第14話 トモガラ
むさくるしい都会の風が青春の香りに変わった。懐かしい声、懐かしい呼び名。最近は学生時代のように下の名前すら呼ぶ者すらいない。その響きを聞いた瞬間、冷や汗が乾いた。心臓は高鳴っていたが、先ほどとは違う高鳴りを見せていた。
俯いた顔を上げ、ゆっくりと振り返る。
「春……」
手を掴んでいたのは
四方田はその姿を見つめたまま、黙っていた。言葉が出てこなかった。
「久しぶりだね、麻ちゃん。高校卒業した時に一度会ったっきりだよね。まさかこんな場所で会うとは」
春の声は弾んでいた。感動の再開を心よりうれしく思ってくれている。
「そ、そうだな」
一方、四方田はぎこちなく答える。思い返せば、春とはもう五、六年も会っていない。春は大学に進学した。一方四方田は高校卒業後、すぐに就職した。二人で違う道を歩む。最初はそう思っていた。
だが四方田は五月のゴールデンウイークを過ぎたあたりで、会社を辞めてしまった。あの時、辞めなければこんなことにはならなかった。ただ何となく、親元から離れた解放感で、何も考えずに辞めてしまったのだ。
知らず知らずのうちに春と疎遠になっていったのはこの時期からだった。高校は違えど、昔は頻繁に連絡を取り合っていた。土日や放課後に約束し、よく遊んでいた仲だった。だが春が大学に行ってからというもの、連絡は少しずつ途絶えていき、全く会わなくなってしまった。
今思うと、春のことを避けていたのかもしれない。だがあの日、取り立て屋に言われた「親しい友人」ですぐに思い浮かんだのは春だけだった。
「そう言えば、麻ちゃん。会社のほうはどうなの? もう務めてから五年くらいたつでしょ」
「あ、ああ。まぁもう慣れたよな」
咄嗟に嘘をついた。五月に辞めたなど言えるわけがない。
「いやぁ、でも五年くらい務めると、もうベテランじゃん。俺なんて新卒だから、みんなこき使われてさぁ」
春はそう言いながら、手に持っていた牛丼の袋を持ち上げた。
「へぇ、そうか。最初のうちはな」
しどろもどろになっていないか、喋りながらずっと心配していた。言わなければならないことがある。頭では理解しているが、言葉が喉の奥でつまり、出そうと思っても出てこない。
するとおもむろに袖を捲り、腕時計を見た。
「まだ話したいことあるけど、いま買い出しの最中だからちょっと時間なくて。いまも番号変わっていないでしょ。また今度連絡するよ」
「ああ、また今度、ゆっくり話そう」
そう言うと、春は走り去っていった。番号が変わっていないどころか、スマホすら持っていない。四方田は春の背中を見つめながら、握りこぶしを作った。
大きく息を吐き、その拳で自分の頬を殴る。
行き交う人波はその姿を不自然そうに見つめたが、周りの目だと関係なかった。ただ何も出来なった自分に腹が立った。
―何やってんだよ俺! ビビッてどうすんだよ!!
心の中でそう呟き、気合を入れ直した。
しかし春の背中はもうすでに消えていた
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