4-4.新境地
「――どうだ?やってみないか?」
その日、松本さんに呼び出され独りで事務所に行くと、差し出された書類。
…………映画の出演依頼だった。
「いや、無理っす俺。芝居なんてやったことねーし……」
「何言ってんだよー。誰だって始めは未経験だぞー」
松本さんの口ぶりから、何としても出演させるという意気込みが伝わってくる。
いやいや………俺が俳優?!……無理無理。
「ほんの2・3シーンだぞ?……言い方悪いが、これは完全に客寄せパンダだ。そんなに深く考えないで気軽にやってみないか?」
まぁどうしても嫌なら仕方ないけど……と言う松本さんを横目に、考える。
俺はやっぱりモデルも役者も全然興味がなかったし、ただダンスがしたいだけ。そう思っている。その気持ちは、デビュー当初からずっと変わっていなかった。
だけど……俺は知っている。
同じB.W.Dのメンバーの中に、『将来は役者になりたい』という夢を持ってる奴らが数名いることを。同じグループのメンバーとして、少しでも俺がそっちの道を開拓しておいた方が、そいつらの夢も叶いやすくなるんじゃないか……?
「……わかりました。やってみます」
「っしゃ!そう来なくっちゃな!頼んだぞー!」
松本さんの満足そうな笑顔に、気が引き締まる想いだ。こうして俺は、夢にも思わなかった“俳優”業……新境地に挑戦することとなった。
――翌月から始まった映画の撮影。
「KAIくん、初めまして。ご活躍拝見しておりました」
初顔合わせの日……ロケ現場に現れた主演女優の
「……はじめまして。俺もずっとテレビで観てました」
「ふふっ、光栄です。ありがとう」
垣内さんは俺の大好きな映画に出ていた超国民的な人気女優だ。まさかご本人に会える日が来るなんて思ってもなかったから、なんかすげーふわふわした気分。
「――本番よーい、……アクション!!」
撮影が始まると表情ががらりと変わる。垣内さんは、カメラが回っていない時の柔らかい雰囲気が嘘のように、ピリッとしたクールな女性を見事に演じていた。
……すげー。こうゆう世界なんだな……映画の撮影って。
圧倒されている間に俺の出番。
覚えた台詞を、覚えたタイミングで発する。
ただ、それだけのことなのに……めちゃめちゃに緊張して、自分が何をしているのかもよく分からず、うまく言葉が出てこない。
言いたい台詞は頭にしっかり浮かんでるのに、いざ声にしようとすると……不自然な響きになってしまう。
「KAIくーん、リラックスだよ~。大丈夫、大丈夫!」
なかなかOKが出ない俺を励ますように垣内さんが声を掛けてくれて、現場の空気を変えてくれる。
……沢山のスタッフと数台のカメラに囲まれながら……ふと、さくらの顔が浮かんだ。
“言葉が上手く出てこないって、こーゆー気持ちだったんだな”
こんな状況でさくらのことを思い出す自分に、さすがにちょっと笑えた。
――7Take目で何とかOKが出て、疲れ切って休憩スペースのベンチで休んでいると……
「お疲れ様~。お芝居、よかったよ」
垣内さんが俺のところまでわざわざ来てくれた。隣のベンチに腰掛けると、他愛もない話題を振ってくれる。
きっと俺が上手くできなくて凹んでると思って、励まそうとしてくれてんだな。
「……すげー世界ですね」
つい、本音がポロリと口から出ると、垣内さんは薄っすらと口元に笑みを浮かべて話してくれた。
「全然華やかじゃないでしょ?地味な作業の繰り返しだし。自分を殺して役を演じなきゃいけない時も沢山あるのよ……」
そう話す彼女の横顔はとても美しかったけど、どこか儚くて……寂しそうに見えた。
「あ、KAIくん……ちょっと……」
と、突然。垣内さんはすっと手を伸ばし、俺の頬に触れた―――
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