第6話 子供達
「ふぃぃ、終わった終わった」
「お疲れさんじゃ、ドレイク。まさか夜通し大剣を振り回す事になるとはの」
「それでもあの武器だからな。軽くて助かったよ」
グリングリンと肩を回しながら、ミサと一緒に朝日の眩しい街中を歩いていた。
我が家になる一軒家の幽霊退治も終わり、これからサインした書類を提出し、金を払えば終わり。
正式に先程の建物は俺の物になる訳だ。
達成感と共に、ワクワクした気持ちを抑えながら隣の狐耳に再度確認を取る。
「本当にちゃんと買えるんだよな? 幽霊退治だけして、やっぱり売れませんとか言ったら怒るぞ」
一晩中幽霊たちと戦って来たのだ。
ゴーストが居なくなったのなら、もっと高い金を払ってくれとか言われたら流石に怒る自信があるが。
彼女は満面のいやらしい笑みを浮かべながら、顔の隣で指の輪っかを作ってみせた。
「その場合はたんまり幽霊退治の料金を取った上で、他の家を超格安で譲ってもらうくらいやってみせるわい。そもそも退治したと言わなければ良い話じゃしな。任せておけ、家具なんかもこっちで揃えてやるわ。お前は金だけ準備しておけば良い」
だ、そうだ。
詳しい事は分からないので、後は全て彼女に丸投げで良いだろう。
それくらい信頼出来る程、彼女の腕は知っている。
なら、きっと上手く行くはず。
とかなんとか思いながら歩いて行けば。
「あの」
急に声が掛けられた。
しかも、路地裏から。
はて、と首を傾げながら視線を向けてみれば、そこにはいつか見た兄妹の姿が。
二人共不安げな顔をこちらに向けながら、俺達の事を見上げていた。
「んなっ! お前等、今度は何じゃ!? そう毎度毎度同じ人間から飯をたかるモンじゃないぞ!? 孤児だったとしても、一時の施しと救いの手の違いくらい分かるじゃろうに!」
彼等を見たミサが、尻尾の毛を逆立てながらシャー! と威嚇する。
お前は猫かと言いたくなるが、コレもまた彼女の癖なので指摘すると怒られる。
という事で、無視。
「どうした? また腹減ったのか?」
なるべく警戒させない様に、柔らかい声で語り掛けてみれば。
彼らは俯いてから、ポツリと呟いた。
「他に頼る人を知らなくて……すみません。あの、人が死んだ時はどうすれば良いですか? 誰かに報告したり、するべきなんでしょうか? ごめんなさい、俺達だけだと、何も分からなくて……」
「……は?」
これはまた、厄介事が迷い込んで来たらしい。
――――
二人に連れられ、訪れたのはごく普通の一軒家。
まさに平民、と言っては言葉が悪いだろうが、そういうイメージの建物。
ここが、彼らの家だそうだ。
貧民の様に暮していた彼等兄妹。
家がある事自体驚いたし、親が居ると聞いてどうしたものかと思考を巡らせた。
虐待や育児放棄、俺が食事を与えた事により何かしら悪影響が出てしまったのか。
そんな風にも考えたが、現実はそう生易しいモノでは無かった。
「良いお母さんだったか?」
そう呟けば、俺の手を握った二人は静かに頭を縦に振る。
目に涙を溜めながら、それでも泣くまいとグッと唇を噛んでいる。
そうか、それは良かった。
きっと貧しいながらも、二人には愛を注いでいたのだろう。
動けなくなるその時まで、この二人を優先していたのだろう。
それが目に見えて分かるくらい、ベッドに横たわる女性はやせ細っていた。
ベッド脇に立てかけられている松葉杖は、随分と擦り切れている。
足が悪かったのだろうか? きっと仕事を貰うのも、一苦労だった事だろう。
そんな中、この二人をココまで育てた。
とても立派な事だ、強いお母さんだ。
「お父さんや、他に家族は?」
「父さんは、傭兵でした。それで、ずっと前に死にました。他に家族も、知り合いも居ません」
「そうか」
小さく呟くお兄ちゃんの頭を撫でてから、隣で立っていたミサへと視線を向ける。
彼女は小さく頷いて、そのまま家を出る。
きっと火葬場を抑えてくれるのだろう。
このまま放置して瘴気にでもあてられたら大変だ。
街中では中々発生しない事態ではあるが、人は弔わなければ悪霊になる事もある。
もっと悪ければ
そんな姿、誰だって見たくは無いだろう。
愛していた母親なら、なおの事。
「俺は聖職者ではない。でも、俺が“送って”良いか? お前達のお母さんを、弔ってやって良いか?」
問いかけてみれば、二人は涙を堪えながら小さく頷いてくれた。
強い子達だ。
ちゃんと死というモノを理解しているのだろう。
兄の方はまだしも、妹の方は随分と幼く見えるのに。
黙ったまま腰のマジックバッグに手を突っ込み、一本の大剣を取り出した。
銀色に輝き、全体に刻印が施された美しい大剣。
まるで光でも放っているのではないかと思う程、神々しい輝きを放つ武器。
俺が持つには、ちょっとばかり気が引けてしまいそうなソレ。
その刃を横たわる彼女に少しだけ当て、傷を付ける。
そして切っ先を床に向け、そのまま突き立てた。
「“銀の墓標”よ、この者を安らかな眠りに導きたまへ」
戦う為ではない、儀式用の大剣。
死者への手向け、神の元へと誘うソレ。
ソイツを掴んだまま、俺もまた祈りを捧げた。
どうか、安らかに。
瞼を閉じてソレだけを願えば、横たわる彼女からは白いオーブが現れる。
言葉を発する事も、何かしらの現象を起こす事も無い死者の魂。
極僅かな力しか持たない人の魂が、俺たちの前で数秒間彷徨ってから天に向かって消えていった。
「母は、“逝けた”んですか?」
呟く少年もまた、先程の光を眼にしていた様だ。
ジッと天井を見つめたまま、祈りを捧げている。
「あぁ、もう心配する事はない。君達のお母さんは無事“逝った”。そして、亡骸もミサが弔ってくれるだろう」
そう言ってから、二人に向き直ってみれば。
妹の方がキュッと唇を閉ざしながら、俺の足にしがみ付いて来た。
あぁ、困ったな。
俺は、こういうのに慣れていないんだ。
「ありがとうございます。何から何まで……本当に、ありがとうございます」
やけに固い言葉を放つ兄の方も、頭を下げながら肩が震えている。
やはり、堪えたのだろう。
それでも頭を下げてお礼が言える、立派なモノじゃないか。
「君達は、これからどうするんだ?」
「ウチには借金もありますし、家もすぐに追い出されると思います……その後は、えっと」
何も無いのだろう。
頼る宛も無ければ、未来の姿を想像する事も出来ない。
本当に、“よくある事”なのだ。
何処に行っても孤児や貧民は居るし、こういう子供は後を絶たない。
助けてやりたいと願っても、やはり全てを助けるだけの力はない。
でも、今はどうだ?
全てを救う事は出来なくても、目の前の二人くらいなら。
俺には救う事が出来るんじゃないか?
「俺と一緒に来るか?」
「え?」
二人は最初、困惑した表情を浮かべた。
当たり前だ、見ず知らずのおっさんが意味の分からない事を言っているのだ。
警戒するのも、困惑するのも当たり前。
だとしても、俺はどうせ暇人なのだ。
金はあって、趣味で冒険者をやっている様な身分だ。
子供が一人二人増えた所で問題ない。
しかも、先程家も手に入れたばかりだ。
条件は揃っている。
だったら、少しくらい。
人生のほんの一時、暇つぶし程度の脇道くらい、良いじゃないか。
それで救われる命があるのなら、誰が文句を言えようか。
「俺と一緒に暮らすか? 生きる術くらいしか、教えてやれないが。それでも、良かったら。独り立ち出来る歳になったら出て行っても良い、しっかりと稼げるようになったら俺なんか忘れても良い。だから、俺と一緒に来るか?」
だからこそ、手を伸ばした。
これもまた、目の前の命を救うだけの偽善なのだろう。
後先を考えない向こう見ずな行動なのだろう。
それでも、幼い命を投げ出す様な真似はしたく無かった。
俺は偽善者だ。
全てを救う事は出来ないくせに、目の前で悲しんでいる子供は救いたいと願う。
今まで幾千幾万もの命を奪って来た傭兵だというのに、助けたいと願う存在には手を差し伸べようとしている。
俺が叩き斬った魔族の中にも、同じ状況に陥っている子供達が居るのかもしれない。
そう考えれば、余りにも軽薄な行動に見えるかもしれない。
だとしても、戦場ではないこの地で泣いている子供が居るのだ。
表には見せなくとも、心の中だけで泣く子供達が居るのだ。
手を差し伸べない理由があるだろうか?
「よろしくな、二人共。名前は、なんて言うんだ?」
黙ったまま俺の手を取ってくれた二人に声を掛けてみれば。
「……リック、です」
「……フレン」
「リックにフレンか。俺はドレイクだ。今日から、お前達の保護者になる冒険者だ」
それだけ言って、二人の事を腕に抱いた。
目の前には母の亡骸があるのだ。
それでも二人共状況を理解し、涙を溢すまいと耐えている。
こんな事ってあるだろうか?
誰しも家族が死ねば悲しいものだ、泣き叫びたくなる程苦しいモノだ。
だというのに、二人は俺の腕に収まったまま嗚咽一つ洩らさない。
その肩は、ずっと震えているというのに。
「いつか、俺の腕の中でも泣ける様にしてやるからな」
そう断言し、決意した。
二人は俺に遠慮しているのだ、考慮しているのだ。
本来この歳で考えるべきではない、余所行きの感情を正面に押し出して、我慢しているのだ。
それくらいに、厳しい環境で育ってきたのだろう。
それくらいに、たくさんのモノを我慢してきたのだろう。
だったら、俺が変えてやれば良い。
人並みの幸せを感じる様にしてやって、ちゃんと悲しめる様になってから。
自分達に余裕を持てたその後で、存分に泣けば良い。
泣く事を我慢するのは、良くない事だ。
いつか自然と“泣けなくなってしまう”程慣れてしまえば、心が腐る。
人間誰しも、吐き出したい物は吐き出すべきだ。
ソレが出来なくなった人間から、狂っていく。
こんなはずじゃなかった、なんて事を思いながら。
いつの間にか泣く事すら出来なくなっているモノだ。
俺は、そういう人間を多く見て来た。
家族が、友が、大切な人が死んだのに。
泣けなくなってしまった仲間達を、それこそ腐る程見て来た。
だからこそ、彼らには。
そうなって欲しくないと思ったんだ。
「今泣けないのなら、無理しなくて良い。でもいつか、泣いてやろう。お前達のお母さんは、お前達を守って“逝った”。だからこそ、泣いてやるべきだ。泣けないってのは、どちらにとっても辛い事だからな。泣ける様になったその時、大声でお母さんを呼んでやれ、弔ってやれ。それは、お前たちにしか出来ない事だ」
こうして、俺は父親になった。
結婚もしていないのに、今は駆け出しの冒険者だというのに。
幼い命を二つ、預かる身の上となってしまった。
しかも彼らの心に残る傷は深い、俺の一生を掛けても癒す事が出来ないかもしれない。
むしろ、俺みたいな奴が預かるべきじゃなかったのかも。
そんな事を何度も考えるが、この手を放そうとは思えなかった。
あまりにも小さく、か細い灯火の様に感じる彼等を。
俺は放す事が出来ないでいた。
「よろしくな、リック、フレン。俺は、頑丈なのが取り柄だ。思いっきり寄りかかって良いぞ」
それだけ言ってから、彼等の頭を乱暴に撫でるのであった。
例え間違った選択だと言われようとも、周りから何と言われようとも。
彼等が俺を頼ってくれる様に。
今だけは、精一杯。
頼もしい男って奴を演じるのであった。
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