本音がもれました

私がずっと夢見心地でパニック状態だからなのか、エイル君は落ちついていた。


たぶんずっと気を遣ってくれていると思う。私の目線に合わせて穏やかに話しかけてくれるからそれが伝わってくる。



一般人を巻き込んでしまったと負い目を感じていたらどうしよう。


もしかして、ノーブランドの靴下を見せてくれたのは突然現れたアイドルに驚いた私を落ち着かせようとして?



だとしたら自分は今、全オタクがいちばん知りたいオフの彼を目の前にしているのかもしれない。服も部屋着だし。

どうしよう。

そう思ったら震えが止まらない。



でもその代償として、ずっと推してますなんてもう口が裂けても言えなくなった。

だってそう言えばアイドルとしてキメキメのエイル君に戻ってしまう。きっと彼ならそうする。



それじゃあもうこの柔和な表情を見ることが叶わないし、リラックスしてもらえなくなる。気持ちを圧し殺すことはもどかしくて苦しいけれど、そんな不安を彼に気づかれたくはない。


「ねぇ、あのさ」

「はい!」


改めて部屋を見渡す彼にオタクの一面をちらりとでも見せてはいけない気がして背筋を伸ばした。



「お姉ちゃんて過激な人?」

「おっ、追っかけたりするような人ではないですよ?マナー違反はしていないはずです」



そこは強く否定しないと!

内に秘めた炎を燃やす強火担ってたくさんいると思うから。それにオタクにとってはたぶんこの部屋は普通なはず。



「なんとなくだけど、俺がここにいるのってファンの想いに魂が呼び寄せられた状況なのかなと思ったりして」


いもしない姉に思いを馳せてくれる彼がもう天使にしか見えなくなってきた。


「正直最初ちょっとびっくりしたけど、今はなんか胸に迫るものがあるから。そういうことってあんのかな?」


キラキラの瞳が、同意を求めてくる。

エイル君ってそんなファンシーなことをいう男の子だったんだ。

きゅんがとめどなくあふれてしまう。


「もしかしたらそうなのかも……」


だから思いきってそう返事をした。だって彼にはまだファンに伝えるべきことも、見せるべき姿もいっぱいあると思うから。


「あなたのことが大好きな人もいっぱいいて、これから大好きになる人もいっぱいいるはずだから……だから絶対に生きて、生き続けてください」


思いがけなかったのか、エイル君はきょとん顔になってしまった。


「ってあの、姉なら……そう言うはずです」


架空のお姉ちゃんごめんなさい!

なんだか感極まってこの有り様。

だって推しが元気に生きていること、輝いていることがオタクにとっては何よりのファンサだから代弁だけはしておきたくて。



でも熱くなりすぎて、だいぶドン引きされちゃった。

おどおどと顔を上げると、彼は一転、ほっぺたを赤らめて微笑んだ。


「そっか。俺ってすげー幸せ者だね。なんかありがと」


何万回目だろう。

きゅんの弾丸(特大)が、胸を貫く音がした。

特大ファンサ……もらっちゃった。

いや、彼からすれば挨拶みたいなものなんだろうけれど。


この前出た写真集の表情と対極だな。

有名な写真家さんが「何百人と撮ってきた自分が十代の色香にのぼせるなんて」と賛辞を送ってたもの。

実際写真集では大人びた顔をいっぱい見せてくれた。


でもたぶん彼はお仕事モードじゃなくなると、ゆるふわ君なんだ。


もしかしたら次の写真集では、このオフスタイルが公開されたりして。

彼の周りのスタッフは戦略的で優秀だって評判だから、今はまだきっとギャップ萌えを出し惜しみしてる段階なんだ。



そんなお仕事の予定があるのなら、やっぱり絶対に目を醒ましてもらわないと!


その写真集を予約してお迎えができる日を待ちわびるという幸せが待ってるってことだから!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る