第5話 マイホームと身辺調査


 「珍しく昼間に顔を出したかと思えば……急に家が欲しいとはどういう事じゃ? しかも出来るだけ早くと来た」


 「色々あってな。それに仲介を頼むならお前が一番手っ取り早いし、確かだと思ったんだよ」


 大きなため息を吐きながらブツブツと文句を呟き続けるミサが、不機嫌そうに尻尾と耳を揺らしていた。

 とはいえ、仕事となればしっかりやってくれるご様子で。

 いくつかの書類をこちらに投げ渡して来た。


 「ホレ、お前ご希望の物件情報じゃ。それなりに広くて、それなりに安い。稽古する為の庭付きで、人目は多くなく静かな場所。人の出入りが激しい街じゃからな、すぐすぐ手に入る様な家もいくつかある」


 家を買うと言えば、もっと時間がかかるものかと思っていた。

 面倒な書類や税金などなど、色々と書いたり払ったりする物は多いが、まさか即日手に入る家があるとは。


 「王族からの報酬があり余っているからと言って、まさか急に持ち家とは。どうしたんじゃ急に」


 「結構あるんだな、驚いた。これなんかどうなんだ? 見取り図では凄く良い物件に見えるけど。なんでこんなに安いの?」


 「おい、話を逸らすでない」


 流石に無理があったか。

 大人しく白状した方が良さそうなので、本日ギルドであった事を話していけば。


 「だぁぁから言ったじゃろうが。大剣を使う奴は多くとも、そんな馬鹿デカイ鉄の塊を振り回す奴は少ないんじゃ、昔の功績を知っている奴らならすぐ気づくじゃろうて」


 「でも傭兵やってた頃なんて、名が知られる程の活躍をしてた訳じゃないし……他の奴らに交じっていれば、“その他傭兵”って一括りで覚えるだろ普通」


 「お前はもう少し周りの話に耳を傾けるべきじゃな。傭兵時代だって、戦争に関わった者なら一度くらいは名を聞いた事があるくらいに有名じゃったぞ。デカい鉄板を最前線で振り回す頭のおかしい傭兵が居るとな。それにろくに周りと会話しないお前は、余計に目立っていたという話じゃ」


 「おい、そんな話聞いた事ないぞ」


 「聞こうとしなかった、の間違いじゃな。“無言の暴風”、“爆走大剣使い”、“魔物寄りの脳筋”。あとは“返り血のドレイク”とかの? 二つ名も色々じゃ」


 「なんなんだ、魔物寄りって。それに返り血のドレイクって、不穏過ぎるだろソレ」


 知らない所で、色々と呼ばれていたらしい。

 酷いモノだ。

 傭兵仲間だった皆は、俺に聞こえない所で陰口を叩いていたのか。


 「そんで? ギルドからすぐ連絡が取れる様に家を買えと言われたのか? 面倒事を押し付ける気満々じゃのぉ」


 「可能な限り呼び出しはしないって約束は貰ったよ……あと家の購入にはギルドからも金を出すからってお願いされて、良いかなって」


 「簡単に乗せられおって、知らんぞ?」


 そう言いながら彼女は数枚の物件書類を差し出して来た。

 そして、トントンッと書類の一部を爪で叩く。

 そこには何故か、“訳あり”の一文が。


 「安く早く、それなりに。お前さんの要望を通すとなればちょっとばかし問題もある。管理側も早く手放したいからこそ安く、即決で買える家。良い話には裏があるって事じゃな。どうする? もっとまともな家が良ければ他も紹介するぞい?」


 「ちなみに、訳ありの詳しい情報を」


 ズイッと身を乗り出して問いかけてみれば、彼女はニヤリと口元を吊り上げてから手にあった書類をテーブルの上に並べた。

 そして、数枚ずつに分けてから指でなぞっていく。


 「ここからここまで。単純に建物が古いのと、一部ガタが来ていたりする。つまりボロ屋という訳じゃな。修繕出来ん事は無いが、手間と金が掛かる。それからこっちは環境が良くない。やけに湿気が溜まって、雨の日にはナメクジが大量発生したりと色々じゃ」


 「うわぁ……その辺りお前じゃなければ何も知らせずに売られそうだな」


 「馬鹿もん、私だって普通の客の前ではココまでぶっちゃけないわい。もっとゆる~く伝えて、後は知らん。仲介が仕事じゃからの、最終的な説明は商人に任せる」


 「ひでぇもんだ」


 やはり大きな買い物は慎重に、という事の様だ。

 この様子だとすぐすぐ家を購入する訳にはいかないか?

 なんて、ため息を溢していれば。


 「あれ? こっちはどうなんだ? 訳ありとは書いてあるが、さっきみたいな状況だったりするのか?」


 テーブルの端に残っていた数枚を手に取って見れば、見取り図を見る限りはかなり良さそうな物件たち。

 これもまたボロだったりナメクジだったりすると、お断りする対象にはなってしまう訳だが。


 「そっちは、私のおススメ物件じゃ。建物の状態よし、環境よし。お値段も“普通”と比べてお安く、更には今日からでも住める」


 「じゃぁ、なんで“訳あり”?」


 はて、と首を傾げながら書類を覗き込んでみれば。


 「ゴーストが出る、しかも結構しつこい奴がな。退治するなら位の高いプリーストが必要って事で、放置されとるんじゃよ。修道者もお祓いとなればなかなか金が掛かる、更に上位のプリーストとなれば割に合わないという訳じゃな。どうじゃ? 元勇者パーティの“剣士”様よ、お前はゴーストを斬る事は出来るか?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、彼女は期待の眼差しを向けて来た。

 なるほど、そういう事か。

 ゴーストさえ自分で何とか出来れば、とんでもなく安く買える物件。

 更には今の彼女の様子を見る限り、“見せろ”と言っているのだろう。

 幽霊退治はもちろんの事、そういった類を斬る事が出来る武器を。


 「コレ、どれか買う。“そういう武器”を持ってるし、下見に行こう」


 「そう来なくては! 待っておれ、管理している商人から鍵を貰ってくる!」


 そんな訳で、俺達は意気揚々と物件を捜しに出かけるのであった。


 ――――


 「ココで良いのか? ドレイク」


 「そうだな、見る限り一番住みやすそうだ」


 何軒かの下見を済ませた後、最後に訪れた建物を前にして頷いて見せた。

 それなりに広い庭、二階建ての木造建築。

 絵にかいた様な“それなり”の一軒家。

 貴族が住む様な豪華な建物じゃないし、かと言って平民からすればちょっとお高そうと気が引ける見てくれ。

 見た感じ部屋の数も十分だし、風呂まで付いている。

 文句なしに気に入った物件である。


 「さて、そんじゃ夜まで待つかのぉ。ゴーストと言えば夜、怖いモノは夜に出ると相場が決まっておるからのぉ」


 やけに気楽な様子のミサが、グッと背筋を伸ばしてから庭先に座り込んだ。

 全く持って緊張感の欠片も無い御様子だが……良いのだろうか?


 「もうちょっと警戒しろよ……それで? ココに出るのはどんなゴーストなんだ?」


 呆れた声を上げながら、のんびりと過ごし始める彼女に声を掛けてみれば。

 ミサはニッと口元を吊り上げてから指を二本立てて見せた。


 「警戒しない理由はお前がこの場に居るからじゃ。私一人だったら、こんな所寄り付きたくもないわい。そんでもって、英雄様の特殊な剣が見られると聞いて恐怖より興奮の方が勝っておる」


 ドヤ顔でそんな事を言い放ち、一本目の指を折る。

 そして。


 「もう一つの疑問、ココに出るゴーストは……複数じゃ。一体強めな奴がおって、ソイツに呼び寄せられて細かいのが集まってくるらしい」


 「実害は?」


 「害という程でもないのぉ。元々はお貴族様の“隠れ別荘”であったらしく、“そういう事”をする為に立てられた建物じゃ。ここを買ったのが若い女だった場合、寝ている間に実体も無い亡霊からヘコヘコ腰を振られたくらいかのぉ」


 「悪霊だな、よしもう一度殺そう」


 それだけ言ってから、腰につけた“マジックバッグ”に手を突っ込む。

 仕事ではなるべく使わない様に、とか思っていたが今日は別だ。

 冒険中に集めた俺のコレクションの一つを見せてやろうではないか。

 なんてことを思いながら、一本の剣を引き抜いてみれば。


 「おぉ! ……おぉ? コレは何じゃ?」


 ミサから非常に微妙な眼差しを向けられてしまった。

 それもその筈。

 俺の手には剣の柄しか握られていないのだから。


 「魔道具か何かか? どうせならド派手な大剣を見たかったんじゃが……」


 非常に残念そうな顔を浮かべながら、俺が取り出した柄をツンツンと突くミサ。

 だが、間違いなくその顔は驚愕に変わる事だろう。

 初めてこの“大剣”を見た時の俺がそうだった様に。


 「コイツを甘く見るなよ? お望み通りド派手な大剣を見せてやる」


 クックックと笑い声を洩らしながら柄頭に手を触れ、魔力を送り込んでみれば。


 「ふおぉ!?」


 折りたたまれていたつばが左右に展開し、現れるのは透明な巨大な刀身。

 死霊戦にしか使えないが、見た目が格好良いのでコレクションの中でも上位に入る一品。


 「コイツは“死霊喰らい”って言ってな、文字通り幽霊退治専門の武器だ。しかもこの刃は生きている人間や建物には影響を及ぼさない」


 「こういうのを待っておったんじゃよ! 流石英雄! 格好良いぞ!」


 やんややんやと騒ぐミサを連れて、俺達は暗くなって来た頃に建物内へと足を踏み入れた。

 今日は冒険者の仕事をサボってしまったが、その代わりに幽霊狩りだ。

 それも、手続きの為に今日は休めと支部長に言われた結果なのだが。

 そして勧められた通り、すぐさま家を購入しようとしている俺。

 何だが支部長の掌の上でコロコロされている気がしなくも無いが、念願のマイホームを手に入れる機会なのだ。

 いくらでも転がされてやろうじゃないか。


 「行くぞ、ミサ。俺の後ろから離れるなよ?」


 「うはは! やっとこの眼でお前さんの活躍が見られるのぉ!」


 やけにテンションの高い狐っ子を連れながら、柄しか実体のない大剣を構えて家屋の中を進んで行く。

 何処からでも来い、むしろ早く出て来てくれ。

 真っ二つにしてやる。

 そんな事を思いながら、俺達は我が家の最初の大掃除を始めるのであった。


 ――――


 「無言の暴風、ドレイク・ミラー。これね……」


 傭兵の情報を取り寄せ、歴戦の戦士達の資料へと目を通していく。

 本来ならギルドの管理外の資料な訳だが、支部長を通して傭兵の詰所に連絡を取らせてもらった。

 その結果分かったのは、ドレイク・ミラーという人物が戦争で活躍していたのは数年前まで。

 丁度勇者一行が旅立った頃に、ピタリと彼の武勇伝は止まっていた。

 支部長の言う通り彼等と共に旅立った傭兵の一人、という事なのだろう。

 そして、勇者達と共に帰って来た。

 選ばれし勇者と聖女、そして天才と呼ばれた魔術師と肩を並べる、ただ一人の一般人。

 それが彼、私の担当している冒険者。

 彼の経歴は異常としか言いようが無かった。

 ある日フラッと「傭兵になりたい」という青年が現れ、そのまま採用。

 その後はすぐに戦地に赴き、ご自慢の大剣を振り回したそうだ。


 「その姿はまるで鬼神の如く……って、抽象的表現が多すぎて良く分からないわね」


 ペラペラとページを捲っていれば、ふと数字の羅列が並んだ所で手が止まった。

 そこに記載されているのは、敵の撃破数。

 戦場での記録だ。自己申告だったり、“大体の数”だったりするのだろうが。

 これは、一体何だ?


 「これって一日の戦績よね? え? ありえ無くない?」


 思わずそう呟いてしまうほどには、異常な数字が並んでいた。

 他の者に比べて、桁が多いのだ。

 戦場において、一人で数十という敵を打ち払う事が出来れば相当な強者だろう。

 たった一人でそれだけの敵の首が取れるのだ。

 数字の上では、そんな強者が十人居れば数百の敵を討ち滅ぼせる事になるのだから。

 だというのに、だ。

 彼の戦績は間違いなく三桁はあった。

 しかもそれが戦場に参加する度、高確率で記録が残っている。

 こういう数字は、普通なら高威力の魔法が放てる術者などの数字。

 歩兵では、まずありえない数字であるはずだった。


 「こっちも、次の戦場でも。弱い魔物なんかを相手にって事なら、まだギリギリ納得できるけど……それでも普通だったら体が持たない。しかも彼が立っているのは大体最前線だし」


 いくらページを捲っても、彼の戦績は留まる事を知らなかった。

 ある時は撤退戦の殿しんがりに、ある時は特攻部隊の先頭に。

 まるで捨て駒の様に使われているのに、必ず彼の報告書には“帰還”の文字が記されていた。

 何故こんな強者が一般に有名にならなかったのか。

 答えは明白だ。

 いつ死ぬか分からない傭兵だから、戦地からなかなか帰ってこない人達だから。

 この国の傭兵は冒険者とは違い、一年の契約制。

 戦場に来いと命令されれば出向かなければいけない。

 報酬は冒険者よりもずっと多いが、死亡率も圧倒的に高い。

 誰かの武勇伝を語る前に、死者への手向けの言葉を語る事の方が多いから。

 だからこそ傭兵には隠れた強者が存在するが、そんな強者ですらあっという間に息絶える。

 それが、戦地を駆ける彼らの宿命。

 だが、生き残りは必ず居るものだ。

 大概は名を残すような者ではなく、上手く戦場を逃げる事が出来る人物だったりする訳だが。

 彼は、全く別物だった。

 真正面から相手と対峙し、圧倒的な数の暴力をその大剣で押し返す。

 その姿は正に烈風、暴風。

 戦場に吹き抜ける風の様だったと、報告書にも記されている。

 最終的に彼に定着した二つ名は。

 最初からあった“無言の暴風”と、もう一つ。


 「……“返り血の赤鎧”」


 帰還した時には毎回、彼の鎧は敵の血で真っ赤に染まっていたそうだ。

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