第8話 魔女の力(金)
「これは、どういう状況だ?」
家に帰ると、随分と懐かしい顔があった。
「やぁドレイク、久しぶりだね。最近面倒事が片付いたから遊びに来たよ」
相も変わらず落ち着いた様子で、過去一緒に旅をした仲間がこちらを振り返って来た。
ファリア・シリンディア。
勇者パーティの一人であり、天才と呼ばれた魔術師。
現代魔法書の図書館とまで言われる程、彼女の知識は広く深い。
そんな魔術師に、何故か我が子二人が授業を受けているではないか。
「おかえり父さん。ごめん、まだご飯準備出来てない」
「でも、もう少し待って。もうちょっと、勉強」
やけに真剣な様子の子供達は、必死に魔導書と睨めっこしながらファリアの指導を受けている。
俺も彼女から魔術を教わった事があるので、気持ちは分かる。
彼女の授業は一つずつ出来る事を増やしていく方針の為、非常に“面白い”のだ。
出来る事が着実に増えていき、出来た事に対してもっと理解を深めさせる。
そんな授業を行うのが、ファリアという魔女であった。
「これはしばらく掛かりそうだな……ファリア、晩飯は食べていくか? さっと食べられそうなモノでも用意するよ。久しぶりに会ったんだ、酒でも飲もう」
「頂くよドレイク。二人が落ち着いたら、ゆっくりと話でもしようじゃないか。なに、酒の席だ。存分に喋ってくれたまえ。色々すっぽかしたり、私達を置いて姿を消した事も含めて」
「別に姿を消した訳じゃ……」
やけにギラつく視線を向けられながら、俺はいそいそと食事の準備を始めるのであった。
――――
「二人共眠った。悪かったな、こんな時間まで。今日は泊って行ってくれ、部屋は空いている」
「そうさせてもらうよ。しかし驚いた、ドレイクに子供が出来ていたなんてね」
こちらが差し出したグラスを受け取りながら、彼女はクスクスと上品に笑って見せる。
旅の間何度も思った事だが、本当に美人だ。
落ち着いた態度も、ゆったりとしながらも隙の無い動作も、非常に絵になる。
「どうしたんだい? 久しぶりの美女を見て、見惚れているのかな?」
「まぁ、そうだな。お前は美人だ。俺みたいなおっさんから言われても、嬉しくはないだろうが」
「そ、そうでもないさ。もっと褒めてくれても良いんだよ?」
そんな事を言いながら、プイッとそっぽを向いてしまうファリア。
たまに見せるこういう子供っぽい動作も、彼女の魅力だと言えよう。
思わず懐かしくなってククッと喉を鳴らしてみれば、彼女からは少しだけ不機嫌そうな視線を頂いてしまったが。
「それよりも、今日はどうしたんだ? 今じゃ三英雄なんて呼ばれる大魔法使い様が、急にこんな場所まで足を運んで」
「それはドレイクが兜を取ってくれたら話そう、いつまで被っているつもりだい? それから、そう呼ばれる度に否定しているが私たちは四人だ。三英雄ではないよ」
「相変わらず、頑固な奴だな」
溜息を溢しながら兜を取り去ってみれば、明らかに彼女の口元が緩くなった。
あぁもう、こんなおっさんを見ながら酒を飲んでも楽しくないだろうに。
「ちょっと白髪が増えたかな?」
「おでこも徐々に後退中だよ、ちくしょうめ。不細工に更に磨きが掛かっちまった」
「ドレイクは自虐が過ぎるよ。私は好きだよ? 何より目が良い、力強くも優しい色をしている。兜に隠してしまうのが勿体ない。ちょっと広くなったおでこも可愛らしいと言える範疇だ」
「言ってろ。この面をお前達の隣で平然と晒せる程、俺は神経図太くないよ」
「相変わらずだねぇ」
そんな事を言いながら、ファリアは静かにグラスを傾けた。
その動作ですら、目を奪われてしまいそうな程。
やはり、式典などには参加せず正解だった。
皆が憧れる者の姿とはこうでなくては。
俺はひっそりと暮らす方が性に合っている。
「というか、アイツ等に魔法を教えてくれたんだな」
「……迷惑だったかい?」
ポツリと呟いてみれば、彼女は少しだけ不安そうな声を洩らした。
ソレに首を横に振って答えてから、二つのグラスに更に酒を注いでいく。
「いや、ありがとう。俺じゃ身体強化くらいしか、しっかりと教えられなかったから」
「それなら、良かった。彼等は冒険者になりたいそうだ、なら生き延びる術は多い方が良いと思ってね。基礎の基礎は今日叩き込んでおいた。二人共優秀だよ」
「冒険者、ねぇ」
「心配かい? でも、予想はしていた筈だよ。傭兵になりたいと言い出すよりかはマシさ」
グラスを揺らしながら、彼女は嬉しそうに少しだけ口元を吊り上げる。
こういう時に、彼女は笑うのだ。
出会った当初なんて、ピクリとも表情を変えなかったというのに。
魔法を教えた相手が上手くできた時、その魔法を上手く活用できた時。
または、教えた者が魔法によって成長している時。
彼女の表情は柔らかくなる。
学園に戻り生徒を持つ事になったと聞いていたから、きっと最近は笑ってばかりいるのだろう。
戦場と旅の間しか知らない俺には、ちょっと想像出来ないが。
何てことを思いながら、こちらもグラスを傾けてみれば。
「あ、そうそう。子供達の話も良いが、私の話をしよう。しばらくココに居ても良いかな? 今の私は“無職”なんだ。だから泊めてくれ、彼等の家庭教師をしようと思う」
傾けたグラスは口まで届かず、ダバダバと膝の上に酒を溢してしまった。
「お前は、何を言っている?」
「学園に戻っても魔法の授業どころか武勇伝ばかり求められてね、嫌になって辞めて来た。辞めるまでに随分と時間が掛かってしまったが……なので、今の私は金と実力と魔法知識がある極潰しという訳だ。拾ってくれるかい?」
やけに挑発的な視線を向ける彼女は、口元を吊り上げながらこちらを上目遣いに見上げて来るのであった。
やっぱり、顔の良いヤツはズルいと思う。
こんなの断れる男がいれば見てみたい。
とはいえまぁ、断るんだが。
「無理」
「どうしても駄目かい? どうせアレだろ、結婚もしていない若い男女が同じ屋根の下で~とか考えているんだろう?」
「お前は若いが俺は若くない。という事で、お前に悪い噂が立つ。無理」
「そこをなんとか。旅の途中なんて、何度も同じテントで寝ていたじゃないか。それにホラ、この近隣にはお隣さんと呼べる程の距離に家がない。噂なんて早々出てこないよ」
「旅の途中の野営テントと持ち家を一緒にするな。無理、どこかで宿を取れ」
ピシャリとお断りの言葉を紡ぎながら、今しがた傾けた筈だったグラスに口を付ける。
しかし、空。
全て膝の上に溢してしまったらしい。
「別に他人が何と言おうと良いじゃないか……それともアレかい? 私がこの家に住み始めたらムラムラして大変なのかい?」
飲んでもいないのにおかわりを注ぐはずだったグラスから、これまた盛大に酒が零れた。
ビシャビシャビシャっと派手な音を立てて、今度は全てテーブルに呑まれてしまった。
あぁくそ、調子が狂う。
「そういう意味も含めて、無理だ。変な所で気を起こして、間違いでも起きたら困る」
「私は一向に構わないけどねぇ」
「例え酔っぱらってもそういう冗談は俺以外に言うなよ? こんな年齢のおっさんにソレを言ったら、間違いなく連れていかれるぞ」
「心配してくれているのかい?」
「お前の貞操と、相手の命をな。一夜の過ちのせいで、ソイツの亡骸が街中に転がるようじゃ困る」
「相変わらず、堅物だねぇ」
クスクスと笑いながらファリアは空中に文字を描き、何かの呪文を唱えてから指を立てた。
「ほいっ」という気の抜けた声と共にその光は夜空へ向かって飛んでいき、やがて視界から消える。
「誰かに伝言か?」
「ちゃんと覚えていたんだ。さっきの魔法」
そりゃまぁ、連絡用にと彼女から教わった魔法の一つなので。
しかし“アレ”が届くと結構驚くのだ、特にファリアの伝言は。
窓や壁など関係なく突き抜け、光る文字が目の前に飛んで来る。
伝書鳩なんかを使うよりずっと早いし確かなのは認めるが、彼女の場合ちゃんと読み終わるまでベルが鳴ったり花火が鳴ったりと色々なのだ。
受け取った相手からしたら、迷惑どころの話ではない。
しかも、今の時刻は深夜。
普通の人なら、間違いなくあの連絡で叩き起こされる事になるのだろう。
もちろん他の人間が使えば、そこまで便利な魔法という訳ではないのだが……。
「私を誘う人間は多くとも、誘いを断る人間は滅多にいない。その意味を噛みしめるが良いさ」
「どういう事だ?」
「なに、明日には分かるよ」
それだけ言って、彼女は上機嫌のまま再びグラスを傾ける。
本当、誰に何を送ったのやら。
こうなった彼女の行動は、多分もう止められない。
何やら悪巧みをしているようだが、果たして。
頭が良くて、冷静な態度だって取れるのに。
こう言う所だけは、子供っぽいのだ。
「あまり他人に迷惑掛ける事はするなよ?」
「君は私の父親かね、相変わらず酷い言いようだな」
そんな事を言い合いながら、俺達は酒を呷った。
久しぶりの再会なのだ、今日くらいは深酒しても良いだろう。
俺が勝手に出て行った立場である以上、申し訳なさは確かにある。
しかし、こうして再会を祝えるくらいには仲が良かったのだ。
あのパーティは、皆良い奴だった。
そう遠くも無い昔話に花を咲かせながら、夜が随分と耽るまで喋り続けた。
あぁ、久しぶりだ。
こんなにも誰かと長く語り合ったのは。
――――
「起きよ! ドレイク、起きるのじゃ!」
なんだか朝早くから元気な声が聞こえ、重たい瞼を上げてみれば。
俺の上に、ミサが座っていた。
馬乗り、マウントポジション。
周囲に視線を向けてみれば、間違いなく俺の部屋。
というかベッドの上。
おかしいな、こんな所にミサが居る筈がないんだが……。
「というかこのけたたましい工事の音が聞こえているのに、何故起きん!? 本当にお前は英雄か!?」
次第に揺らす力は大きくなっていくどころか、こちらの胸倉を掴んでガクンガクンと頭を揺らし始めるミサ。
わかった、起きるから。
起きるから止めろ。
「昨日は少し深酒してな……今起きるよ」
そんな事を言いながら状態を起こせば、何やら腕に“引っかかった”。
やけに柔らかい感触が。
「え?」
「うぅん、うるさい……」
布団がずり落ちれば、何故か隣で眠っているファリアの姿が露わになる。
待って欲しい、何が起きた。
昨日は確かに、彼女を別の部屋に案内したはずだ。
だというのに、何故ここに居る。
「ドレイク……お前」
「違うぞミサ、よく見ろ。しっかりと服を着ている、しかも乱れていない。それに俺は昨日間違いなく彼女を客間に案内した」
ミサから非常に険しい視線を頂ながらも、こちらもこちらでこめかみを抑えて必死に昨日の事を思い出す。
ファリアを部屋に送って、自室に帰って来て。
武具を磨いてから、水分を取ってベッドに入った。
うん、間違いない。
あの時俺は間違いなく一人だったはずだ。
そして、窓の外へと視線をやってみれば。
「今、何時だ?」
「もう昼に近いぞ?」
あぁ、これは間違いなく“やられた”。
という訳でミサには一度退いて頂き、隣に眠る美女を布団に包んでベッドから放り出した。
ドンッ! と結構痛そうな音が聞こえたが、知らん。
「起きろ、ファリア」
「ん、んん……?」
みのむしの様に布団に包まった彼女が、眠そうに眼を擦りながら顔を出した。
非常に可愛らしいと思える動作だが、そんな感情今は必要無い。
むんずっと彼女の頭を掴んでから、ニコッと笑みを浮かべる。
「お前、俺に“スリープ”を使ったな? しかも全力で。深酒しようとこの時間まで眠っている事などあり得ない。それどころか、お前が部屋に入って来た事に気付かない訳がない」
「わ、わぁ……ドレイクが久々に怖い顔しているよ……痛い痛い痛い、頭持って持ち上げないで!」
ミノムシ状態の彼女を持ち上げてみれば、モゾモゾを動きながら叫ぶファリア。
ただ布団を巻き付けただけなので、そんな事をすれば当然解ける。
結果。
「ファリア……お前……」
「ね、寝ている時は何もしていないよ? 寝起きにちょっとこう、ビックリさせてやろうかと……」
布団が地面に落ちてみれば、やけに色っぽいネグリジュを着た魔術師様がご登場なされた。
お前は……本当に。
昨日注意したばかりだというのに。
なんてことを思いながら、大きなため息を溢していると。
「あーその、なんだ。ドレイク、そっちも問題じゃが、あっちは良いのか? 多分その女……英雄ファリア・シリンディアじゃろ? そいつ、昨日の夜から好き勝手やっておるぞ」
呆れ顔のミサがそんな事を言い放ちながら、窓の外を指さしている。
ベッドの上にファリアをポイして、窓を開け放ってみれば。
「どうしてこうなった」
「深夜に連絡が入ったそうじゃ。言い値で払うから、家をすぐに作って欲しいと。この場所に、“隣と同じ家”を。しかも、依頼先はドワーフ。こりゃすぐにでも完成するぞ?」
彼女の言う通り、我が家の隣。
今まで空き地だった筈の地に、十数人のドワーフ達が何やら作業を始めていた。
彼等の仕事は早い、とにかく早い。
簡単な家くらいなら、本当に数日で建ててしまうくらいに早い。
普通なら数人で運ぶような丸太さえ、一人で軽々と運んでいるドワーフ達。
更に腕もあるとなれば、本当に数日後には“お隣さん”が誕生するのだろう。
そして問題は、誰がお隣さんになるのかという話だが。
ギギギッと首を回しながら、ベッドの上で座っているファリアへと視線を向けてみれば。
「私の金で、好きな場所に好きな家を建てるんだ。文句はあるまい? “お隣さん”?」
やけに官能的な衣服を纏い、更には俺の布団でその姿を隠す彼女は非常に男心をくすぐる見た目ではあった。
あったのだが、行動が可愛くない。
ココに住む事を拒否したら、金に物を言わせて隣に家を建てやがりましたか。
ある意味尊敬しそうな行動力を見せつけられ、大きな大きなため息が零れる。
「まぁ……人が多い所にファリアを放り出したら、どうなるか分からないか」
「お前、そういう所じゃぞ? ちゃんと拒否しないからこういう面倒なのが湧くんじゃ」
だって、こればっかりは俺が口を出す事ではないだろうに。
彼女の言う通り、彼女の金で好きな地に家を建てたのだ。
だったら、もはや口は挟めまい。
なんて事を思っていれば、ミサからも非常に大きなため息が返ってくるのであった。
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