ハイネケンと彷徨う男

 猫背の男が街を歩く。右手に緑のビール瓶を持っている。ハイネケンだ。

 商業ビルに映像が流れる。国家元首がドーベルマンを散歩させている映像だった。

白い猫が横断歩道を渡り、街のゴミをカラスがつつく。都会であるのに人は全く居なかった。

 男は国家元首に背を向けて、懐かしさのある商店街へと足を運ぶ。

 魚屋の店前に出された死んだ魚と目が合った。家電販売店からは夫婦の大きな声が聞こえる。

「犬を撫でたわ!」

「なんて偉大なリーダーだろう!」

 早くハイネケンを開けたかった。誰も居ない八百屋を無視して公園に向かう。

 ベンチに座り、太ももの間から座面のふちを利用して蓋を開ける。麦芽の香りがして、泡が零れた。地面が泡とビールを吸って湿る。

 男がハイネケンを喉の奥に流し込んだ。まだ泡が多かった。

「オイ! テレビを見てないヤツがいるぞ!」

 朧気に歪んだ世界で怒鳴られた。

「酔ってんのか?」

 男は天を仰ぎ誰かに向かってそう訊いた。

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