第7話 ウラオモテ

 その夜は雨が降っていた。ビニール傘を差し、公園の前を横切る。するとブランコの柵に腰かけ、暗い空を見つめる一人の女が目に入った。傘もささず、黒いワンピースの裾からは雨水がしたたり落ちている。

 ぬかるんだ地面を踏みしめ、公園に入ると、ブランコに近づいた。そしてその女の正面に立ち、一言。


「もしかして、死のうと思っている?」


 すると女は驚いた表情で見上げた。


「実はそうなのよ」


 女は確かな声でそう言った。だが焦点は合わない。名も知れぬ奇妙な男が話しかけているというのに気にも留めず、無気力に呟いた。


「よかったら話を聞かせてくれないか。別に話したくないからそでもいい。私はすぐにこの場から立ち去るから」


 ぎこちない間をおいて、男は言った。

 女はほんの少しだけ悩んだ。だが、せき止めていた思いが決壊したようにつらつらと語り始める


「私、大学のサークルでいじめられて、それがゼミにまで広がっちゃって、嫌で出席も次第に少なったわ。そして半年前、落とした単位の数が多くて、留年が決まったの。もうどうしていいか分からなくて、親には言えないし、大学にだって居場所はない。追い詰められて、大学をやめた私は親に嘘ついて暮らしているわ。アルバイトの仕事が覚えられなくて、すぐにクビになるし、もう一層のこと死んでしまおうかと」


「そうか……」


 深く聞くことはしなかった。憐れむわけでもなく、励ましの言葉をかけるわけでもなく、さしていたビニール傘を差しだした。


「行く当てもないならうちでは働かないかい?」


「え……?」


「君は私のことを知らないと思うけど、私は君のこと知っているんだよ」


「あなた一体……」


「私は篠月というものだ」


 篠月は笑顔も見せず、不愛想だったが、その声はじつに優しかった。呆気にとられた女は傘を受ける獲ることはなく、ぼんやりと見上げていた。まだ彼の言っていることを信じていない。

 すると篠月は続けてこう言った。


「よろしく頼むよ。〝田宮里香〟さん」


 人は苦しい時、自分を守るための嘘をつく。そして自分の行いを正当化させるために自分にも嘘をつく。世のため人のためという免罪符を持って、自分が楽になろうとする。別にそれがいけないことではない。

 ただ篠月はそれがどんな澱んだものであれ、願いを強いほうを叶える。

 ――私にもまだ人の心があったらしい

 篠月は心の中でそう呟き、田宮里香の冷たい腕を引っ張り上げた。



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