掴んでみました

いったい、何がどうなってるんだろう。

推しは事故にあったはずなのに。それなのにもう彼がエイル君にしか見えなくなってきた。



まともに状況すら飲み込めていなのに、次の瞬間いきなり彼の両腕に抱きしめられて更にパニックになった。



声すら出なかった。

男の人の感触はお父さんしか知らないし、それも小さい頃、抱っこしてもらったときの記憶。



私の両手には収まりきらない広い背中。

触れた身体がすごく熱い。

バーチャルなんかじゃない。



この人が何者かなんてことはあとにして、困っている人が目の前にいるなら助けないと。



そう思ったら迷いが吹っ切れて、ぎゅっと彼に抱きついて全体重を背中に預けた。

この際私の後頭部なんて砕けてしまっていいくらいの気持ちで。


ゴチン。という鈍い音より先に目の前に火花が散った。


「うぅ。痛いっ」

「大丈夫?」



ぐわんぐわん、ぐるんぐるんしている頭のなかに、エイル君としか思えない声が響いた。



「ごめん、なんか余裕なくて」

「……私こそ」



そっと目を開けると彼が心配そうにこっちを見下ろしていた。


「エイル君、ケガは?」


がばっと飛び起きて、彼の体のあちこちの無事を確認した。


「きっと骨折なんかじゃすんでないはずなんです。おっきな事故だったってニュースで言ってたから!」


必死で訴えたのに。


「君……俺がエイルだってわかるの?」


思わぬ返事が返ってきた。

確かに怪我なんかしていないし、スタイリングなしのすっぴん髪のせいで目元がほとんど見えないから顔を認識するのは難しい。



しかも普段はそうじゃないはずなのに、目の前の彼はどこにでもありそうな普通のメガネをかけている。



服は部屋着。

オーバーサイズのスエットはスタイルの良さを隠すかのようにダブダブで下はたぶんジャージ。



靴下は赤地に白い水玉ですごく可愛いけれど、彼はそんなのを売りにしている芸能人じゃない。



つまり要約すると、私たちが知っているエイル君的要素がひとつもないってことなんだけど、オタクの特殊能力なのか私にはなぜかわかってしまった。

彼は本物でしかないって。

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