切なくて強がる
「ドラマや映画の撮影だと、もうすでにあったまってる現場にひとりで入らなきゃいけなかったり、初対面で殴りあったりしなきゃいけないこともあるんだよ」
「わぁ、そうなんですね」
貴重なお話を拝聴できてしあわせです。
耳に贅沢です。
もうすでに胸がいっぱい。顔を見ない方が落ち着いて会話もできそう。
「人見知りにはきついよマジで」
「人見知りって、誰が?」
「俺」
エイル君が人見知り?
そんな情報いつ解禁しました?
「あと、苦手なやつと親友役したり」
「人見知りなのにそんなことできるんですか?」
「どうだろ。できてんのかな」
興奮しすぎて思わず隣を見てしまったら、エイル君とばっちり目があった。
「やっとこっち見てくれた」
「へ?」
「ずっと待ってたんだよ」
優しい表情でふわりと微笑まれて、力が抜けるどころか骨抜きになった。
「機会があったら映画観て。ちゃんと演技できてるかどうか確認してほしいな」
「み……観ます」
それは一撃だった。
あっさり、さっくり殺られた。
オタクって推しの前では最弱みたい。
しかもその映画なら何回も観にいったし円盤も各種類持ってます。
去年の夏公開の作品で共演は同世代のアイドル
あの子のことが苦手だったなんて思いもしなかった。
ニコイチみたいにセットで雑誌の表紙を飾ってたし「えるじんのシンメ神」ってみんな騒いでたし私も大好物です!
「あの。ちなみにお気にいりのシーンはあるんですか?難しかったところとか……仁君とは仲良くなれたんですか?」
じわじわとオタクの知りたい病が発動して、気づいたらにじりよっていたのは私の方だった。
「なんだ、仁のファン?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
ちっ、違うんです!
浮気なんかしないです!
「じゃあ今度一緒に観ようよ。そのときあいつのこともいろいろ教えてあげる」
否定したのにおもいっきり仁君のファンだと思われた。
「あいつに感謝しないとだな」
「あの、そうじゃなくてですね」
言い訳をしたいあまり前のめりになって気づいたらエイル君の顔がすぐそばにあった。
「巻き込んじゃって申し訳ないけど、よくわかんないこの状況につきあってくれる?」
微笑んだまま、彼は平然とこっちに手を差し出した。
「お願いします」
大きくてきれいなその手を簡単に握れるわけがない。だってエイル君のファンミに行くことは人生のひとつの目標だった。
それくらい、ことごとく落選してきた。
「姉は握手会に当選したことが一度もないんです」
「そういう子もいるんだ?」
たくさん回数をこなしてきた自覚があるんだろう。でも実際は涙を飲んだオタクたちがいっぱいいる。
ほんとは握手してほしいよ。
なんならコンマ2秒のハイタッチでいい。
でも闇の手段を選ばずに次こそは!って折れずに頑張ってきた自分にも同士にも申し訳ない気がしてきた。
「なんだかファンの皆さんに悪いです」
「でもこれはアイドルとしてじゃないから」
意味がわからなくてきょとんとしていたら、もう大きな手にぎゅっとされていた。
「なんで?私の日本語おかしかったですか?」
「ううん。真面目で優しい子なんだなってちゃんと伝わったよ」
私の右手が……エイル君の大きな手のなかにすっぽり包まれていた。
衝撃のあまり、全身が石化したみたいに動かなくなった。
「あれ、力強すぎた?」
「いえあのっ……」
恥ずかしくて照れくさくて嬉しくて天にも昇るような気持ちなのに、どうしたらいいのか全然わからない。
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