推しの幸せを願ってやみません


「言っとくけどそう簡単に死ぬつもりないから。根性で余命引っ張るよ」


きっぱりと言いきった顔に、強い意志が見えた。


きっと未練があるんだ。

大事なものを残したまま、訳もわからず死を受け入れるなんて私だってできない。



でも彼の大事なものって何だろう。

できれば人間じゃ……女の子じゃありませんように。



報道こそされないものの、これまで何人ものアイドル、女優、モデルさんたちが彼との交際を匂わせてきた。



魅力的な彼を間近に見ている芸能界の美少女たちが夢中になってもなんにもおかしくない。



そうわかっているけれど、小さな噂ひとつでオタの心はぽっきり折れるもの。

それすら乗り越えてきたつもりでも、直接本人から聞かされるのはつらいよ。



「大きなお仕事が……控えてたんでしょうか」



だったらいいな。

そうだと言って欲しい。



「ううん。会いたい人がいるんだ」



それは即答だった。

彼は寂しげに視線をさまよわせ、私の頭上には絶 & 望が落ちてきた。



「でも今はどこにいるかもわかんないから」



憂いをおびた苦笑は何をどうあがいても、特別な人のことを想っている顔にしか見えなかった。



「相手に迷惑はかけられないと思って気持ちをごまかしてきたけど、今となってはもうそれも無理かなって。でも約束を覚えてるのは俺だけかも」



「そうだったんですね」



なんて切ないんだろう。そんな気持ちをひた隠していたなんて。どうか、報われてほしい。



その人はいったいどんな人なんだろう。

中学のときのこと?

初恋の人?

きっと大事な思い出で大切な人なんだろうな。



ふたりはどんな約束をかわしたんだろう。

彼との約束ならどんな子も忘れたりしないと思う。



死を覚悟したからこそ最後にひとめ会いたいって強く思ったんだよね。


「羽奈ちゃん、どーした?」


ダメだ。いろんな意味で泣きそうになってこっそり鼻をすすったら、俺なら平気だからねと慌てて言ってくれた。

優しいな。温かい人だな。

彼は今、ちゃんと生きている。


「会いたい人っているでしょ。きっと、誰にでも」


そう聞かれてあっさり頷いてしまったのは、いつだってエイル君に会いたいと思っていたから。いくつ集めても、何を何回見ても足りたことなんて一度もなかった。


なんでエイル君はここに現れたんだろう。考えたくもないけど、死と隣り合わせなのだとしたら、やっぱり親しい人のところへ現れるのが普通なんじゃないかな。



それがどうして何百万人といるファンのなかで、しかも声を大にしてエイル君が好きだと言えない隠れオタの前に?



同じオタクならもっとアクティブな人のところに行った方が力になってもらえたかもしれないのに。



今が幽体離脱みたいな状態なのだとして、元の体に戻れなかったらどうなるの?



意識体のエイル君がこんなとこでフラフラしていて元に戻れないとなると、それこそ最悪の事態になるんじゃないかな。

考えたくないけれど、成仏できないとか地縛霊になっちゃうとか。

だったらやっぱり、めそめそしている場合じゃない。



エイル君とその子に再会してほしい。そしてふたりに幸せになってほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る