バスルームは安全です!
「平気ですか?苦しくないですか?」
味のわからない夕御飯を惰性で食べながらぼそっと胸ポケットのなかのエイル君に聞いてみた。
「いや、あったかいしそれに……なんでもない」
ポケットの底に潜り込んでしまった。
「そうですか、よかった」
リラックスしてもらえてるみたいで安心した。
「このままお風呂もすませちゃいますね」
「まさか俺を連れてくわけ?」
「だって今はエイル君じゃなくてお人形ですし」
「少しは男扱いしろよ。どんだけ興味がないんだよ」
……興味はありすぎます。
でも見た目が我が子。
自作のお人形だから確かに実感が湧かないな。
「浴室は仕切られてますから。とにかくお利口に待っててくださいね」
バスルームに向かいながらエイル君を手のひらに移すと「どういう圧だよそれ」ってお人形君は不機嫌に唇を尖らせた。
バスルームに入ると、まずは洗面台に泡いっぱいのお湯を張ってそこにあひるちゃんや花びらを浮かべてみた。
「エイル君用のお風呂、完成です!」
どうしよう、楽しい!
「なんだこれ……てか水吸って溺れたらどうすんの」
「じゃあ試しに潜ってみます?」
「……はい?」
「救出しますので!」
渋々入ってもらった。
やっぱりほら、ぶくぶくぶくなんて音も聞こえてこない。
「人形やばっ。酸素いらない溺れない」
「じゃ、待てますね!」
「……泳ぐか。それともあひるに乗るか……」
「魚釣りもできますよ?」
クローゼットを漁ったら懐かしいおもちゃがたくさん出てきたんだ。
それにしても推しで遊ぶなんて、なんて悪いオタクなんだろう。
・
「ふぅ……久しぶりにちゃんと息をした気がするなぁ」
暖かいお湯に浸かったら、1日のことを振り返って深く息を吐いた。
エイル君が壁から出てきてまだ数時間だけど、人形にインしてくれたことで(いやいや。それすら超常現象でしかないんだけど)、少し動揺が収まったのは事実。
でものんびりしてはいられない。
こんなふうに星空に癒される時間なんてあってはいけない。
ん?星空?
え?なんで?
思い当たることがあって、ふとパウダールームの方を見た。壁があるはずなのに、どうしてなのか思いっきり目があってしまった。
誰とって、エイル君と。
二ヶ所を仕切る壁があるからこそ安心してお風呂に入れたのに。
「エイル君。もしかしてそれ……」
「あ、これ?」
彼のお尻に下敷きになっているのは、紛れもなくリモコンだった。
お父さんがこの家を作るときにいちばんにこだわったバスルーム。
解放感を味わいたいからと、ボタンひとつで天窓と壁面を透明にできるってやつなんだけど。
「ごめん……椅子の感覚で!」
慌てて言い訳するエイル君の声も届かないほどの悲鳴をうっかりあげてしまった。
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