煩悩だらけじゃいけません
駆けつけたみんなには大嫌いな蜘蛛が出たんだと、しどろもどろでごまかした。
エイル君は私が着替えを済ませて彼に呼び掛けるまで、お湯の底から出てこなかった。
お互いに気まずい。
調子にのっていた私が断然悪い。
部屋に戻ると深々と頭を下げた。
濡れたエイル君を、お気に入りのタオルで丁寧にドライしながら。
「エイル君、ごめんなさい」
「いや、こっちこそごめん。でもほんとに何も見てないから」
彼はアクシデントに対して謝ってくれてるんだろうけど、私のはそうじゃない。
「違うんです。一緒にいられるのがなんだか楽しくて……病院のエイル君が意識を取り戻すっていう本来の目的を忘れちゃってたんです。こんなの、マネージャー失格です」
彼の顔を見られない。
自分のことしか考えていなかったことが恥ずかしい。
「ドライヤーの距離どうですか?熱くないですか?」
人形は酸素もいらない。
きっと暑さ寒さも感じないかもしれない。
オタクであることは公言できなくても、エイル君を大事にしたい気持ちだけは伝わってほしい。
「それは俺も一緒だよ」
頭のてっぺんから爪先までを、感動が駆け抜けていった。
「気持ちが後ろ向きにならないようにいろいろ工夫してくれたんだろ?羽奈ちゃんは敏腕マネージャーだよ」
エイル君の優しさが辛い。
だってさっきのは調子にのっただけ。楽しませようとか工夫しようとか思ったわけじゃない。
ただお人形遊びをしたかっただけ。
すごく幼稚なんです私!
そう言わなくちゃと思ったら、彼の方に向けていたドライヤーがくるりとこっちに向いて濡れた髪が温かい風に吹かれた。
「ほら、自分のが先。風邪引くよ」
小さな手で、小さな体で、全力でイケメンなんて、どこまでオタクを惑わせば気が済むんですか。
そんな気持ちがちょっとくらい報われてほしいって、自分勝手にそんなことばかり思っていたことが恥ずかしくなる。
「エイル君、渇かしあいっこしましょう。お人形用のお洋服もたくさんあるから、よかったらパジャマに着替えません?私手伝います」
そう言ったら彼はほんとのお人形みたいに固まってしまった。
「手伝うって俺のこと脱がす気?」
「はい、その等身じゃ不便でしょう?」
四頭身だもの。
「……羽奈ちゃんてたまにパワーワードぶちこむよね」
「そうなんですか?」
「わかんなくていいよ、無自覚ちゃん」
「あだな?嬉しいです!」
首を傾げたら、エイル君人形が優しく微笑んでくれた気がした。
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