第12話 トモガラ
篠月に対して疑いの目を向ける。もしかしたら闇金業者の差し金かもしれない。男の言う言葉があまりに非現実的であるため、当初の予想を拭い切れずにいた。
「まぁ落ちつくんだ。君の素性は知らないし、いまのはその見た目から予測しただけだ。こんなフィクションじみたことを言っている私でも先ほど説明した行為以外は何一つできない、しがない人間に過ぎないのだよ」
興奮気味の四方田をなだめるように言った。
「だがいまので何となく分かったよ。君が自殺に踏み切れなかった理由を」
篠月はコーヒーを口に付け、四方田の表情を舐めるように見つめた。
「ああ、あんたの言う通りだ……俺はどうしようもない人間なんだよ」
膝が崩れるようにソファに座り込み、顔を俯かさえると口を開いた。
「最初は些細なことに過ぎなかった。金欠の時と光熱費の決済が重なった。ただそれだけだった。それで取り敢えずの金を作るために金融機関から金を借りた。だが一度借りちまうと、何もしなくても金が手に入ったような気分が忘れられなくなっちまう。借金はその時点で支出だということを頭で理解していても、目の前の札束はリアルだ。幻想に惑わされてしまうんだ。
そして俺は大きな失態を犯した。その金でギャンブルに手を付けた。最初の頃は勝ち続きで、利息を払っても釣銭がくるほどだった。金融機関で金を借り、ギャンブルで増やす。そんな小学生でも分かる危うい黄金パターンを確立してしまった。だがギャンブルは運否天賦だ。勝った分だけ負けがかさむ。そして麻痺しはじめた感覚は自分が負けていることさえも分からなくなってしまう。子供でも出来る金勘定が一時の高揚感でできなくなってしまう。すると利息は払えなくなり、元金ですら返すことが出来ない。そこでバイトをするなり、真面目に働けばよかった。だがそんな時、思い出してしまう。簡単に金が手に入っていた日々を……
俺はついに闇金に手を染めた。それから早かった。多額な利息は払えず、沢山のものを失った。借金を返すために借金をし、その永遠のループから抜け出せなくなっていた。その額は何もしていないのに膨れ上がり、ついにはヤバい場所でしか借りられなくなった。そこで俺は……」
四方田は長く喋り続けたが最後の場面で口ごもった。額を押さえ、汗ばんだ手をこすりつける。
二人はその姿は黙って見つめていた。終わりを聞くまで決して喋らない。最後の言葉が捻り出るまでじっと待っていた。
四方田は息が上がり、絞り出すような声を出す。
「俺はそこで親友を売ったんだ。昔からつるんでいた奴だった。闇金のチンピラにそそのかされるままに春の名前を書いた。春は俺が唯一信じられる友達だったのに、俺はそいつを裏切ったんだ……」
「つまり君はそのために死ぬことが出来ないのだな」
「ああそうだ。俺が死ねば、勝手に保証人にされた春は一生奴らに追われ続ける。関係のない金を搾り取られ、俺が残した負の遺産のために人生を棒に振らせてしまう。後悔ばかりの人生だったが、あのサインだけは今思い出しても、あの時の俺を殺してやりたいと思う」
四方田が顔を上げると、篠月は一枚の紙を持っていた。その紙には名前を書く欄があり、テーブルの上にはペンが差し出されている。
「その借金もご友人を保証人にした事実もここにサインすれば、全て消し去ることが可能だ。その代わり、ご友人にも君と関わった記憶の全てが同じく消失する」
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