第9話 避難?


 「今日、コレ……お願いします」


 「ドレイクさん、大丈夫ですか?」


 カウンターに依頼書を持って行ってみれば、リタさんから非常に心配そうな瞳を向けられてしまった。

 いかん、顔に……というか気配に出ていたか。

 兜を被ったままだというのに、彼女からはとても心配した様子が伺える。


 「だ、大丈夫です。最近隣人が出来まして、毎晩飲みに来るくらいなので」


 「それはまた……ある程度ならまだしも、ここまで疲れる程の交流はよくありません。隣人とは言え、きっぱり断るとか出来ないんですか? 仕事に支障が出るからと言えば、ある程度は引き下がる気がしますが」


 やけに親身になってくれるリタさんに、乾いた笑いを溢しながらも手を振って答え、クエストを受注してもらう。

 最初に比べれば少しはランクが上がったので、今日はちょっとした大物狩り。

 とはいえ猪の魔獣とか、オーク数体というモノだが。


 「あ、あの。ドレイクさんはあまり他人に強く言うのが苦手みたいですから、私が言いましょうか? 冒険者の活動に影響が出るとなれば、担当受付の私が口を挟む権利はあると思います!」


 フンスッ! とばかりに握り拳を作った彼女が立ち上がるが、とりあえず肩を抑えて席に戻って頂いた。

 勘弁してくれ。

 ウチのお隣さんは、三英雄の一人なのだ。

 機嫌を損ねて魔法の一つでもぶっ放されたら地形が変わりかねない。

 そこまで怒りっぽい性格はしていないので大丈夫だとは思うが、もしもという事もある。

 事実しつこいナンパを繰り返す相手が、俺達を馬鹿にした発言をした時。

 他所の街で道のど真ん中にクレーターを作った事があるのだ。

 死人は出なかったが、責任を取って直す所までこちらでやった記憶がある。

 しかもその時の彼女は、指先一つでその火力を叩き出した。

 仲間である以上遜るつもりは無いが、怒らせたくない相手という訳だ。


 「とりあえず、しばらくすれば落ち着くと思うので大丈夫です」


 「そうですか? 本当に大変な時は言って下さいね? 私がガツンと言ってやります!」


 シュッシュッとその場でパンチを繰り出すリタさんだったが、そんな可愛らしいパンチではファリアには届かないだろう。

 殴った瞬間“カウンター”を使われ、その威力がその身に返って来る事が目に見えている。

 この子をウチのお隣さんに関わらせちゃいけない。

 改めて決意を固め、今日もまた仕事に行こうと踵を返した瞬間。


 「ドレイク! 待てお前! いい加減ランクアップの手続きしろ!」


 また煩いのが来てしまった。


 「前にも言っただろ、支部長……子供が居るんだ、独り立ちするまではすぐ帰って来られるクエストを受けるよ」


 そう答えながら振り返ってみれば、カウンターを乗り越えながらこちらを睨んでくる支部長様が。

 乗るな乗るな。

 カウンターは足を付けて良い場所じゃない。


 「だったら早く独り立ちさせろよ! 今いくつだっけか? もう冒険者になれる歳か!? すぐにでも登録してやる、仕事も斡旋してやる。連れて来い!」


 「もうすぐ二人共その歳にはなるが、そういう訳にもいかないだろう。まだ未熟だ」


 おっさん同士だからだろうか?

 彼との会話は随分慣れた、いつも話しているリタさんも同じ事が言えるだろうが。

 他の冒険者などに声を掛けられた場合、未だに「あぁ」とか「そうか」とかしか答えられない。

 いい加減この状況もどうにかしないと、なんて事を思いながら随分と時間が経ってしまった訳だが。


 「だったら早く鍛えろよぉぉぉ! いや、もうすぐにでも連れて来い! 俺がお前とは別の方面で鍛えてやる! だからお前はランクアップして面倒な依頼を片づけろ!」


 「……断る、日帰りで帰って来れなそうだ」


 「お前はぁぁぁ!」


 ウガー! と吠える支部長を尻目に、心の中で謝りながらギルドを後にした。

 俺一人だったら、確かにランクアップも悪くない。

 自由気ままに、数日野営してでも依頼をこなすのは苦では無かった。

 しかし、今の俺には子供が居るのだ。

 もう一人で留守番出来る歳だったとしても、今までの経験もありあまり子供達だけにはしたくない。

 俺が家を空ける様な依頼を受けるのは、二人がしっかり独り立ちしてから。

 そんな風に考え、もう一年。

 冒険者のランクは、初心者の“1”から現在“10”にまで分かれる。

 俺の今のランクは3。

 4以上になれば少し離れた村などの依頼も含まれ、数日家を空ける事もよくある。

 5より上のランクとなれば、指名依頼や緊急依頼も強制参加となる。

 冒険者であれば当たり前、というかソコを拒否するヤツなどほとんどいない状況。

 そうじゃないと稼げない職業。

 だというのに、俺はランクアップを拒否していた。


 「さて、今日も狩りますかぁ」


 なんて一言と共に、俺は今日もまた国の門を超えて森の中へと足を踏み入れるのであった。


 ――――


 「今日は、どうじゃった?」


 「……何だか元気ないな」


 ペタンと萎れた耳を晒すミサに、思わず声が漏れてしまった。

 何というか、暗いのだ。

 耳は垂れているし、尻尾もずっと垂れ下がったままだ。

 疲れた様な表情を晒しながら、テーブルに上半身を投げ出している。


 「今日はオークだったよ。依頼は数匹だったが、巣を見つけてな。とりあえず潰した」


 「ハハッ、流石英雄様じゃ……」


 やけに乾いた笑みを浮かべながら、彼女はビールを口に運ぶ。

 そして再び干からびる。

 本当に、どうしたのだろうか?


 「なぁミサ、悩みがあるなら相談してくれ。俺達は友達だろう? だったら、何か助けてやれる事があるかもしれない。どうした、今の仕事が辛いか?」


 どう見ても普通じゃない様子のミサを見ていれば、こんな台詞だって平然と出て来るというものだ。

 それくらいに、干からびている。

 しおしお狐だ、モフモフしていない。


 「うぅ~……やっすい同情なんぞしおって。なんじゃ? 私が仕事を辞めたい、しばらくお前の所で世話になりたいと言ったら面倒見てくれるのか?」


 テーブルに突っ伏した狐娘が、ジトッとした眼差しをこちらに向けて来る。

 こんなミサは初めて見た、それ程疲れているのだろう。

 そんな彼女の頭に手を置いて、静かに頷いた。


 「俺とお前の仲じゃないか。しばらく休んで、宿代が出来るまではウチに居たって良いぞ? それにホラ、子供達にお前の技術やら金の使い方を教えてやってくれ。それでも十分お釣りがくる、お前は頑張ってるよ。仲介人のミサ・ルートリヒと言ったら商人なら誰でも名前が通るくらいに有名だからな」


 何やら疲れ果てている友人の頭をポンポンと叩きながら、そんな台詞を吐いてみれば。

 ギュンッ! とばかりに、狐耳が立った。

 お、おや?


 「言ったな?」


 「お、おう?」


 顔を上げたミサからは、随分と鋭い眼光が返って来る。

 何か間違っただろうか?

 いや、友人が弱っていて手を差し伸べただけだ。

 何も間違えてはいない筈……なんて思ったりもするのだが。

 何故彼女の尻尾はブンブンと勢いよく振り回しているのだろう。

 まさか本当に今夜寝泊まりする宿も無い程、生活に困っていたのだろうか?

 だとすると、こんな所で飲んでいる場合ではないが。


 「ミサ、正直に言ってくれ。金に困っているのか? 生活に困っているのか?」


 真剣な表情を浮かべながらそう呟いてみれば、彼女はしばらく考え込む様に視線を逸らし、キッと顔を引き締めてからこちらに向き直った。


 「困っているといえば、お前は無条件に信じるじゃろう? だから、あえて言おう。金には困っとらん、生活にも困っとらん。しかし、コレは私の強がりじゃ。困ってはおらんが、困っておる」


 「なぞなぞか何かか?」


 どうしたものか。

 彼女からは不思議な返事が返って来てしまった。


 「結果として、私は困っておる。だから、お前の家でしばらく生活したい」


 「あぁ、そうなのか? 別に構わないが……」


 「言ったな!? 言質は取ったぞ!?」


 「お、おう。構わないぞ? アイツ等もミサには慣れているからな」


 反射的に言葉を返してみれば、ミサは随分と嬉しそうに耳をピコピコと動かしながら酒を呷り始めた。

 なんだ? どうした?

 最近商売が上手く行っていないとか、そういう事なのかと思ったのだが。

 彼女は上機嫌で酒を飲んでいる。

 そんなに飲んで支払は大丈夫なのか? とか色々気になる所ではあるが、ミサは緩い笑みを浮かべながらこちらに向かってニヘラッと笑いかけて来る。


 「そんじゃよろしくのぉ、ドレイク」


 「あ、あぁ。どうした?」


 彼女であればファリアの様な悪戯を仕掛けて来る事も無いだろう。

 そして子供達に対して、教育上よろしくない恰好をする事も無いだろう。

 なんて事を思って普通に了承してしまった訳だが、果たして。


 「ちなみに、子供達に良くない教育をした場合は追い出すからな」


 「子供の前では普通にするさね、私もあの二人は気に入っておる」


 グビリとビールを飲み干す彼女は、非常に上機嫌。

 とはいえ、言動はしっかりしている様で。

 なら、まぁ安心なのだろうか。


 「分かってるんだろうな? お前はアイツ等の教育係だからな?」


 「わーっとるわい。私はアイツ等に金の使い方を教え、世界の広さを教える。金の優位性を教える、それで良いのじゃろ? なら得意分野じゃ!」


 そんな事を言いながら、友人は酒を飲み続けた。

 些か不安が残る状態ではあるが、今日は友人の不満をぶちまける場として付き合った。


 「おらぁ! ドレイク、呑まんか!」


 「酔い過ぎだ、帰れなくなるぞ」


 「だったらお前が家まで担いで行けば良いじゃろうが! なんたって今日から一緒に住むんじゃからなぁ!」


 「今日からなのか……」


 何だが良く分からないが、しばらく同居人が増える事が決定した瞬間であった。

 まぁ、何とかなるだろう。

 ミサなら子供達も慣れているし、ファリアとも顔馴染みと言える。

 こういう言い方は良くないかもしれないが、ファリアが転がり込んでくるよりも心境としては楽、といった所か。

 こんな事ばかり言っているから、勇者からは「枯れるにはちょっと早い」とか言われてしまった訳だが。


 「まぁ、なんにせよそろそろ帰るか。あまり腹いっぱいにしたら夕飯が入らなくなる」


 「おう! 帰ろう帰ろう! これで安心して眠れるってもんじゃ!」


 「本当に何があったんだよお前は……」


 そんな言葉を交わしながら、俺達は我が家へと足を向ける。

 はてさて、詳細は教えてくれなかったが何に困っているのやら。

 やけにテンションの高くなった友人と並びながら、暗くなった街中を歩いていくのであった。

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