ゆるふわの破壊力
ふいに見せる何気ない笑顔の破壊力がすごい。キラキラオーラが眩しい。
こんなオフ顔を見せられたらみんな彼のことを普通に好きになっちゃうと思う。
「あっ、あったかいうちにどうぞ」
「ありがとう。じゃあ遠慮なくいただきます」
お行儀よく手を合わせてお菓子を摘まむと、ぱくぱくと食べ始めた。
「てかこれさ、ボロボロになんない?」
「そうですか?CMでは優雅に食べてますよね」
ミルフィーユ状になったパイ生地を包み込むビターなチョコレートのお菓子をじっとみつめてみた。
「だってあれすげー頑張ったもん」
ふと横をみると、ポロポロと屑がこぼれ落ちるのを一生懸命食い止めようとしている必死な顔があった。
どうしよう。
何ですかこの可愛らしい生き物は。
しかもこれってCMのビハインドザシーンとして特典映像に付けるやつだと思います
こんなところで披露したらマネージャーさんに叱られるレアなやつじゃないかな。
それにしてもあのCMのクールさはどこへいっちゃったの?
やっぱり別人?
でもどの角度から見ても、もうエイル君としか思えない。
なんて内心で興奮すると私の顔はなぜか固まる仕組みになっている。
表情筋を緩めるという機能が欠落してる以前に、心がかちかちなのかもしれない。
「ほら、いつもこんな!」
というか。
正直言うと彼だけ特別に不器用な気がする。でも。
「ですよね〜!」
こぼそう。
こぼしちゃえ。
だってただただ胸がいっぱい。
彼のとなりで同じものを食べられる世界線があっていいなんて。
「もうすぐ冬季の新フレーバーもでるから」
「ほんとに?何味かな、楽しみです!」
「撮影も終わってるしそろそろ情報解禁だったはず」
経験したことのない多幸感が押し寄せてくる。でもどれもこれも、エイル君が無事であってこそだよね。
「でも10テイク撮ったことは内緒にしてね」
やっぱり床に屑がこぼれるのを気にして、エイル君は無理やり一口で頬張ってみせた。その仕草、推せます!
「あの。どうしてさっきから自分のことをエイル、って呼ぶんですか?」
実は少しひっかかっていたんだ。
どこか他人行儀な気がして。
そしたら彼は口の端を親指できゅっと拭ってみせた。
うわ!これって、CMと同じ表情だ。
SNSのトレンドになったやつ!
やばめ!やばめなんです!
「うーん。なんだろ。現場スタッフから憑依型だねって言われることが多いから、自分を見失わないようにしようって気持ちがあるのかも」
「芸能人あるあるなんですか?それ」
「わかんないけど、お伝えしとく」
「私に?」
「うん。いちおう知っといて」
にこっと笑うと目尻が下がる、誰をも秒でとりこにする笑顔。
人気女性誌の特集では潤んだ目で『きれいな男子はすきですか?』って訴えかけてきたのにな。つまりシーンによって悪魔にも天使にもなれるってことだよね。
これこそが憑依型といわれる理由なんだ。
「羽奈ちゃんからしたら不思議な生き物に見えるかもしれないけど、しばらくよろしくね」
ふんわりな笑顔のせいで胸がほわほわになる。ありがとうを言いたいのはこっちの方なのに。
でもあれ?今なんて?
「ちょっと待ってください。しばらくって?」
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