バレンタインに戦車の話をするミリオタはチョコレートの夢を見るのか

古井論理

ミリタリー語り

 今日は2月14日、世間がバレンタインデーだのチョコレートだのと騒ぐ、非常に腹立たしい一日。そんな中、私は同級生でミリオタ仲間の酒田さかた たきと一緒にミリタリー談義に花を咲かせていた。

「しかしバレンタインデーなんて誰が始めたんだろ」

「バレンタイン歩兵戦車の名前の元ネタになったバレンタイン大司教の命日だった気がする」

「はええ……歩兵戦車Mark.Ⅲかあ」

「そう、クルセーダー作戦で大活躍したバレンタイン」

 私は豪雨の中トブルク近郊を駆けるバレンタインに思いを馳せた。ドイツ兵の操るⅢ号戦車やⅣ号戦車の短砲身主砲をはじき返すバレンタイン。そしてその影から小銃を発砲し、ドイツ兵を撃ち倒すイギリス歩兵。

「そういえばさ、軍事系のネタとはちょっと外れるんだけど……いいかい、朝霞あさかさん」

「何? ……良いぞ、述べよ」

 私は瀧に偉そうな態度で言ってみる。バレンタインデーに腹が立っているわけではないが、バレンタインについて語れるネタもない。そんなネタを振られたことには、確かに若干……ごくわずかに調子が狂っていた。

「なんか変化球だね」

「まあ……そうだな。述べて」

「はいはい。私さ、男子だよね?」

「女子だったら大変だろうよ」

「男子はバレンタインデーをどう過ごしたら良いんだろうね」

「……どう、とは?」

「私はもうね、アレなんだよ。なんか世間はさ、バレンタインデーにチョコレートあげて良いのは女子だけみたいなこと言ってるじゃん」

「まあ……そうだね」

「でもさ、正直料理が得意な男子が女子の胃袋をつかむためにチョコレートを作るのって駄目だとか言われたくないんだよね」

「別に誰も言ってないと思うんだけど」

「まあいいや、それで」

「勿体ぶってないでさっさと本題をどうぞ」

「じゃあちょっと待って」

 瀧は鞄をガサゴソと探りはじめた。何を出すつもりなのだろうか、もしかしてチョコレート?などと思っていたが、瀧が取り出したのは戦車のプラモデルが入った透明なケースだった。

「バレンタイン歩兵戦車」

 ふふっという自分でも気持ち悪さを感じる笑いが自分からこぼれた。

「何がしたいの」

 バレンタイン歩兵戦車は砲身の仰角を5度に取り、かなり美しいフォルムをしている。瀧はプラモデルを私に手渡した。箱の下には保冷剤が入っていたらしく、ひんやりとした手触りが妙に奇異に感じられた。

「どうも、青春のプレゼントです。私、好きなんだ」

「あれ?瀧の一推し戦車はマウスじゃなかったっけ」

「違う違う、そうじゃなくて」

「義理チョコ?」

「義理チョコでこんな本命感マシマシの化け物みたいなチョコレートを渡す奴がいたら困るわ」

 瀧はニコニコしながら赤面し、私は冗談のつもりで願望を言った。

「もしかして私が?」

「正解。朝霞あさか 羽月はづきさん、大好きです。だからどうか、受け取ってください。それから、できれば私を彼氏にしてください」

 私は胸がいきなりフルスロットルにしたエンジンのごとくに高鳴るのがわかった。照れ隠しに駄洒落の完成度の低さを指摘しようと、うなずきながら言った。

「バレンタイン歩兵戦車のチョコだからバレンタインチョコって……なかなか完成度の低い駄洒落過ぎない?」

「まあ……うん、この戦車も確か名前の由来がバレンタインデーって言う説があるんだよね」

「へえ……っていうか、これ自分で作ったの?」

「もちろん」

「めっちゃ時間かかってそう……」

「大丈夫、プラモデルから型を取ってパーツを作って組み立てただけだから」

「めっちゃかかってる……」

「まあ5時間ぐらい?」

「日曜日全部潰したの?」

「うん、5時間かけて頑張ったよ」

「……馬鹿」

「なんで」

「こんなことに粉骨砕身して当たらなくていいの!もっと別のことに時間使ってよ」

「いいじゃん。それで、逆に答えはOKでいいの?」

「そう言ってるでしょ……よろしくね」

 私はそう言ってバレンタイン歩兵戦車のチョコを鞄に収めた。鞄の中で歩兵戦車の車体は揺れることなく踏ん張っていた。

「ところでこのチョコレートの型を取ったプラモデルは?」

「青海模型の35分の1バレンタイン歩兵戦車」

 瀧はそう早口で言いながら、私の手を握った。

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バレンタインに戦車の話をするミリオタはチョコレートの夢を見るのか 古井論理 @Robot10ShoHei

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