ドキドキしています
そう前向きになったつもりで部屋に戻ってきたけれど、今度はトレイがカタカタとふるえるほどに緊張してきた。
だってこのドアを開けて部屋に彼がいなかったら、さっきまでのことは夢で、ちゃんとあのニュースと向き合わなくちゃいけないってことだもの。
息を飲んで部屋に入った。
ぎゅーっとつぶっていた目をそっと開ける。
「おかえりー」
それはよく知ってる声だった。
これまで何千回何万回と聞いてきた声。
でもオタクが推しに迎え入れられるなんて聞いたことがない。
オタクは推しをお迎えにいく生き物なのに。
「なんで突っ立ってんの?」
エイル君はちゃんとここにいる。
いるんだ。
たぶんこれは夢じゃない。
じゃあ覚悟を決めてこっちの現実と向き合うしかないってことだよね。
でも、そのまえに。
ほんの少しだけ推しを観賞していいでしょうか。
だって一切の隙もない、完全無敵としかいいようのない人が目の前にいるんだもの。
ゆったりした襟ぐりからチラ見えしてる鎖骨まできれいなんて罪すぎるし、ちょっとお行儀の悪い立て膝は、足が長すぎてもて余してる感じがする。
ちょっとのつもりがだいぶみとれた。
そのせいで、エイル君がこっちを見た。
「こっちおいでよ。もうだいぶ慣れたでしょ」
「へっ?」
おどおどして腰が引けて、急に体が思うように動かなくなった。
「そんなつもりないんだけど、圧感じさせてたらごめんね」
不安が丸出しで失礼すぎる様子の私に謙虚すぎる言葉をかけてくれた。
「でも実物のがイケメンって言われるから、見るならもっと近くで見てほしいかも」
一般人が言ったら反感を買うようなことを言ってもスーパーアイドルだから嫌味がまったくない。
眩しすぎる。
かっこよすぎる。
ため息もでないほど。
「お気遣い、あっ、ありがとうございます。でも金銭が発生してしまいますので、私のことは気にしないでくださいね」
さっき遠目に見たぶんのお金だって払いたいと心から思ったのに、君おもしろいねって笑われてしまった。
しかも見すぎていたのがやっぱりバレバレだった。
「ほんとにココアいれてくれたんだ」
ごく自然に、目の前に立たれてしまった。
彼を見上げるってどれくらいの感じかな?ってずっと妄想してきて、その答え合わせが今目の前にある。
自販機がだいたい180センチちょっとらしいから、ジュースを買うときに意識してみるといいって親切なオタクさんが教えてくれてから、何度自販機の前で立ち尽くしたことか。
正直あまり実感できなかったけれど、その角度が今確認できてしまう!
見上げたいな。
でもやっぱり無理。
ちらりとも見れない。
「冷めちゃうよ?」
代わりに優しい声がすぐそばから降ってきたから、ときめきを押さえ込んで、笑顔で平静を装った。
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