4-5.想い続ける
――「あ、KAIくん……ちょっと……」
細い指が俺の頬に触れ、一瞬ドキッとする。
「……糸くず、付いてる。笑」
「え……あぁ、すいません……笑」
服の繊維みたいな?いつから付いてたのか知らねーけど、垣内さんが取ってくれた。
「じゃ、あと2シーンね!頑張ろう!」
「ありがとうございます」
垣内さんは上品な笑顔を俺に向け、撮影現場へと戻って行った。
――無事に映画の撮影を終え、メインキャストの方々もクランクアップを迎えた日。
ゲスト出演でしかない新人役者の立場で恐れ多かったけど、俺も打ち上げに参加させてもらえることになった。
「お疲れさまでした~!!」
「おつかれさまー!」
俺はほんの3シーンのみの出演だったし、垣内さんとのシーンしかなかったから、打ち上げで初めて会う俳優が沢山いる。
これまでテレビで観てきた人達の中に自分がいる不思議……。
元々、ワイワイ騒ぐような空間は好きじゃないし、人との関わりも最小限にしたいタイプの俺。仕事だから仕方ねーと割り切ってここに来たけど……正直、すげー疲れる。
気を遣って無駄に飲んでしまって、ちょっと気分も悪い。
「俺……ちょっと外に出てきます」
「お~!酔ったか~?」
名バイプレイヤーと言われてる初対面の俳優さんに弄られながら店の外に出て、入口の壁にもたれながら一息ついていると……
「KAIくん、大丈夫……?」
垣内さんが心配そうに眉を下げて、店の外に出てきてくれた。
「すいません……緊張して飲み過ぎて……」
正直に伝えると「ちょっと待っててね」と言って、店内に戻って行った垣内さん。
「――はいこれ。無理しちゃダメよ~」
「……ありがとうございます」
再び店の外に出てきた垣内さんから、ペットボトルのミネラルウォーターを手渡される。
こんなに優しくされたら……きっと勘違いする男も沢山いんだろうなーと思う。
でも俺は、この優しさが俺への特別な感情から来るわけではないと分かっていた。
映画の撮影中、こんな風に出演者の誰もを常に気にかけている彼女の姿を見てきたからだ。出演者に限らず、スタッフ達にも分け隔てなく気遣いができる人――長年この世界でトップに君臨し続ける女優というのは、こうゆう人なんだなと思い知らされた。
「……それ……大切なのね」
「え?」
垣内さんの急な問いに、何のことかと戸惑っていると……その整えられた綺麗な指先で、ツンツンと自分の首元を指さして教えてくれる。
「……あぁ……まぁ……はい」
「ふふっ、ずっと付けてるもんね」
俺の首に光るネイビーのガラス玉を、麗しい笑顔で見つめる垣内さん。
「何なに~?彼女?」
茶化すように俺の腕を突いて来る。そんなお茶目な姿は、俺より18歳も年上とは思えない程、可愛らしかった。
「いえ……、元……彼女です……笑」
「あぁ!そっちか。ごめんごめん。笑」
ちょっと気まずそうに笑うと、彼女は言った。
「この業界、見た目の良い人は沢山いるけどね。心から愛せる人には……そうそう出会えるもんじゃないのよね」
チラッと右隣の彼女を見る。サラサラの髪を耳にかけたその手の薬指には……輝くシルバーのリング。
そう言えば、垣内さんの旦那さんは一般の人だったよな?うろ覚えだけど、俺が子供の頃に人気絶頂で突然結婚して、大ニュースになっていたような記憶もある。
「――忘れられないなら、想い続けても良いんじゃない?」
……垣内さんのその言葉は、妙に説得力があった。
「……ありがとうございます。酔いも覚めました。笑」
“想い続けても良い”
垣内さんのその言葉に、心がスーッと晴れていく感覚があって。清々しい気分で、俺は彼女と共に店内へと戻った――
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