4-10.門出
――「すごいよなぁ〜、高校時代から付き合って結婚かー!一途だなぁ〜」
式場までの道のりを歩いていると、数メートル先を同年代ぐらいの男の集団が同じ方向へと歩いて行く。
談笑している内容が俺の耳までしっかり届くほどの声のボリュームだ。故意ではない盗み聞きから判断して、どうやら向かう先は俺と同じらしい。
目的地に到着し、ロビーへと足を踏み入れ深呼吸をすると、どことなく高貴な香りがした。
某有名ホテルに連結されたその結婚式場は、ものすごく豪華だけど派手過ぎず、すげー良い雰囲気だ。
いかにも金持ちの結婚式という感じで、あらゆるものにお金が掛かっているのが見て取れる。……流石だな。
「――うわぁ、すっげーウェルカムボード~!」
さっき俺の前を歩いていた男達はやっぱり同じ会場だったらしく、入口の扉付近に飾られたウェルカムボードの前で歓声をあげていた。
よっぽど凄いウェルカムボードなのか、しばらく男たちはその前から動こうとしない。
開場時間より少し前に来たから、今はまだ人がまばらだ。でもきっと、そろそろ人が増えてくるに違いない。B.W.Dを卒業してから半年程経っているものの、なるべく身バレしたくなくて早く中に入りたいのに……と、じれったさを感じる。
ようやく前が開いて一歩進むと……今度は俺が動けなくなった。
あまりにも美しく、繊細なウェルカムボード。
《 Congratulation!! KOUTARO & RIHO 》
その文字の下に描かれた一面の桜並木の風景画。
見覚えのあるその景色は、高校へ向かう通学路のあの道だ。真ん中を婚礼の装いをしたカップルが手を繋いで歩いて行く後姿が、柔らかいタッチで描かれていた。
それは誰かに聞くまでもなく、さくらが描いた物だと分かった。
当然ここに描かれているカップルは、今日の主役――光太郎と山口に違いない。そう頭ではわかっているものの、まるで俺とさくらの絵を見ているかのように錯覚してしまい、複雑な感情で押しつぶされそうになる。
今日俺は……5年半ぶりに、さくらに会える。
光太郎から結婚式をすると連絡をもらった時はもちろん驚いた。それと同時にすぐさま頭をかすめたこと――さくらに会える。
さくらが当初の予定通り、5年間の米国生活を終えて帰国したことは光太郎から聞いていた。
俺はB.W.Dを卒業してから、振付師として事務所と再契約を結んだ。ときどきB.W.Dや後輩グループのダンスLIVEにサプライズゲストとして出演したり、充実した時間を過ごしている。
それだけでなく、他の事務所の男性アイドル達の振付の依頼や、有名ダンススクールの講師の依頼も殺到しており、ダンス三昧の日々だった。お陰様で、グループ時代と大差ない収入も貰えている。
だから、さくらに会うことに変な劣等感は感じていないつもりだ。……それなのに俺は、自分から連絡をする勇気が少しも出なかった。
離れている間もさくらへの想いは雑誌のインタビューなどで遠回しにアピールしてきたけど、さくらが雑誌を読んでくれている保障などない。
アメリカ人のすげーイケメンな彼氏が出来ているかもしんねーし。
せっかくの綺麗な思い出が俺の連絡によって形を変え、苦い思い出に変わってしまうのは嫌だった。
……というのは全て言い訳で、単純に俺はビビっていた。
「おー、かーい!やほ~!」
青緑色のシックなパーティードレスに身を包んだ大野が、カツカツとヒールを鳴らしながら手を振って近づいてきた。
すぐさま俺の心臓は、バクバクと高鳴り始める。
「ふふ、よく来たじゃーん!」
嫌味っぽく、でもなぜか嬉しそうに俺の腕を軽くど突く。俺は全身の血が体内を忙しなく駆け巡ってるのを自覚しながら、キョロキョロとあたりを見回した。……あれ?
「あははっ!分かりやす!笑」
俺の挙動を見ていた大野が、いかにも可笑しそうに吹き出した。
「さくら、仕事で挙式は間に合わないんだって。でも披露宴には絶対間に合わせるってさ!」
今日のタイムテーブルによると、最初に外のチャペルで挙式をして、その後にホテル内の会場に移動をして披露宴をする流れらしい。
……そっか。さくらは後から来んのか。
今朝からずっと張り詰めていた緊張がほんの少しだけ緩む。まだ式すら始まっていないのに、俺は既にドッと疲れを感じていた――
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