smoke after smoke

硝子匣

smoke after smoke

 カチリ、シュボッ。百円ライターが灯す火はたちまちたばこから煙を生んだらしい。セックス後の一服、それが彼女の習慣で、それを眺めるのは僕にとり腹立たしくもあり快感でもあった。

 ベッドの縁に裸のまま腰掛け、たばこを吸う彼女の背中はとてもきれいで、どうにかして汚してやりたい衝動に駆られる。

「普通、逆だよな」

「・・・・・・それなら、さめざめと泣いてみる?」

 何がとも問わず、意図を解した相槌はそれはそれは見事なもので、言い出したくせにそれが妙に腹立たしい僕は彼女に背を向け壁を睨む。

「明日からまたしばらく帰らないから」

 そう言えばと、彼女が煙と共にこぼす。

「・・・・・・行ってらっしゃい」

「止めないの?」

 止めても無駄だろうに。こんなご時世でも彼女の放浪癖は鳴りを潜める様子はない。

「拗ねないでよ」

 肩を押され強引に仰向けへと誘われる。身をよじった彼女が僕を見下ろす。

「・・・・・・灰が落ちる」

 腕をアイマスク代わりに、できるだけぶっきらぼうに言い捨てる僕は、確かに拗ねているのだろう。

 有り体に言って、彼女はかっこいい女だ。そんな彼女がふらりとどこぞへと出歩けば、それだけ周りは放っておかない。

 そして、そんな彼女がひょいと僕を捨てて置いて行ってしまうのではないかと、いつもいつも僕は気が気ではない。

「あんたが一番だから」

 それでも、僕を放ってふらふらするくせに。

 腕をはがされ、唇を塞がれる。たばこはどうやらすでに灰皿に捨てられたらしい。見てもいない灰皿の中の景色と自分を重ね合わせ、余計に気が滅入る。

 それでもえいやっと、気怠い腕に力を入れて彼女を強引に抱き寄せる。

「重くない?」

「別に」

 小柄な男だとバカにしてんのかちくしょう。

 覆い被さる彼女に回した腕により力を入れ抱き締める、と言うよりも自分に押し付けるように彼女の重さを身に浴びる。

「もう一回する?」

「無理」

 勃たないので。それに今もう一度彼女と交わったところで、この虚しさは消えやしない。

「このまま寝るからおやすみ」

 誰にも渡さない、どこにもやらない、そんな気持ちを示しながら。ガキみたいだと自覚はしている。

 正直なところ、自分の手には余るような彼女だ。何度寝屋を共にしようと遊ばれているのではという恐れが残る。

「眠るまでお姉さんがよしよししてあげよう」

 苦笑いでもしているんだろう。容易に想像がつく。

 彼女の首元に押し付けた頭、瞑った目、それらはきっと眠気が来るまでは僕に穏やかな暗闇をくれるはずだ。

 目が覚めても、彼女がいなくなっていませんように。


 翌朝、案の定ベッドに転がるのは僕だけだった。

 テーブルの上の灰皿には七、八本分程の吸い殻。隣に缶コーヒーとメモ紙。

 多分彼女は寝ていないのだろう。そして僕が目覚める前にはどこかへふらり。

 わざわざ手書きしたメモには「行ってきます」と一言だけ。ほどほどに温くなっている缶コーヒー、つまり僕が目覚める時間を見計らって買いに行ったのだろ。目覚めた僕が彼女を引き止めないように、そのぎりぎりのせめぎ合い。

 プルタブを開け、一気に飲み干す。

 次はもう少し、素直になろう。

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