うぶきゅんな夢と無情な現実


お互いにさっぱりきれいに渇かしあって、カバンの中身を取り出すと、タッチペンを担いでサブスクをチェックしているエイル君に問いかけた。



「あの、宿題に時間がかかるから先に休んでてください」



桐の箱とカシミヤのマフラーでベッドを作ってみたから寝心地を確認してほしいなと思って。

木綿のタオルとシルクのスカーフの肌触りも、リネンとしては悪くないはず。



でもエイル君はそっちよりも私の手元が気になったようで、ペンを投げ出すとてくてくこっちにやってきた。



「宿題えぐいね。でもなんかエモい」

「学校……お休みしてるんですか?」

「うん、今はね」



お仕事がいそがしくなって休学していることはもちろん知っていた。ほんとは普通に学校に行きたいはずだよね。


「適当に片付けちゃいますね」


シャーペンを持って、邪念を振り払う。

元々勉強は苦手じゃない。そこを買われて副生徒会長にも推されたんだと思う。



「ここ、凡ミスしてない?」

「いつの間に解いたんですか?」


途中式も書かずに?


「数学は得意なんだ。教えてやろっか?」


実際はぽちゃっとした人形なんだけど、目を閉じるとあの声が。

これはもしや、すりきれるほどに妄想したお部屋で勉強を教えてもらうというシチュエーションなのでは。


「すっ、すべてまったくわからないので是非とも全問お願いしますっ!」


参考書を覗き込んで、ふたりの距離が少しだけ近づいて……っていううぶきゅんなやつ、たまらないです!


「とか言ってるけど羽奈ちゃんが賢いのは最初からバレてるよ」

「そんなぁ……」



がっかり。

もう勉強なんかしたくない。

何の役にも立たないもの。

これからは神経細胞も五感のすべてもエイル君を感じるためだけに使おう。そうしよう。


「でも答え合わせはつきあうから」

「ほんとですか?」

「うん、ほら頑張って!」

「頑張ります!」


威勢よく返事をしたものの、頭がショート寸前で集中なんかできる気がしない。



しかも宿題を終えたら、たぶんベッドに倒れこむ勢いで眠ってしまった。

エイル君への果てしないはずの忠誠心が、眠気と規則正しい生活リズムに見事に完敗した瞬間だった。

(10時を過ぎると自動的に目が閉じるんです)



でも夢を見ていました。

エイル君のライブに行く夢。



ぼっち参戦でファンサのひとつも貰えなかったけど幸せで、幸せすぎて。

目が覚めたのにもう一度続きを見ようとして、まだ目覚めてないって自己暗示をかけたくらいだった。

(かからなかったけど)



それで仕方なく目を開けることにしたけれど、起きたら起きたで昨日のことが夢だったんじゃないかと心配になって桐箱ベッドを即座にチェックした。


「……なんで?」


エイル君がいない。

とたんに絶望が押し寄せてきた。胸騒ぎはなかなか引いてくれない。

携帯に手を伸ばすのが怖い。

触れない。

だって、嫌なニュースが届いてたらどうしたらいい?



小鳥がさえずる爽やかな秋晴れの朝なのに、死神の口笛を聞いてしまった気分だった。



早く見ろ、現実を見ろといわんばかりにアラームが鳴ったけど、それを止めるのも怖い。



とにかく携帯に……情報と自分を繋ぐものに触れられそうにない。

ベッドの上で身動きできないまま、どうしていいかわからなくなった。

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