ズビシッとばかりに頭を下げる。


 「とりあえず、しばらくは二人と打ち解ける所からじゃな。飯は食っていくか? 金がないなら空き部屋に泊まっても良いぞ?」


 「はい! ありがとうございます!」


 「もう、好きにしてくれ……」


 家主、俺だった気がするんだけどな。

 早くも子供達のパーティメンバーが決まった上に、今夜ウチに泊まっていくらしいミーヤ。

 これからどうなる事やら。

 色々と考えればため息が零れそうにはなるが、それでもまぁ。


 「賑やかになったもんだ」


 今は、それしか感想が出てこないのであった。

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