第7話 魔法の授業


 「それじゃ、今日も行ってくるよ」


 「いってらっしゃい、父さん」


 「ん、いってらっしゃい」


 妹が差し出すお弁当を受け取ってから、父さんは仕事に向かった。

 父は冒険者だ。

 命の危険もあるし、収入だって安定しない。

 遠征に出ればしばらくは帰って来ない事だってあると聞く職業。

 だというのに、父は毎日同じ時間に帰って来る。

 あまりランクが髙くないから、難しい仕事をしていないだけだと言っていたが。

 果たして本当なのだろうか?

 全身を鎧で包む父は、毎日とんでもない大きさの大剣を担いで仕事に向かう。

 アレを振り回すだけでも相当だと思うが、それでもランクが低いとなると……冒険者というのは物凄い人達で溢れているのかもしれない。


 「兄さん、今日当番」


 ボケッとしながらそんな事を考えていれば、妹からジト目を向けられてしまった。

 昔はあんなに泣き虫だった妹は、今では随分と淡白な性格に成長した。

 俺達の父さん、ドレイク・ミラー。

 彼に拾われてから、もう一年が過ぎた。

 最初は食べろ、遊べ、しっかり休めと言われてばかりだったが。

 毎日お腹いっぱいになる程の食事を与えられた俺達は、たった一年でだいぶ肉がついたし背も伸びた。

 昔は木の枝かという程細かった妹の腕も、歳相応くらいには健康な見た目になった。

 それをきっかけに、家の事を任せてもらえる様になった訳だ。


 「そうだったね、洗濯物とか片付けて来るよ。フレンはもう稽古する?」


 「ん、ボウガンとナイフ」


 「分かった、気を付けてね」


 「うん」


 短く呟いた妹は武器を取り、庭先へと出て行ってしまう。

 コレも変化の一つ。

 最初こそガリガリで、背も低かった俺達は普通よりも幼く見えていたそうだ。

 俺が十四で、妹が十三歳。

 伝えた時には随分と驚かれたが。

 そんな訳で家事以外にも何かとお願いした結果、武器の扱いを教えてもらえる様になった。

 本当なら働きに出て、多少でも生活の支えになりたいが。

 金の事は心配するなの一点張りで、小銭稼ぎより自らを鍛える事を優先、だそうだ。

 正直ありがたいし、不満などありはしないのだが……非常に申し訳ない事この上ない。

 そう考えているのは妹も同じようで、毎日鍛錬に励んでいた。

 早く強くなり、冒険者になってお金を稼ぐんだと意気込んでいる。

 しかし。


 「もうすぐフレンも冒険者に登録できる歳にはなるけど……父さん、許してくれるかなぁ」


 家事をこなしながら、思わずボヤいてしまった。

 過保護なのだ、あの人は。

 買い物だって俺達だけで行こうとすれば心配するし、風邪をひけば俺達を背負い医者の元までダッシュする程。

 武器の扱いを教えてくれる時も何度「気を付けろ」と言われたか分からない上、妹が弓でほんのちょっと怪我をした時なんて大騒ぎだった。

 ガタイの割に小心者というか、心配性というか。

 今でこそ少しはマシになって来たが、果たして。

 やれやれと首を振りながら、洗い終わった洗濯物を籠に入れて庭に出る。

 そこには当然鍛錬中の妹が居る訳で、その姿を視界に収めながら服を干していく。


 「相変わらず、猫みたいな動きだな」


 思わずそう呟いてしまう程には、すばしっこい。

 庭の隅に突き立てられた数本の丸太に向かって、常に移動しながらボウガンの矢を放っていた。

 既に丸太にはいくつもの矢が突き刺さっており、時には接近してナイフで傷跡を残していく。

 妹が目指したのは斥候。

 体が小さいから隠密行動に向いているかもしれない、なんて言われた次の日からずっとこのスタイル。

 しかしながら目標にしている人が大剣でガンガン突き進むスタイル。

 その影響なのか、妹も手合わせの際には結構前へ前へと行こうとするのだ。

 超近距離戦から中距離、ソレが妹の攻撃範囲。

 本来長距離戦を得意としそうなボウガンを片手に、彼女は突っ込んでいくのだ。

 とはいえ俺よりずっと器用だし、武器の使い回しも旨い。

 細かい武器を次々と変えながら戦うそのスタイルは、俺には到底真似できないものだった。


 「フレンー? ナイフ投げるのは良いけど、あんまり数を使うと磨ぐのがまた大変な事になるぞー?」


 「うっ……気を付ける」


 夢中になり過ぎていたらしい妹が、渋々と丸太に突き刺さったナイフや矢を回収していく。

 酷い時なんて一日で数十本のナイフの刃を潰してしまい、夜なべしながらナイフを研いでいたくらいだ。

 それに実戦ともなれば武器を温存しながら戦わなければいけない。

 訓練だからと調子に乗って投擲ばかりしていては、いつか痛い目を見るのは本人なのだ。

 そんな妹に苦笑いを浮かべながら家事を片付ければ、やっと俺も鍛錬を――。


 「失礼、ドレイク・ミラーはいるかい?」


 敷地の入り口に、とんがり帽子を被った魔法使いが立っていた。

 誰だろう? 見た事がない顔だ。

 というか、父の知り合いなんてミサさんくらいしか知らない。

 年齢はミサさんと同じくらいだろうか?

 長い髪を揺らしながら、静かな瞳をこちらに向ける女性。

 大きめのローブを羽織っており体格までは分からないが、彼女と不釣り合いに思える程の大きな杖を握っている。


 「えっと、どちら様でしょうか? 父ならもう仕事に出かけましたが」


 少しだけ警戒しながら、そんな声を掛けてみれば。

 彼女は眼を見開いて固まってしまった。

 そのままプルプルと数秒間震え、パクパクと口を開閉したかと思えば。


 「ち、父? 今、父と言ったかい? という事は、君は……ドレイクの子供?」


 「え~っと……?」


 なんだかやけに絶望感漂う女性が、スッとその場に座り込んだ。

 これは、どう対処したら良いんだろう?


 「そんな馬鹿な……結婚は諦めてるとか言ってた癖に、おでこ広くなったって言ってた癖に。もうこれだけ大きな子供が居るって事は、当時から結婚していたという事なのか……」


 何やらブツブツと呟きながら、彼女は杖の先で地面をガリガリし始めてしまった。

 あまりにもおかしな様子に、妹まで警戒して死角でナイフを構えている程。

 ほんと、なんなんだろうこの人。

 そんな事を思いながら眺めていれば。


 「あぁ、すまない。挨拶がまだだったね……私は、ファリア・シリンディアという。君のお父さんの元パーティメンバーだよ」


 彼女は随分と乾いた瞳をこちらに向けながら、俺達に自己紹介をしてくれるのであった。


 ――――


 「というと何だい? 君たちは実の子供という訳ではなくて、アイツはまだ独身のままだと?」


 「まぁ、はい。そうですね。それこそ父さんに拾ってもらってから、まだ一年くらいです」


 やけに落ち込んでいた彼女、ファリアさん? を家に招いて、お茶を出しながら現状を説明してみた結果。

 萎れた植物が水を取り戻したかの様に、みるみる内に元気になっていった。


 「なるほど、なるほどな。やはりそうだと思ったんだよ、なんせ本人が顔と頭皮にコンプレックスを持っているからな。更に仲良くならないとろくすっぽ喋らない大男、そう易々と結婚などする筈がない!」


 「お父さん、本人が気にしてるほど不男じゃないし、そこまでハゲてない」


 「その通りだよ娘っ子。気が合うじゃないか、フレンと言ったかな? 今日の私は機嫌が良い、君達さえ良ければ魔術をちょちょいと教えてやろうじゃないか」


 なんだか変なテンションになって来た美女、ファリアさんがバサァッとローブはためかせながら立ち上がる。

 今までローブ隠されていたその体型は、なんというか凄かった。

 体のラインがはっきりと分かるドレス? を着ている彼女は、目を疑うくらいに、その……女性的な体型だった。

 そんなに高低差付く事ってあるの? というくらいに、出たり引っ込んだりと。

 十人の男が居れば十人振り返りそうな、作り物かって程のスタイル。

 こんな人が父さんとパーティを組んでいたって、本当なのだろうか?

 あの人の事だ、腰が細すぎるからもっと食えとか言って怒られそうな姿しか想像できないんだけど。


 「魔法、教えて欲しい。お父さんは身体強化くらいしか、まだ教えてくれない」


 「彼はそれが一番合っていたからね、そもそも剣士だ。仕方ないさ」


 やけに上機嫌の彼女はバッグから数冊の本を取り出し、妹の前に開いて見せた。

 なんだか凄く高そうな本ばかりなんだけど……なんて思う俺を他所目に、二人は勉強会を始めてしまった。

 何度も思うけど、なんなんだろうこの人。

 思い切りため息を溢しながら、お茶のおかわりを注いでいると。


 「リックと言ったかな? 君は良いのかい? 魔法の家庭教師が、今ならなんと無料だよ?」


 「えっと、では、お願いします……」


 良く分からない空気のまま、基礎の基礎から授業が始まった。

 魔法の授業なんて、一般人なら結構な金額を払わないと受けられないだろう。

 本来は学園に通い、その実力をゆっくり伸ばしていくモノだと聞く。

 それこそ貴族やお金持ちの商人じゃないと、学園にさえ通えないだろうに。

 だというのに、ファリアさんは惜しむ事無く俺達に魔法の事を伝授していく。

 ある程度の攻撃魔法や、生活に使う様な魔術なら人伝に教わる、もしくは魔導書を買って学ぶという人も多いそうだが……低級でも魔導書は高い。

 びっくりする程高い。

 だから普通の人が魔法使いになろうとすると、結構な割合で貧乏になるそうだ。

 そう聞いていたのに、目の前に置かれている魔導書は……ちょっと触るのが怖いくらいに、髙そうな見た目をしている。


 「そうそう、上手いよ。そのまま魔力を放出し続けて、気分が悪くなったらすぐに止めて良いからね。息を整えて、自身の内に残っている魔力をしっかりと感じ取るんだ。それを何度も繰り返す事によって、魔力そのものを扱う事が上達するんだ」


 授業が始まってしまえば、先程のテンションは何だったのかという程真剣な様子。

 もう、難しく考える事は止めよう。

 父さんが帰ってくれば、色々教えてくれるはずだ。


 「段々分かって来た、かも?」


 「体の中がなんかムズムズする……」


 「やはり魔法は若い内に習った方が飲み込みも早いね、ドレイクはその感覚が分かるまで随分と掛かったものだよ」


 クスクスと上品に笑いながら、彼女は何冊かの本を開いて見せた。


 「魔力を指先に集めるようにイメージ出来るかい? そのムズムズを体の中で移動する様に想像して」


 今まで父さんから教わっていた身体強化は、もっと単純というか。

 “魔法は使うモノ”みたいに教わっていたが、これはどちらかと言えば“魔法は操るモノ”という言葉が近い気がする。

 父さん自身も魔法にはあまり詳しくないので、魔術師になりたければ詳しい人を呼ぶと言っていたが……もしかしてこの人の事だったのだろうか?

 元パーティメンバーという話だし、意外と当たっているのかもしれない。


 「さぁ二人共、まずはこの魔法から試してみよう。文字は読めるね? この詠唱を声に出して読んでごらん?」


 彼女の指し示した文章を読み上げてみれば、妹の指先に小さな炎が揺らめいた。


 「できたっ!」


 叫んだと同時に、フッと息を吹きかけた蝋燭の炎の様に消えてしまったが。

 ちなみに俺の方は全然火が付かない、何故だ。


 「魔法は発動中もしっかりと意識していないと、今みたいにすぐ消えてしまうよ? 矢の様に打ち出す魔法は、最初にしっかりと形を作ってから打ち出すが、今やっているのは持続系の魔法だからね」


 「むぐぐ……集中……」


 「フレン、今のどうやったの? 俺全然火がつかないんだけど」


 「兄さん、うるさい」


 酷い、こっちを見てくれさえしない。

 そんな俺達を見て、楽しそうに微笑むファリアさん。

 何というか、本当に先生みたいな人だ。


 「焦らなくて大丈夫、一度深呼吸してから試してごらん? 初歩の初歩こそ、ゆっくりと丁寧に。魔力そのものの理解が深まれば深まる程、出来る事が増えていくからね」


 その後も色々とアドバイスを頂きながら、俺達は父が帰って来るまでひたすら魔法の練習を続けるのであった。

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