え!
「ここにいるってことですか?」
「だって他に行くとこないし」
「確かにそうですけど……」
「ここ絶対豪邸じゃん。ウォークインクローゼットで構わないよ?」
膝を抱えてからの上目遣い、大好物です。
誘惑に負けそうです。
「……あのねエイル君」
うわぁ。御本人さまの前でうっかり名前呼んじゃった。
「ん?」
チョコみたいに甘い声のせいで意識が飛びそうになる。
しかも超絶級のイケメンにじっとみつめられてしまった。指についたチョコを無造作に舐めているだけなのに、目のやり場に困る。
エイル沼の住人歴が長いから耐性はあるつもりだったけど、実物を前にしたらそんなもの瞬時にゼロに書き換えられてしまうんだ。
なんでこんなにかっこいいんだろう。イケメンにも程度ってものがあると思うんです。
それなのにどの角度も無敵。
街を歩けばきっとみんなが振りかえる。
なんなら犬も猫も鳩もあとを付いていきそう。
あなたが生まれた日、神様は祝福の息をかけ天使たちは金の粉を振りまきながらファンファーレを鳴らしたとしか思えない。
しかも今、現役アイドルとして活動している彼はとにかくいろいろと不謹慎。その色気をどこで手に入れたのか考えたくもないほどのフェロモンを放つときがある。
だから耐えるの。
今はそれに負けちゃダメ。
手はグー。
お尻がカチカチになるくらいおへその辺りに力を込めて、そして言うのよ。
「ここは……姉の部屋だけど私の部屋になる予定なんです。まだグッズが残ってるだけで……」
言えた!
嘘で嘘を塗り固めてみせた!
ひとつ大人になった気分。
内心かなり複雑だけれど。
「迷惑かけないし、ずっとひきこもっとく」
「そういう問題じゃなくてですね」
いくつかあるゲストルームを使ってもらうことはできる。でも各部屋のお掃除のローテーションを知らないから、お手伝いさんにみつかってしまう危険性がある。
だからといってこの部屋に匿うには相当な覚悟が必要。オタクだということを絶対に隠し通すという強い意思がないと、エイル君にリラックスしてもらえないどころか、失望されてしまう。
「だったらいっそお兄ちゃんができたと思って甘えてよ」
「いや、何をどうやってもそれは……」
「ドラマじゃ実年齢なんて関係ないし」
「とっ、とにかくダメなんです」
「羽奈ちゃん真面目すぎない?」
まじめかどうかなんて関係ない。
単純にそれは重課金案件なんです。事務所から訴えられたらどうしよう。
それに世間知らずのお嬢様だとからかわれる私だけれど、推し活で親の人脈や経済力を頼ったことはありません!
それに私がちゃんとしてないと、彼を元いた場所に帰してあげられない気がして。
どれくらいの猶予が残されているのか全然わからないし、自分に何ができるのかもわからない。それでも何か役に立ちたいんです。
「じゃ、マネージャーやって」
「マネージャー、ですか?」
「俺のこと、管理してよ」
眼鏡を外して前髪をかきあげただけで、アイドル永瑠が現れた。
チョコレートのビターな香りがする。
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